バレンタインツンデレラ

 

 

「ハッピー、バレンタインンン♪」

 

聖プレジデント学園の豪奢な門をくぐるなり、友人達を見つけて声をかけたのは悠理だ。 

悠理のわかりやすい満面の笑みは、一年でもっとも貢物の多い日への期待ゆえ。

 

「おはようございます。朝からご機嫌ですこと。」

「美童でも、乗り移ったのか思っちゃったわ。」

「ええっ、僕ってあんな風なの?」

「似たようなもんじゃねぇ?」

「だいたい、バレンタインは今日ではなく明日ですよ。今日は13日の金曜日、ジェイソンの日です。」

 

 悠理と美童だけでなく、人気者揃いの有閑倶楽部の面々は皆バレンタインには朝から崇拝者に取り囲まれてしまうのだが、前日の今日はまだ穏やかに朝を迎えることができた。

 

「今年は何個もらえるかな〜♪去年は美童よか多かったもんね♪」

「明日は休日ですから、例年より減るんじゃありませんか。」

清四郎は冷ややかな視線を悠理に向ける。

 

取り囲まれてはいないものの、登校中の学生達が、ちらちらと有閑倶楽部に遠巻きの視線をよこす。

学園中がウキウキ浮ついて見えるのは、気のせいではないだろう。

それは、有閑倶楽部の面々とて同様だった。悠理と美童のみならず、可憐は無論、恋愛ごとに関心の薄い野梨子や魅録も周囲のお祭りムードに誘われる。

一人、テンションの低い清四郎を除いて。

ジェイソンの日のせいでもなかろうが、悠理と反対に彼は非常に機嫌が悪い。

基本、何にでも興味のあるはずの清四郎だが、バレンタインは一年で最も興味関心を持てないイベントなのだ。

 

「そぉだよなぁ。勝負は今日だよな、やっぱ♪」

その原因たる悠理は、清四郎の心中も知らず、ご機嫌で鼻歌スキップ。

なんの勝負だ、と清四郎の眉根に皺が寄る。

しかし、悠理の言葉は美童に向けたものだった。

「悠理のファンと違って、僕の場合は郵送で世界各国から来るし、情熱的な子は家にまで押しかけて来ちゃうんだよね〜〜困っちゃうよなぁ。」

悠理の言葉をしっかり受けて、美童は髪をサラリとなびかせる。

ぜんぜん困っていない顔の美童の言葉に、悠理はむ、と眉を寄せた。

美童と悠理の間に、熱い火花が散った。

 

その様に呆れつつも。

可憐と野梨子、魅録の三人は、傍らの清四郎をおそるおそる見上げる。

ひんやりマイナスのオーラに肌が粟立つのは、二月の冷気のせいだけではないだろう。

 

「・・・・どうせ、僕は(悠理には)もらえませんからね・・・・。」

 

ぽつりと呟かれた言葉が、寒すぎる。

 

「ん?なんか言った、清四郎?」

悠理が無邪気な顔で振り返った。

悠理と(曲がりなりにも)熱い眼差しを交わしていた美童は、ヒッと竦み上がる。

そう、清四郎の視線の意味に気づいていないのは、彼女のみ。

いや、気づいてもなーーーーんにも事態は好転しそうにないところが、清四郎の不幸なのだが。

 

周囲の同情を知ってか知らずか、清四郎は気を取り直したように微笑を悠理に向けた。

 

「悠理、今年の流行は、逆チョコらしいですよ。」

 

悠理はきょとんと首を傾げる。

「逆チョコって?」

「男性から、女性への告白チョコです。」

にっこり答える清四郎の言葉に、悠理を除く仲間達は、ぎょっと顔を引き攣らせた。

 

((((せ、清四郎、それは告白の布石・・・?!))))

 

清四郎がチョコを渡せば、悠理は間違いなく喜ぶだろう。尻尾振って笑みも振りまき、ハートマークつきで大歓迎に違いない。告白の有無にかかわらず。

 

((((玉砕必至・・・・・ある意味・・・・))))

想像するだけで、ホロリと泣ける。

 

 

そんな仲間達の同情をよそに。 

「まぁ、悠理の場合、逆チョコは関係ないか。」

ふふん、と清四郎は鼻を鳴らして悠理を見下ろす。

「む?」

「ははは、すみませんね。男子から悠理がもらえるはずもない。今年は美童ではなく、逆チョコのおかげで可憐や野梨子に負けたりしてね!」

清四郎はプイッと顔を逸らして言い捨てた。

 

((((せ、清四郎・・・ツンデレか?))))

仲間達は同情しつつも、苦笑を禁じえない。

 

「・・・・・逆チョコかぁ・・・・・。」

悠理は腕を組んで、ふむ、と考え込んだ。

しかし、仲間達には痛いほどわかる清四郎の強がりなど、悠理に通じるはずもない。

 

悠理はキラリと目を輝かせ、清四郎の顔を覗きこんだ。

「おまえ、そーゆーの、どう思う?」

逸らした顔を下から覗きこまれ、清四郎はうっと詰まった。

「べ、別に・・・男からの告白はいつでもいいと思いますが、こういった機会も、まぁ・・・かまわないと・・・」

悠理の目がキランと輝いた。清四郎の目前に、悠理は勢い良く両手を差し出す。

 

「んじゃ、逆チョコよろしくー!!」

 

差し出された悠理の手のひらを、清四郎は唖然と見つめる。

 

「・・・ま、まぁ・・・はぁ・・・。」

 

思わず頷いた清四郎に、悠理は満足そうに満面の笑み。パタパタ尻尾振って、ハートマークつき。

「やたっ♪」

そして、悠理はくるんと踵を返した。

明るい声が青空に響く。

 

「美童も魅録も、よろしくー!!」

 

 

 「・・・・絶対、いやだ!!」

美童と魅録は、悠理の願いを即座に却下。清四郎哀れさに、可憐と野梨子は涙を拭う。

ガクンと清四郎が肩を落としたのを直視できず、仲間達は視線を逸らせた。

 

だから、彼らは気づかなかった。

  

「・・・・逆チョコね・・・・チョコレートか・・・・・・。」

肩を落とした清四郎が、ニヤリと暗い笑みを浮かべていたことを。

 

「欲しいというのなら、明日を楽しみにしてもらいましょうか・・・・ふっ。」

 

 

チョコレートのカカオ成分には、失恋の傷みを癒す効果と、いにしえは媚薬として使用された興奮剤が含まれる。

菊正宗清四郎は、ただでは転ばない男であることを仲間達は見落としていた。

 

 

 

 

――――が。

 

校庭で交わされたこの会話がもたらした、思わぬ余波。

 

翌日14日の朝から、菊正宗家の門前で彼を待っていたのは、カボチャの馬車でも魔法使いでもなく。

特製チョコ持参で王宮のパーティならぬ剣菱家のパーティに向かう前に、清四郎は足止めされることとなった。

立ちふさがったのは、カボチャかジャガイモを彷彿とさせる、顔を赤らめた男子生徒たち。

清四郎の言葉を曲解・間違って解釈した男子ばかりの崇拝者は、逆チョコを愛する生徒会長にしっかりと差し出した。

 

バレンタインディが休日であった、この年。

可憐でも野梨子でも、もちろん悠理でもなく。奇しくも、もっとも多くの逆チョコをゲットしたのは、菊正宗清四郎その人であった。

 

清四郎がチョコを口にしたかどうかは定かではない。

興奮剤としてよりも、失意をやわらげ癒すカカオの効能が、この日効果を発揮したかどうかも、また。

 

 

 

 

(2009.2.14)

 


ちゃんちゃん♪って・・・わわわ、くだらねっ(大汗)

清四郎くんが特製チョコを使用する機会は来るのでしょうか?それはまた来年〜!(爆)

 

TOP