REVENGE 〜未来への誓い〜






「初恋が叶わないって、ほんとよね〜」
可憐が部室のテーブルに肘をついて、ため息とともに呟いた。

その視線がしっかりと自分に注がれている気がして。
野梨子は手にしていた葉書をコーヒーカップの横に置いた。
「あんたみたいな子でも、そうなんだからさ。初恋が叶わないって法則、ほんとなのよ。やっぱり」
葉書は金沢から。元気だと、落着き先を知らせる連絡。刈穂裕也からのそれは、野梨子あてではなく、倶楽部の全員にあてて。
野梨子は小さくため息をついた。可憐の言葉に怒る気にもならない。
彼との出会いと別れが、淡い初恋だったのは事実なのだし。
そして、すでにもう思い出となり遠い感情に変ってしまっていることも。

「なんだよ、『法則』って。一般化すんじゃねぇよ」
野梨子を慮ってか、魅録が苦笑しながら可憐を諌めた。
「あら、あんただって心あたりあるでしょ?チチさんにとか〜・・・それとも、初恋じゃなかった?」
「う・・・」
魅録は可憐に指摘されて顔を赤らめる。
図星を指されたその表情に、思わず野梨子は噴出してしまった。
金沢からの葉書を、倶楽部の書棚の引き出しにしまう。
野梨子が笑みを見せたことで、安堵の表情が仲間達の顔に浮かんだ。
皆が自分を気遣ってくれていたことに、初めて野梨子は気づかされた。
「あら、じゃあ、可憐にももちろん心当たりがあるんですわね?」
おどけた口調で、可憐に話を向けた。
「もちろんよぉ。初恋のおじさまが、禿げの出腹になっちゃってて、ショックだったわぁ」
「小父様・・・」
なにやら妄想したらしく、赤みの引きかけていた魅録の顔が再び染まる。
「王子様?」
野梨子は首を傾げる。そういえば、アラブの王子と可憐は恋仲になっていた。いくらなんでも 年下の彼が禿げの出腹になるのは早すぎるだろう。

「で、それは何度目の初恋なわけ?」
「美童!あんたと一緒にしないでよ!」
「僕の初恋は綺麗な思い出だよ?禿げも出腹もゲイもハーレムも幽霊もかかわらないしさ♪」
美童のからかい口調に、可憐はつん、とそっぽを向いた。
「それでも、あんたも初恋は叶わなかったんでしょう?」
「叶ったような、叶わなかったような・・・」
青い瞳に艶めいた色が浮かぶ。この友人のこういう表情には、いつまで経っても慣れない。
落ち着かない心臓を叱咤して、野梨子は眉を顰めた。
以前は不快感しか感じなかったのに。
初恋を経験して、野梨子もわずかに変わったのだろうか。
これまで気づかなかった感情の揺らぎに気づいてしまう。
たとえば、美童の軽い口調の向こうにある切ない追憶。
「・・・まぁ、でも別れは訪れたからね。たしかに、初恋は叶わないっていう法則はほんとかもね」
美童は肩をすくめて笑みを浮かべた。
「まぁ・・・」
野梨子は素直に感嘆してしまった。確かに、野梨子自身や魅録、恋多きとはいえ可憐と美童もそうだったのだとしたら、 あながち『法則』というのも大げさではないのだろう。

「ところで、清四郎、あんたは?」

それまでテーブルを囲みながらも、話題が話題なだけに参加していなかった清四郎に、可憐が話を振った。
「は?」
新聞から顔を上げ、清四郎は不審顔。
「あんたの初恋は?あんただって、初恋くらい経験あるでしょう?あら、それともないの?」
マルチに多芸多才、パーフェクト高校生の誉れ高い生徒会長の、唯一の苦手分野。
可憐は優越感を顔に浮かべ、意地悪モードだ。

清四郎は片眉を上げて、テーブルを囲む仲間達に視線を走らせた。
可憐と似たような表情を浮かべる美童。まだ染まった顔で苦笑している魅録。ひとり興味なさそうにお菓子を頬張る悠理。
そして、『お気の毒』と顔面に貼り付けて笑みを浮かべている野梨子。

清四郎はへの字口のまま肩をすくめた。
「・・・まぁ、あれがそうだったのかな?という経験くらいはありますよ」
「「「「え?!」」」」
清四郎の言葉に、仲間達は驚きの声を上げた。
「嘘、おっしゃいな」
思わず、野梨子は彼の言葉を否定してしまった。
生まれたときからの付合いだが、清四郎が恋をするなんて想像もつかない。自分が初恋を経験したあとだから、余計に。
人の経験していることで知らないことがあるなどとは耐えられない、彼らしい虚勢だと思った。
「ほんの子供の頃ですよ。ちょっと心惹かれた相手ぐらい、僕にだっていましたから」
だけど、清四郎の返答はあまりにも自然で。
もしかして本当なのかも、と野梨子は戸惑う。
「・・・せーしろぉのこったから、細菌とかビセイブツとかにじゃねぇの?」
悠理が煎餅を噛み砕きながら、彼女にしては穿ったことを言った。
それで思い出す。
悠理もまた幼馴染なのだ。幼稚舎の頃から知っている、古馴染み。
確かに、長い付合いであればあるほど、清四郎と恋愛沙汰を結びつけることは困難だ。

「で?で?どうしたの、その子とは〜?」
「相手はちゃんと女の子なわけ?」
可憐と美童は興味津々、身を乗り出した。
「あのね、美童。”ちゃんと女の子”って、どういう意味ですか?」
清四郎はちろりと美童に険しい視線を投げる。
「ま、大昔の話ですからね。どうもしませんよ。当時僕は大人しい子供でしたし」
この清四郎の言葉に、野梨子は再び首を傾げる。
清四郎は物心ついた頃から神童の誉れ高く、目立つタイプだった。児童会長、生徒会長と歴任し、現在に至る。
優等生だったが、大人しい子供だったと言えるかどうか。
「なによ、告白もしなかったの?」
「そういうのができるタイプじゃなかったんですよ」
「あんたが〜?」
可憐も疑わしそうだ。いつも余裕綽々、自信とプライドが服を着て闊歩しているような彼なのだから。
「いえ、相手が」
清四郎は口の端を上げて微笑した。
「僕なんて”へなちょこの意気地なし”呼ばわりされて、嫌われてましたから」
その言葉に、野梨子の胸は衝かれた。
心当たりが、あったからだ。

「なによ、それって玉砕じゃない」
「・・まぁ、そうとも言えますな」
幼い頃とはいえ失恋を、アッケラカンと語る清四郎。
肩を竦めて口の端を上げる彼は、いつもの通りの姿だ。
だけど、野梨子にとってはそれは衝撃の告白だった。



「で。まさかと思うけど、悠理、あんたは?」
可憐は今度は悠理に顔を向けた。
「んあ?」
まだ煎餅を咥えたままの悠理の代わりに、野梨子がビクンと身を震わせた。
ドキドキドキドキ心臓が高鳴る。
野梨子の動揺に気づかず、可憐は悠理に話しかける。
「だから、初恋の経験よ」
「んなもん、あたいがあると思うか?」
「――――良かった。あんたまで、”実は・・・”とか語りだしたらどうしようかと思っちゃった」
「たりめーだろ、気色悪ぃな」
悠理は、べ、と舌を出してみせる。
「気色悪い、はあんまりだろぉ」
「興味ねーもん」
悠理はにべもない。
「あんただって、いつかは恋をするかもよ?」
「よせやい」
可憐の言葉に、悠理はアホラシ、と手を振る。
「だけど、剣菱の娘なんだから、結婚はいつかするだろ?」
美童の問いに、悠理は欠伸。
以前それで大変な目にあったことを、喉元過ぎたいま、忘れ去っているらしい。
「イイトシになってから、いきなり恋愛に嵌ったりして。悠理のことだから、駆け落ちとかしちゃったりしてね」
「免疫ないから、大病になったりするんだよな〜。大人になってからの初恋は」
恋愛至上主義者の友人二人のこの言葉に、悠理は無言で思いっきりバカにした顔。
「悠理がねぇ・・・ありえませんな」
清四郎がクスクス笑う。そのいつも通りの笑みに、野梨子はまたビクンと反応してしまった。
「だいたい、麻疹やおたふく風邪じゃないんですから」
「あら、似たようなもんよ。恋は熱病だもん」
うっとりとそう言う可憐に、清四郎は肩をすくめる。
その顔には、熱の欠片もない。
ようやく。
金縛りにあっていた野梨子の緊張が解けた。
まさか、とは思ったのだ。
まさか、清四郎の初恋が、悠理だなんて。

清四郎と野梨子の、悠理との出会い。遠い昔のことなのに、なぜかまだ憶えているあの出会いと、 清四郎の言葉とが似ていたからといって。

「じゃあ、悠理は恋もせずに結婚するわけ?それって、あんまりじゃない?」
「あー、もう、ケッコンとか、不吉なこと言うなよ!どうせ先のこったろ」
「何言ってるのよ、あのおば様のことだから、高校出た途端、お見合いさせられるんじゃない?」
「うげ」
悠理が顔色を変えた。
蒼ざめ、ぐるぐる足りない頭でシュミレーションしているようだ。
可憐の言葉が事実になるだろうと結論付けたらしい。悠理は握りこぶしで宣言した。
「よ、よし!もしケッコンなんかさせられそうになったら・・・そんときは、駆け落ちすっから!」
「「「「「えっ?!」」」」
悠理の言葉に、全員が聞き返した。
「「「「「だ、誰と?!」」」」」
「もちろん、一人でだ!」
きっぱりはっきり言い切った悠理の言葉に、全員が脱力。

「バカ・・・駆け落ちは一人でするもんじゃない」
清四郎がコツンと悠理の頭を小突く。
「第一、その場限りの逃亡で、片がつくはずはないでしょうが」
「そうだよ、悠理。あのおば様が諦めるわけないよ」
「そっか、そうだよな・・・どうしよぉ清四郎〜?」

それはまるで、『助けて、ドラ@もん〜〜』の野比@び太。
悠理にすれば、いつもの通りの言葉だったのだが。

清四郎は、ふむ、と首を傾げた。
「なんだったら、また婚約でもしますか、僕と」
そして、にやり。

「「「「「なんだってぇ〜〜?!」」」」
全員の叫びが重なった。



――――いえ、悠理がどうしても結婚せざるを得なくて、好きな男もできそうにないようでしたら、手助けするのが 友情ってもんでしょう。

こんなことをツラツラ平然と語る笑顔の清四郎に、友人たちは呆れ顔。
しかし、野梨子は引き攣りながらも、幼馴染の顔をまじまじ見つめた。

――――まぁ、僕も悠理と同じく、恋愛には興味もないことですし。

などなど情緒障害者もかくやの科白を吐く幼馴染の鉄面皮。

「あたいはヤダぞーーー!!!」
わめく悠理の頭をポンポン叩きながら、フラレ男はニヤニヤ笑みを浮かべている。

「僕としては、リベンジしたいんですよ。以前のね」

それは、かつての婚約騒動のとき剣菱財閥の会長代理となってテンパってしまったときのことなのだろうが。
仲間達とは違い、野梨子は胸のうちで確信していた。

幼い頃の初恋。あっけない失恋。
ツラノカワ鋼鉄製に成長したこの幼馴染が、リベンジしようとしているのは・・・・。



初恋は叶わないもの――――。
その法則を、数年後には彼は翻してのけているに違いない。
そうと自覚しているかどうかは、ともかくも。








2005.6.18


白状しますと、これと「サインはV!」はもともと、よそ様に投稿しようと、”ほのぼので原作テイストなラブラブ清×悠”を目指して書いたものです。 どこがほのぼのやねん!どこが原作テイスト?それよかどこらあたりがラブラブーーー?!・・・ってなブツに仕上がったため、投稿は断念しました。
両方ともそうは意図してなかったのに、「ららら」の高校時代のようになってしまったあたりが泣けまする。
タイトルはドラマの主題歌から。ぜんぜん内容と関係ないっすが。(笑)

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