by フロ(原案&イラストは匿名希望様)
悠理がトンズラしたのは、 「今日は僕の家で課題を片付けてしまいましょう」 と親切この上ない慈愛に満ちた僕の申し出の、3分後。 一緒に部室を出たのに、 「あ、忘れ物した。先に行っててくれよ」 と言って、踵を返した彼女の言葉を信じた僕が、甘かったのだ。
階段をゆっくり下りつつ悠理を待ったが、すぐに来ると思った悠理は現れず。 部室にとって返してみたが、姿はなかった。 しまった、逃げられた、と悟った僕は、すぐに非常階段に向かって走った。 中央階段は僕がいたので、校舎の中で隠れているのでなければ、悠理が逃げるとすれば、非常階段だ。 はたして、非常階段への鍵は開いていた。 しかし、階段から下を覗いてみたが、悠理の姿はない。 駆け下りたとしても、まだ姿は見えるはずだ。 まさか、と思い、上を見上げる。
ちらりと、視線の端に、スカートが翻るのが見えた。 ――――馬鹿だ馬鹿だと思っていたが。上に逃げてどうする気だ? 悠理は駆け下りるよりも、非常階段の踊り場で身を伏せ隠れ、僕をやり過ごす算段だったようだ。 姿は見えないが、スカートの端と足が見えている。 あれで隠れているつもりなのが、笑止千万。頭隠して、足隠さず。
足しか見えなくても、あれが悠理であることは明白だ。 聖プレジデント学園の女子の制服は、夏冬を問わずスカートの下にはタイツ着用。しかし、階段の上に見える足は素足だった。 日差しが眩しいこの季節、暑い暑いと、悠理はすぐにタイツを脱いでしまう。淑女令嬢揃いのこの学園の女子で、素足で走り回っているのは、悠理だけだ。 しかも、音を立てることを怖れてか、上階の足の持ち主は、靴も履いていない。
すんなり伸びた、白い素足。 少年のように細いが、瑞々しくもなめらかな肌。
「悠理!」 僕が声を掛けると、足の持ち主はビクリと震え、踊り場の淵から足を引っ込めた。 まだ見つかっていないとでも思っているのか。 そろりと、階段を上がる気配。
つま先立って、緊張に引き締まったピンク色の足首。 最初はそっと。そして、一気に駆け上がる。 しなやかに躍動する筋肉に、思わず目を奪われていた。
スカートの中だって見えてしまいそうだったが、僕は紳士なので、覗いたりはしない。 というよりも、足に見惚れていたのが、正直なところだった。
僕は赤面して首を振った。
よりにもよって、悠理の足に見惚れるなんて、どうかしている。 あいつは、お馬鹿な野生児。 あの足だって、観賞用ではなく、必殺の飛び蹴りを繰り出す実用的な武器。
すぐに追いかけようと思ったが、馬鹿ばかしさを感じてやめた。 あいつの身軽さは、まさに猿。 僕にだって、追いつけるとは限らない。 いつまでも階段に隠れているわけにもいかないだろう。待っていれば、下りてくるに違いない。
「おや?教室の方に戻っているのかもしれませんねぇ」 僕はわざとらしく声を上げ、目の前の2階の扉を開閉する。 ガシャン。 戸の閉まる大きな音が響いた。 これで悠理は僕が立ち去ったと思うだろう。 閉めた戸に僕は背を預け、静かに待った。 僕の姿は、2階の踊り場近くまで階段を下りてこないと見えないだろう。
案の定、短気な悠理は一分も経たないうちに、そろりと動き始めた。 階段越しに白い足が見える。 裸足の細い足首。仄かに色づいた足の裏。長い指先の桜色の爪まではっきりと。
胸が高鳴る。 きっと、かくれんぼをしているような、この状況のせいだ。 決して、彼女の足首を見て――――ではない。
こんな子供じみた追いかけっこが、楽しくて仕方がない。 思えば、いつでも悠理だけが、冷静沈着であるはずの僕を昂ぶらせる。 こんな自分が新鮮だった。 いつでも悠理は、新たな僕の一面を引き出してしまう。 そこに見出した自分は、思いもかけず幼稚であったり、愚かでさえあるのだけど。
たん、たん。 忍び足で下りても、タラップが軋む。 悠理が周囲をうかがいながら、階段をおっかなびっくり下りてくる。 かくれんぼの鬼たる僕は、ドアに背を預けたまま、彼女の近づくのを待った。
「・・・!!」 踊り場で、ようやく悠理は僕に気づいた。 僕は、にっこり微笑んで片手を上げる。 「や。」 我ながら爽やかな笑顔を作ったつもりだったのだが、悠理は顔を引き攣らせた。 そしてくるりと踵を返す。 スカートの裾が翻り、僕は白い脛に目を奪われた。
そして次の瞬間。
「悠理っ!!」 僕はドアから離れ、手すりに駆け寄った。 あろうことか、悠理は踊り場の手すりを乗り越えようとよじ登ったのだ。 飛び降りて逃げる気だ。 しかし、悠理の位置は3階から2階への踊り場。いくらなんでも、地面までは距離がありすぎる。 着地の体勢が悪ければ万が一の事態もありうる。運が良くても、足を折ってしまいかねない。
「くそっ」 僕は手すりから身を乗り出した。 上から落ちてくる悠理を受け止められるか? かつて、美童でやれたことだ。距離はあの時よりも近いが、不可能ではない。やってみせる。
美童はもとより、悠理の危機一髪の事態に望むのは、初めてじゃない。 だけど全身に走ったのは、緊張だけでなく、恐怖の感情。 彼女を損なうことの懼れ。
「うひゃっ?!」 僕が手を差し出したのに気づいた悠理が奇声を発した。 両手に力を込める前に、悠理の重みが腕にかかる。 足が浮いた。 悠理を受け止めようと身を乗り出したまま、僕は彼女もろとも、空中に投げ出された。
「くっ」 「ふぎゃっ」
どすん、と衝撃に息が詰まった。 地面の感触。 全身にかかる重力に、なんとか悠理を抱き止められたのだと、安堵した。
「せ、せいしろー!」 僕を下敷きにしたまま、悠理はいきなり怒声を上げた。 「あ、あぶねーな!おまえ、なんてことすんだよっ!」 僕も負けじと怒鳴り返す。 「こっちのセリフです!」 叫んだ拍子、打ち付けた全身に痛みが走った。 「・・・!」 顔を歪めた僕に、悠理は焦った声を出した。 「ご、ごめん!」
僕の上から退こうとする彼女の気配に、咄嗟に腕を伸ばしていた。 「怪我はないか?!」 気づけば、伸ばした手が触れた悠理の下肢を、僕は抱きしめていた。
誓って、無意識だったのだ。 ただ、彼女の身を案じただけ。 目の前にあったのは、あの足。しなやかで伸びやかな白い脚。
「・・・!!」
思わず頬を寄せた、その肌の滑らかさ。 痛いほど胸が高鳴る。 僕は陶然と、意識がくらんだ。
「・・・せ、せ、せいしろ・・・・・」 悠理の声は、ぎこちなく掠れか細く震えていたが。 僕はうっとりと安堵の息を吐いた。
「おまえの足が無事で良かった・・・・」
誓って言う。
足だけを案じていたわけではない。 だけど、目の前にあったのだから、つい口をついて出てしまったのだ。
「ヘンタイ!!!」
それなのに、悠理はいきなり僕の顎を蹴り上げた。 侮蔑的な言葉と共に。
彼女によって引き出された、新たな自分。 それは、時に僕を驚かせる。
「・・・・誤解です!!」
スカートを翻し走り去る後姿に、叫んでみたものの。 高鳴る鼓動はまだ、収まりそうにない。
誤解――――だと、いいのだけど。
end
いや、だから匿名希望の某方が見たという夢の話を書いただけなんですよ。ええ、私の清四郎観がフェチ男ってわけじゃ。(笑) ・・・・変態だよな、とは常日頃から思ってますが。(フォローにならず)
往生際の悪い匿名希望さま、楽しいネタフリをありがとう♪ |
背景:イラそよ様