KISSして+

           〜後篇〜

 

 

 

エンジンの止まった船内は、静かなものだった。

某国の政情不安ゆえにテロリストが乗り込んで来たのだろう、との清四郎の読み通り。

主賓の大臣と主催者の大使を拘束した犯人達は、即座に政治的声明を出し、大広間に集められた船客と乗務員達を船から降ろし始めた。

物置に隠れていた清四郎と悠理を残して。

 

 

「どーする、清四郎。奴ら、10人以上いるぜ。まぁ、あたい達なら倒せない人数じゃないけど。」

「馬鹿言わないで下さいよ。武器を持ったテロリストに素手で抵抗する気か?」

とりあえず物置から出たものの、すでに船客はゴムボートで降ろされていた。

遠ざかるボートに乗った満載の客達の中には、一際巨体のあの男も見える。彼の父親の大使と某国大臣だけで人質は十分だと犯人達は判断したらしい。

 

清四郎はスーツの胸元から携帯電話を取り出した。

「東京湾は圏内のはずだが・・・・。」

妨害電波でも出ているのか、携帯は使えなかった。

国際テロだ。自衛隊か米軍が動いている可能性もある。

「どうも剣呑ですね。他の船客の後を追って退散した方が得策のようだ。」

「人質見捨てて逃げるのかよ?」

悠理は不服そうだが、清四郎は首を振った。

「犯行は計画的かつスマートです。海上保安庁か海上自衛隊かじきに出張って来る専門家(時宗おじさんかもしれないが)に任せた方がいい。」

「じゃ、風邪をひく季節でもなし、甲板を突っ走って海に飛び込むか?」

悠理はさっそく泳ぎやすいように上着を脱いでキャミ姿になり、パンツスーツの裾を捲り上げている。

「ふむ・・・」

清四郎は船内の廊下からそっと甲板を覗き見て、悠理の案を検討したものの。

「ヘリや巡視船へのアピールか、今甲板には銃を持った男達が人質を連れ出して集結していますよ。あの中に飛び出せば、僕らはすぐに蜂の巣だ。もうしばらくすれば、船内に移動するでしょうが。」

「じゃ、それまでここに隠れてる?さっきの物置に戻るとか?」

窓から甲板をうかがう清四郎の隣に、悠理はひょいと顔を近づける。

剥き出しの白い肩が清四郎に触れた。

「物置ねぇ・・・。」

清四郎は悠理に視線を移した。

 

「さっきの続きでも、します?」

 

悠理の目が大きく見開かれた。

「・・・・おまえ、どうしちゃったの?」

「変ですか?」

「状況考えてみろ!つーか、なんであたいとキスしたいわけ?」

「なんで、と訊かれましても。」

清四郎は、ふむ、と首を傾げた。

「まぁ、あえて言うなら、”気の迷い”ですかね・・・・。」

その言葉には、真実半分揶揄半分。

「お〜ま〜え〜・・・・・」

悠理の顔が赤らんでいるのは、羞恥半分怒り半分。

いや、怒りが勝っている。

ぷるぷる震えている悠理の肩を、清四郎は内心焦って抱き寄せた。殴られては堪らない。

「婚約中は、何度もキスしましたよね。だから僕にとっては、自然な行為の気がするんですが。」

彼女の温かな肌の感触や、甘い吐息をもっと近くで感じたくなる。

それは、彼にとっては自然な感情だった。

「僕だけですか?おまえは、そう感じないのか?」

瞳を覗き込んで問いかけると、悠理の目は惑いに揺れた。

 

ふたりの初めてのキスは、二度目の婚約直後。

無邪気な唇を悪戯心で奪った、ディープキス。

悠理には刺激が強すぎたのか、知恵熱まで出して寝込んでしまった。

おかげでしばらくは口づけを禁じられ、清四郎が許されたのは、目の上のキスだけだった。

口づけに怯えるような悠理の惑いは、まるであの頃に戻ったようだ。

 

清四郎は悠理の肩を抱き寄せた手に力を込めた。

じっと目を見つめたまま、顎に手をかけ上を向かせる。

「僕とのキスは嫌いじゃないと、言ってたじゃないか。」

悠理が唇を許してくれるまで、清四郎は随分と根気良く段階を踏んで、頑なな抵抗を解さなければならなかった。

その甲斐あって、唇を合わせると悠理は陶然と甘い息を漏らすようになっていたのだが。 

「・・・いいでしょう?」

清四郎は人差し指の先で、そっと悠理の唇に触れた。

悠理は愛撫するような指の動きに、引き結んでいた唇を解いた。

わずかに開けられた口から漏れたのは、小さなため息。

「やっぱり・・・・・変だよ。あたいら友達だろ?友達同士は、キスなんてしねーもん!」

悠理は清四郎の手を振り払った。 

「あたい、おまえのことわかんない!」

身を捩って清四郎の腕から逃れた悠理は、そのまま駆け出した。

しかめられた顔はまだ真っ赤に染まっていたけれど、その目に浮かんだ涙が見えた気がして。

清四郎は慌てて彼女の後を追った。

「悠理、だから、僕は・・・」

”だから”何を、言おうとしたのか。

清四郎自身にもわからない。

 

「うわっ!」

彼女が走り出したのは、テロリストの闊歩する甲板と逆の方向だった。

しかし、唐突に船室の扉が開き、危うく悠理は戸に激突しかけた。

だが、それが幸いした。現れたテロリストの銃口を扉が阻んだのだ。

「悠理!」

清四郎は咄嗟に悠理の首根っこをつかんで、手前の扉を開けて放り込んだ。

そのまま、自分もその部屋に飛び込み、鍵をかける。

そこは厨房だった。

周囲を見回して、清四郎は手近な物を扉に寄せる。

放り込まれた格好のまま床に突っ伏していた悠理も、重そうな食材の箱を這いずりながら扉に押し付けた。

「悠理、離れてろ!」

清四郎が叫んだと同時に、扉に幾つもの風穴が開いた。

丸窓のガラスが厨房内に撒き散らされる。機関銃で掃射されたのだ。

ふたりは厨房の機材の影に身を潜めた。

 

窓から撃ち込まれる銃弾が、頭上を雨あられと降り注ぐ。

「思ったより、丈夫な扉ですね。しかし、どれだけ保つやら・・・」

「厨房にはたしか、もいっこ扉があんぞ。広間に通じてんの。」

さすが、出航前から厨房をうかがっていただけはある。悠理の指摘に、清四郎は素早く弾の雨をかいくぐり、大広間に通じる扉の鍵をかけた。

間一髪。扉がガタガタ揺れる。騒ぎを聞きつけたテロリスト達が扉を開けようとした寸前だった。

ふたりがかりで保冷箱やテーブル移動させ、封鎖を補強する。

小窓越しに銃弾こそ打ち込まれているものの、廊下側の小さな扉もかろうじて侵入者を阻止してくれていた。

ふたりはステンレスのテーブルに背中を預け、ようやく一息ついた。

 

「なぁ、清四郎。このままここに立てこもってりゃ、大丈夫かな?」

「大丈夫なわけないでしょう。」

所詮、袋の鼠。封鎖が破られるのは時間の問題だ。

「じゃ、やっぱ強行突破か。廊下側のあいつは一人だから、銃さえ奪っちまえばなんとかなるかな。」

悠理はひょいと手を伸ばし、厨房の棚から包丁やら鋏やら物色し始める。

アドレナリンのせいか輝く瞳に、清四郎は苦笑を漏らした。

「・・・まったく、おまえといると命がいくつあっても足りないな。」

「だから、なんであたいのせいだよっ!」

清四郎の言葉に、悠理は頬を膨らませ唇を尖らせた。

そのピンクの唇に、清四郎の視線は吸い寄せられる。

 

これが、自然な感情でないなら、なんの力学が作用しているのか?

 

「・・・・悠理、やっぱり結婚しましょうか。」

「はああ?!」

 

銃声が鳴り響く中でのその言葉は、やはり”気の迷い”の続きなのだろう。たぶん、きっと。

それでも。

「おまえみたいな跳ねっかえりのトラブルメーカー、他の誰が面倒見られるっていうんです?毎度毎度の騒動に、どうせ腐れ縁で一生付き合わされるんだ。僕らは利害も一致することですし。」

「って、なんの利害だ?!」

結婚すれば、とりあえず彼女の唇は彼のもの。

 

目を白黒している悠理に、清四郎はニッと笑みを向けた。

「ま、とりあえずこの局面を打開しなければ。」

清四郎は廊下の扉を顎で示した。

「1、2の3、で扉を開けます。銃は僕が奪うので、おまえは・・・」

「飛び蹴りで、トドメ?」

「それで行きましょう。」

決断、即実行。

 

1,2の3、とカウントし、ふたりは隠れていた機材から飛び出した。

転げ落ちた鍋や釜が盛大な音を立てる。

清四郎の投げた包丁が、テロリストの腕に刺さった。

悠理の飛び蹴りが敵に決まるのを見届けずに、清四郎は銃を拾い上げて駆け出していた。

背後に不安は感じなかった。悠理の蹴りの威力は身を持って知っている。(なにしろ清四郎自身がかつて不能にされかけた。)

物音を聞きつけてテロリスト達がこちらに回って来るまでに、退路を確保することが先決だ。

清四郎は悠理が遅れずついて来ることを疑いもせず、全速力で走りながら前方の敵に意識を集中する。 

甲板に出るまでに、もう一人遭遇した敵を殴りつけて昏倒させ、清四郎は奪った銃を背後に投げ渡した。

悠理は危なげなくキャッチする。

伊達に何度も共に死線を越えて来ていない。

「清四郎、このまま突破するぜ!」

悠理の表情は恐怖に強張るどころか、生き生きと輝いている。

「結局、暴れたいんでしょう!」

認めたくはないが、清四郎自身も感情の昂ぶりを感じていた。

悠理以外の誰が、こんな経験をさせてくれるのか。

「おまえとあたいなら、大丈夫だよ!」

悠理は親指を立てて、白い歯を見せた。

 

そう、ふたりは極上のコンビだ。

出逢えたことに、感謝するほど。

”気の迷い”だけが原因とは、言えないかもしれない。

 

だけど、甲板に飛び出した時、さすがの清四郎も息を飲み急停車。

一斉に銃口が向けられ、清四郎と悠理を取り囲んだのだ。

船内に移動しているかとの読みが外れ、テロリストの大半が先刻そのまま甲板に勢ぞろいしていた。

あばた面こそ息子と似ているが中肉中背の大使と、テロリストと同国人である大臣、二人の人質も銃口を向けられ拘束されている。

下手な動きが取れないことは明白だ。

 

清四郎は手にしていた銃を即座に手放し、両手を挙げた。

テロリスト達が英語でまくし立てる言葉に、悠理を指差しながら清四郎は叫び返す。

「せ、清四郎、何言ってるんだ?」

悠理は銃を抱えたまま、顔面にハテナマークを貼り付け不安顔。

「当局の者かと誰何されたので、おまえは某国にも影響力を持つ剣菱財閥の娘で僕はその婚約者だ、と説明しただけです。いきなり射殺されるのは避けたいですからね。」

「おまっ、婚約者じゃねーだろ!」

「この局面で、気にするのはソコですか?」

清四郎はホールドアップの姿勢のまま、唇の端を歪めて笑った。

 

「さっきプロポーズしたでしょうが。この際、さっさとOKしなさい。」

 

銃口に囲まれての、プロポーズ。

ロマンチックの欠片もなく、甘さの微塵もない言葉。

 

「・・・・生きて戻れたら、結婚でもなんでもしてやらぁっ!」

悠理の返事も、本気半分やけくそ半分。

 

清四郎と悠理の事情に頓着するはずもない犯人達からすると、人質が二名から四名に増えただけだ。

身元を明かしたものの、まだ銃を抱えた悠理に対して、テロリスト達は銃口を向けたままだった。

凪いだ海の上の夕闇は濃くなっていたが、巡視船からの投光が緊迫する甲板を明るく照らし出していた。

その、膠着した場面を打開したのは、予期せぬ乱入者の登場だった。

 

「オトーーンッ、無事でっかーー!!」

 

甲板に、いきなり海坊主が出現した。

いや、全身ずぶ濡れの大男が船体をよじ登って現れたのだ。

その第一声から察するに、父親を助けに戻ったのだろうが。

 

「せ、清四郎ハーーーン!!」

 

聞くものを硬直させる銅鑼声は、愛しい清四郎の危機に気づいた雄たけびだった。

 

「悠理、銃を撃ちまくれ!」

いきなりの元番長の登場を好機と捉え動いたのは、さすが幼き頃からの研鑽を生かした清四郎。

テロリスト達が度肝を抜かれた一瞬に、清四郎は人質の大使と大臣に飛びかかり身を伏せさせた。

 

「フムッ!」

そのまま倒れこんだ体勢で回し蹴りを繰り出して、両側の敵を倒す。

 

「ウガーーーーッ!」

ずぶぬれ巨体の海坊主も、周囲の人間をちぎっては投げ。

 

「でやーーーーっ!」

悠理はといえば、清四郎に命じられた通り、頭真っ白のまま銃を乱射し続けた。

 

甲板は、阿鼻叫喚の坩堝と化した。 

 

 

*****

 

  

「しかし、おまえの射撃の腕はすさまじいの一言だ。あれだけ撃って一発も当たらないとは。」

「あたいは魅録じゃないやい!銃なんか撃ったことねーもん!けど、銃で殴って何人も倒したんだからな!」

 

テロリスト達を取り押さえた直後、人質達と共に保護されたふたりは、ようやく船を降りることができた。

救急車で駆けつけた医師に簡単な診察を受けた後、清四郎と悠理は桟橋に腰を下ろし、夜の海を眺めていた。

と、言ってもムードは皆無。

ふたりきりになれるどころか、警察車両と救急車が港を埋め尽くし、当局関係者と船客がまだ興奮した面持ちで周囲を行き交っている。

 

「で、約束は覚えてます?」

「ん?」

「結婚の、です。」

サクッと告げた清四郎の言葉に、悠理はしばし唖然としていたが。

「・・・・お、おっしゃ、女に二言はない!」

への字口で、こっくり頷いた。

 

色気もクソもないへの字口と、りりしく寄せられた眉。

潮風に混じり彼女から香るのは、物騒な硝煙の匂い。

それでも清四郎は目の前の悠理に引き寄せられる自分が不思議でならなかった。

 

――――疑問符は、いまだ消えず。

方程式は解けない。

だけど、出逢えた意味を問う必要もない。

 

そして、友人では許されない行為が、晴れて解禁。

「じゃあ、婚約の証にキスを。」

悪戯心が騒ぎ、清四郎は自分の唇をトントンと人差し指で差した。

「へ?」

清四郎は悠理の両手を取って、自分の肩に乗せた。そのまま片目を閉じて告げる。

「キスしてください。」

「ふえっ!」

「女に二言はないんでしょう?」

清四郎は今度は両目を閉じ、悠理を促した。

「・・・お、おう・・・!」

力強い返事を返したものの、悠理の語尾は明らかに震えている。清四郎の肩に置かれた両手と同じく。

 

桟橋に座ったふたりの間を潮風が通り過ぎる。

待つこと数十秒。

そろりと清四郎は片目を開けた。

悠理は清四郎の方に身を乗り出し、唇をチュウの形に尖らせているものの、ぎゅっと目をつぶったまま硬直している。

「・・・ったく。」

清四郎は笑い出したい衝動を堪えながら、悠理の背に手を回した。

ついに手に入れた桃色の唇を塞ぐ。

押し付けるように唇を合わせ、徐々に開かせる。舌を強引に侵入させると、悠理が苦しげに息を飲んだ。

逃げようとする舌を追い、絡め取る。

深くなる口づけの感覚。

苦しくて気持ち良い。

 

解答のない、方程式。

理由なんて、どうでもいいじゃないかと思う。

ここにこうしてふたりで居ることが、すべてだから。

 

甘美な陶酔に、ゆっくりとふたりは墜ちて――――ゆく寸前。 

 

 

「清四郎ハーーーン!!」

 

毛布を纏ったずぶ濡れの海坊主が、銅鑼声を上げた。

 

「ぎゃっ!!」

悠理はカエルを踏んだような奇声を発し、清四郎を押しのけた。

先ほどまで口づけの陶酔に眩んでいたはずが、余韻も何もあったもんじゃない。

さすがの動物的本能。

ドドドドドと地響きを上げて駆け寄って来る重戦車に悠理はいち早く気づき、必死の形相で逃亡の体勢を取る。

「ゆ、悠理、僕をおいて逃げるな!」

清四郎は慌てて、背を向けた悠理の首根っこを掴んだ。

「離せ、清四郎!おまえはともかく、あたいはヤバイ!さっきの絶対見られたぞ!嫉妬に狂った番長に殺されるーーー!!」

悠理はジタバタ暴れたが、清四郎は離すつもりはない。

「アレとふたりきりにしないでくれ!」

清四郎は溺れる者が救命具を掴む勢いで、悠理を背後から羽交い絞め。

清四郎もなかばパニック状態だった。

テロリストでも爆弾魔でも、彼をここまで慌てさせはしないだろうが。

番長の突進は、ふたりの目前でかろうじて止まった。

 

「清四郎ハンっ・・・ワイは、ワイはっ」

毛布を掴んだ番長は、どす黒い顔をかろうじてそうとわかる程度に赤らめている。

 

「ば、番長、あたいとコイツはなんもないからな!誤解すんな、あたいは無実だ!」

「いえ、聞いてください!僕らはさっき婚約しました!誓いのキスも交わしましたから!」

 

「・・・・・。」

怒っているのか泣いているのか。番長の表情はわかりにくいことこの上ない。

ただ、ダラダラとあばた面を涙が流れた。

 

「ワイは・・・ワイは、清四郎ハンと共に戦えた感激で、胸が一杯なんや!ワイの長年の想いは報われましたんや!」

番長は丸太のような腕で、涙を拭った。

そして、清四郎に抱きつかれたままの悠理に顔を近づける。

「ひっ」

悠理は詰まった悲鳴を上げたが、番長のタラコ唇は笑みの形に歪んだ。

「ほんま、ケッコンとはおめでたいこっちゃ!剣菱、清四郎ハンを幸せにしたってや!」

悠理はポカンと口を開ける。

番長は清四郎に顔を向け、ぐっと男らしく親指を上げて見せた。

「剣菱はワイらが出会った時から、清四郎ハンが守ってたオナゴや。お気持ちは、昔からわかってま!」

「「は?」」

「ワイは永遠に清四郎ハンのファンでっさかい。共に闘った思い出を胸に、これからも草葉の陰・・・もとい、遠く物陰からそっと見守らせてもらいま〜!」

なにやら晴れやかな笑みを似合わぬ御面相に浮かべ、番長は「お幸せに〜〜!」と手を振って去っていった。

残されたふたりは、ボーゼンと佇む。

 

脳裏に蘇るのは、はるか遠い日の邂逅。

思えば番長との出会いは、有閑倶楽部結成のきっかけとなった出来事だった。

悠理のトラブルに清四郎が巻き込まれた、最初の一幕でもある。

 

しかし、古馴染みの番長の遠くなった背中に、清四郎は眉を顰めた。

「・・・・失敬な!」

我知らず顔が紅潮する。もちろん、憤怒のためだ。

「勘違いもはなはだしい!まったくもって不愉快な!あの言い草では、僕がまるでずっと昔から悠理のことを・・・」

「え?」

ブツブツ憤慨している清四郎に、悠理が小首を傾げて見上げてくる。

その顔面には大きなハテナマーク。

「い、いえ、なんでもありません!」

清四郎はプイと悠理の視線から顔を逸らせた。

 

――――永遠の疑問符。

周囲には自明の理でも、当事者には見えない答え。

 

「やっぱ、わかんねーやつ。なんで顔赤くしてんの?」

清四郎は悠理に答えず、ますます顔を逸らせた。

「あ、ひょっとして、アイツがあたいに『清四郎ハンを幸せにしてやってくれ』なんて言ってたから、拗ねてんの?男のプライドってやつ?」

「・・・・・バカ。」

清四郎はあさっての方を向いたまま、悠理の髪をやけくそ気味にくしゃくしゃとかき混ぜた。

視線を逸らせたままなのは、不可思議な力学への、精一杯の抵抗だった。

 

――――恋愛力学、今日も格闘中。

 

 

「さ、帰りましょうか。ニュースで報道されたでしょうから、剣菱のおじさん達やあいつらもきっと心配していますよ。」

「あいつら、きっとあたいらだけ暴れてたって、悔しがるぜ〜♪」

「いや、魅録はともかく、他の面々は暴れたがったりしないと思いますよ。」

有閑倶楽部の仲間としての彼らの関係は、当分変わりそうにない。

ふたりが戻るのは、これまでと変わらない日常へ。

「あ、ところでおまえってば一人でパーティに来てたのか?」

「え?あ?まぁ・・・・そんなとこですかね・・・。」

悠理と出会って以来、清四郎は連れのことなど思い出しもしなかった。彼女と仲間になる前の、平穏だった生活が思い出せないように。

「それより、婚約報告をおじさん達にしなければ。」

「げぇ〜・・・めんどくせ。」

「もう慣れっこでしょう?」

「慣れるかよ!」

 

やっと紅潮の引いた顔を、清四郎は悠理に向けた。

「幸せに、してあげますよ。」

余裕の笑みと共に告げた言葉は、本心だったのだが。

「・・・やっぱおまえ、悔しかったんだろ?」

悠理はいたずらっ子のからかい顔で、イシシと笑った。

 

 

めでたく三度目の婚約を果たしたものの。いまだ疑問符への解答は見出せず。

 

――――幸せの答え導き出す方程式、探求中。

 

 

 

END

(2008.8.29)

 


いやはや、元南中番長ってば、清四郎より賢くなってないか?私の感情移入キャラだからって贔屓しすぎ?(笑)

このままチュッチュッチュ〜♪と楽しく書いてたら、清四郎の唇を番長に奪わせかねないので、婚約期間のキスシリーズはここらあたりで終わりにしとこーっと。(爆)

らららTOP