「ごめん、清四郎・・・」
12時過ぎのツンデレラ
pm9:00
その夜、満身創痍なのは、清四郎だけではなかった。
「・・・・こーゆー場合、いつも清四郎は一番軽傷だったのにねぇ。」 可憐の呟きに、擦り傷をヨードチンキ色に染めた魅録が肩をすくめる。 スカートの膝にバンソコウを貼った野梨子が眉をひそめる。 片腕を包帯で吊った美童がため息をついた。 青白い顔で眠る清四郎の枕元で、仲間達は友人を見下ろす。 四人は、かすり傷ひとつない悠理に顔を向けた。
涙目の悠理は、仲間達の視線の意味には気づかず握りこぶしを固めた。
仲間達はお互い顔を見合わせる。 「・・・・大丈夫か?」 仲間達はアイコンタクト。 「どーにもなりようがないわよね?」 使命感に燃える悠理の無邪気な言動に、下心の入り込む隙はない。 仲間達はある意味同情に満ちた視線で、清四郎を見つめた。
『底抜け馬鹿』『四次元胃袋』『野生児』『猿』『犬』etc 常に、悠理に対してはシンプルなまでに罵詈雑言の清四郎が、言葉と裏腹に、健気かつ報われない想いを寄せていることは、いまや誰の目にも明らかだった。 報われないのは、素直じゃない言動のせいでなく。 なにしろ、極端に語彙の少ない悠理の辞書には、『恋』の字はないからだ。( 『変』ならあるかもしれないが。) 悠理は恋愛には程遠い。 日頃の言動でそれを思い知らされている仲間達は、総じて清四郎に同情的だった。 彼の性格が一筋縄ではいかないことも重々承知ながら、身を挺して彼女を守り、病床に付している清四郎が、何をできるはずもない。
pm11:00
全身打撲の上、左足首骨折の清四郎の病室に、悠理が詰めることを皆は黙認したのだった。
しかし。
「おや、自覚があるんですか。」 「おまえが、ぬりかべみたく、あたいの盾になってくれたの覚えてる。」 「ぬりかべ・・・・ま、まぁ、偶然ね。そんな位置になってしまっただけですがね。」 清四郎は薬効のせいか火照る顔を手のひらでパタパタ扇いだ。 「しかし、もう深夜ですよ。菊正宗病院は完全看護だし(僕の親の病院だし)ついている必要はないですよ。どうせなんの役にも立たないし。」 清四郎の悪口雑言は毎度のことゆえ、悠理はサラリと聞き流す。 「なんか欲しいもんとかない?」 なにしろ、悠理は目下、ぬりかべ清四郎への恩義に燃えている。 瞳はうるうるきらきら。パタパタ揺れる幻の尻尾はうなだれ、床を掃かんばかり。
”まるで、犬だな。” 清四郎は薬でぼんやりしたままの頭で、いつもなら口に出す悪態を心の中でつぶやいた。 「はは・・・じゃあ、キスでもしてもらえますか?」 そして、いつもなら口に出さない軽口を叩いていた。
「へ?」
「おまえという奴は、どこまで非常識なんだ!」 清四郎の剣幕に、驚愕と恐怖で悠理は身動きできない。 「・・・じ、人工呼吸・・・・どこまで色気ないんだ、この猿は・・・」 清四郎は一瞬、ガックリ肩を落としたが。
にっっっっこり、清四郎は悠理に笑顔を向けた。こんなことでめげていては、悠理に惚れてなんかいられない。
「まだ、夜は長いですしね・・・・・。」
pm12:00
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
am 7:00
「おはようございます。」 看護婦の朝の検温で、清四郎は目覚めた。
「・・・・ゆ、悠理は・・・?!」 思わず身を起こして問いかける。 口に出してから、馬鹿なことを問うたと恥じた。
――――結局、夢だったのだろう。 正直、薬効と発熱で、清四郎は昨夜の記憶がなかった。 悠理が一晩中そばに居たように思うのは、高熱が見せた夢に違いない。
「剣菱のお嬢さんなら、朝ご飯を食べに行く、と先ほど院長のお宅に向かわれましたわ。すぐに戻って来られるんじゃないかしら。」 ところが、既知の看護婦はそう言って、にっこり微笑んだ。
「おはよー!清四郎、だいじょぶ?」
看護婦の言葉通り、悠理は10分もしないうちに部屋に顔を出した。 「これ、おばちゃんから。」 清四郎の母に持たされた寝巻きの替えを差し出す悠理の顔を、清四郎は凝視する。 「あの・・・悠理?」 「ん?」 悠理はいつもどおりの無邪気な顔で首を傾げる。だけど、その目は充血し、寝不足は明らかだ。 「ずっと・・・・ここに居てくれていたんです・・・よね?」 思わず、清四郎はらしくなく素直に問いかけてしまった。 「ああ、だってあたいのせいだもん。あたいがおまえに付いてたかったんだ・・・・・・・役立たずだったけどな。」 悠理はわずかに目を伏せた。睫毛のかかるその頬がわずかに赤らんでいるような気がして。 「や、役立たずっ?!ぼ、僕がですかっ?!」 清四郎は動揺し、叫んでしまった。 「いや、あたいが。・・・・あ、でもそうでもなかったかな?おまえ、元気になってたし・・・・・・・・・・・部分的に。」 「ぶっ部分・・・」 悠理の頬がますます染まった。 「おまえは、熱があって・・・・変、だったよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
清四郎は愕然と固まった。 悲しいかな、ほとんど記憶がない。
「ぼ・・・・僕は、いったい・・・・・」 かすれた声でやっと問いかけた清四郎に、悠理は伏せていた瞼を上げた。 「・・・・おまえってさー!12時越えると人格変わるよな!普段意地悪ばっか言ってんのに、日付変わった途端・・・・・」 悠理はそこまで言って口ごもり、プイッと清四郎から顔を逸らす。
「忘れてんだったらいいよっ!」
唇を尖らせた悠理は、やはり赤面していた。
「・・・・悠理・・・・・」
六法全書と広辞苑を足したよりも豊富な語彙と知識、そして少なからぬ経験からくる妄想で身動きが取れず。清四郎は言いよどんだ。
「あのさっ!」 悠理は一転、明るく顔を上げる。 「ここの病院食って、美味かったよな?おまえんちのおばちゃんが作ってくれた朝ご飯も美味かったけど♪」
悠理はそれきりいつもの通りの彼女に戻ってしまった。 清四郎用の朝食を掠め取って馬鹿笑い。 すっかり借りは返したつもりらしい。
清四郎はそれ以上、追求することができなかった。 ”忘れているならかまわない”レベルのことなんですか?とは。
清四郎を悩ませる疑問のかわりに。 解けたのは、怪我と高熱と薬がかけた、一夜の魔法。
素直じゃない彼の、恋の行方は? 明日は、どっちだ?
END? (2009.6.11)
明日は私にも見えません。なんでこんなの続けちゃったんだろ・・・(汗) まぁ、清四郎贔屓のうちではめずらしく、まーったく報われないままの清→悠状態でしたので、ちょっとはいい目を見させたかったとゆーかなんとゆーか。当人覚えてないけど。そんで、どうせたいしたコトしてないだろーけど。(笑) |