ネコふんじゃった ネコふんじゃった ネコふんずけちゃったらひっかいた♪
「おわっ・・・と!」 盛大にけつまづいた悠理の前に、絶妙のタイミングで大きな手が差し出された。 「あ、ありがと、清四郎。」 堂に入ったフォロー。軽々と悠理の体を支える逞しい腕の友人に、悠理は素直に礼を告げる。 なにしろ大通りの歩道脇。下手をすれば、車道に飛び出してしまうところだった。 「気をつけて下さいよ。何もないところで転ぶなんて、野梨子じゃあるまいし。」 そういえば、すさまじいレベルの運動オンチである幼馴染と、清四郎はいつも行動を共にしている。慣れているわけだ。
「ふぅ〜ん・・・。」 悠理は清四郎から身を離して、目を細めた。微妙に口を歪め、探るような視線を清四郎に向ける。 「なんですか?」 「・・・おまえ、野梨子が魅録と帰っちゃって、淋しいんだ?ひょとして、ジェラジェラボーボー?」 「は?ボーボーって?」 「嫉妬の炎。」 「む。」 清四郎は眉をしかめて、悠理を睨んだ。 「あり得ませんね、馬鹿なことを。だいいち、妬くもなにも、魅録が野梨子と帰ったのは、千秋さんに呼ばれたからじゃないですか。」 珍しいツーショットの帰宅は、白鹿家のお茶席に参加している魅録の母のお迎えに、魅録が駆り出されたからに過ぎなかった。 「ま、正直、あの野梨子がバイクの後ろに乗って帰ったのには驚きましたけどね。」 「あたいもそれはびっくりした。野梨子は裕也に惚れてたくらいだから、結構あーゆーの、好きなんじゃねー?」 「魅録と野梨子ねぇ・・・そういう方面はあいにくと疎いもので、考えたこともなかったですが。典型的“不良とお嬢様”“美女と野獣”で、結構お似合いですな。人は自分にないものを求めますからね。」 悠理は清四郎の言葉に、心もちいからせていた肩の力を抜いた。 「ほんとに、ヤキモチやいてないんだ?」 残念なような、ほっとしたような。完全無欠を誇る清四郎の弱みを握れなかった落胆と、いつまでたっても恋愛沙汰に無縁の悠理が感じる幼い安堵。 悠理の反応に、清四郎は苦笑する。 「・・・で、おまえの方はジェラジェラなんとかは感じないんですか?」 清四郎は自分の顎の下に手をやって、悠理を見下ろした。存外強い眼差しで、探るように。 「へ?あたいが魅録に?よせやい、いくら男に興味がないって言っても、女が好きなわけじゃねーってばよ!」 悠理が憤慨してぷぅと頬を膨らませたのに、清四郎は吹き出した。 「なるほど、自分にないものね。確かに、魅録よりも野梨子の方がおまえと反対ですな!」 声を立てて笑う清四郎の腹に、悠理はボスリと拳をぶつける。軽いジョブ。 「どーせあたいは、野梨子みたく賢くねーし、女らしくねーや。」 どうせ、と言う割には、悠理も本気で拗ねていない。 「そして、野梨子のように運痴でもない、でしょ。そのおまえがどうして何もないところで転びかけたんですか?それも盛大に。てっきり心ここにアラズなのかと。」 悠理の拳を掌で受け止めながら、清四郎は苦笑する。 「ん?何もないところで?さっきもそう言ってたよな。おまえ、見なかったの?おっきな猫がうずくまってたじゃん。」 「は?猫?」 「うん、あたいも寸前まで気づかなかったからびっくりしてさ。いきなり視界に現れるんだもん、蹴ってしまいそうになったから、あわてて飛び越そうとしたんだ。おっきな黒猫だよ。」 「僕の真横でつんのめって、車道に飛び出しかけたんですよ?おまえの足元は見ましたけど、猫なんかいませんでした。こんな大通りの雑踏にいれば目立ちますよ。」 「なに言ってんだよ、いたよ!”ギャアッ”て声立ててたじゃないか。」
「それって、しっかり踏みつけたんじゃないですか。だけど、僕はそんな声も聴いてませんね。」 悠理は眉を顰めて、周囲をぐるりと見回した。 「あ、ほら、あそこ!まだいた!」 悠理は真っ直ぐ人差し指を前方に示す。
「・・・・・悠理。」 清四郎は眉を顰めた。 「あちらは、車道ですよ。」 「え?」 「そして、僕には猫など、見えません。」 「・・・・・・・・・・。」
悠理は指を車道に突き出したまま、あぜんと口を開ける。 音を立てて顔面から血の気が引いた。
――――ニャア〜・・・・
悠理の耳には、車や雑踏の騒音にもかかわらず、はっきりと猫の鳴き声まで聴こえたのだ。
ネコごめんなさい ネコごめんなさい ネコふんずけちゃってごめんなさい♪
「せ、せ〜しろ〜ちゃ〜んんんんんっっ!」
悠理は大柄な友人のわき腹に、ひしりとしがみついた。
「バ、バ、バ、バケ猫〜〜!!」
「たしかに、そのようですね。」 清四郎は自分の胸に顔を埋めた悠理の首筋にびっちりと浮き上がった鳥肌を見つめた。 「ここの道路で死んだ猫の霊ですかね?」 「し、知らん〜〜〜」
涙声の悠理の背を、清四郎はポンポン叩いてなだめる。 「憑りつかれる前に、退散した方が良さそうでな。」 悠理は清四郎の胸に両手を回し、貼りつくように抱きついたまま。
「しかたがない人ですな。足を交互に出して。ほら、イッチニ、イッチニ。」
清四郎に促され、悠理はなんとか足を動かす。まるで二人三脚のように、ふたりは歩き出した。
「な、鳴き声がついて来る〜〜っ!」 清四郎の胸に顔を押し付けて目はつぶっているものの、悠理には猫の存在がはっきりと感じられるらしい。 「もう憑りつかれてしまったんですかね?やれやれ、毎度妙なものに懐かれるお嬢さんだ。」 「お、お祓いしてくれ〜〜!」 「わかりましたよ、知り合いの拝み屋に電話しますから、ちょっと腕を緩めて下さい。携帯も出せやしない。」 「やだーーーっ!あたいは、おまえから離れないぞーーーっ!!」
清四郎は大げさに嘆息したが、その表情は誰が見ても、愉快でしかたがないように笑んでいた。
「・・・・まったく、何もないところで転びそうになる野梨子の運痴よりも、歩けばトラブルにぶち当たるおまえの方が、はるかに世話が焼けますよ。」
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「・・・・・・・・・・・・アレって、どうよ。」 可憐はあきれて呟いた。 「僕らの存在を、完全に忘れているよね、ふたりとも。」 美童も苦笑。 「あいつら、これから飲みに行く約束、覚えてると思う?」 「あのふたりは放っておこう。公衆の面前でああもふたりの世界で密着されちゃあね。」 「ふたりの世界?よくて二人羽織りか子泣きジジイよぉ。」 「あれはあれでお似合いだよ。」
美童は友人達の背をにこやかに見つめている。彼の霊感では、幸いにも黒猫は見えなかった。
可憐はなんとなくの不快を感じ、寒そうに両腕をさすっていたが。
「僕らは僕らで、飲みに行こうよ。」 「やぁよ、あんたとふたりっきりなんて!」 可憐のあからさまな表情と声音に、美童はプライドを傷つけられて唇を尖らせる。 「大丈夫だよ、可憐を口説く気はないから。“人は自分と正反対なものに惹かれる”そうだからね。」 「あんたとあたしのどこが・・・」 可憐は反論しようとして、沈黙。
「いいぞ悠理、その調子だ。オイッチニ、オイッチニ!」 妙に弾んだ清四郎の声が、だんだんと遠ざかる。
美童と可憐は、ため息をつきつつ見送った。 性格が反対のくせに、これだけは運動神経の賜物か息のあった二人三脚。
嬉しそうに密着しつつ、無自覚のふたり。
追っていった者があるとしても、呆れて諦めたに違いない。
ネコとんじゃった ネコとんじゃった ネコすっとんじゃって もう見えない♪
おわり
(2006.10.20)
「無自覚に嫉妬し密着するラブラブ話」を書きたかったのに、なんでかこんな話に。そりゃ密着だけはしてるけど〜〜・・・ラブへの道は遠そうです。
ナオさんに捧げようとしてボツったお話だったりして。(汗)
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