サインはV!高等部に上がったばかりの初夏。菊正宗清四郎は密かな決意を固めていた。 「次の選挙は、皆で打ってでなければなりませんねぇ」 「え?何か言った?」 隣に座っていた美童が振り返った。 パイプ椅子がきしりと揺れる。 「ああ、ほら美童。また悠理が決めました。ローテでは前衛だ。出番ですよ」 「・・・う〜、やだなぁ。あいつ、顔狙って打つんだもん」 「美童が避けるのを期待してるんだ。ほら、女子が注目してますよ。行った行った」 美童はうんざり顔で、後ろにひとつでまとめた金髪を揺らしてコートに向かった。 その昔、剣菱万作氏がポンと寄付した広い体育館。 視線をめぐらせた清四郎は、観衆の中に幼馴染の姿を見つけ、片目をつぶり合図した。 しかし、可憐とともに戸口あたりで観戦していた野梨子は、清四郎に眉を顰めてみせる。 真面目な彼女は、清四郎のあからさまな”手抜きサボリ怠慢やる気なし”に不快感を感じているらしい。生徒会主催の一年生歓迎会と 称する球技大会に、もっとも拒否感を示していたのは野梨子であったのに。 美童の登場で、二階桟敷席の女生徒たちから嬌声が上がる。 先程までのうんざり顔を払拭し、金色のオーラを振りまきながら、美童は余裕の表情で片手をあげて歓声に応えた。 おしゃれなデザインの体操服の背中に薔薇でも背負っているかのような役者ぶり。 「けけけ、倒されに来たなーーー!!」 ネットの向こう側から、鉢巻を締めたいつにもましての男ぶりに高等部でもファン急増中の剣菱悠理がわめいた。 「くぉら、セイシロー!おまえもいい加減、出て来いーーー!!」 悠理はびしりと人差し指を、敵チームベンチの清四郎に突きつけた。 聖プレジデント学園はスポーツが盛んだとはお世辞にも言えないお坊ちゃま校。にもかかわらず、 新歓男女混合バレーボール大会などが開催されたのは、今年の生徒会長の独断だった。学園には実は バレー部はなく、同好会しかない。その同好会を部に昇格させたいと願うバレー同好会発起人件、生徒会長の画策に 他ならなかった。 たいていの生徒は、もちろん意欲的ではない。歓迎される側の新入生、有閑倶楽部の面々も同様。 野梨子と可憐は言うに及ばず、スポーツ万能の男三人(美童は部分的に)も、やる気なし。 高等部からこの学園に入ってきたコワモテの魅録は、清四郎以上に面倒顔をさらして、コートの反対側のベンチにふんぞりかえって座っている。 そう、試合は魅録のクラスと清四郎+美童のクラスの決勝戦だった。 上級生を差し置いて決勝が一年生同士だということは驚くにあたらない。魅録のクラスには、本来足手まといになるはずの男女混合チームの女子でありながら、 チームのほとんどの得点を叩き出している運動神経の化け物・スポーツの天才、剣菱悠理がいたのだし。 対する清四郎のクラスはというと、試合には出ないものの彼の適確な人選と戦術の指示で、隙のないチームに仕上がっている。 こんなイベントで自ら汗を流す気はないものの、負けず嫌いでプライドの高い彼としては、自分のクラスが簡単に負けるのもおもしろくなかったのだ。 しかし、試合はすでに最終セット。悠理の活躍であちらが優勢。準優勝で満足しておきますか、と当初からの清四郎の計算通り。 下手に悠理に勝ってしまっても後がうるさいからだったが。そんな清四郎の思惑も悠理は察しているのだろう。勝っているのに、彼女はひどく不機嫌顔だった。 清四郎が、一度もコートに立たないことが不満なのだ。 清四郎をねめつける悠理の目がボーボーと熱く燃えている。 清四郎は苦笑しながらスコアブックを顔の前に掲げ、悠理の燃える闘魂をはじき返した。 彼女とて最初はこの大会にはさほど乗り気の様子ではなかったのだが、試合が進むにつれ、単純にも燃え上がってしまったらしい。 先程も自チームの魅録を引っ張り出そうとして、ベンチから離れる気はない友人にうっとうしいと蹴りを入れられていた。 そして、今度はその矛先が敵チームの清四郎に移ったようだ。 悠理が弾丸スパイクで顔面を狙って打つのも、美童に対してだけではない。清四郎のチームの男子は、もう二人も鼻血を出して保健室送りにさせられていた。 残るベンチ要員は女子ばかり。男女混合チームで女子3男子3は、厳正なルールだ。 「怖気づいたか、ラスボス、悪の首領ーーー!!」 悠理の挑発には苦笑していた清四郎だったが、自チームコート上のクラスメイトから、すがるような視線を向けられ、ついに重い腰を上げた。 「やれやれ。誰がラスボスですか。どっちかというと悪はこの場合、悠理の方だと思いますがねぇ」 清四郎のつぶやきに、鼻にティッシュをつめたクラスメイトたちが涙目で頷いた。 有り余る才能。野生児もかくやの身体能力と勘でたいていのスポーツを楽々とこなす剣菱悠理だったが、どの部にも所属していない。 ”努力根性真面目に青春”が性に合わない、とは本人の弁だが、なによりこの学園に彼女とタイマン張れる人間がいなかったせいもある。 共にエスカレーターで幼稚舎からこのお坊ちゃん校の生徒である悠理と清四郎だったが、親しくなったのは中三になってから。 そして、開校以来の秀才で、幼稚舎の入園式に悠理に蹴飛ばされベソをかいていた清四郎が、実は武道の達人であることを彼女が知ったのもごく最近。 悠理は清四郎と勝負できる機会を狙っていたらしい。 清四郎がメンバーチェンジを告げると同時に、美童を含む男子三人が安堵の表情で駆け寄ってきた。 「美童はいま替わったばかりでしょうが」 シッシと手で戻る指示を出すと、美童は泣き出しそうな顔をした。 「長身で運動神経の良い美童は貴重な戦力ですよ。僕の指示通り、ブロックを頼みます」 清四郎はサーバーと替わり、ボールを手にラインに付いた。 二階桟敷席をちらりと見る。バレー同好会の生徒会長が、身を乗り出して好ゲームの決勝戦を見守っている。 彼の名簿のトップは剣菱悠理の名がすでに書き込まれているのだろうが、学園一の問題児の彼女を部活に引き込むリスクは承知しているだろう。 「・・・あまり目立ちたくなかったんですがねぇ」 ネット越しから、前衛の悠理が目をランランと輝かせて睨みつけてくる。 清四郎は白球を頭上高く投げ上げた。 「ま、付き合ってやりますか!」 悠理とつるむようになって、学園生活が数倍おもしろくなったのも事実。 清四郎の足がラインから離れた。 「い、いきなりジャンプサーブかよー!?」 身動きできない相手コートに、サーブが突き刺さった。シンと体育館が静まり返る。 試合のムードが一変した。 「美童、今です!」 ベンチからもこれまで、清四郎がタイミングの指示は出していた。 スパイク体勢の悠理の前に、美童の長い両腕が壁を作る。 美童の手に赤痣を作りつつ何度かはじき返されている悠理は、咄嗟に右手から左手に切り替えスパイクを打ち込んだ。 結果的に、それはブロックをかわす一人時間差となった。 しかし、清四郎は弾道を読んで動く。ブロックのおかげで、球筋は簡単にわかった。ワンタッチを狙うようなプレイは彼女好みではない。 清四郎にあっけなくボールを拾われ、悠理は顔色を変えた。 「くそっ」 前衛でスパイク体勢の鮎原某(バレー同好会)の速攻を警戒してブロック態勢に入った悠理に、清四郎は笑みを浮かべる。 「早川さん、こちらに!」 鮎原嬢とのコンビプレイを得意とする同じくバレー同好会のクラスメイトに清四郎は指示を出した。 ラインの外から、ジャンプする。 ここらで、悠理にはっきり示しておくのもいいかもしれない。どちらが上か。 「バ、バックアタック〜〜ッ?!」 ネットに張り付いていた悠理が、後ろ向きに走り出した。 高く上がったボールを、清四郎は思い切り体を逸らせて打ち込んだ。 ネットは女子用。彼にはさして難しいプレイではない。 一気に試合を決めようとした清四郎は、後衛を突き飛ばして走る悠理に目を見開いた。 「ほぅ」 思わず漏れた感嘆の声。しかし、悠理は頭から突っ込むが、届かなかった。 「くっそぉぉ!」 悠理は床を叩いて悔しがる。 悠理に蹴倒されたパイプ椅子を直す魅録を手伝いに、可憐と野梨子がベンチにやって来た。 「そろそろ、試合は決まりそうだわね」 「清四郎を引っ張り出した時点で、こうなる展開は容易に読めましたわ」 魅録は女友達のクールな意見に苦笑する。 野梨子は新しい友人に、唇を尖らせた。 「いいんですの、魅録。あなたが出ていれば・・・」 「よしてくれよ、こんなんメンドクセー。だいたい、俺が出れば、清四郎がもっと早く腰を上げてたんじゃねー?」 「それは言えますわね」 コート上では、ローテーションで清四郎が前衛に上がっていた。 後衛の悠理は歯を食いしばって清四郎だけを見つめている。 そして、それに答えるように、清四郎がサーブカットからツーでそのまま敵前衛のタイミングを外し、スパイクを打ち込んだ。 「させるかっ」 鋭くコートに落ちるボールに、常人を凌駕する反射神経で悠理は反応する。 かろうじて、片足の先がボールに当たった。運よく、ボールは大きく天井に向けて跳ね上がる。 「まぁ、まるでサッカーですわね。いいんですの?」 「ああ、体のどこに当たってもいいのさ」 「よくあんなのに反応できるわねぇ。ぜんぜん見えなかったじゃない」 「ほとんどヤマ勘だな」 しかし、悠理の運もそこまでだった。 大きく浮き上がったボールに、清四郎がふたたびジャンプをあわせていた。 「げぇっ」 見上げた悠理の目に映ったのは、スパイク体勢の清四郎。 悠理は確信していた。 体育館の灯かりの逆光で表情はよく見えないとはいえ、間違いなく、清四郎があの笑みを浮かべているだろうことを。 してやったり、の悪魔の笑み。 清四郎がダイレクトでアタックを打ち込み、試合は決した。 「・・・あーあ、悠理が清四郎に勝てるわけはないのに、ねぇ」 コートに汗まみれの体を横たえてうつぶせている友人に、ベンチから仲間たちは溜息をついた。 「ああ。だけど」 魅録は口の端をあげて微笑する。 「清四郎を引っ張り出せるのも悠理だけだぜ?」 その言葉に、野梨子はコート上でほくそ笑んでいる幼馴染に目を移した。 額に浮いた汗をぬぐい、ニヤニヤ笑みを浮かべて悠理を見下ろしている清四郎。 顔を上げ、歯軋りしながら清四郎を睨みつける悠理に、清四郎はビシ、と指を掲げて見せる。 二本の指が形作るブイサイン。 それは、温厚で人格者だと思われていた優等生とは程遠い姿だった。 「・・・大人気なさでは、いい勝負かもしれませんわねぇ」 隣家に生まれて十五年間、兄妹同然の付き合いをしてきた幼馴染が、こんな性格であるとは、野梨子だとて知らなかったのだ。 彼が、悠理たちとつるみだす以前は。 そして、『能ある鷹は爪隠す』が座右の銘(のうちの一つ)である優等生は考えていた。 バレー同好会などに入会させられる前に、現生徒会長を退陣させる方法を。 数日後。聖プレジデント学園高等部は、前人未到、その後もあり得ない4年間もの長期政権を敷く生徒会長を、 迎えることになる――――。
なんかいきなり書きたくなったバレーネタ。実は「アタックNO.1」に憧れて、バレー部に所属していた青春時代。でも「アタック〜」より
清四郎はVサインのイメージなんで。(でも「アタックNO.1」もいつか書こうっと。) |