Friends or Lovers

 友達の幸せを、願わないはずはない。

なのに、どうしてこんなに苛ついているのか。

 

『余り者同士の僕達も、付き合った方がいいですかね?』

冷たい目で微笑した清四郎の言葉に、心が凍えた。

すべて自分のせいなのに。

 

これまで、自分がこんな人間だなんて可憐は知らなかった。

こうだと信じていた自分は、フィクション。

過去の数々の恋も、フィクションに過ぎなかったのかもしれない。

 

 

薔薇とノンフィクション

 

  

 

 

日曜の午後、ジュエリーAKIにやって来た美童は、見るからに舞い上がっていた。

「野梨子はなんでも似合うから、選ぶのも一苦労だよなぁ。ねぇ、可憐。野梨子はどれを一番喜ぶと思う?」

カメオのネックレス。真珠のイヤリング。七宝焼きのブローチ。

カウンターの上に取り出した商品を眺め、美童はご機嫌だ。

美童の選んだ品々はさすがのセンスで、どれも野梨子には似合いそうだったが。

可憐は小さくため息をついた。

「で、なんの理由でプレゼントするわけ?」

「男が女性にプレゼントをするのに、理由などいらないだろう?」

「馬鹿ね、あの野梨子が理由もなくプレゼントして、喜ぶわけないじゃないの。あんたのこれまでの相手とは違うのよ。」

可憐の言葉に、美童は鼻白む。

「だいたい、あたしはまだ信じられないのよねぇ。あの野梨子が、男女交際に踏み切るなんて・・・・・よりによって、あんたと。」

「よりによって、って、なんだよ。」

「あの子は素敵な人にいくら告白されてもケンモホロロだったじゃない。あんたが怒涛のアタックをしたのはわかるけど。」

「それは“僕だから”、だよ!」

カウンターに頬杖をつき、可憐は美童に疑いの目を向けた。

「そりゃ男嫌いといっても初恋経験してから野梨子も変わってきたし、仲間に対しては特別だろうとは思うけど。まだ、野梨子と付き合いだしたのが清四郎や魅録だって方が、理解できるわ。」

美童は苦いものを口に放り込まれたような顔をした。

「・・・清四郎が、野梨子と付き合うわけないだろ。兄妹みたいなもんなんだから。」

「まぁ、あのふたりにそういう気持ちがちょっとでもあれば、とっくの昔にくっついちゃってるわね。周囲の誰もがお似合いだと思ってたんだから。」

可憐と同じように頬杖をついた美童は、不満気に唇を尖らせた。

彼にすれば、おもしろくない話に違いない。

 

「つまり、可憐は僕のシアワセが気に食わないんだ?」

 

「え・・・」

可憐はぎょっとして美童を見つめた。

「そ、そんなことはないわよ。野梨子は恋愛未熟児卒業だし、あんたは年貢の納め時だし、双方にとって良かったと思っているわよ!」

つい、鷹揚な美童に対しての甘えが出てしまったらしい。可憐は赤面して首を振った。

「あたしだって、喜んでるってば!」

身をかがめ肘をついている美童と可憐の視線が、同じ高さで絡む。

 

「そりゃ、野梨子が魅録と付き合う可能性がなくなったからだろ。」

「?!」

なんでもないことのように語る美童の言葉に、可憐は絶句した。

「魅録が野梨子のことを意識し始めてたのは、僕だって知ってたさ。まぁ、本人は気づいてなかったみたいだけど。」

美童は、ふう、とため息をついた。

「白状するとさ。だから僕も焦って野梨子に告白したんだ。今だって付き合ってるって言っても、野梨子のペースで行かなきゃと思っているから、まだ友達の延長上みたいなもんだし。」

「ちょ、ちょっと待ってよ、なんでそれであたしが・・・」

アイスブルーの双眸が、可憐を見つめる。

美童の青い目は、なぜ冷たく見えないのだろう?

自分に嘘をついていないから?

 

「可憐は、馬鹿だよね。」

 

 いつでも、彼は正直で率直だ。

 

 

**********

 

 

翌朝。

通いなれた聖プレジデント学園への道を、可憐は重い足取りで歩いていた。

晴天の月曜だというのに、お肌の具合も悪く、髪のカールも今イチだ。微熱でも出ているのか、体がだるい。

通学路では何人もの生徒が行き交ったが、沈んだ可憐の様子に、声を掛ける者はいなかった。特に朝は気分屋の気のある可憐には、崇拝者達も心得たもので、そっとしておいてくれる。

無遠慮なのは、あの有閑倶楽部の仲間だけ。

 

――――可憐は、馬鹿だよね。

 

美童の言葉が、頭を離れなかった。

「やっぱり、そうよね・・・・。」

可憐は自分の足元を見つめる。

これまで、何度も恋に落ちてきた。情熱的に、燃え上がるように。

仲間達は笑うけれど、可憐はそんな自分を気に入っていた。自分の望みを見誤ったことはない。自分の心を見失ったことはなかった。

それなのに。

 

顔を上げ、通学用の送迎車が行き交う車道に目を向けた時、剣菱家のロールスが見えた。

後部座席の窓はフルオープン。可憐の活発な友人が、窓に腕をかけて身を乗り出している姿が見えた。

短い髪が風になびき、白い額が丸出しだ。薔薇色の頬。薄い色の大きな瞳が、きらきら輝いている。

歩道の可憐に気づくことはなく、ロールスは通り過ぎて行った。

 

思わず、可憐の足は止まっていた。愕然と、通り過ぎた車を見送る。

見慣れたはずの、だけど見慣れない友人の貌。

悠理は以前から、あんなに綺麗な女だったのだろうか?

 

――――もしも、悠理が本当に魅録に恋をしたら、どうする?

 

昨日の美童の言葉が、胸に迫った。

 

 

**********

 

 

「悠理と魅録は本当に仲が良いから、嘘から出た真ってやつになっちゃうかもしれないよ。」

 

見ないようにしてきた本当の気持ち。

見透かされていたのに、まだ認めたくなくて。

 

「い、いいじゃないそれで!悠理もちょっとは女らしくなるでしょうよ。だいたい、なんであたしが魅録の恋路を邪魔したみたいな言い方されなきゃ・・・」

美童は可憐の言葉に、目を見開いた。

「まさかと思ってたけど、可憐、気づいてなかったのか?本当に?」

そして、心底呆れたようにため息をつく。

「だから、悠理と付き合え、なんて魅録に言ったんだ・・・救いがたいな。」

アイスブルーの瞳に浮かんだのは、言葉と裏腹に温かな感情。可憐にとっては屈辱的な同情なのに、美童へ怒りの言葉を返せなかった。

 

もう、認めるしかないと、わかっている。

そうと思っていたよりも、ずっと不器用な自分を。

いつからかなんてわからないほど、ゆっくり胸の中で育っていた想いを。

 

「可憐も自分の気持ちに正直になった方がいいよ。手遅れになる前に。」

「・・・・・。」

「可憐の中の花を、萎らせないで欲しいな。咲き誇ってこそ、可憐サンだろ?」

 

  

**********

 

 

――――手遅れに、なる前に。

 

ずっと耳を離れない、昨日の美童の言葉。

焦燥感に駆られ、可憐は止まっていた足を速めた。

やがて、学園の門が見えた。車から降り立ち、駆け出す悠理の姿と。

スカートを翻し走る友人の背を見て、可憐の胸がドキドキ高鳴る。ときめきのためでなく、不安のために。

先ほど垣間見た、悠理の輝くような表情が胸を締め付けた。

誰かを探すように、身を乗り出していた悠理。

まるで、恋をしているかのような瞳。

 

「おはよー!」

明るい声が校門で響いた。

悠理は飛びつくように、長身の背にじゃれついた。

「わっ・・びっくりした!モーニン、悠理。」

「おはようございます。朝から、ご機嫌ですわね。」

悠理の手が絡んでいるのは、長い金髪。その隣には、黒髪の美少女。

美童の背中を両手でかき回すしぐさを見せ、悠理は笑っている。

「このっこのっ、朝からツーショットかよ〜!清四郎は、どーしたんだよ?」

「ゆ、悠理、こそばすなよ!」

「清四郎は、朝早くに家を出たようですわ。変な気を遣って欲しくないんですけど。」

「ふーん。じゃ、部室かな?」

「だから悠理、こそばゆいって!背中は弱いんだよ!やめてくれ〜!」

 

派手にじゃれあってる仲間たちの姿に、可憐は安堵の吐息をついた。

悠理の後を追って走ったためだけでなく、鼓動は不規則に高鳴っている。

可憐は制服の胸元を握り締めた。

悠理が飛びついたのが美童ではなく魅録だったなら、この胸はどうなっていたのだろう?

悠理と魅録がじゃれあうのなんて、日常茶飯事の光景なのに。それは、ふたりが付き合う以前から。

 

「・・・おはよ。」

立ち止まっていた可憐の背後から、低い声が掛けられた。

予想もしていなかった可憐は、びくりと飛び上がりそうになる。

慌てて、もう一度胸元を握りなおした。心臓が飛び出さないように。

 

「あ、可憐、魅録、おはようございます。」

「おはよー!」

悠理たちも、やっと可憐に気づき、笑顔を向けた。

立ち止まったままの可憐の横を、メットを肩にかついだ魅録が通り過ぎて行く。

魅録は制服姿では珍しく、丸い遮光サングラスを掛けていた。

全身で、彼の存在を意識する。

すれ違う瞬間、わずかに煙草の香りがした。

 

魅録はふわあ、と大欠伸。

「・・・悠理、おまえ朝からなんでそんなにテンション高いんだよ。昨夜寝たの2時過ぎだろ〜?おまえのおかげで、俺が寝不足・・・朝日が目に滲みるっつの。」

彼は人差し指でサングラスをずらし、美童とじゃれている悠理に目を細めた。

「あらあら、昨夜はふたりで夜遊びでしたの?」

野梨子の無邪気な指摘に、魅録は首を振る。

「ここんとこ連夜、こいつが長電話で、寝かせてくんねーの。」

「あ〜?!昨日はあたいが掛けたけど、おととい掛けて来たのは、おまえからだろ、魅録!」

言い合うふたりを、可憐はぼんやり見つめる。

それは、以前からよくある情景。親密さにもかかわらず、艶めいた色は、ふたりの表情には見出せない。

それでも痛む胸は、目を背け続けていた事実を可憐に突きつけた。

 

――――正直になった方がいいよ。自分の気持ちに。

 

ふと、美童がこちらをじっと見つめていることに気がついた。

可憐は握り締めていた指を胸元から下ろす。

 

「あ、そだ、魅録。これ頼む!」

言葉と同時に、悠理の薄い学生鞄が宙を舞った。

「あ、おい!?」

魅録は危なげなくキャッチする。

「悪い、先に教室行ってて!」

悠理は仲間たちに悪戯っ子のような笑みを見せ、すぐに身を翻して校舎に向かって駆け出した。

 

「・・・ったく、あいつ、授業サボる気じゃねーだろな。」

悪態を呟きながら、魅録はサングラスを掛けなおし見送った。

彼の恋人の走り去る背を。

 

目を惹きつけられる、弾けるような笑顔。

飛ぶように駆ける、しなやかな少女。

太陽を浴びたその輝きが、眩しすぎて。

 

可憐も目を閉じた。

 

わかっている。

どうなるわけでもない想い。

手遅れかもしれないことも。

それでも、気づいてしまえば、もう逃げられない。

自分に嘘をついて、友情までも、失いたくないから。

 

可憐が目を開けると、仲間たちの姿が見えた。

 

野梨子が魅録に笑いかけ話しかけている。

魅録の表情はサングラスに遮られ、見えない。

美童は、まだ可憐の方を見つめていた。心配そうに同情を青い目に浮かべて。

 

可憐はそんな美童に向けて、笑みを作った。

まだ、ぎこちなくても。

さりげなく制服を整え、髪に指を通す。

それが虚勢でも、少しでも自分らしくありたかった。

 

魅録を真っ直ぐに見つめる。

顔良し、性格良し、名家の子息。それでも、そんなことで好きになったわけじゃない。

「・・・・ロックオン、ってね。」

わざといつものように小さく呟いて、可憐は苦笑した。リアルじゃない言葉だ。

 

この恋は、破れるだろう。

たとえ、彼が悠理に恋していなくても。

サングラスをしてさえ、魅録が可憐にどういう目を向けているのかわかる。

親しい友人に向ける眼差しだ。 

 

それでも、この感情をメルトダウンするまでは、もう隠さない。

それが、今できること。

ノンフィクションの恋。

 

 

 可憐は顔を上げて、仲間たちの元に足を向けた。

胸の中に、一輪の薔薇を抱いて。

 

 

 

END

 


このお歌タイトルは、可憐ちゃん編に使いたかったんでした。だって、悠理は薔薇イメージじゃない・・・(笑)

次のお話で、たぶんラストです。

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