ありふれたラヴストーリー

    〜男女問題はいつも面倒だ〜

 

後篇

 

 

「牛タン牛タン牛のベロー♪腹いっぱいに、牛のベロー♪」

「悠理〜、気持ち悪くなるから、その歌やめてよぉ。」

専門店でたらふく牛タンを食べ、その後一行はホテルに戻って来た。

ホテルのバーでしばらく楽しんだが、翌日は朝から観光予定のため、皆は早々に部屋に引き上げた。

 

 

「どうして灯かりをつけないんですか?」

「夜景がすっげ綺麗んだもん。」

清四郎が魅録たちの部屋で風呂を借り自室に戻ると、灯かりを消した室内で、悠理が外を眺めていた。

一目で悠理を喜ばせた大きな窓は、なるほど浮遊感を感じさせる。

窓の外に広がる仙台の夜景が、足元から煌いて見えた。暗闇に浮かび上がる悠理の白い顔は、とても美しい。

しかし、清四郎はさほど感慨を抱かず、本を片手にベッドに入った。ベッドサイドのライトを点け、文庫本を開く。

ダブルのベッドの隣の空間は悠理のスペースだったが、いまさら清四郎が悠理を意識するはずもない。

異性と同じベッドに寝ようというのに、清四郎は平常心この上なかった。もとより年相応の青少年らしいときめきとは無縁の性格であるし、悠理とは何度も雑魚寝している。

――――つい先日までそんな悠理と結婚を前提とした関係であったことは、清四郎の中でとうに棚に放り上げている。

 

「・・・うう、寒っ」

清四郎が本を数章読み進んだところで、悠理がようやくごそごそ震えながらベッドに入って来た。

「湯冷めしたんじゃないですか?そんな薄着で窓に張り付いていたから。」

悠理は部屋に用意されてあった薄手の寝巻き姿だ。男女兼用らしく縦縞のオーソドックスなデザインだが、長めのワイシャツ調の上衣だけで下はない。

清四郎の分も同様に用意があったが、浴衣もあったので彼はそちらを選んだ。

男が素足丸出しのネグリジェ型を着るのには抵抗がある。(そしてもちろん美童は悠理と同じものを着ていた。彼には浴衣よりも似合っていた。)

 

悠理は清四郎の隣の布団に深く潜り込んだ。

「電気、消しましょうか?」

「ううん、いいよ。まだ本読みたいだろ。あたいはどんなとこでも寝られるし。」

「まぁ、そうですよね。」

悠理はジャングルでも廃屋でもOKだ。

 

しかし、それからなお数章読み進んでも、悠理の寝息が聞こえて来なかったので、清四郎も本を閉じてライトを消した。

灯りの消えた室内に、仙台の街の夜景が星のように静かに満ちる。

「悠理、寝たんですか?」

「・・・ううん、まだ・・・。」

声を掛けると、ゴソゴソ布団が動いた。

清四郎の体に、悠理の素足が触れた。

「・・・寒いんですね?」

悠理の足は氷のように冷たかった。

「・・・ん。いい・・・?」

蚊の鳴くような声に、清四郎はため息をつく。

「仕方ありませんね、いいですよ。」

清四郎が許可すると同時に、悠理がモゾモゾと身を寄せて来た。

冷えた手足だけでなく、清四郎の鼻先に、シャンプーの香りがふわりと近づく。

「おまえ、あったかいなぁ。」

ぴょこんと悠理が布団の中から顔を出した。清四郎の鼻先10センチ。

「風呂上りだから?」

「それもありますが・・・男の方が一般的に体温が高いですからね。」

”あたいももっぺん風呂に入ろうかな、ここの”

なんて言われたらマズイな、と清四郎は内心焦る。なにしろここの風呂はスケルトン。

「そーなの?ラッキー♪へへ、人間湯たんぽだ。」

悠理は風呂に入ると言い出す代わりに、清四郎の体温を奪うべく、より体を押し付けて来た。

 

冷たい素足の感触。

柔らかな体。

甘い匂い。

 

悠理を女だと思っていないなら、スケルトンでもかまわないはずなのに。

悠理の手が清四郎の腰に自然に置かれている。

浴衣越しに素足が絡む。

無意識のうちに清四郎の手も悠理の腰に回っていた。

密着する下肢。

悠理のなけなしの胸の感触さえ、感じられる錯覚。

清四郎の体温は、奪われるどころか、上昇しはじめたようだ。

 

「ゆ・・・・悠理、あのですね、」「あのさ、清四郎、」

 

マズイ方向に思考が泳いでしまいそうな己の気を逸らせようと、清四郎が口を開くと同時に、悠理が話しかけてきた。

「なんです?」

「うん・・・・あのね、あたいなんだかホッとしてるんだ。」

清四郎に身を寄せたまま、悠理は布団から出した顔に笑みを浮かべた。

「また、前みたいにおまえとこうしてられて。」

「え?こうしてって・・・・」

さすがにこんなに密着して寝たことは、これまでないはずだ。仲間たちにどう揶揄されようが、清四郎と悠理は公明正大天地神明に誓って友人以上の関係ではない。(拉致監禁中に共に簀巻きにされたことはあったかもしれないが。)

 

「ほんとはずっと、淋しかったんだ。おまえとは一緒の家に居たのに、これまでよりずっと遠くなっちゃったような気がして。」

「悠理・・・・・」

婚約していた間。それまで友人だったはずの二人なのに、話をする機会すらろくに持てなかった。

悠理の意思も感情もないがしろにした婚約だっただけではない。清四郎が己も周囲も見えていなかったからだ。

彼にとっては夢中で駆け抜けた日々だった。仲間からも悠理からも遠く離れて。

今となっては、まさに若気の至りと、苦い思いが残る。

 

「おまえが戻って来たようで、あたい嬉しい。」

悠理は柔らかな頬を清四郎の胸に押し付けた。

「そりゃ冷血漢なとこあるけど、ほんとはおまえって結構、優しいとこあるって、あたいちゃんと知ってんだ・・・」

暗闇の中でも悠理のはにかんだ笑みが見える。煌く街灯りや星屑のように。

「悠理、そんなお世辞を言って、また騒動起こしても面倒見きれませんよ。」

照れ隠しでついた悪態だったが、清四郎の言葉は彼女には聴こえなかったようだ。

「悠理?」

「・・・・・・・。」

穏やかな寝息。

緩やかに上下する胸の感触。

腕の中で眠る悠理の柔らかで温かな感触に、清四郎は眩んだ。

 

ほんの少し、体勢を替え、ほんの少し邪魔な布を取り払えば。

悠理が夢うつつのうちに、酔わせる自信はあった。

経験がない彼女は驚き戸惑うだろうけれど、欲望に忠実な体は、すぐに清四郎の手に落ちるだろう。

悠理ごとき、思い通りに転がせる自信はあった。

ほんの少し指を動かし、体を重ねるだけで。

 

―――ほんの少し。

 

 

 

 

 

「・・・僕は、優しい男じゃないことは確かだな。」

なんとか身のうちの衝動をやり過ごし、清四郎は苦笑した。

好きな女ではなくても抱ける自分に。

いや、好きな女を抱いたことなどないのだということに気付く。

 

”悠理が男をその気にできる女なら”

そう清四郎が揶揄したのは、ほんの数時間前だ。

「・・・・くかぁ・・・・」

ぱっかり口を開けて眠る無邪気な顔が、薄闇の中見えた。

悠理はあいかわらず、悠理で。デリカシーがなく男心がそそられるはずもない。

けれど、清四郎は腕の中の悠理から身を離すこともできない。

白い額に、そっと唇で触れる。

口付けというよりも、幼子の熱を測るような仕草。

それでも、胸の奥で何かが疼いた。

冷たい夜の闇の中で、その温もりは侵しがたい無垢な存在。

興味や衝動のまま、彼女を思いのままに踏みにじった行動を反省したばかりの身だ。

 

「くわばらくわばら・・・・」

清四郎はひとり呟いて体勢を替え悠理から顔を逸らせた。

ふとした弾みで結婚しかけ、またまた弾みでエッチしかけたから、いつか弾みで悠理に惚れてしまわないとも限らない。

それではまんまとミイラとりがミイラだ。

たまたま、同じベッドで寝ることになった友人同士が、たまたま、ぬくもりを求めて寄り添ううちに男女の関係になる――――――なんて、あまりにもありふれていて。

自分達らしくないな、と清四郎は再び苦笑した。

”自分達”と、いつの間にか清四郎は悠理とのことを考えている。

悠理を女あつかいしていないはずなのに、彼女が女であることを誰よりも意識している。自分が男であることも。

ただそのことを深く追求するつもりはない。 

 

それは、愚かな婚約騒動が残した、小さな後遺症。

 

清四郎は体勢を替え、くつろぎ眠ることにした。

悠理に回した腕は、解かないまま。

今は、この距離が得がたいものだから。

 

 

 

取り戻したものをもう失えない。

子供のような信頼と温もりを。

恋や愛などというありふれた関係よりも、それは、大切なものだから。

 

  

やがて睡魔の訪れと共に、清四郎は思考を放棄した。

 

 

   運命の糸。
   操られているのは、愚かな男女。
   いつか恋は生まれ、気づけば心は絡めとられる。

   明日は見えない。今は、まだ。
   

  ――――男女問題は、いつも面倒だ。

 

 

 

END

2010.9.14

 


あああ仙台観光させる前に終わってしまった・・・!ラブストーリーにも至らなかった・・・!”ありふれていないふたりによるありふれたラブストーリー”は、続いてしまうかもしれません。ワタシが念願の仙台観光できたその後には!←まだ仕事でしか行ったことない(涙)

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背景:イラそよ様