「ごめん、清四郎・・・」
涙目の悠理は、清四郎の枕元で呟いた。

 

12時過ぎのツンデレラ

 

 

pm9:00  

 

 

  その夜、満身創痍なのは、清四郎だけではなかった。
悠理の引き寄せたトラブルは仲間全員に被害をもたらし、全員が菊正宗病院で治療を受ける羽目に陥った。
もっとも、今夜特別室に入院しているのは、清四郎一人。

 

「・・・・こーゆー場合、いつも清四郎は一番軽傷だったのにねぇ。」

可憐の呟きに、擦り傷をヨードチンキ色に染めた魅録が肩をすくめる。
「そうだよな。たいてい美童と野梨子が逃げ遅れて割り食って。」

スカートの膝にバンソコウを貼った野梨子が眉をひそめる。
「いつも、反射神経の差ですねと、しょってますのに、今回は一人だけ重傷ですわね。」

片腕を包帯で吊った美童がため息をついた。
「悠理庇って、もろに被害受けたからしかたないんじゃないか。」

青白い顔で眠る清四郎の枕元で、仲間達は友人を見下ろす。
「本当、意外にケナゲだよねぇ。全然通じていないのに・・・。」

四人は、かすり傷ひとつない悠理に顔を向けた。

 

涙目の悠理は、仲間達の視線の意味には気づかず握りこぶしを固めた。
「あたい、今夜は清四郎の看病する!」

 

仲間達はお互い顔を見合わせる。

「・・・・大丈夫か?」

仲間達はアイコンタクト。

「どーにもなりようがないわよね?」

使命感に燃える悠理の無邪気な言動に、下心の入り込む隙はない。

仲間達はある意味同情に満ちた視線で、清四郎を見つめた。

 

『底抜け馬鹿』『四次元胃袋』『野生児』『猿』『犬』etc

常に、悠理に対してはシンプルなまでに罵詈雑言の清四郎が、言葉と裏腹に、健気かつ報われない想いを寄せていることは、いまや誰の目にも明らかだった。

報われないのは、素直じゃない言動のせいでなく。

なにしろ、極端に語彙の少ない悠理の辞書には、『恋』の字はないからだ。(

『変』ならあるかもしれないが。)

悠理は恋愛には程遠い。

日頃の言動でそれを思い知らされている仲間達は、総じて清四郎に同情的だった。

彼の性格が一筋縄ではいかないことも重々承知ながら、身を挺して彼女を守り、病床に付している清四郎が、何をできるはずもない。

 

 

pm11:00



 とまあ、そういうわけで。

全身打撲の上、左足首骨折の清四郎の病室に、悠理が詰めることを皆は黙認したのだった。

 

しかし。
「あたいにできることだったら、なんでもするよ・・・」
クスンと、悠理が鼻をすすった瞬間。


「・・・なんでも?」
清四郎がパチリと目を開けた。


悠理は顔を輝かせ、涙を拭った。
「薬で眠ってるかと思ってたのに、起きてたの?大丈夫?痛くない?」
「薬か・・それで頭がぼんやりしてるんですね・・・みんなは帰ったんですか?今はおまえだけ?」
「うん。だって、あたいのせいだもん。」

「おや、自覚があるんですか。」

「おまえが、ぬりかべみたく、あたいの盾になってくれたの覚えてる。」

「ぬりかべ・・・・ま、まぁ、偶然ね。そんな位置になってしまっただけですがね。」

清四郎は薬効のせいか火照る顔を手のひらでパタパタ扇いだ。

「しかし、もう深夜ですよ。菊正宗病院は完全看護だし(僕の親の病院だし)ついている必要はないですよ。どうせなんの役にも立たないし。」

清四郎の悪口雑言は毎度のことゆえ、悠理はサラリと聞き流す。

「なんか欲しいもんとかない?」

なにしろ、悠理は目下、ぬりかべ清四郎への恩義に燃えている。

瞳はうるうるきらきら。パタパタ揺れる幻の尻尾はうなだれ、床を掃かんばかり。

 

”まるで、犬だな。”

清四郎は薬でぼんやりしたままの頭で、いつもなら口に出す悪態を心の中でつぶやいた。

「はは・・・じゃあ、キスでもしてもらえますか?」

そして、いつもなら口に出さない軽口を叩いていた。

 

「へ?」
「お礼のキスのひとつでもしてもらえると、元気になるんですがね。はは、僕も馬鹿ですね・・・もちろん、冗談・・・」
「そんなことでいいんだな?!」

ちゅっ。

清四郎が言い終えるより早く、悠理はベッドの上に身を乗り出し、清四郎の頬に口づけた。

「・・・・。」

呆然自失の表情で清四郎が固まっているので、悠理の表情はわずかに曇った。
「えへへ・・・まぁ、んなことで元気になるはずもないよな。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「喉乾いたろ。あたい、なんか飲み物買って来るよ。」
悠理がくるりときびすを返し、病室を出ようとした瞬間。

「待て、悠理っ!」

清四郎の怒声が飛んだ。

「?!」

そう、それは紛れもなく怒声だった。
悠理が振り返ると、清四郎が強ばった顔で身を起こしていた。
清四郎は足首を吊り固定してあるベルトを引き抜き、ベッドを下りて立ち上がった。
「せ、清四郎?!」
悠理は呆気にとられて言葉を無くした。
ギプスの足を引きずり、清四郎はいまや鬼のような形相で悠理に向かって歩いて来る。

「おまえという奴は、どこまで非常識なんだ!」

清四郎の剣幕に、驚愕と恐怖で悠理は身動きできない。
清四郎は、バン、と悠理の頭の両脇に手をついた。
そして渋面を近づける。

「せ、清四郎?おまえもしか、ラリってる?」
怯えた悠理の声は裏返る。なにしろ、薬効のためかはたまた先ほどの行為のせいか、清四郎の目は座っていた。
「・・・なんで、頬なんですか!」
「へ?」
わかりの悪い悠理へ、苛立たしげに清四郎は舌打ちした。

「キスと言えば、ここでしょう!」

「ふがっ☆?!」
逃れようのないまま、悠理は清四郎に唇を奪われていた。
「むがっもがっ・・・んんん」

ドガッ

マウストゥマウスなど、タマとフクとしか経験のなかった悠理が、呼吸困難にもがいて蹴りを繰り出したのも無理はなかった。

「〜〜っっ!!!」

そして、全身打撲骨折患者の清四郎が悶絶するのも。

「・・・わあああっっ、ゴメン清四郎、大丈夫かっ?!」
「・・・大丈夫のわけないでしょ・・・」
「だって、だって、おまえ・・・顔怖いし、鼻息荒いし!」

涙声の悠理の言葉に、清四郎は脂汗を流しながら伏せていた顔をあげた。

「嫌なのは、ソレですか?」
「嫌って?」
「僕とのキスは?」
「キスってさっきの?人工呼吸だと思えば、ゼンゼンヘーキ!おまえが元気になるんだったら、なんでもするって言っただろ!」
女に二言はない、と悠理はナイ胸を張った。

「・・・じ、人工呼吸・・・・どこまで色気ないんだ、この猿は・・・」

清四郎は一瞬、ガックリ肩を落としたが。
脂汗を拭いつつ、顔を上げた。



「・・・おかげで、ちゃんと元気になりましたよ、ありがとう。」

にっっっっこり、清四郎は悠理に笑顔を向けた。こんなことでめげていては、悠理に惚れてなんかいられない。


「そ、そか?」
悠理は心底ほっとする。
「部分的にね。」
たとえ、そう言った清四郎の笑顔が不審なほど妖しくても。

 

「まだ、夜は長いですしね・・・・・。」

 



pm12:00

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

am 7:00

 

 

「おはようございます。」

看護婦の朝の検温で、清四郎は目覚めた。

 

「・・・・ゆ、悠理は・・・?!」

思わず身を起こして問いかける。

口に出してから、馬鹿なことを問うたと恥じた。

 

――――結局、夢だったのだろう。

正直、薬効と発熱で、清四郎は昨夜の記憶がなかった。

悠理が一晩中そばに居たように思うのは、高熱が見せた夢に違いない。

 

「剣菱のお嬢さんなら、朝ご飯を食べに行く、と先ほど院長のお宅に向かわれましたわ。すぐに戻って来られるんじゃないかしら。」

ところが、既知の看護婦はそう言って、にっこり微笑んだ。

 

 

「おはよー!清四郎、だいじょぶ?」

 

看護婦の言葉通り、悠理は10分もしないうちに部屋に顔を出した。

「これ、おばちゃんから。」

清四郎の母に持たされた寝巻きの替えを差し出す悠理の顔を、清四郎は凝視する。

「あの・・・悠理?」

「ん?」

悠理はいつもどおりの無邪気な顔で首を傾げる。だけど、その目は充血し、寝不足は明らかだ。

「ずっと・・・・ここに居てくれていたんです・・・よね?」

思わず、清四郎はらしくなく素直に問いかけてしまった。

「ああ、だってあたいのせいだもん。あたいがおまえに付いてたかったんだ・・・・・・・役立たずだったけどな。」

悠理はわずかに目を伏せた。睫毛のかかるその頬がわずかに赤らんでいるような気がして。

「や、役立たずっ?!ぼ、僕がですかっ?!」

清四郎は動揺し、叫んでしまった。

「いや、あたいが。・・・・あ、でもそうでもなかったかな?おまえ、元気になってたし・・・・・・・・・・・部分的に。」

「ぶっ部分・・・」

悠理の頬がますます染まった。

「おまえは、熱があって・・・・変、だったよ。」

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 

清四郎は愕然と固まった。

悲しいかな、ほとんど記憶がない。

 

「ぼ・・・・僕は、いったい・・・・・」

かすれた声でやっと問いかけた清四郎に、悠理は伏せていた瞼を上げた。

「・・・・おまえってさー!12時越えると人格変わるよな!普段意地悪ばっか言ってんのに、日付変わった途端・・・・・」

悠理はそこまで言って口ごもり、プイッと清四郎から顔を逸らす。

 

「忘れてんだったらいいよっ!」

 

唇を尖らせた悠理は、やはり赤面していた。

 

「・・・・悠理・・・・・」

 

六法全書と広辞苑を足したよりも豊富な語彙と知識、そして少なからぬ経験からくる妄想で身動きが取れず。清四郎は言いよどんだ。

 

「あのさっ!」

悠理は一転、明るく顔を上げる。

「ここの病院食って、美味かったよな?おまえんちのおばちゃんが作ってくれた朝ご飯も美味かったけど♪」

 

悠理はそれきりいつもの通りの彼女に戻ってしまった。

清四郎用の朝食を掠め取って馬鹿笑い。

すっかり借りは返したつもりらしい。 

 

清四郎はそれ以上、追求することができなかった。

”忘れているならかまわない”レベルのことなんですか?とは。

 

清四郎を悩ませる疑問のかわりに。 

解けたのは、怪我と高熱と薬がかけた、一夜の魔法。

 

 

素直じゃない彼の、恋の行方は?

明日は、どっちだ?

 

 

 

END?

(2009.6.11)

 


明日は私にも見えません。なんでこんなの続けちゃったんだろ・・・(汗)

まぁ、清四郎贔屓のうちではめずらしく、まーったく報われないままの清→悠状態でしたので、ちょっとはいい目を見させたかったとゆーかなんとゆーか。当人覚えてないけど。そんで、どうせたいしたコトしてないだろーけど。(笑)

 

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