パンキッシュ☆ 後編

 

 

 

 

清四郎の剣幕に眉をひそめつつ。

悠理は自分の携帯を美童に差し出した。

「美童、清四郎が代われって。なんか、心配してるみたいだじょ。」

「し、心配?バレたのかなぁ?ヤダなぁ・・・あんまり皆に知られるの、恥ずかしいよ。」

「清四郎はすぐ見抜くだろ。告っちゃえば?」

悠理に言われて美童がしぶしぶ携帯を受け取ると、電話の向こうの清四郎は地の底から響くような声で唸った。

『・・・告白・・・って、なんのことです?』

ふたりの会話は聴かれていたらしい。

「いや、あのさ、」

美童が仕方なく、話をしようとした時。

夕日が眩しく美童の目を焼いた。

 

「あ!美童、すごい!」

悠理が感嘆の叫びを発した。

美童と悠理のブースは、最高辺にまで到達していた。

眼下は東京湾を一望し、冬の日没が空を茜色に染める壮大な光景が広がっている。

美童は一瞬、目の前の景色に心奪われ見惚れた。

 

「悠理・・・綺麗だ・・・」

「うん・・・」

 

『・・?!美童、悠理、何がどうしたんだって?!』

 

電話の向こうの無粋な男の声に、美童は我に返った。

「ああ、ごめん、清四郎。心配かけたのかい?大丈夫だよ、僕はただ悠理に・・・」

 

 

*****

 

 

「悠理に、どうしたっていうんだ!まさか、おまえ悠理に・・・!」

夕日は清四郎の顔も紅く照らす。怒気に声を震わせ絶句した彼を、仲間達は唖然と見つめていた。

 

(・・・なんか、アレって・・・)

(まさかと思いますが、まさかですわよね?)

(そのまさかだろ?どー見ても、清四郎の奴・・・)

 

狼狽し煩悶する清四郎の表情は、如実に彼の心中をあらわにしてしまっていた。

おそらくは、本人すら自覚していなかったであろう感情を。

 

 

*****

 

 

そしてそれは、電話の相手の美童にすら伝わった。

 

「・・・・あれ?ひょっとして、清四郎・・・・・」

 

美童は悠理の携帯電話を見つめる。

電話の向こうの友人は声を失ったように押し黙っている。美童はしばし思案していたが、通話ボタンを切った。 

窓の外を眺めていた悠理は、美童に携帯を返され、小首を傾げる。

「どしたの?清四郎、なんだって?」

 

清四郎は明らかに狼狽していた。いつも女扱いしていないくせに、男とふたりきりになった悠理の身を案じてだろう。

これまでの清四郎の態度に、思い当たる節がないわけではない。

美童とあろうものが兆候を見抜けなかったのは、まさか”あの清四郎”が”この悠理”に、と思い込んでいたからだ。恋愛適性の低さでは、どっこいどっこいの低空飛行のふたりゆえに。

 

美童は悠理に顔を向け、青い目を探るように細めた。

「あのさ、悠理・・・・さっき言ってたこと、本当なのかい?」

「なに?」

「清四郎のこと、今でも苦手って。」

「え?あ、うん・・・」

悠理はきょろきょろ目を動かしたが、こくんと頷いた。

「だってさ、あいつって・・・なんかおっかなくね?」

美童もさっきの地を這うような声を思い出し、顔色を変えた。

「う、うん、怖い・・な。」

特に、清四郎の気持ちを知ってしまった今では。

清四郎の手から強奪するように悠理と観覧車に乗ってしまったのだ。

怖ろしいことをしてしまったと、美童の体に震えが走った。

しかも、清四郎の想いは完全一方通行らしい。

「さっきだってさ、怖い顔してたし。なんかあたい、いっつも怒られてばっかでさぁ。」

確かに、清四郎は悠理にはひどく口うるさい。その上、女に見えないと公言しペット扱い。

それでも、いつも清四郎は悠理を気にかけているし、一度は婚約までした仲だ。口ではどういっても、女と思っていなかったわけではないだろう。

要領が良いように見えて、清四郎は意外に恋に不器用な男なのかも、と美童は友人が気の毒になった。

恋愛未熟児の悠理でなくても、あんな日常態度を取り続けたら、想いなど通じない。 

「あいつ、結構不器用だよな・・・」

思わず、美童は呟いていた。

悠理はその言葉に反応する。

「不器用?清四郎が?めちゃ器用でなんでもできるじゃん!だからあたい、あいつの前じゃドキドキしちゃうんだよな・・・」

「え?ドキドキすんの?」

「うん、怒られないかって。」

「・・・あ、そう。」

一瞬の期待が潰え、美童は嘆息する。

後日清四郎を飲みにでも連れ出して恋愛指南をしてやらねば、と、友情厚き美童は思った。

知ってしまった事実と清四郎への同情で、己の身の危険には思い至らなかった。

 

茜色の空はゆっくりと藍色に覆われる。

日没の光景に見入っていた悠理は、美童に顔を向けてニッカリ笑った。

「まぁでも、あたい、今日はおまえに感心したよ。怖いのって、克服できるんだよな!」

「ああ・・・そうだね。」

友の見込みのない恋への同情で胸がふさがれている美童の意識からは、確かに観覧車に対する恐怖はもうなかった。

悠理のおかげとも言えなくもない。

清四郎の想いに応えられないのは、悠理の罪ではない。いや、むしろ無理もない。

「ありがとう、悠理。」

美童は感謝を込めて、笑顔の悠理に頷いた。

「悠理も、チャレンジしてみる?幽霊と勉強だったっけ?」

悠理の笑顔が曇った。口に出すのも忌まわしげに小声で続ける。

「それと、長くてニョロニョロしたもんと・・・・清四郎。」

蛇と同列かい!と、清四郎への同情のあまり、美童の目頭は熱くなった。

こんなに嫌がられながらも、いつも清四郎は悠理の面倒を見ているのだ。

勉強しかり、トラブルメーカーの悠理の起こす騒動しかり。

 

無邪気なだけだとはいえ、あまりな言い方の悠理に対して、美童は少し意地悪な気分になった。

「じゃ、悠理。勉強への恐怖克服はいつも付き合ってもらっていることだし、今度は蛇神様の幽霊と対決しに、清四郎と一緒に行きなよ。怖いものにいっそまとめて向き合えば?きっと効果的だよ。」

無理はないと思いつつも、男として清四郎に同情してしまう。

 

「ひぇっ、マジで?」

悠理はびっくり目で息をつめたが、その後、百面相を始めた。

「んーと・・・」

蒼ざめたり冷や汗をかいたり、足りない頭ながらシュミレーションしているらしい。

 

しばしのち、悠理は大きなため息をついた。

眉を八の字に下げた情けない表情で、悠理は美童を見上げる。

「・・・いや、駄目だろ。清四郎と一緒にじゃ。」

「なぜさ?」

「だって、清四郎が居てくれるんなら、あんまり怖くないから。恐怖に向き合うって意味なくね?」

「・・・そうなの?」

「うん。清四郎が一緒なら・・・・なんか、安心しちゃうもん。」

西日のせいかもしれない。

唇を尖らせ上目遣いでそう言った悠理の頬が、染まっている気がして。

 

清四郎への同情に曇っていた美童の心に、晴れ間が差し込んだ。

 

「でも悠理、清四郎といると、ドキドキもするんだ?」

「うん。・・・・変かな?」

小首を傾げる悠理の頬は、今度は疑いようもなくピンク色。

「あたい、あいつの顔見ると、なんか落ち着かなくなって、いつもよか馬鹿しちゃうのに・・・・・・・怖い時は、頼っちゃうんだよなぁ。」

だから、よけいに呆れられるんだ、と悠理は目を潤ませた。

 

美童は胸の高鳴りを感じながら、悠理の顔を見つめていた。

ふくれっつらでも、悠理は十分女の子に見えたのだ。

 

馬鹿にされたくない。嫌われたくない。

ドキドキして、不安で落ち着かなくなって。

それでも、一番、そばに居て欲しい。

それは、友人に対して感じる感情ではないと、悠理は気づいているのだろうか?

 

「あいつ、あたいのことなんか、思いっきり馬鹿にしてんもん!ガキ扱いしかしねぇもん!」

 

もちろん、悠理は気づいていないのだろう。その感情の意味を。

泣き出しそうな顔をしているくせに。

 

 

「・・・悠理って、可愛いな。」

思わず、衝動にかられ。

美童は悠理の頬に唇を寄せていた。

「?!」

 

軽くとはいえ頬にキスされ、悠理はピキンと凝固。

「こ・・・このっ!」

悠理はプルプル震えて拳を振り上げる。

「・・・わっ」

美童は咄嗟にしてしまった己の愚行に、大いに焦った。

ここで悠理に殴り飛ばされれば、克服しかけの観覧車トラウマは、一転倍増必至。

「ご、ごめん、つい!親愛の情だよ〜!日本の習慣にないのを、忘れちゃって〜!」

顔面冷や汗噴出の美童に、悠理は拳を下ろした。

「ったくよっ、今度したら、殺すぞ!」

悠理はプンスカ怒っている。

 

「・・・抱きつくのはオッケーで、キスは駄目って・・・」

美童はまだビビリながら口中で呟いたが、もっともだとも思っていた。

抱きついた時は、悠理を女の子だと認識していなかったから。

悠理は野性の勘で、そのあたりのニュアンスを嗅ぎ取ったのだろう。

 

「あ!もしかして、それで清四郎のことが怖いのか!」

美童はポンと手を打った。

清四郎は自覚無自覚はともかく、悠理を意識している。それを悠理は感じ取っているのかもしれない。

「へ?」

大きすぎた美童の独り言に、悠理は顔を強張らせた。 

美童はかまわず、慈愛の微笑みを悠理に向ける。

「いや・・・悠理は清四郎に嫌われるのが怖いんだよね?」

「き、嫌われる・・・・」

悠理の顔色が変わった。

「・・・そ、そんなんじゃねぇや!これ以上馬鹿にされんのがヤなだけだ!」

そう言って意地を張りつつも、悠理は涙目だ。

 

ガタン、と観覧車が揺れた。

いつの間にか、もう地上が近い。ひと時の空中散歩は終わろうとしていた。

悠理は窓の外の園内を見つめ、誰かを探すように視線を彷徨わせている。

「・・・みんな、スパ行っちゃったのかな・・・それとも、観覧車に乗ったのかな?・・・・もう、怒ってないかな?」

その呟きがなくても、切ない横顔は、悠理の心中を表していた。

 

最初は恐ろしくて震えていた美童だったが、友人達のじれったくも初々しい恋模様のおかげか、すっかり恐怖は消えていた。

 

「くふふ。」

美童は嬉しくなって、悠理のふわふわの髪を撫でた。

悠理はおとなしく撫でられている。今度は野性のセンサーもクリアしたらしい。

窓の外に清四郎の姿を探す悠理の横顔は、やっぱり女の子に見えたけれど。

 

「悠理、やっぱり怖いのを克服してみない?逃げるなんて、悠理らしくないよ。」

「え?」

「清四郎に一度、真正面からぶつかってみれば?いつまでも、子供扱いすんなってね。」

ウインクすると、悠理は真っ赤に顔を染めた。

 

こんな悠理を清四郎にも見せてやりたいと、美童はほっこり温かい気持ちになった。

 

 

*****

 

 

そしてもちろん、清四郎はバッチリ見ていた。

頬へのキスシーンも、無論。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 

美童が悠理をエスコートするように手を取ってブースから降りるのが見える。

四人の乗ったブースも、もうじき地上に着くだろう。

楽しそうなカップルブースと違い、こちらはろくな会話もなく、重苦しい空気が充満していた。

 

(・・・暗い・・・暗いわ・・・ああもう、早く着いてっ)

(いいえ、可憐、着いたら美童の身が危険ですわっ)

(けど、あんまり空気重過ぎ・・・拷問だぜ・・・)

 

暗黒の磁場が発生している友人の隣りで、魅録は酸欠状態。

磁場の正面に座る可憐と野梨子は、手を握り合って無理に顔を逸らしている。

 

寒風吹きすさぶ万作ランドは、日が暮れ濃い夕闇に包まれる。 

だけど、彼ら視界の先では、金髪の美青年とボーイッシュな少女が、楽しげにじゃれあっていた。

金色のオーラを振りまき、衆目を集めつつ。

 

 

 

新春。なにかが変わる春の訪れ。

恐怖を克服した美童は、冬の闇を払えるか?それとも・・・・・

 

 

 

 合掌。

 (2008.1.11)

 


せっかくのお祭りなのに、清四郎をいい男に書けないので、美童&悠理を書いてみました・・・ら、美童はヘタレ炸裂。魅録も酸欠金魚だし、イイオトコどころか、だめんず祭りに〜(涙)

だからってわけじゃないけど、タイトルはmihimaruJTのだめんずハンターなお歌なのでした。ラーラライェイイェイ♪←殴

 

 

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背景イラそよ様