の、ちょっとあと♪
2月14日、夜。
「どうすれば悠理の初恋が実るか、皆で考えましょう!」 握りこぶしの可憐の勢いに押され、仲間達は白鹿家に集まった。
「問題は、清四郎がどうすればあの悠理を女として意識するか、だよね。」 「犬扱いどころか、胃が4つある牛、って今日なんか言ってたし。」 「そうですわね、あまりに遠い道程ですわ。」
深刻な顔で頭を寄せ合う仲間達に、魅録はため息。 「あのよ・・・・・言おう言おうと思ってたんだが。」
勢いに巻き込まれてここまで来たものの、魅録は夏休み前の告白を聞いている。 清四郎と悠理が(そうは見えないものの)交際していると、唯一知る人間なのだ。 「心配しなくても、清四郎は悠理と付き合ってるみたいだぜ。」 今日までは、魅録も内心疑っていたのだが。校庭で寄り添うふたりの姿を見て、魅録は安堵していた。 「ちゃんと、な。」
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数十メートル先の、菊正宗家、二階。 「・・・ん。」 名残惜しげに今日何度目かの口づけから解放し、清四郎は悠理の頬を撫でた。 「ちゃんと風呂で温まりましたか?今日は長い間雪の中に居たし、ナントカだとはいえ風邪をひいてしまいますよ。」 本当は、触れた頬は、もう冷たくはない。口づけの陶酔に潤んだ悠理の瞳が、やっと焦点を結んだ。軽口は、いつも通りの悠理の表情を見たかっただけだ。 「そっか?飯食って、風呂入って、あったかくなったけどな。」 悠理はピンクに上気した顔で、小首を傾げた。 「そーいや、飯んとき、おばちゃん変な顔してあたいのこと見てたなぁ。」 「そうでしたか?」 悠理が清四郎の家にお泊りすることはよくあることとはいえ。 今日はバレンタインデイ。さすがに、試験前でもないこの日に家に泊まりに来た息子の女友達に、おっとりした母親も何かを感じたらしい。 が、突っ込み隊長の清四郎の姉が(彼女にも色々あるらしく)不在だったために、何も問われはしなかった。 もっとも、当の清四郎は交際を隠すつもりは以前からサラサラないため、これまで家族(及び魅録以外の友人達)が、ふたりが付き合っていることを知らないことにも、気づいていなかった。というより、周囲がどう思おうが、関心はなかった。
この恋に落ちた時から、清四郎は悠理しか見えていない。 たとえ、今夜の悠理が牛柄の着ぐるみ姿でも。彼女のそれは、清四郎宅に置いているパジャマの中でもお気に入りの一品だ。いわゆる勝負下着・・・ではなかろうが。 「なんだってそんな格好してるんですか?」 「へ?いつもの格好じゃん。」 「牛柄、似合いますけどね・・・バレンタインの夜に彼氏の家で過ごすには、ちょっとね。」 「か、彼氏って!」 「違うんですか?」 「う・・・ま、まぁ・・・そぉかな?」 頬を染めた悠理を抱きしめたまま、清四郎はクスクス笑う。 「そう思っているなら、許してあげます。」 そして、もう一度唇を奪った。 何度口にしても飽きない、甘いチョコを味わうように。
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その一軒隣では。 「清四郎が悠理に付き合ってやってるのはわかってるわよ。」 可憐が魅録の言葉にあっさり答えた。 「今日だって、心配して追いかけたしさ。あいつなりに、悠理には情があるんだとは思うのよ。」 「なんたって”我が家の牛”だもんね。構い倒しているっていえばそうなんだけど。」 「救いがたいですわ。」 可憐、野梨子、美童は、顔を見合わせて、今日何度目かの深いため息をついた。 「「「どう考えても、恋愛に発展する可能性は限りなくゼロに近い(ですわ)よね〜〜」」」
「・・・いや、だから・・・」 三人の思い込みに、魅録は再度反論しようとしたのだが。 もとより、恋愛沙汰は苦手な魅録だ。論破する自信はない。清四郎の悠理に対する罵詈雑言は健在で、ペットと飼い主の域を出ていないように見えるのも事実。
「あのふたりには、よっぽどの荒療治が必要だわ!」 「たとえば、悠理にネグリジェ姿で夜這いさせるとか?」 「まぁ、美童!」 野梨子は眉を顰めたが、可憐はうんうん頷いていた。 「でも悠理の寝巻きって、着ぐるみとか色気もそっけもないのばっかよね。今度スケスケナイティ、選んであげようかしら。」 「スケスケでも、悠理だろぉ。あちらこちら凹凸が淋しすぎないか?」 「いっそ、清四郎に一服盛っちゃう?あいつの作った催淫剤、まだ残ってたわよね。あれとスケスケナイティをセットでどぉ?」 「もう、あなた方!いい加減にしてくださいな!そんなことをして、もし過ちが起こったとしても、悠理がよけい哀しい想いをするだけで、清四郎の心を動かすことはできませんわよ!」 「でも、清四郎は人妻の捨て身の色香に篭絡した(←推測)んだから、きっとムッツリスケベだよ。やってみなければわからないさ。」 「やっぱり、問題は悠理の色気の有無よね。うーん、腕の振るいがいのある素材だわ!」
盛り上がる仲間達から、魅録は無言でそっと離れた。 煙草片手に廊下に出て、縁側のサッシを開ける。午後から振り出した雪が薄っすらと積った白鹿家の庭を眺めながら、一人紫煙をくゆらせた。
「・・・?」 ふと、隣家の二階に目を向ける。 清四郎の部屋であろう窓辺のカーテンが揺れている。チラリと、なにやら奇異なモノが隙間から見えた。 白と黒のブチ。丸い頭からにょっきりと出た角。 カーテンは開けられているが、窓辺に頬杖をつく人影の顔までは、室内からの逆光で見えない。 その正体が知れたのは、もう一つの人影が近づいてから。
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清四郎は頬杖をついて窓の外を眺めている悠理に近寄り、背後からそっと抱きしめた。 「どうしたんです?雪でも見てたんですか?」 「うん。きっと積るだろうなぁ。明日は銀世界だぜ!」 悠理は雪遊びのワクワクに顔を輝かせる。 「犬は喜び、庭駆け回る・・・ですか。やっぱりおまえは犬ですね。」 「じゃ、おまえは猫か?コタツで丸くなる?」 そう言って振り返った悠理と、清四郎の視線が同じ高さでぶつかる。 コツン、とふたりの額と額がぶつかる。鼻のてっぺんも。 「炬燵でぬくぬく丸くなっていたいのは山々ですけど。」 清四郎は悠理を抱き上げて、ベッドの上に搬送した。 もう、就寝してもいい時間だ。パチン、と部屋の電気を消す。 「もちろん、こうしてふたりでね。」 コロリとベッドの上に転がされた悠理の隣で、清四郎は自分も横たわって気持ち良さそうな伸びをした。 今夜の清四郎は気持ち悪いくらい機嫌がいい。おなじみの悪口雑言もほとんど出ない。 灯かりを消した室内でも、雪明りでお互いの姿は見えた。 至近距離からくつろいだ顔で微笑まれ、悠理の心臓はドギマギ脈打つ。 密着といっていいほどの近すぎる距離にも、悠理の頬や肩を気まぐれに撫でる手にも、この半年でかなり慣らされたとはいえ。 「今日は早く寝るのがもったいないですね。」 「そ、そぉ?」
しんしんと静かに雪は降り積もる。 清四郎が悠理に告白し(まがりなりにも)付き合い始めて、早半年。 季節は夏から冬に変わった。 それでも、想いが通じるまでは、長い道程だった。
清四郎は寝転んだまま悠理を抱きしめ、じっと見つめる。 腕の中にすっぽり納まる、愛しい温もり。 もう彼の胸のうちには、絶望も焦燥もない。 満ちてゆくのは、甘い幸福感。 「・・・ま、牛柄も良しとしましょう。搾乳や種付けごっこもできますし。」 「サクニュウ?」 きょとんとする悠理に、清四郎はニヤリと意地悪な笑みを向けた。 それでも、無邪気な彼女に喚起される、彼の悪戯心は健在だ。 「ゆっくり、教えてあげましょうね♪」
こんな彼の恋が叶ったのは、やはり奇跡のなせる業?
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寄り添った影は一つに重なり。やがて、部屋の電気が消えた。 呆然と縁側から見上げていた魅録は、携帯灰皿に吸殻を放り込み、サッシを閉めて野梨子の部屋に戻った。 2月の冷気に晒されていたにもかかわらず、魅録は首まで赤面していた。
「だいたいね〜、清四郎と悠理をどーにかしようなんて、奇跡の助けが必要よ〜!」 「まったくですわ!」 「ミッションインポッシブルだよ〜〜!」
室内の仲間達は、紛糾の議論にもかかわらず、結局、堂々巡りを繰り返していたらしい。 魅録は赤らんだ顔で、もう何も言うまい、と無言を決め込んだ。 何も考えたくないし、知りたくはない。
恋人達の行く末は、彼らだけが知るところ。 聖バレンタインデイ。 誰も知らない奇跡が、起こる。
(2008.2.14)
昨日までは続きを書くとは思っていなかった、一年ぶりの後日談です。本当に、このシリーズはいつも突発で書いてしまいますね〜。(汗) 甘甘とはいかなくてもなにげに密着度が高いのは、実は初エッチはハロウィンの夜にちゃっかり済ませてたりして。夜通し一緒だったし。いや、それともクリスマスあたりかも・・・(←もちろん考えてない。)
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背景:Peal Box様