ら・ら・ら

 〜いつものバレンタイン〜

            BY フロ

 

 

 

pm5:00

 

まだ夕刻だというのに、空は暗澹と暗く。超高層ホテルの窓からも、ひどい吹雪に一寸先が見えない。

 

「やはり、今日東京に戻るのは無理です。空の便はすべて欠航、JRもダイヤが回復しそうにありません」

 

秘書の言葉を予想していた清四郎は、用意していたレンタカーの鍵を手に取り扉に向かった。

「じゃあ、運転して帰りますよ」

「そ、そんな!菊正宗専務にそんなことさせられません、私が運転します!」

内外で剣菱の後継者として正式に承認され、いまや実質的トップの清四郎だったが、仕事上では菊正宗姓で通している。

高校生の頃から経営に参画していた為で、決して、離婚再婚を繰り返しているからではない。

もっとも、現在の彼の戸籍上の姓は、本当に『菊正宗』であるのだが。

その菊正宗清四郎氏の秘書は、専従ではないものの、三人いる。

親ほどの年齢のベテラン男性秘書と、本社執務室付の若く美しい秘書嬢(ただしレズ。人選は百合子夫人)がいたが、今回の出張に同行しているのは、清四郎よりも若い剣菱商事の男性社員だった。

「ここ数日の強行軍で、君は風邪気味でしょう。運転なんてまかせられません」

清四郎に渡された風邪薬を飲んだばかりの彼は、ぐ、と詰まった。

「じゃ、じゃあ、運転手をすぐに雇いますので!」

進路を遮ろうとする秘書を、清四郎は有無を言わさぬ笑みで退けた。

「人を頼んでいる時間が惜しい。第一、この雪ではタクシーも長距離は拒否するでしょう。僕はなんとしても、今日中に家に帰りたいんです。これは僕の我侭ですので、気にしないでください」

 

今日は2月14日。

毎年この日だけは、万難を排し悠理の元に戻るのだと、清四郎は決意していた。もう、何年も、ずっと。

 

 

pm10:00

 

吹雪の道路を疾走する四駆。

スタッドレスタイヤがきしりながら路面に跡をつける。

もう5時間近く、運転を続けている。都内の交通網が完全麻痺していない限り、なんとか日付が変わる前に自宅にたどり着けそうだ。

清四郎は運転しながら取れる非常食の袋を開けつつ、吹雪の高速道路の彼方を見つめた。

 

『奥様・・・いえ、悠理様によろしく』

己の体調管理の甘さを悔やんでいるに違いない秘書が、申し訳なさそうに差し出したのは、ホテルの売店で急ぎ揃えたと思しき菓子類やペットボトル。

清四郎はハンドルに手をかけたまま、板チョコのパッケージを歯で齧り開ける。

日頃は甘い物をさほど好まない清四郎だったが、疲れと空腹で、すぐに食べきった。

 

皮肉を感じる。

秘書の照れた表情で、彼が『元・奥様』のために清四郎が飛んで帰るのだと思っていることは明らかだったが。

実のところ、清四郎が今年のバレンタインに食べるチョコは、男性秘書から渡されたこれが最初で最後かもしれないのだ。

 

 

元妻で目下同居人の悠理と、清四郎が出会って早四半世紀。最初の婚約からでも、すでに十年。

しかし、清四郎が悠理からバレンタインに何かを貰ったことは、チョコレートにしろ他のものにしろ、

一度もたりとも、ない。そう、ただの一度も。

 

 

学生時代も剣菱に入ってからも、バレンタインデイとなると清四郎の手元には望みもしない贈り物があふれかえった。恋愛にも女性にも興味のなかった清四郎には憂鬱なだけのイベントだ。

清四郎以上に学園のアイドルだった悠理にとっては、バレンタインデイはチョコを腹いっぱい食べられる日、という程度の認識だったろう。

 

しかし、社会人となってから、その悠理の認識も変わったはずだ。

――――貰う日から、渡す日へ。

 

なにしろ、一見プータローに見える生活ではあるものの、悠理も剣菱財閥の顔として、慈善事業は熱心に行なっている。

クリスマスや正月と同じくバレンタインも、剣菱の援助する世界各国の施設に向けて、足長おじさんよろしくプレゼントを大量にばら撒いている。

しかしやはり、恵まれない子供でもない清四郎には、悠理は慈愛のカケラも寄越してくれたことはない。

 

清四郎がバレンタインを悠理と共に過ごそうとするのは、なかば意地。

付き合いの長さと紆余曲折の関係に比例して、やたら多い祝日記念日のたぐいの中でも、唯一ふたりっきりで過ごせる日でもあるのだし。 

それに、今年は何かが変わる期待と予感を、清四郎は感じていた。

 

逸る心でアクセルを踏み込む。

悠理の元へ帰るために。

目下二度目の離婚中である、元妻で同居人で悪友で幼馴染の、彼にとってたった一人の女の元へ。

 

 

 

 

 pm11:30

 

 

 剣菱邸の自室の扉を清四郎が押し開けたとき、鼻腔を甘い匂いがくすぐった。

カカオの芳香。

 

「あ、あれ?清四郎、今日帰ってこれたんだ・・・雪降ってたろ?」

ソファで寛ぎ、夜のオヤツを楽しんでいたらしき悠理は、ケーキ皿を抱えた状態で、びっくり目。

皿の上には、チョコレートケーキの残骸。悠理の手の中に、一片が残るのみ。

手づかみでケーキをがっついていた悠理は、なんとも色気のないパンダの着ぐるみツナギ姿だった。

十代ならまだしも、もうすぐ三十路の元妻のこの格好に、清四郎は苦笑を漏らした。

 

悠理は、変わらない。

馬鹿で、無邪気で、意地っ張り。

 

「・・・今日はなんとしても、帰って来たかったんですよ」

「え?な、なんで?」

 

だけど、清四郎を見上げる悠理の頬は、わずかに染まっている。

最近、清四郎がじっと見つめると、悠理は恥らうように頬を染めるようになった。

まるで初恋を知った少女のように。

 

出会って二十五年。友人として四六時中つるむようになってから十五年。最初の婚約から十年。

恋愛感情不在のまま、政略結婚してしまったふたりだったが。

やっと、悠理も自覚に至った。友人に指摘されて、だが。

 

とうに、清四郎は気づいていた事実。

お互いがかけがえのない存在だということ。ふたりは離れられないということ。

――――永遠に続く恋を、しているということ。

 

 

「悠理、そのケーキ・・・」

清四郎は肩や頭に降り積もった雪を払いながら、コートを脱いだ。

車を車庫に入れる時間も惜しく正面玄関に乗り捨てて屋敷に駆け込んだために、雪の洗礼を受けた。

6時間以上ノンストップで運転してきたため、疲労困憊。ただでさえ、今回の出張はハードな日程だった。

乱れた前髪を後ろに撫でつけながら、悠理の手のケーキを見つめる。

 

今年こそ、と清四郎は内心期待していた。

今年のバレンタインは、いつもと違うはず。

 

悠理は清四郎が帰らないと諦め、淋しくひとり片付けていたのではないか。

彼のために用意した、チョコレートケーキを。

 

「ん?これ?」

悠理は清四郎の視線に気づいて、自分のつかんでいるケーキに目を向けた。

あぐ、と大口を開け、頬張る。容赦なく。

「う!」

思わず詰まった声を上げた清四郎を、悠理は小首を傾げ見上げる。

「らに?おまえ、欲しかったの?甘いの、好きじゃないらろ?」

 

清四郎はガックリ肩を落とした。

期待しただけに、失望は大きかった。

 

「・・・今日は大切な日だから、僕は必死で戻ってきたんですけどね・・・」

思わず、泣き言が漏れる。

「らに?」

悠理はもぐもぐ口を動かしながらもう一度、首を傾げた。

「今日って、なんかの日だったっけ?あたいもおまえも父ちゃんも母ちゃんも兄ちゃんも五代も名輪もショウちゃんもレイちゃんもトモリンもハッちゃんも違うし・・・タマとフクも・・・」

家族はおろか、使用人やらペットやらの誕生日を思い描いている悠理に、清四郎はため息をついた。

「誰かの誕生日じゃありません!第一、なんでタマやフクの誕生日に僕が必死にならなければならないんですか」

「じゃ、なんかの記念日だっけ?最初の結婚は春だったよな?二回目は秋だったし・・・あ、そだ、最初に婚約したのは冬だったっけ!」

「五度目の婚約も冬でしたけどね。違います」

 

清四郎は小さくため息をついた。

「記念日に、したいところだったんですけどね・・・」

口中で彼が呟いた言葉は、悠理には聴こえなかったようだ。

 

「清四郎、疲れてるね。風呂入って温まってくれば?」

「ええ・・・」

寝室と続きのバスルームに向かう清四郎のあとを、パンダ姿のまま悠理はトコトコついてくる。

「悠理も一緒に入りますか?」

それは、ふたりの習慣だったから。悠理と共に寛ぐバスタイムは過酷な企業戦士にとって、一番の休息時間なのだ。

「あたいは、もう入ったもん。おまえが帰ってくると思わなかったしさぁ。歯を磨いて寝るよ。おまえも、大浴場の方に入れば?今日はゆず湯だよ」

「柚子などより、悠理がいいんですけどね・・・」

今度の呟きは、悠理にも聴こえたようだ。

パンダは真っ赤な茹蛸に変わり、歯ブラシを振り回して清四郎をバスルームに追いやった。

 

 

 

 pm11:50

 

 

清四郎がバスルームから戻って来たとき、すでに寝室の灯かりは落とされ、悠理はベッドに入っていた。

そっとキングサイズのベッドに身を滑り込ませ、隣を確認する。

悠理はパンダツナギを脱いで、深いエンジ色の絹のパジャマを着けて眠っていた。

清四郎と揃いのパジャマ。

「着ないで待っていてくれると、もっと嬉しいんですがね」

着ぐるみ姿でないだけ、よしとしよう。

 

ベッドに横たわった清四郎は、自分に背を向け眠る悠理の体に腕を回した。

シャンプーの香りのする柔らかい髪に顔を埋め、そろそろとパジャマの上から絹の肌触りを楽しむ。

背後から抱きしめ、悠理の胸元を掌で何度も撫でる。

絹の上から掌に感じる小さな果実を掘り起こし、指先でくすぐった。

「・・・ん」

しなやかな体が身じろぐが、まだその口から漏れるのは小さな寝息。

悠理は狸寝入りでなく、本当に寝入ってしまっている。

彼女も今日は疲れたのだろう。きっと、イベントやらプレゼントやら、清四郎以外の人間に慈愛を振りまくのに忙しく。

 

なんとなく、拗ねたい気分に陥った。

苛めたくなる。

 

 

悠理を苛めたくなるのは、清四郎にとって遥か昔からの慣れた衝動。

その理由に、気づくのは遅かったけれど。

 

背後から悠理を抱きしめたまま、清四郎は指でつまんで布の上から胸の先を擦る。

柔らかな生地が小ぶりな乳房に絡んで、艶めかしい陰影を作っている。

右手で胸を苛めながら、左手を体の線に沿って下降させつつ。

白い項を露にしてそっと口付けた。

悠理が、目覚めないように。

 

パジャマのボタンをゆっくりと外し、背後から回した腕を彼女の狭間に差し入れる。

絹よりも滑らかな肌。

鼻腔をくすぐる、甘い匂い。

後ろから抱きしめたまま、彼女の肌を撫でる。柔らかな胸と、湿った脚。

ふたりの体がピタリと重なり、隙間がなくなる。

男と女の体は、重なるようにできているのだと、実感できる。凹凸の激しい、彼らふたりでさえ。

合わさるために生まれてきた、半身。

 

 

「ん・・・せいしろ・・・どこ・・?」

悠理が身じろいだ。背後の彼に気づかず、手がシーツを辿る。

彼を探す悠理の手の動きに、清四郎は微笑みを浮かべた。

「僕はここだ、悠理」

耳元で囁くと、悠理は寝返りを打った。

甘えるように両の腕が、清四郎の肩に回る。

ボタンをすべて開けたために露になった白い胸を、悠理は清四郎の胸に押し付けてくる。

たがいの心音が重なった。

「せいしろ・・・」

吐息とともに、安堵の呟き。

睦言のように、甘い声音。

だけど、悠理のそれは寝言に過ぎない。

 

「・・・おまえは、眠っているときの方が素直なんですよね」

清四郎は華奢な体を抱きしめながら、小さく笑った。

 

 

重なった心音が、想いを告げる。

――――愛していると、鼓動が繰り返す。

 

 

 

「・・・結局、いつものバレンタインでしたね」

背に回した手を、ゆるゆると下に伸ばす。

パジャマを脱がせ下着の隙間に指を忍び込ませる。

すでに潤んでとろける部分を、優しく愛撫した。

 

吸い付くような肌に唇を寄せる。

甘美な芳香と熱にやわらかくとろける体は、まるで極上のチョコレートのようだ。

胸を締め付ける、やるせない苦味までも。

 

彼が味わうことのできる、最高のチョコレート。こっそりと彼女から奪う、バレンタインギフト。

 

しっとりと濡れた内部は、悪戯な指をやわやわと締め付ける。

小さな果実を別の指で擦ると、さすがに悠理が薄く目を開けた。

 

「ん・・・」

まだ、目覚めなくていい。

清四郎は悠理の瞼に口付けを落とす。

薄い皮膚の感触に、胸が震えた。

口の中で溶けるトリュフのように、壊れやすく脆い。

 

大事にしたいと思う一方で。

苛めたくなる。

鈍感で意地っ張りで、子供のままの彼女で居て欲しいと思う心の裏側で。

いつか、応えて欲しいと願ってしまう。

 

 

夢うつつのまま無意識に伸ばされた白い腕を、絡め取る。

しなやかな脚を開かせ、熱く疼く部分を重ねる。

彼女を知ってから、彼女しか求めたことのない男の欲望を深く埋めた。

 

「あ・・・あ、清四郎・・・」

快感に上気した悠理の頬に、何度も口付けた。

そして、甘く誘う唇に。

舌を絡め、唾液も吐息もすべて奪い。

息が止まるほど深く、彼女を求める。

開かせた体の奥の奥まで穿ち、追い求めながら。

二箇所で、深く交わり犯す。

それでも、まだ足りない。

 

 

彼女を縛りつけ腕の中に閉じ込めようと、焦燥感から、逃れられない。

我侭な男の、一生に一度の恋。

――――永遠に続く、恋。

 

 

 

 

 

 

 pm12:00

 

 

こうして、いつものバレンタインは過ぎていった。今年も、この何年かと同じように。

甘く、そして、ほろ苦く。

 

 

 

 

 

――――Sweet sweet valentine's day――――

 

 


ららら馬鹿夫婦の、いつものバレンタインです。本人たちはともかく、はたから見ればラブラブ夫婦。あ、まだ離婚中なので、元夫婦ですね。ただし、清四郎の方は、離婚期間=婚約期間くらいの認識らしい。(笑)

 

 

 

 

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背景:柚莉湖♪風と樹と空と♪様