銀のピストル 

  

 

「あたいが怖いのは、自分なんだ」

 

悠理は背後のベッドに銃を捨てる。自分もペタンと腰を落とした。

「・・・あの時、ケイが怖くて怖くてたまんなくって・・・それなのに、あたい、だんだん・・・わかんなくなってきて・・・」

スプリングの効いたベッドに座り込み、悠理は自分の両肩を抱きしめた。体の震えを抑えるように。

「ケイは“俺は清四郎だ”って言ったけど、清四郎じゃないことはわかってたのに・・・自分を見失ったのは、あたいの方なんだ」

 

突然の嵐に襲われ。いつしか、悠理は自分から体を開き、男を受け入れていた。

無垢な心と体に刻み込まれたのは、異常な状況で与えられた性の悦楽。亡霊の妄執か、狂った男の暗示。

熱に煽られ翻弄された記憶が、悠理を苦しめている。

 

 

「悠理・・・忘れた方がいい」

「忘れられないよ!」

悠理は激しく首を振った。

 

「これは、清四郎なんだって・・・清四郎だからって、あたい、必死で言いきかせてたけど、自分の体が自分のものじゃないみたいに、変になっちゃって!」

 

「悠理!」

清四郎は悠理の肩に両手を掛けた。落ち着かせようとしたのだけど、その手にも、悠理はビクリと反応する。

 

清四郎が頬に手を添えると、悠理は熱を持った肌を掌に預けた。悠理の涙が清四郎の手に零れ落ちる。

「あたい、ずっとおまえを呼んでたんだよ・・・だから、来てくれたんだよね?あれは、やっぱりおまえだったんだよね?」

 

清四郎は手の中の悠理の頬に唇を寄せた。涙を拭い、瞼に落とすキスで答える。

もう、懺悔は終えていた。

あの夜、悠理を抱いたのは、彼自身だったのだと。それが、清四郎の負った罪なのだと。

 

 

「せいしろ・・・あたいを、離さないで」

 

熱を浮かべた瞳が誘う。

清四郎は悠理の足元に跪いた。

むき出しの膝小僧に、そっと口づける。

悠理はきつく目をつぶり、身を震わせた。

 

「悠理、おまえの望むままに」

 

愛しくて、愛しくて。

彼女を癒したい――――その想いだけが、胸に満ちた。

 

幼子のような薄紅色の膝小僧から、ショートパンツから伸びたしなやかな脚に手を這わす。

自分の肩を抱きしめた悠理が、甘い息を吐いた。

その息を、清四郎は絡め取る。

 

「・・・・んっ」

二度目の口づけにも、悠理は身を固くした。息の仕方も知らない、悠理の幼さが切なかった。

 

ベッドのスプリングに沈んだ細い体。重みをかけないよう気をつけながら、清四郎は悠理を柔らかく抱きしめた。

悠理の体の強張りをほぐそうと、髪を撫で続ける。

二度と欲望に流されないと、誓っていた。それでも、悠理を求める熱は隠しようもない。

衣服越しでも触れた部分が火傷しそうなほど、悠理の肌もすでに熱くなっていたけれど。

 

「せいしろ・・・清四郎」

悠理の両腕が、清四郎の背に回る。

清四郎は衣服の上から、ゆっくりと悠理の体を撫ぜた。

もどかしげに、悠理が首を打ち振る。

彼女に促されるように。

清四郎は悠理のシャツの下に手を差し込んだ。蕩ける熱い肌を掌で愛撫する。

ブラを押し上げると、小さな乳房の先端の敏感な部分に、キスを落とした。

「・・・あ」

唇で、優しく撫でる。舌先で先端を何度も癒す。

刺激を痛みと感じないように細心の注意を払っても、悠理は苦しげに身をビクビク震わせた。

「あ、あ、あ・・・」

自らの熱に焼かれて、悠理が身を捩る。清四郎は揺れる乳房を、両手で捕らえた。ゆっくりと安心させるように揉む。

掌に当たる固い果実を擦り、なおも尖らせた。

仰け反った白い喉に口づけ、鎖骨まで唇で辿る。

右手を下肢に這わせると、狭間は、すでに濡れそぼっていた。

下着の上から、優しく指先で愛撫する。滲むぬめりを救い取るように、欲望の芽をくすぐる。

「ん・・・んん」

下着の隙間から、ぬるりと指を忍び込ませると、潤み熟れた泉が淫猥な音を立てた。

「・・・痛くはないですか?」

「こわい・・・清四郎、あたい、怖い・・・」

清四郎は手を止める。傷ついている悠理を癒したいだけだ。犯したいわけではない。

 

身を起こしかけた清四郎の胸を、悠理は震える手でつかみ引き寄せた。

「また、おかしくなっちゃう・・・苦しいよ、清四郎」

小さく喘ぎながら、悠理は清四郎に哀願した。

 

口づけを求める紅い唇に、清四郎は引き寄せられる。

「僕も、おかしくなるほど、おまえが欲しかった」

甘い息を吐く唇に触れながら、囁いた。 

「・・・自分を見失うほど、愛しています」

 

彼自身の挿入を待たず。言葉だけで、悠理の体が絶頂感に震えて跳ねた。

 

 

  

 

 

恋にも執着にも、気づかなかった。

 

悠理が清四郎とうり二つの青年に惹かれたのは、仲間たちがそうと予測していた悪戯心だった。超常的な彼の引力に囚われていたのでなければ。

清四郎の話ばかりする悠理を、ケイは口の端を歪め、だが楽しげに見つめていた。

彼には彼の思惑があったのだ。

 

それを悠理が思い知らされたのは、あの嵐の夜。

 

自分は清四郎だという、清四郎ではない男に、無理やり体を開かされた。

痛みは最初だけ。

理性も感情も、喜悦に押し流された。

自分を見失った。

 

「悠理・・・」

熱く名を呼ばれ。

錯覚ではなく、本当に彼なのだと、信じてしまった。

抉られ、かきまぜられ。体の奥が燃える。

 

獣のように噛み付き、荒々しく突き入れる男が、愛しくてならなかった。

 

「清四郎・・・清四郎・・・」

ただひとつの名を呼ぶ悠理を、男は飽かず犯し続けた。

愛していると、繰り返しながら。

 

彼は彼女を狂おしいほど貪り。

彼女も彼を求め続けた。

 

とうに気づいていてもおかしくはなかった恋を、痛いほど自覚しながら。

 

 

 

 

 

ピタリと重なった裸の胸。

引き締まった腰も、たがいの脚も絡め。

口づけたまま、ふたりは深く交わりあった。

舌を喉の奥まで侵入させ、息を吸い取り、唾液を混ぜる。

女の入口はすべて男のために開かれ。貪欲に飲み込んでいた。

合わさった腰は愛液に濡れて滑る。

奥までゆっくりと埋めた欲望を、清四郎は彼女の慣れた頃合を見計らい動かし始めた。

舌と同じように彼女のすべてを奪い取ろうと、内部を掻き回す。

探り、擦る。奥の奥まで。

 

徐々に激しくなる律動に、唇が離れる。

「あ、あ・・あぅ・・」

悠理の口から、嗚咽が漏れた。

揺さぶられる小さな乳房の先が、痛々しいほど紅く尖る。

清四郎はそれを咥え吸い上げ、なおも悠理に声を上げさせた。

 

「・・・くっ」

自分の快感を追おうとする体の暴走を堪えながら、清四郎は交わっている箇所に指を差し入れた。

「い、いや、いやっ・・・」

指先で、敏感な芽をつまみくじり擦ると、嗚咽は悲鳴に変わった。

快感の激しさに、悠理のつぶった目から、涙が零れ散った。

 

「悠理、目を開けて僕を見ろ」

 

清四郎の言葉に、悠理の睫が震えた。

 

「おまえを抱いている、男の顔を」

 

悠理を求めている熱情を、隠さない。

狂おしいまでの感情を。

 

「清四郎・・・!」

 

悠理の内部が、きつく収縮し清四郎を締め付けた。

堪らず、清四郎は彼女の細い腰を抱き上げ、激しく責めたてる。

 

 

子宮まで届く律動に、悠理の体が悲鳴を上げた。全身の毛穴が開き、発汗する。

 

「あああああっっ」

激しい絶頂感は、ふたり同時に。

 

ドクドクと、血の脈動を感じた。

悠理の中に放つ寸前、清四郎は自分を引き抜く。痙攣する彼女の白い腹を、欲望の飛沫が濡らした。

 

 

とさり。

浮いていた悠理の体がシーツに沈む。半ば失神状態の彼女の体を、清四郎はタオルで拭った。

あの夜とそれは同じ行為ではあったが、絶望感の代わりに胸を満たしたのは、少し気まずくくすぐったい、幸福感。

 

弛緩した悠理の伸びやかな素肌が、日差しを受けて煌く。しっとりと湿った金色のうぶ毛に再び口づけたい欲求を、清四郎は堪えた。

「悠理・・・・」

全裸でまどろむ悠理の隣に、清四郎も身を横たえた。

引き締まった彼女の腹に掌を乗せ、清めた白い肌を撫でる。

 

「もし、おまえが子を宿していて・・・それが、たとえ霊の仕業であっても」

眠る悠理に聞かせるつもりはなく。ひとり言のように清四郎は呟いていた。

「おまえは守ろうとするんだろうな。僕を救ったように」

それが、彼女の強さ。意志。

 

望んだことではなくても、罪の結果ではなく。たしかに彼と悠理の子で。

霊の器であっても、新しい命なのだ。

いつでも、命は愛と希望の器。

ケイ――――菊正宗 慧も、生きることを望んでいたのだから。

 

「どうか、僕にも責任を取らせてください」

「・・・ん」

夢うつつのまま、悠理は頷いた。

そのまま、すり、と清四郎の胸に悠理は頬を寄せる。

泣きたいほど愛しくて。

「おまえに、責任を感じたい」

聖なるものに触れるように、清四郎は悠理の髪に口づけた。栗色の髪に輝く天使の輪に相応しい彼女を、一生をかけて守ると、誓いながら。

 

 

 

 

 

ケイは亡霊だったのか、それとも清四郎の人格障害の産物だったのか。

結局、答えは出なかった。

 

その後、銀のピストルが使用されることはなかった。

清四郎が二度と自分を見失い、他のものに支配されることはなく。

そして、検査の結果、医師の予測した確率通り、悠理も妊娠してはいなかった。

 

 

 

病院を出てふたりが見上げた空は、澄んだ青空。

眩しさに、清四郎は目を細める。

 

立ち止まった清四郎を置いて、悠理は歩道に沿ったコンクリートの塀に、ひょいと飛び乗った。危なげなくバランスを取って、歩き始める。

青空に溶けてしまいそうな彼女を背を、清四郎は追った。

「悠理、危ないですよ」

思わず手を伸ばそうとした清四郎に一歩先んじ、悠理は身を反らせる。

手の届かない距離で、悠理は清四郎に振り返った。

 

「いつか・・・あたいが、子供を産んだら、その子はケイかもしれないよ?」

見下ろす悠理は意地悪く笑み、清四郎を挑発する。彼に銃を向けた時のように。

 

「それは、おまえは僕の子を産むってことですかね?」

清四郎も、微笑を返した。

「・・・!」

清四郎のその返答を予想していなかったのだろう。悠理は見事にバランスを崩した。

足を滑らせ、塀から転げ落ちる。両手を構えた、彼の腕の中に。

 

「そう、願っています。・・・いつか」

真っ赤に染まった悠理の額に、清四郎は素早く口づけた。

「ひゃあっ」

抱きとめられた体勢のまま、悠理は焦ってぶんぶん腕を振り回す。

清四郎は笑いながら、悠理を抱きすくめた。

 

ふわふわの髪に、天使の輪。

だけど、無垢な彼女が時として、兇刃を振るえる手強い女であることも、知っている。

暴れん坊で利かん気の、彼の恋人。

 

変わらない、悠理。

きっと、清四郎も変わっていないのだろう。

大きな嵐が、通り過ぎただけ。

 

 

 

仲間たちは、笑顔を取り戻した清四郎と、元気な悠理の姿に安堵した。

恋人となっても、彼らの日常に大きな変化はなかった。自覚する前から、共に過ごす年月を疑ったことすらなかったふたりだから。お互いが、特別であったのだから。

 

変わらない日常が繰り返される。

 

嵐の夜も、晴天の朝も――――変わらない愛を、抱きしめて。

 

 

 

 

 

 

END(2006.6.20)

 


ここまでお付き合い下さった方、すみません。結局、心霊物かサイコ物かわからんままに終わらせちゃいました。(爆)当初はキリリク通り、幽霊物でオチをつかせるつもりだったんですが、お祓いしたり成仏したりするシーンを入れられなくて。

「慧」の設定も、実はかなり考えてはいたのですが、清&悠以外に焦点を当てたくなかったので、極力出番を削りました。私のオリキャラの扱いなんて、そんなもんよ。(笑)

リク下さったあきさん、考えていた以上の鬼畜話になって、本当にすみません。鬼畜なのはあきさんでなくて、私の方ですかね、やっぱ。

ラストがエロになったのは、最近の拙作のお約束♪「エロで始まった話はエロで〆るべし!」(格言)

 

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 素材:イラそよ