うららかな初夏の昼下がり。

部室で顔を合わすなり、可憐が気色ばんで悠理と清四郎に詰め寄った。

「今朝ワイドショーでスクープされてたんだけど、マーテル王子が極秘来日してるんですって?!」

 

清四郎はいつのもように新聞を開き。

悠理はなにやら疲れた様子でテーブルに肘をついていたが。

可憐の問いに、ふたりは顔を見合わせ、頷いた。

「そうだじょ。二三日は家に居るよ。」

「剣菱家では外部に漏らしていないはずなんですが。マスコミは早耳ですね。」

 

タリスカ王国マーテル王子かぁ。万作おじさんの初恋の君の息子だよね。前回の来日では花嫁探しって言われてたけど・・・。」

美童の言葉に、魅録がポンと手を打った。

「なるほど、そういうことか。」

野梨子が納得顔で茶をすする。

「悠理のお見合いの相手は、マーテル王子でしたのね?」

可憐は叫んだ。

「そんな、もったいない!」

 

 

キッスは無用? 〜続・キッスは目にして〜

 

 

 

悠理がお見合いを抜け出して清四郎に泣きついたのは、前日のこと。

小国とはいえ王妃となる道を蹴って、幼馴染とふたたび電撃婚約するに至った。

前回同様、そこに恋愛要素はないものの。

 

清四郎は片眉を上げて唇の端を歪めた。

「・・・もったいないって・・・マーテル王子との縁談を断って選んだ相手が、僕ごときで悪かったですね。」

清四郎の嫌味にも、可憐は堪えない。

「だって究極の玉の輿じゃないの!王子はイケメンだし!」

握りこぶしの可憐に、悠理は頷いた。

「性格もいいじょ。」

清四郎はムッと眉を寄せる。

「悠理、どっちの味方ですか。」

「だって、おまえ性格悪いもん!それに、あんな・・・」

悠理は口中でぶつぶつ呟き、プイと顔をそらした。

その赤らんだ顔を見て、清四郎は愁眉を解く。

昨日のキス以来、悠理はずっと挙動不審なのだ。

 

「あらあら、たった一日で、悠理はもう婚約を後悔してますの?」

「清四郎の性格なんて、前から知ってただろう。俺は結構、おまえら二人はお似合いだと思うけどな。」

野梨子と魅録の言葉に、悠理の眉は下がる。

赤面しつつも、悠理はへの字口の不満顔。

 

「そうだよ。前の時と違うだろ。今回は悠理からのプロポーズじゃないか。」

美童は押し黙った悠理に、にこやかに問う。

「それで、今回は部屋も同室なのかい?」

 

「・・・っ!!」

 

悠理はぶんっと美童に顔を向け、目を吊り上げた。

限界まで赤くなった顔、わなわな震える肩。

悠理は清四郎を指差し、雄叫んだ。

 

「こ、こんなドスケベ色欲魔人と同室になってたまるかーっっ!!」

 

悠理の形相と、不穏な言葉に、仲間たちは凝固した。

 

「せ、せ、せ、清四郎・・・あなた一体、何をしたんですのっ」

以前のように平手打ちこそしなかったものの、野梨子が幼馴染に詰問する。

 

「・・・何って、たいしたことは何も。まったく、人聞き悪い形容ですねぇ。」

清四郎は平然と微笑し、肩を竦めた。

「挨拶代わりのキスなんて、たいしたことじゃないでしょう。王子と一緒のことをしただけですよ。」

「ど、どこが一緒だよ!第一、王子は外人だから挨拶だけど、おまえは日本人だろーがっ」

悠理は地団太を踏まんばかりに憤慨しているが。

清四郎に白い目を向けていた仲間たちは、ふたりのやり取りを聞いて、ホッと脱力。

 

「なんだ・・・びっくりさせんなよ。」

「悠理がウブなのはわかってるけど、それくらいでドスケベ呼ばわりは、清四郎が可哀想だよね。婚約者なら当然で普通のことだろ?」

「普通で当然かどうかはともかく、悠理も大袈裟ですわね。」

「王子とキスかぁ・・・羨ましいわぁ。」

可憐の言葉に、悠理は憤慨顔のまま、左手の甲を指し示した。

「王子とキスってたって、ここにだじょ!」

その言葉で、ますます仲間たちは苦笑と同情の視線を清四郎に向けた。

知らぬが仏。もちろん、仲間たちの同情は的外れであったのだが。

悠理と対照的に、清四郎は涼しい顔で微笑むばかり。

 

可憐が両手を組んで、うっとりと中空を見つめた。

「悠理に振られて、王子はフリーよね?」

一同は清四郎から可憐に視線を移す。

「可憐、まさか懲りもせず・・・」

「また玉の輿を狙うつもりかい?」

「だけど、可憐と悠理じゃ、いくらなんでもタイプが違いすぎねぇか?」

「そうですね。可憐は王子の好みのタイプとはいえませんな。」

 

清四郎の言葉に、可憐はムッと眉をしかめた。

「あら、あたしの女の魅力で落としてみせるわよ!」

「王子に可憐得意のお色気攻撃が通じるかな?なにしろ世界の社交場で注目のプリンスだよ。美女も見慣れていると思うけどね〜。」

美童の揶揄にもかかわらず、可憐はテーブルにメイクセットを取り出し、せっせと励みだした。

ゴージャスな巻き毛を頭の両脇に団子で編みこむ。

メイクはナチュラル自然派に。

「清純派の元気娘系でしょ、まかせなさい!高貴な方はお友達路線から攻めてみるのが有効よね♪」

それは可憐の豊かな経験に裏打ちされた言葉ではあったのだが。

「あらまあ、ぶりっ子するのですわね。」

仲間たちは苦笑。清四郎にいたっては、失礼にも吹き出した。

 

「・・・可憐、意気軒昂なのは結構ですが、マーテル王子の好みのタイプは、あなたでは無理です。」

「なによ、あたしの魅力が悠理に劣るとでも?」

まさか、と悠理の婚約者は薄情にも即座に首を振った。

「いえ、王子のタイプは悠理じゃありません。万作さんですよ。王子は、彼に似ているから悠理と結婚しようと思ったそうです。」

可憐のメイクをする手が止まる。目に見えて闘志減退した可憐の背を、清四郎は慰めるように叩いた。

「まぁ、世の中には物好きもいるもんですよ。」

 

美童はそんな清四郎に含みのある笑みを向けた。

「蓼食う虫も好き好き、だっけ?清四郎も物好きだよね〜。」

「僕のは、ボランティアですから。」

ね、と清四郎は同意を求めるように、シャアシャアと婚約者を振り返った。

いつものように、髪をかき混ぜようと手を伸ばす。

 

「・・ひっ」

悠理はぴょんと清四郎から距離を取って逃れた。

真っ赤な顔。怯えた表情。

 

空振りの手をもてあまし、清四郎は眉を顰めた。

「なんですか、その過剰反応は。」

悠理は小刻みに体を震わせ、脂汗さえ浮かべている。

「・・・悠理?」

明らかな異常。

悠理はヨロリと足をふらつかせた。

「なんか、気持ち悪い・・・。」

悠理はテーブルに手をついて、口を押さえた。

「どうも様子が変ですね。」

清四郎は悠理の額に手をやった。今度は、避ける間もないほど素早く。

「わぁっ、触るな!」

「それどころじゃないでしょう、かなり熱いぞ!」

清四郎はもがく悠理の抵抗を封じ、華奢な体を引き寄せた。

「発熱しているようですね。」

悠理はぐったりしつつも、清四郎の手から逃れようと身じろぐ。

清四郎はため息をついて、悠理の顔を覗き込んだ。

「・・・もしかして、知恵熱か?」

悠理は清四郎の視線を避けて顔を逸らせた。

 

昨日からの変遷は、悠理には刺激が強すぎたのかもしれない。

突然のお見合いに、電撃婚約、衝動的なファーストキス。

 

清四郎はもがく悠理の膝裏と肩に両手を回し、一気に抱き上げた。

「ふぎゃっ?!」

「重症のようですので、とりあえず保健室に連れて行って、今日はそのまま家に帰りますよ。午後は早退しますので、よろしく。」

 

「「「「お大事に〜。」」」」

仲間たちはひらひら手を振る。

 

生徒会室を出ても、悠理は往生際悪く、手足をバタつかせた。

「離せ、下ろせ〜!一人で歩けるってば〜!」

悠理は真っ赤な顔でわめいた。

「あたいに触るな、色欲魔人〜!」

この言葉には、さすがに清四郎も顔を顰める。

「あんまりうるさく言うと、その口をふさぎますよ!キスは目の上だけで我慢してやってるのに、いいんですか?」

はたして、悠理はぴたりと黙った。

その上、自分の口を両手で塞ぐ。

悠理の念の入った拒絶に、清四郎は苦笑する。

 

”やっぱ、無理!”の悠理の主張通り、ふたりの仲にキスは無用のようだ。今のところ、まだ。

 

「・・・ま、“清四郎と同室でもかまわない“と言っていた時よりは、これも前進ですかね?」

清四郎の呟きは、ひとり言。

とにもかくにも、身を強張らせ大人しくなった彼女を抱いて、清四郎は携帯から迎えの車を呼んだ。

 

 

前進か後退か。

三歩進んで二歩下がる。

彼らの迷走は、まだ始まったばかり。

 

 

 

 

END(2007.5.11)

 


なんでか続いてしまった二度目の婚約時のエピソードです。ファーストキス後日談は、もうちょっとだけ続く予定。

しかし、悠理がキスに拒否反応をしめして清四郎をぶん殴り→即、婚約破棄の、【ふたりの一番短い婚約期間】エピにするつもりだったのに、一向に破棄しそうにないなぁ?一番短い婚約期間は三度目に変更することにしよっと。・・・って、三度目も書く気か、自分?!

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