清四郎があの目で、あたいのことを見つめている。

体に痺れが走り、意識が眩む。

 

 

 

 

     熱視線

 

 

 

もっと、そばにいたい――――。

そう望む理由から、目を逸らし続けていたあの頃。

 

”勉強を教えて”と、せがんでも、”野梨子と一緒になら”と、清四郎は微笑む。

部室で皆が先に帰ってしまうと、急いで帰り支度を始めてしまう。

ふたりきりになることなんて、ほとんどなかった。避けられているのかと、思うくらいに。

だから、偶然ふたりで帰ることができたあの日、あたいは清四郎を公園に誘った。

少しでも、一緒の時間を過ごしたかった。

 

わかっていた。

清四郎の目に、激しい熱が宿っていることを。

でも、気づきたくなかった。

嫉妬も劣等感も抱かず、穏やかな友人の立場のまま、甘えていたかった。

それまで知らなかった、自分の中の女が、怖かったのかも知れない。

 

そうして、あたいは逃げだして、清四郎をひどく傷つけたのだ。

 

 

 

*****

 

 

 

「電気、消して・・・。」

恥ずかしさに、小声でねだったけれど、清四郎は首を横に振った。

「駄目です。家の者は僕と悠理は勉強していると思っているんですよ。それなのに、部屋の電気を消したら、変に思われるでしょう?まぁ、姉貴はいないので、階上には誰も上がって来ないでしょうが。」

あたいの制服のボタンを外しながら、清四郎は笑った。

意地悪な笑みではなく、少し困ったような笑み。

それでも、瞳にはあの熱が宿っていた。

 

 

公園で月明かりの中、キスを繰り返した。

やっと通じた想いに、涙が止まらなかった。

清四郎も泣いていた。

 

もう、あたいは清四郎のもの。

そして、清四郎はあたいのもの。

 

夕闇が夜の闇に変わり、ようやく身を離しても、離れがたくて。

手を引かれるまま、あたいは清四郎の家に上がりこんでいた。

 

「悠理、手を上げて。」

「ん。」

ぼぅっとしたまま、あたいは両手をバンザイ。

制服の下に着ていたシャツをするりと脱がされる。

 

「悠理・・・綺麗だ。」

囁くような清四郎の声に、我に返る。

清四郎の部屋のベッドの上で、あたいは気づけば下着だけ。

「やっぱ、電気消して!」

あたいは両腕で、自分の薄い胸を抱きしめた。

「・・・わがままですね。」

清四郎は苦笑して、明かりを消してくれた。

扉の横の、デスクライトだけを点ける。

こうすれば、廊下を通る者があっても不審には思われないだろうし、ベッドの上には、淡い明かりが差すだけになった。

 

清四郎は自分も服を脱ぎ始める。

寒いわけではなかったけれど、あたいは両肩を抱いて震えていた。

頬が熱を持つ。

清四郎の目を見上げることができない。

 

目のやり場に困って、制服を脱ぎシャツのボタンを外す、長い指を見つめていた。

綺麗な長い指。拳法をしているためか、節は大きい。

滑らかな肌の、だけど男の大きな手。

あの手がひどく熱くて、抗えないほど力強いことを、あたいは知っている。

 

白いシャツを脱いだ清四郎の上半身に、思わず息を飲んだ。

着痩せする筋肉質の体は、何度も見てきたはずなのに。

こんなに、綺麗に見えたのは、初めてだった。

ゾクリと、体に痺れが走る。

 

「悠理、怖いか?」

 

まだ止まらない震えは、清四郎を誤解させたようだ。

大きな手が、あたいの頬を包み込んだ。

やっぱり、熱い手。

そのまま、上を向かされる。

 

――――あの熱い目が、あたいを真っ直ぐに見つめていた。

 

気が遠くなる。

力が入らない。

どうしようもなく、惹きつけられ、とても抗えない。

痛いほど恋している心に。

 

それは、もうずっと前から。

あの、夕暮れの公園でも。

抵抗できたのは、最初だけだった。

”愛してる”という囁きが、彼の熱い手が、あたいの心を抉じ開けた。

無理やりに、気づかされた。

怖いほど清四郎で一杯の心に。

それが、悔しくて哀しくて。

だけど、溶かされた体は、彼を求めた。心のままに。

 

あの日と同じように、だけど、あの日よりも正直に、あたいは清四郎を求めてる。

 

口づけたまま、ベッドで抱きしめあった。

重なった体の重みが、胸を苦しくさせた。

全裸で触れる肌と肌に、鳥肌が立つ。それは、嫌悪のためではなく。

清四郎が誤解しないことを願う。

唇は解放されたけれど、とても言葉では説明できない。

清四郎に抱きしめられるだけで、震えるほど幸せだなんて。

 

あたいの心を探るように、左胸に置かれた手が、ゆっくりと動いた。

優しい動き。

あたいの小さな胸なんて、大きな手にすっぽりと隠れてしまう。

掌で擦られた胸の先は、痺れて敏感に反応し、全身に電流が走った。

 

清四郎が、あたいを見つめている。

熱い眼差しに溶かされる。

 

「あ、あ・・・。」

「悠理、怖がらないで。もう、無理にしないから。」

 

違う違うと、首をうち振った。涙が零れる。

自分から清四郎の首に両手を回し、もう一度口づけをねだった。

もっと清四郎を感じたいのに、彼の目を見ているだけで、気が遠くなりそうで。

きつく目を瞑って、あたいは清四郎を引寄せた。

 

優しい指が、敏感な場所をくすぐった。

胸の先をつまんで転がす。

口づけが唇から首筋を辿り、指で尖らせた先端を嬲られる。

同時に胸から体の中心を辿り、降りてゆく手。

ゆっくりと、指先が濡れた場所を撫でる。

何度も何度も。

かつて、そうして慣らされ溶かされた時のように。

 

涙と等量の雫が、彼の指を濡らす。

刺激の強さに、体が跳ねる。

やさしく探りくすぐる指は、次第に力強く性急なものに変わった。

自分の声と思えないほど、甲高い声が抑えられない。

 

「・・・ああ、駄目だ。我慢できない。」

 

大事にしたいのに――――そう呟いた清四郎の声は、つらそうで。

下肢に触れた火傷しそうなほど熱い塊に、彼の言葉の意味を知った。

 

目を閉じていても、無駄だ。

眼差しだけじゃなく、手も吐息も触れた肌の感触も、あたいをおかしくさせる。

 

あたいは、目を開いた。

涙で曇った瞳の意味を、誤解して欲しくなかった。

 

「・・・・我慢しなくていいよ・・・・あたいも、もっと清四郎が欲し・・・」

 

無理に押し出した言葉を最後まで言えなかった。

激しく、腰を抱え上げられ貫かれ。

大きく熱い塊を、体の中に埋め込まれる感覚に、息が詰まった。

 

「ひ・・・ぁ・・・・」

「悠理、悠理・・・ごめん・・・」

 

喘ぐような謝罪の言葉に、もう一度首を振った。

痛みはほとんどなかった。それより、体の奥底からこみ上げる感覚に戸惑った。

自分の体の中で脈動する彼が、愛しくてたまらない。

全部、あたいのものだ。

熱い眼差しも、この欲望も。

 

根元近くまで押し込んだあと、清四郎は深いため息をついた。

 

 

「愛してる・・・・。」

 

それは、彼の言葉だったのか、あたいの呟きだったのか。

 

清四郎の黒い瞳が潤んでいた。

乱れた前髪に、汗が光る。

淡い灯かりの中、浮かび上がった男の姿に、胸が苦しくなった。

やるせない眼差しが、切なげに見えて。

 

 

清四郎、清四郎。

どんなに、あたいがおまえを好きか、わかってる?

”出逢わなければ良かった”なんて、二度と言わせない。

もう、逃げない。

離さない。

 

 

あたいの想いに応えるように、清四郎が激しく動き始めた。

体の奥の奥を暴かれ、突かれ。

乱暴に揺さぶられても、心は揺れなかった。

 

奪われ貪られているわけじゃない。

清四郎のすべてを、受け止めたい。

狂いそうなほど激しく求めているのは、あたいも同じだったから。

 

快感に、何度も気が遠くなった。

それでも、彼がうめくように名を呼んだ時、あたいは目を開けた。

 

「・・・ゆう、り・・・!」

「せいしろ・・・・」

 

彼が息を詰める。全身が紅潮している。

汗が散った。

黒い瞳の奥に、大きくはじける炎を、見た気がした。

 

もう何も考えられない。

熱くて、熱くて。溶けてしまいそうで。

 

一際、激しく貫かれた瞬間。

彼の目の中に見た炎を、体の奥に感じた。

あたい自身の熱。

 

ふたり、溶け合いひとつになれたことが、嬉しかった。

初めて、自分が女であることが、嬉しかった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

ふわふわ浮遊する心。

清四郎の胸に顔を埋め、心地良い心音にまどろむ。

「・・・・悠理、眠ったのか?」

声をかけられ、あたいはゆっくりと目を開けた。

清四郎は髪を梳きながら、じっとあたいの顔を見つめていた。

その目は、今は穏やかだったけれど、あの熱はまだ感じられた。

 

ドクリと心臓が跳ねる。

あたいの心にも体にも、まだ熱が残る。

 

「・・・・腹、へった。」

だから、あたいはわざと意識を他に向けた。

口に出してみると、本当に空腹を感じた。

「そういえば、晩飯を食べてませんからね。」

清四郎は苦笑した。

それでも、至近距離で見る笑みは、ひどく艶っぽい。

 

これが、あたいの、恋人。

・・・・なんて思うだけで、嬉しくて照れくさくて。

堪えなければ、ジタバタ暴れだしてしまいそうだ。

あたいはシーツの中にもぐりこんだまま、泣きたいほどの幸せを堪えていた。

 

「まだおふくろが起きているかもしれませんが、ちょっと下で食料を調達して来ますよ。」

清四郎はベッドから起き上がり、後始末を始めた。

恥ずかしかったのに、あたいはその背中から目が離せなかった。

広く大きい背中。まだ汗の浮いたその背を、ライトが陰影をつけている。

見事な体がシャツに覆われた時、思わず、ため息を漏らしてしまった。

「?」

清四郎は不思議そうに振り返る。

あたいは慌てて、シーツで顔を隠した。

 

だけど。

そろりと顔を出した時。

衣服を整え、部屋を出ようとする清四郎の横顔が目に入った。

 

「ちょっと、待った!」

あたいは起き上がって、彼を止めた。

「おまえ、そのまま行く気か?」

「は?」

清四郎は首を傾げた。確かに、完璧に服装は整えられているけれど。

前髪は落ちてしまっているし、何より、表情がいつもと違う。

 

もしかして、自覚ないのか?

 

「その顔!すんごく・・・・ニヤケてる!」

「ニヤケ・・・って。」

清四郎は、あたいの言い草に眉を寄せた。

それでも、口元が緩んでいる。

 

清四郎は扉から離れ、ベッドに戻って来た。

シーツに片手をつき、あたいの顔を覗き込む。

「悠理も、トロンとしちゃってますよ。赤い顔して潤んだ目して・・・とても表を歩けませんね。」

「!」

「そんな色っぽい顔、他の男には、見せられません。」

清四郎は、ちゅ、とあたいの唇にキスを落とした。

 

そうして、まだ緩んだままの口元で、ウインク。

大人っぽい仕草に不似合いな、幼い笑顔だった。

こんな顔ができる奴なんて、思いもしなかった。

 

そのまま、清四郎は部屋を出て行った。

軽快な足音が階段を下りてゆく。

あれじゃ、おばちゃんに、不審尋問されやしないか?

 

――――まぁ、いいか。

あたいたちは、もう離れられないのだし。いつかは、皆にもバレちゃうだろう。

だって、ふたり、きっと今は同じ顔してる。

これからもっと色んな顔を見つけることができるんだろう。

自分の中に。清四郎の中に。

 

囚われたのは、身動きも叶わない恋。

あたいが逃げようとしたのは、自分の中の炎。

 

 

もう、目を逸らさない。

あの、熱い眼差しから。

 

もう、逃げない。

自分の中の、恋から。

 

そして、消えない想いを抱きしめて、思い出を重ねてゆきたい。

ずっと、ふたりで。

 

 

 

 

 

END(2007.1.31)

 

 「気づかせないで」以外、すべて清四郎視点だったので、悠理視点をちょっと書いてみたかったのでした。

乙女悠理でごめんなさい。このシリーズの悠理は心は乙女なのに、なぜか暴力的な攻め女だなぁ。(笑)

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背景:Abundant Shine様