ロング エンゲージメント
――――彼女と彼との恋は、紆余曲折。
ほんの幼い頃に出逢ったふたりなのに、気づくまでには、長い時間が必要だった。運命が約束した、たった一人。 お互いが、その相手であることに。
共に過ごした青春の時。 築いた、素晴らしい友情。 破天荒な彼女をあつかえるのは、いつだって、彼だけだった。
誰から見ても似合いのふたりだったから、結婚話も持ち上がったのだけど。 自らの野望に目を塞がれ、彼は彼女を傷つけた。 強いられた政略結婚に、彼女も頑なに彼を拒んだ。 口論、別離、そして和解。 正反対のふたりだから、惹かれあい、求めあってきたのに。 恋に気づかないまま、誤解やすれ違いを重ねた。 だけど、それでもついに、ふたりは今日の日を迎える。 ふたりが本当に結ばれる、今日という日を。
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「うわ・・・こりゃ酷ぇ。」 魅録は摘み上げたピンク色のメモ用紙から厭わしげに顔を背ける。 魅録を辟易させた妄想文に、美童は苦笑。 「あんまり、脚色しすぎじゃないか?清四郎と悠理が見たら、激怒するよ?」
「まぁね〜・・・。」 可憐は男たちの手からメモ用紙を奪い取って唇を尖らせた。 「でも、このくらい脳内変換しなきゃ、あたしだってやってらんないわけよ。あんまりにもあいつらってば、ロマンティックじゃないんだから。」
野梨子は眉を寄せて首を振る。 「脚色は結構ですけれど、それでも、どこが“ついに”ですの?紆余曲折は事実にしろ、ふたりの想いが通じ合う肝心のドラマがどこにも入ってませんわよ。そういった事実はないので仕方がないとはいえ、いっそ、そこまで創作なさったら?文才はあまりなさそうですけれど。」 「うっさいわね!」 可憐は文章の綴られた紙をくしゃくしゃ丸めた。 豪奢な控え室のテーブルの下に、紙屑は転がり落ちる。 可憐のドレスの下、大理石の床に転がったそれを、振袖姿の野梨子が拾おうと身をかがめた時。白亜の扉が開かれた。 「ああ、皆さん、もう揃ってるんですか。ありがとう。」 本日の主役たる、タキシード姿の新郎だった。
「あー、えー、本日は、お日柄も良く・・・」 「・・・おめでとうございます。」 「おめでと〜〜・・・」 「・・・ついに、だね、清四郎。」
仲間たちは笑みを作りつつ、おざなりに祝いの言葉を口にした。 清四郎はにっこり微笑んで、礼を言う。 「ありがとうございます。悠理の準備も出来ているようですよ。花嫁控え室に会いに行ってやってください。百合子おばさんの気合が反映されて、馬子にも衣装ですから。」 清四郎は誇らしげにタイを直した。 長身の彼は、フォーマルが良く似合う。美貌の花嫁と並ぶと、迫力の新郎新婦、似合いの一対となるだろう。 中身の凸凹加減も含め、彼らふたりが並ぶ姿は、もう仲間達には自然な光景だったけれど。
新郎の言葉に従うべく、仲間たちは一斉に腰を浮かせた。 曲がりなりにも、友人の晴れ姿だ。祝福の気持ちはある。 いや、むしろ本来なら、心からの祝福を贈りたい。 友人たちの結婚が、可憐の文章の通りでありさえすれば。 「あ、可憐。」 立ち上がった可憐に、清四郎は声を掛けた。 「例の物は、用意してくれましたか?」 「当たり前でしょう。」 可憐はハンドバッグから宝石箱を取り出した。 「はい、ご注文の品。」 可憐が清四郎の手に渡したのは、ジュエリーAKI特注の結婚指輪だった。 「可憐がデザインしてくれたんですね。とても素敵だ。」 清四郎は箱を開いて感心したようにプラチナの指輪を見つめる。 「・・・・・・・苦労したもの、本っ当ーっに。」 仲間たちの同情の視線を浴びつつ、可憐は大きなため息をついた。
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空は快晴。教会に鳴り響くウエディングベル。 清四郎と悠理は今日、華燭の宴を迎える。
しかし、彼らの結婚が、可憐の夢見たような顛末によってでないのは、周知の事実だった。 ふたりの結婚は、“政略結婚”――――が、外聞を憚るのなら、“腐れ縁”。 ロマンティックには、ほど遠い。 最初の婚約以来、ふたりは何度同じことを繰り返してきたことだろう。 高校時代のように、悠理が泣き喚いて拒否することはなかったが、それは剣菱家の身代を任せられる相手が結局、清四郎しかいなかったからに過ぎない。 一方の、清四郎の野望も健在。 仲間たちにすれば、呆れ顔を隠すのも一苦労だ。 「おや?」 仲間たちが控え室を出ようとした時、清四郎が床に転がる紙屑を拾い上げた。 「あ!」 可憐は焦るが、清四郎は素早く広げて一読してしまった。 「・・・・・・これはこれは・・・・酷いな。」 魅録と同じ感想を呟いた清四郎を置いて、可憐はヒールの音も高らかにドレスを翻して逃走した。 「可憐はあいかわらず結婚に夢見てるんだから、許してやれよな。」 「その指輪を作るために、可憐には必要な妄想だったんですわ。」 「いっそ、本当にしてしまえば?」 仲間たちの言葉に、清四郎は腕を組んだ。これまでの年月を思い返しているのか、人差し指で額を押え、遠い目をする。 「・・・・まぁ、僕も“紆余曲折”と“ついに”だけは同意しますよ。」 口元に浮かんだのは、愉快気な、だけど、皮肉な笑み。
今日と言う日を迎えるまで、繰り返された婚約破棄。無駄な決闘、勝負にイベント。 それは、彼に退屈だけは与えなかったけれど。紆余曲折であることも、また事実。 友人の見慣れた酷薄な笑みに、仲間たちはゲンナリ肩を落とした。 たとえ結婚しても、ふたりの関係性には変化なく、これまでと変わらぬ日々が繰りかえされるだろうことは、容易に予想できる。 それでも、仲間達は釘を刺すことを忘れなかった。
「経緯はどうあれ、とにかくも・・・・悠理を幸せにしろよ!」
その言葉に、清四郎は肩をすくめることで答えた。 自信家の彼らしく、当然、と言わんばかりに。
しかし。 その約束が果されるには、長い年月が必要だった。
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――――ふたりの関係は、紆余曲折。 彼が信じた“ついに”さえ、叶うことはなく。 結婚さえも、ゴールではない。 続くのは、曲がりくねった長い道程。 約束は果されぬまま、誤解やすれ違いを重ね。 やがて、お互いの中に見出すことになるのは、遠い未来。 ――――生涯で、ただ一人の恋人を。
END(2007.11.8)
ご訪問者様への感謝を込めて、リクの多かった、らららの最初の結婚式を書いてみました。とはいっても、肝心の悠理ちゃんは出てこないけど。式も始まってないけど。←殴 ひねくれ男清四郎のおかげで、幸せまでの道険し。可憐の妄想は、当然、私の願望でもあります。(笑)
タイトルは仏映画より。ぜんぜん関係ないけど、好きなんで、つい。(笑) 幼馴染の婚約者の戦死を信じず、ヒロインが探し続けるちょっとファンタジックな雰囲気のロードムービーです。あ、清×悠変換したら、涙出そう・・・(←馬鹿)
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