E.O〜can't U see?〜  

  

 

  <6>

 

 

 

 

可憐との通信を終え、清四郎は画面を切った。襟元を寛げ、まだ可憐の秋波にあてられて呆けている悠理に、肩をすくめる。

「可憐は、相変わらずでしたね」

「ど、どこがだよ!美童に憧れてたらしーし、あたいにまで色目を使ったんだぜ!」

「ほら、相変わらず、男を見る目がない」

「た、確かに・・・!」

身も蓋もない清四郎の弁には、悠理も納得。

 

頷きながら、悠理は上目遣いで、清四郎の様子を伺う。

「・・・あのさ」

「はい?」

「さっき言ってた、“二回目“って、何?」

 

清四郎は悠理に笑みを向けた。口角を持ち上げた、意地悪な笑み。

悠理の記憶が警告を発する。

清四郎がこんな顔をするのは、悠理を馬鹿にするか、からかう時だ。

「だから、僕たちの二度目の婚約会見ですよ」

「なんだよ、二度目って!そんなの知らないじょ!」

「僕は思い出したんです。プロポーズの言葉もね」

「嘘つけ!」

清四郎の表情から、からかいの色が消えた。瞳が遠くを見つめる。まるで、遠い記憶を辿るように。

「・・・・・昔も、おまえにはそう言われましたよ。『嘘つけ!』ってね」

 

――――それは、『愛している』と告げたときに。

 

「だから、プロポーズの言葉は、『お互いいつまでも独身なのもなんですから、他に相手もいないことですし、結婚しませんか』と言ったんですよ。おまえの返事は、『しゃーねーな、考えとく』でしたっけね。本当に憶えていませんか?」

悠理は、ぐ、と詰まった。

記憶にないそんな会話のためでなく、向けられた清四郎の真摯な瞳に。

どこか懸命な、熱い目に。

 

だけど。

ふ、と清四郎の口元に、またあの笑みが戻った。

「まぁ、これまで夢に出てきたのは高校時代以前ばかりでしたから、僕のこの記憶が実際前世にあったことなのかは、わかりませんが」

「だったら、そんなのおまえの妄想かもしんねーじゃん!」

「妄想?そりゃ、酷いですな」

照れ隠しで悪態をつく悠理に、清四郎は晴れやかな声で笑った。

 

そっぽを向いた悠理の体を、大きな腕が引き寄せる。清四郎はまだ笑いながら、悠理を後ろから抱きしめた。

柔らかく、優しく。まるで、包み込むように。

「過去はどうでもいい。今と未来が、僕にとっては大切だ」

悠理の髪の上に清四郎の顎が乗せられ、声が頭上から降ってくる。

「もうこれからは、僕がおまえを傷つけさせはしない。どんな悪運からも」

 

それは、傲岸不遜な言葉なのに。

不思議なほど、悠理の心に滲みた。

 

――――もう、ひとりじゃない。清四郎がいるから、大丈夫なのだと、信じられる。

 

「僕が、保証してやるよ」

 

それは、いつかのように。

悠理を安堵させる、清四郎の言葉だった。

 

「・・・うん」

意地っ張りの悠理も、素直に頷いた。回された力強い腕を抱きしめて。

 

 

「・・・悠理」

背後から顎にかかった指に、顔を上げさせられ。悠理は清四郎を見上げた。

清四郎は身をかがめ、悠理に顔を近づける。

唇に吐息が触れる。

あの熱い瞳に焼かれ、悠理は目を閉じた。

 

 

求めあう唇が、触れる寸前。

 

ガクン、と床が揺れた。異常な振動が、強固な軍艦の壁をビリビリと走る。

 

『セイ!ちょっと、邪魔するぜ、緊急事態だ!』

緊迫したミロクの声が室内に響いた。

 

「・・・緊急事態?」

清四郎は憮然とした表情で、悠理から腕を離し、リモコンを拾い上げる。画面の電源を入れると、スクリーンにミロクの顔が映し出された。

 

『・・・・おまえは休暇扱いなのに、悪いな。専門家の意見を聞きたいんだ』

バツが悪そうに頬をわずかに染めたミロクは、清四郎と悠理が服を着ていることに、安堵したようだ。

「何があったんです?今は連邦の主要星域を航行中でしょう。こんな軍艦に攻撃を仕掛けてくる無謀な奴がいるとも思えないが」

テロ対策官のセイに助力を頼むとは、用件は知れている。

『それが、その連邦のお膝元で、害のない小惑星群に見せかけて地雷原を作り出した奴がいやがるんだ』

そういえば、この艦の元々の任務は、頻発する謎の小惑星群がらみの事故調査だった。清四郎たちの漂流船が早期に発見されたのも、そのためだ。

『辺境ならともかくも、こんな星域で連邦に喧嘩を仕掛けてくる奴なんて・・・』

清四郎は眉を顰め、腕を組んだ。

「先だって戦争を仕掛けてきた、分離独立派しかないでしょうな。奴らの幹部の一人が、秘密裏に連邦内で活動しているとの情報がある。しかし、こんなところにまで実弾投下するとは、秩序の混乱を狙うなんらかの組織の後ろ盾があるのは、まず間違いない・・・」

 

プロの顔で分析する清四郎の隣で。

いきなり、悠理の顔が輝いた。

 

「分離独立派つったら、桁外れの賞金首じゃん!」

ハートマークさえ飛ばしそうな表情で舌なめずりする悠理に、清四郎は顔色を変える。

「ゆ、悠理?!」

清四郎が止めようとした時には、悠理は軍備品のレーザー銃をケースから掴み取り、身を翻していた。

 

「賞金首は、あたいにまかせろっ♪」

 

個室の自動扉を蹴り破る勢いで、悠理は部屋を飛び出した。

「ま、待て!!」

清四郎も慌てて悠理の後を追った。

軍艦内で暴れられてはかなわない。悠理のことだから、小型艇をハイジャックして飛び出しかねない。

 

――――破天荒に、乱暴に。時として、犯罪の垣根さえもヒョイと飛び越え。

 

「ったく、あの馬鹿!」

罵倒しながら、どこか心躍る。

彼女にかかれば、宇宙さえも、広くはない。

それが、彼の愛した悠理だから。

 

 

 

スクリーンでは、唖然としたミロクだけが取り残された。

『・・・・セイ?おい、モシモシ?・・・・なんなんだ、あの女・・・』

だけど、彼もじきに知るようになる。所詮、巻き込まれずには済まないのだ。魅録だけでなく、可憐も美童も野梨子さえ。

 

彼らの知らないところで、有閑倶楽部再結成まで――――秒読み、開始。

 

 

 

 

******************

 

 

 

 

春風が頬を撫でる。

だけど、そのためでなく。悠理はガバリと身を起こした。

「悠理?いきなりどうしたんだ?」

隣で音なしベースを爪弾いていた魅録が、悠理に振り返る。

 

「・・・変な夢、見た」

目を擦りながら呟く悠理に、野梨子がお茶を出した。

「まぁ、どんな夢ですの?」

「あんたの夢ってただの夢じゃないかも」

「こ、怖いなぁ。どんな夢だったんだよ?」

可憐と美童が悠理の方に身を乗り出す。かつて悠理の予知夢には酷い目にあった彼らだから当然だった。

 

「・・・覚えていない」

興味津々の仲間たちをよそに、悠理はふわぁ、と大欠伸。

 

「覚えていないのに、変な夢?どうせまた、キングギドラにシュワちゃんでしょう」

清四郎が読んでいた新聞を畳んで丸め、悠理の頭を小突いた。

嫌味な友人の顔を、悠理はキッと睨みつけた。

「・・・憶えてねーけど、キングギドラは出てこなかった!」

 

もう一度、悠理はテーブルに突っ伏した。本当にどんな夢だか憶えてなどいないのに、なんだか続きを見たくなって。

 

制服の両腕に顔を埋めた悠理の頭上で、清四郎の声。

「悠理、また眠るんですか?ったく、寝る子は育つというが」

今度は新聞の代わりに清四郎の手が、悠理の頭に乗せられる。

大きな手にくしゃくしゃ髪をかきまぜられ。悠理はゆっくりと睡魔に身をゆだねた。

 

仲間たちの談笑が頭上で交わされる。まるで、音楽のように。

穏やかに流れる、幸せな時間。

このまま、ずっと浸っていたい、愛しい時間。

 

 

――――愛しています。

――――嘘つけ!

――――じゃ、言い直しますよ。他に誰もいないなら、僕と・・・

 

 

どこかで交わされた馬鹿な会話。

過去か、未来か。

記憶にも残らない、夢の欠片。

 

「・・・・悠理の予知夢には、ロクなものはありませんからね。ただの夢であってほしいものですよ」

夢とうつつをたゆたう悠理を、春風と共に優しい指が撫で続ける。

 

それは、予知ではなく。予感ですらなく。

見た夢は憶えていなくても、髪を梳く指に安堵を感じた。

ずっとこのままでいたいと、思うほど。

 

だけど、時間は止まってくれない。流れ、容赦なく過ぎてゆく。

心の奥で、何かが動き出す。

少しずつ、人知れず。

 

 

未来はまだ誰にもわからない。

奇跡か運命か。

 

――――いつかまた、巡りあう日まで。

 

 

 

 

 

2006.5.25 END

 


夢オチ・・?!のつもりは、ないんですが。(笑) ”二度目”は、予知夢or妄想、どちらでも♪ 案外、二度と言わず、三度も四度も繰り返して、友人のまま結婚・・・って、それじゃ「ららら」だ。(爆)

超イーカゲンな、パラレルSFにここまでお付き合いくださって、ありがとうございました。次にパラレルする時は、超イーカゲンな戦国乱世物でも書いてみたいなぁ。(←ヤメロ)

 

 

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