Holy Night

  

 

 

 

札幌、夜7時。

この日バラバラに過ごしていた仲間たちとの、待ち合わせ時間だ。

ホテルのロビーは暖かだったが、これから繰り出す窓の外の雪空を見て、俺は革ジャンを羽織った。

 

札幌旅行二日目の今日は、俺的にはさんざんだった。

 

まず、昨夜は記憶が定かでなくなるほど深酒してしまい、朝から手酷い起こされ方をした。

なにしろ、眠ったままバスタブに放り込まれ、シャワーの洗礼を受けたのだ。

俺がした(らしい)イタズラへの報復にしても、清四郎は悪魔だ。なにしろ、イタズラというのは、ヤツの寝顔を携帯で撮ったとかいう、他愛ないものだった(らしい)。

 

日中は、体力無尽蔵の化け物悠理と、スノボ三昧。

可憐も一緒にスキー場へ行ったものの、俺と悠理のペースについて来れるはずもなく、ひどく機嫌を損ねてしまった。

放ったらかしに気づいた俺が要らぬ気を回してフォローしようと声をかけたのが、可憐と同じようなウエアを着た30代女性だったものだから、ますます可憐はオカンムリ。

可憐は午後から野梨子とスパに行くと言い捨て、帰ってしまった。

女という生き物は、つくづく難しい。

 

スパといえば、なおも俺を疲れさせたのは、悠理だ。

スキー場からの帰路、沿道に露天風呂の看板を見つけ、寄ってくれとせがまれた。早目にスキー場を出ていたので時間的には余裕だったが、ただでさえ二日酔いと遊び疲れで消耗していた体力を、入浴と運転で使い果たしてしまった。

おかげで、ホワイトイルミネーションの屋台を皆でひやかして歩こうという約束を、俺はパス。ホテルで爆睡してしまった。

 

 

 

 

ロビーで皆を待っていると、腹が鳴った。

二時間たっぷり眠ったおかげでやや復活。悠理ではないが、夕食のジンギスカン鍋が楽しみだ。

 

ホテルのエントランスにタクシーが止まった。降りてきた可憐と野梨子に、俺は手を上げて合図する。

「魅録!あんた、大通公園に行ってなかったのね!」

「まぁ、じゃあやっぱりさっきのは・・・」

なんだか、彼女たちは妙に興奮している。スパでつやつやピカピカになった肌が薔薇色に輝いている。

女という生き物は、なかなかに美しい。

 

「どうしたんだ、いったい?」

野梨子と可憐は、きらきら目を輝かせ、俺に顔を向けた。

「悠理と清四郎ですわ!」

「あ?」

「さっき、タクシーで歩道のカップルを追い越したのよ。仲睦まじげに手を繋いで歩いてるもんだから、まさか最初あいつらだとは思わなかったんだけど」

「カップル〜?夜道だから見間違えたんじゃないか?」

「確かに暗くて顔は良く見えなかったけど、二人とも長身だし、歩き方でわかるわよ!」

「じゃ、あいつらかもしれないけど、どうせ悠理がぴょこぴょこ跳ねるんで、清四郎が首根っこ捕まえてた、とかいうんじゃないか?」

 

「「あれはそんなんじゃない(です)わよ!!」」

野梨子と可憐の踊る声が重なった。

 

次の瞬間。

俺も、彼女らの言葉を信じた。

ホテルの窓の外を歩いてくる人影が目に入ったからだ。

 

見間違いようのないふたり。

黒コートの清四郎の手は、レモンイエローのジャケットを着た悠理の手をしっかり握っている。

そして、見つめあい微笑みあうふたりの、とろけそうなほど甘い表情。

なるほど、知らぬ者が見れば幸福そうなカップルにしか見えないだろう。

 

だけど、清四郎と悠理だぜ?

どうせ、悠理は夕食のことでも考えてニマニマしているに違いない。きっと涎のオプションつきで。

清四郎は――――ヤツのああいう顔には、見覚えがあった。どこでだったかは、思い出せない。

 

 

 

 

 

「おや、僕たちが最後でしたか」

ロビーに入って来た清四郎は、俺たちに声をかけ肩の雪を払った。さすがにもう悠理と手は繋いでいない。

だけど、悠理の頭や服に積もった雪を払ってやっている清四郎の表情は、さきほど垣間見た笑みをまだ浮かべている。

「美童がまだ戻ってませんわ」

「美童はデートをもうしばらく継続させたいらしくって、ジンギスカンをパスするそうですよ。メールが来ました」

「ふぅ〜ん。美童と魅録が一緒じゃなかったんなら、あんたたちふたりっきりで、デートして来たんだ♪」

可憐が邪気たっぷりの笑顔で、清四郎と悠理に人差し指を突きつける。

「まぁ、そんなもんですかね」

「なっ・・」

ニヤリと口の端を上げる清四郎に、悠理は絶句。

予想外のふたりの反応に、俺は心底驚いてしまった。

 

なにしろ、清四郎はともかくも、悠理は真っ赤に顔を染めたのだ。

まるで恥らう乙女のごとく。

 

あの、悠理が、だ。

 

驚きのあまり、俺は要らぬことを言ってしまった。

「どうしたんだ、悠理、まるで女みたいじゃねぇか!」

悠理はぷっくり頬を膨らせる。

「ふぬっ、あたいは元から女だじょー!」

「だっておまえ、さっきは露天風呂の男湯に平気で入って来たくせに・・・」

 

 

「「「な、なんですって〜〜っっ?!」」」

 

仲間たちの驚愕の叫びがロビーに響き渡った。

だけど、驚いたのはこっちの方だ。

 

「・・・・・。」

背中に嫌な汗が流れる。

悠理ほどではないにしろ、俺にだって自己防衛本能はある。

警戒警報が脳内に鳴り響き、体が緊張に固まった。

 

なにしろ。

清四郎の全身から、真っ黒いオーラが吹き上がっているのだ。

視線に殺傷能力があるなら、俺は瞬時に心停止に追いやられていたに違いない。

 

明らかに、あからさまに、清四郎の俺に向ける波動は嫉妬と疑念。

「・・・何があったんですか?」

「・・・こっちの台詞だぜ」

悠理のことなんか、犬猫扱いで足蹴にしていた男の、この変わりよう。何かがあったとしか思えない。

そう、昨夜まで、清四郎は――――

 

泥酔の結果忘れ果てていた昨夜の記憶が、蘇った。

 

意外にフェミニストな清四郎が、酔いつぶれた野梨子と可憐を優しく介抱するのに対して、悠理にしていた粗雑な扱い。

まるでペットのようだと思った自分の感想まで、思い出すことができた。

そして、そのあとの、寄り添い眠るヤツの顔――――

 

どこかで見たと思った、先ほどのとろけそうな笑顔。

悠理を腕に抱きしめて眠る、清四郎の幸福そうな姿。

それを写真に撮った自分の所業まで、瞬時に思い出してしまった。

 

 

 

「・・・・・。」

背中に再び嫌な汗が流れる。

おどろおどろしいオーラを放っている清四郎から、じり、と距離を取った。

俺は自分が地雷を見事に踏んずけたことを、いまさら気づいたのだ。

 

「男風呂に入ったって、いくらなんでも、悠理・・・」

「はしたないですわ!」

可憐と野梨子が、悠理を責める。

そう、それが正しい姿勢だ。俺の方に殺人光線を放射している清四郎は、筋違いも甚だしい。

「露天風呂の中で、男湯と女湯が繋がってたんだよ〜〜。ちょっと覗いてみただけじゃんか。魅録しかいなかったし、いいかなって」

悠理に悪気はないのだろうが、その発言は、清四郎のオーラをますますドス黒くさせただけだった。

「・・・ほう。魅録なら、いいんですか・・・」

 

良くない!

とにかく、良くない展開だ。

「お、俺はなんも見てねぇぞ!(見たくないし!)悠理はタオル巻いてたし!(布の上からでも凹凸ナシなのはわかったし!)だいたい・・・」

俺は恐怖のあまり、絶叫していた。

 

「悠理相手にその気になるかーーー!!」

 

――――バッチン!

 

目の前に星が散った。両頬がヒリヒリ痛い。

「あんたねー!」

「暴言ですわ、魅録!」

可憐と野梨子から同時に平手打ちを食らったのだと気づいたときには、二人の口撃が始まっていた。

「だいたい、あんたはデリカシーなさすぎ!」

「悠理だって、女の子なんですのよ!いくらなんでも傷つきますわ!」

 

その当の悠理は、俺の方をポカンと見つめている。傷ついている様子どころか、その表情にはむしろ俺への同情が見えるのは気のせいか。

ひとつだけ救いがあるとすれば、悠理の隣に立つ清四郎から、あの暗黒のオーラが消えていることだった。女たちに責められながらも、俺は内心安堵する。

 

笑顔さえ浮かべ、清四郎は悠理の髪をぽんぽん叩いて諌めた。

「悠理も悪いですよ。タオル一枚で男風呂に乗り込むなんて、今後しないで下さいよ」

「む・・・」

悠理は清四郎に唇を尖らせる。

「おまえ相手には、あたいだってしないじょ!」

清四郎の片眉が上がる。

「・・・・魅録だけ特別だとでも?」

 

悠理がこっくり頷く前に。俺は焦って二人の会話に割って入った。

「美童にだって、悠理は平気だよな!俺が特別なんじゃなくて、清四郎だけ特別なんだろ!」

 

苦し紛れの発言だったが、俺の指摘は的を射たらしい。

悠理は真っ赤にふたたび頬を染めた。

 

思わず、俺は見惚れていた。

俺の知る動物じみた少年じみた友人の姿は、どこにもなかった。

悠理は鮮やかに変貌していた。

まるで雪原に咲いた小さな花のように。脱皮した蝶のように。

 

こんな愛らしい生き物を、見たことがない。女というやつは、いつも俺を驚かせる。

 

悠理の変貌に目を奪われていたのは俺だけではなかった。

可憐も野梨子も、そして――――清四郎も。

 

清四郎は言葉もなく、悠理を見つめていた。奴が奪われているのは、視線だけではない。

鈍感な俺にもそれは明白だった。

 

「んま

「うふふ

可憐と野梨子は、肘でお互いをつつきあい、微笑みあった。

「夕食の店に連れてってくれるタクシーを拾ってくるわ。ちょっとそこで待っててね。行きましょう、野梨子、魅録!」

タクシーなどホテルの前に何台も止まっているのに、可憐は意気揚々と野梨子と俺の腕を取った。

清四郎と悠理をふたりきりにしようという意図は明白だ。

俺は可憐に引っぱられ、彼らに背を向けた。

当のふたりは、見つめあったまま。こちらを気にする気配はないが。 

 

 

「・・・・本当ですか、悠理?」

熱病に罹った者のような清四郎の声が、わずかに聞こえた。

「・・・ん?」

悠理の声も、上ずっている。

「僕は、おまえにとって特別ですか?」

「え、えと、その・・・」

 

悠理の返答を聞く前に、俺は慌てて足を速めた。

ホテルのエントランスを出た途端、二重になった防寒扉にもかかわらず、冷気が押し寄せてきた。

 

この零下の中で手を繋ぎ歩いて帰ってきた、先ほどのふたりの姿が脳裏をよぎった。

あんなに温かそうで幸福そうで。それでも、想いを口にはしていなかったらしい。

まぁ、昨夜の状況を考えると、今日この日にふたりの距離は急接近したようだ。

 

あの悠理が清四郎の前では、女の顔を見せる。

清四郎は悠理をのことをペット扱いしてはいたが――――ペットを愛さない飼い主はいないのだ。

 

はらはらと雪が降る。東京のそれとは違い、大きな結晶。

 まるで白い羽が舞い降りて来るようだ。この、奇跡の夜を祝福し。

 

俺的にはさんざんだった今日という日も、奴らには特別な日となったに違いない。

なにしろ、頭でっかちのくせに、恋愛に疎い(こと俺以上の)清四郎と悠理だぜ?この急展開は、奇跡のようなもんじゃないか? 

俺まで、胸のうちがほこほこと温かくなってきた。 

 

しかし、札幌の冷気は東京とは段違い。体は正直に寒さを訴えている。俺は寒風に革ジャンの襟を寄せた。

可憐と野梨子も寒そうだ。

「やっぱり、中で待たねぇか?」

言いながら肩越しに振り向くと、なんと、清四郎が悠理を抱きしめようと両腕を伸ばしていた。

 

心だけでなく、そこまで急接近かよ?!

 

と、一瞬焦ったが、絶妙なタイミングで悠理がしゃがみこみ、哀れ清四郎の腕は空振り。

なにやら落ちた携帯を拾っていたらしい悠理が、空を抱きしめている清四郎を、不審な顔で見上げている。

「・・・ぷ」

思わず吹き出してしまった俺と、清四郎の目が合った。

 

「・・・!!」

ヤバイヤバイ!

 

俺は慌てて目を逸らせた。見なかったふりをして、あさっての方を向き鼻歌など歌ってみる。

「魅録?」

「いきなりどうしましたの?」

可憐と野梨子が怪訝そうに俺を見る。きっと顔が赤らんでしまっているのだろう。

「・・・いや、清四郎と悠理、うまく行くといいな、って思って」

「うまく行くに決まってるわよ!」

「ですわね」

自信満々、女たちは託宣のように言い切った。

 

 

 

ふたりの幸福を祈る、聖なる夜。

 

ふと、懸念が胸をよぎった。今夜悠理は美童と同室だ。”悠理相手にその気にならない”こと確実の美童相手でも、今の清四郎は殺人光線発射必至。俺の例からすると、暗黒オーラをやりすごしても、女性陣からのビンタが待っている。

 

友人に忠告してやろうと、俺は携帯を取り出した。

が、そこに当の美童からのメール着信を見つけた。

 

野梨子と可憐も携帯を取り出している。美童から一斉メールが入ったようだ。思えば、悠理がしゃがんでいたのも、メールの入った携帯を取り出そうとして落としてしまったせいなのだろう。

 

『皆、夕食を楽しんでいるかい?今夜、僕は帰らないけど、部屋割りは変えないでね。』

 

どういう意味だ?

美童が帰らなければ悠理は一人部屋。そのままに、ということは、忍び込もうとする野郎への牽制か?

それともまさか、奨励か?

どちらにしろ、美童はふたりのこの急接近を見抜いていたらしい。

クリスマスでもないのに、美童はこう文を締めくくっていた。

 

『・・・・・聖なる夜に、心からの祝福を。』

 

 

 

 

 

 2006.7  END

 


夏企画が開始したというのに、真冬の話。(笑) いやはや、やっと終わりました。札幌シリーズ。今年の社員旅行も札幌だったら、続いてしまうかもしれませんが。旅行のたびに妄想大車輪のアブナイ私。

美童がトンズラしたために、両頬手形の魅録が、この夜の唯一の被害者となった模様。ミロちゃん、いつもこんな役でごめんね・・・。

 

 

 

 

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背景:Pear box様