すき


後日談2


 

 

 

黄桜家にその日皆が呼ばれたのは、可憐自らが執り行う誕生会&失恋報告会だった。

まがうことなく、ヤケクソの産物。

当初の予定では、可憐のバースディは何十人目かの玉の輿候補である先日までの彼氏とふたりきりで祝う予定だったのだから。

 

「あの男、実はマザコンだったのよ〜〜」

 

可憐自らが腕を振るった料理に皆が手をつけるその前に、すでに本日の主役はきこしめしていた。

 

「大方の男性は大なり小なり、マザコンだと聞いたことがありますわ」

「そ、それは極論すぎるぜ、野梨子」

あの母を持つ魅録は、マザコンと言われればシャレにもならない。

男性陣は苦笑い。

毎度のことだとはいえ、可憐の男運のなさに同情しつつ、皆は杯を重ねた。

 

「あ、そうだ、可憐」

人一倍旺盛に料理を片づけることに邁進していた悠理は、思い出したようにテーブルから顔を上げた。

「なんか欲しいもんない?誕生日プレゼントに」

 

美童相手にからんでいた可憐は、悠理に顔を向けた。

「あら、どういう風の吹き回し?」

これまで、お互いの誕生日をこうして集まって祝うことはあっても、プレゼント交換をする習慣などなかった。

日本一の大金持の御令嬢からの提案に、傷心可憐の瞳が光る。

「あ、でも高いもんは駄目だぜ。ほら、あたいバイトしてたろ。バイト料が入ったから」

「あら」

可憐の目から物欲の光は消えた。

「なに言ってるのよ。そんなお金でプレゼントなんてもらえないわ」

その可憐の言葉に、悠理は首を振る。

「おまえあたいの誕生日にケーキ焼いてくれたろ?あたい料理とかなんにもできないしさ。初めてのバイト代で、みんなになんかあげたいんだ」

「え、そんな、もったいないわ。記念なんだから大事になさいよ」

 

黙って聞いていた清四郎が、微笑して口をはさんだ。

「もらってあげて下さいよ、可憐。悠理がバイトを始めたいって言い出したのは、自分の力で誕生日プレゼントをあげたかったからなんですよ」

可憐は目を見開いた。

初耳の他のメンバーも驚いた顔で、悠理を見つめる。

悠理は頭を掻いて照れ笑い。

「へへへ・・・ちびっとだけなんで、ろくなもん買えないけどな。みんなの誕生日にはまたバイトすっからさ」

 

「ま・・・悠理ってば」

感激屋の可憐は瞳を潤ませた。

「もうもう、男なんかより、あんたの方がよっぽど素敵だわ〜!あたし、趣旨変えしようかしら!」

そう言って、両手を広げて悠理の首に手を回した。

「お姉さんがお礼のキッスしてあげちゃうっ」

「げっ」

誰がお姉さんだよ、と悠理は思わず腰が引ける。

しかし、可憐は悠理の頬に顔を寄せた。

 

「んー♪」

可憐のピンクの唇が悠理の頬に触れようとするそのとき。

電光石火、達人の技が光った。

 

ブチュッ

 

盛大なキッス音。

しかしそれが決まったのは、悠理の頬にではなかった。

 

「「「せ、清四郎・・・!」」」

傍観していた美童、野梨子、魅録の声が重なる。

 

「きゃ・・・きゃーだっ!何すんのよ、清四郎!!」

可憐が事態に気づき、わめきはじめた。

可憐のキスを受けとめたのは、清四郎の手のひら。

目にも留まらぬ達人の動きで、清四郎が悠理と可憐の間に手を差し入れていたのだ。

「あ・・・」

可憐ににらまれてはじめて気づいたように、清四郎は自分の手を見つめた。

 

「なんであたしがあんたの手にキスしなきゃなんないのよー!」

「せ、せーしろー・・・?」

悠理も絶句している。

呆然としていた清四郎は悠理と可憐を見比べて、ぽつりとつぶやいた。

「・・・いや、つい」

 

その言葉に、吹きだしたのは美童だった。

魅録も身を二つ折りにして腹を抱えている。

その隣では、野梨子もぶるぶる震えて笑いをこらえていた。

 

可憐はそんな仲間たちの反応を、え?という顔で見回した。

「なに?なんなの?まさか・・・」

可憐は清四郎と悠理を振り返った。

 

 

悠理は憮然とした表情で、清四郎の手にベットリついた可憐のキスマークを見つめていた。

「おまえなー、なに考えてんだよ」

「いや、別になにも。無意識に手が」

清四郎はさすがに気まずそうに手を拭う。

――――悠理の頬で。

「うわっ、なにすんだよ!」

「返しますって」

悠理の頬は可憐のリップの色に染まった。

清四郎はニヤニヤ笑っている。

これは無意識でなく、イヤガラセらしい。

不意打ちとはいえ、悠理が避ける隙のないほど清四郎の手は早かった。

やはり、達人の動き。

 

「・・・それにしても、清四郎、あんたって手、早いわねー」

いつも通りのふたりの様子に、可憐は呆れて呟いた。

清四郎は可憐に向き直り、ニヤリと口の端をあげた。

「いえ、それほどでも。まだキスだけですから」

 

その言葉で。

 

悠理はバフンと爆発し、清四郎に飛び蹴りをかました。

美童は口笛を吹き。

魅録と野梨子はとうとう爆笑した。

 

「なによー!知らなかったの、あたしだけ〜?!」

本日の誕生会の主役は唇を尖らせ、ふくれっつら。

 

「清四郎が悠理に惚れてるのなんか、見てりゃわかるじゃないか。随分前から知ってたよ」

と言う美童に、野梨子もまだ笑いながら肯く。

「「えっ」」

焦ったような顔をしたのは、当のカップル。

「そんなに僕はわかりやすいですか?」

「う、嘘ぉ」

 

机につっぷして笑っていた魅録が、顔をあげた。

「だからおまえさんらは、傍迷惑だっつーんだよ。結局、似たもの同士なんだよな」

悠理の蹴りをかわしながら、清四郎は片眉を上げる。

「それは聞き捨てなりませんな。僕と悠理のどこが似てるっていうんですか。たしかに僕は早合点なところがありますがね。悠理の脳味噌の配線はタコ足状態なんですよ、それで時々断線します。一緒にしないで下さい」

「あ、あー!それって、あたいのことバカっつってる?」

「ありていに言って、そうです」

 

魅録はゲラゲラ笑った。

「怒るな悠理、清四郎は照れてるだけだから」

清四郎は初めて、頬を染めた。

「勝手に翻訳するなっ」

狼狽し怒鳴った清四郎の赤面した顔。

 

常のすまし顔が崩れると、清四郎も年相応だ。

「清四郎って、案外・・・」

驚いた可憐が口を押さえる。

野梨子はクスクス笑う。

美童は余裕の笑み。

魅録はウインク。

 

「可愛いよなー、清四郎ちゃん。惚れちゃいそーだぜ」

ちょっとシャレで済まない魅録の真情はふざけた口調に隠される。

「そういう冗談は、覚悟して下さいよ!」

拳を握りしめた鈍い男はきっと一生気づかない。

彼らの恋のキューピッドの小さな秘密。

 

そして、もうひとりのキューピッドは。

 

「またバイトって、悠理。あのキューピッドですの?」

野梨子が悠理に微笑を向けた。

悠理は首を傾げる。

「え?ああ、万作ランドはもう無理かなー。バレちゃってるし」

 

あの日の夕暮れ。

キューピッドの矢が刺さった胸。

もう痛みよりも、そこには切ない愛おしさが満ちる。

 

「まぁ、では『菊正宗 悠理』には当分会えないんですわね」

それは、バイトで使った偽名。

 

「「「”当分”・・・・は、ね」」」

美童、可憐、魅録の声が重なった。

 

今さらのように羞恥に顔を染めたカップルを、仲間たちはニヤニヤ見守る。

 

やっと通じた想い。

もう放さない恋。

からかわれ続けるくらいは、覚悟が必要だ。

ずっと、これからも続く、幸せな日々とひきかえに。

 

 

 

 

 

Happy end

(2006.5.20改稿)

 

 

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