報われない恋を君に

  BY トモエ様



   
いつもと同じ放課後。いつもと同じ生徒会室。いつもと同じメンバー。

楕円のテーブル。窓に対して正面に置かれた2つの椅子の右側で、清四郎はノートパソコンを開いて株価のチェックをしていた。
その左隣は野梨子。『日本の伝統色−かさねと色目−』という本を読んでいる。野梨子の左には、どこから持ってきたのか、古いカメラを分解している魅録。
野梨子の正面には美容雑誌を眺めている可憐。清四郎の正面には手帳を開いてデートのスケジュール調整に余念のない美童。
清四郎の右隣に座っている悠理はというと、さしたる興味もなさそうに雑誌をめくっていた。
ページをめくる悠理の手がふと止まる。
それは「恋愛映画特集」のページ。
少し前の悠理なら読もうともしなかった特集だが、今は違う。
記事を読んだからといってその映画を観るわけではないが、世間が語る「恋模様」が気になるくらいには、自分の気持ちを自覚しているのだ。
特集の中には、“報われない恋をしているアナタにおすすめの映画”と銘打って、いくつかの恋愛映画が紹介されている。
「報われない恋ねえ…」
自分の恋を引き合いに出して、無意識の内に悠理は呟く。
今6人がついているテーブルは決して広くなく、悠理の呟きがそれぞれの耳に届かぬ訳がない。
悠理の言葉を聞いた途端に、可憐、美童、魅録、野梨子の動きがぴくっと止まり、8つの瞳がそろりと清四郎を見る。
当の清四郎は、表情ひとつ変えることなくパソコンの画面を睨んでいた。
(なによ。顔色ひとつ変えないじゃない)
(清四郎はポーカーフェイスだからなぁ)
(このぐらいじゃあ顔色変えないだろうな)
(このくらいは慣れてますものね)
「…何か気になる株でも?」
視線を感じて、美童から順に視線を巡らせる清四郎。
(か、株なんて知るわけないじゃないか!)
そう思いつつも、美童はとっさに明日のデート相手が勤めている製薬会社の名前を挙げる。
「え、えっと*****!」
(美童が最初で助かったわ!)
美童で時間を稼ぐ形になった可憐は、AKIのライバル会社を挙げる。
「********ってどう?」
魅録と野梨子は慌てることなく、平然と企業名を口にする。
(親父がマークしてる会社でも言っておくか)
「****と***だな」
(清四郎に勧められた株がありますもの)
「******は、どうなってますかしら」
尋ねられたそれらひとつひとつにきっちりと答え、清四郎は最後のひとりに声をかける。
「一応聞いてみますが、悠理は?」
(知るわけないってわかってても、声かけるのねぇ)
「…チョコレート。食べないならちょうだい」
(悠理〜!それはあんまりだよ!)
自称恋愛の達人と、自他共に認めるプレイボーイは、悠理の鈍感さに地団駄を踏む。

清四郎からせしめたチョコレートを頬張りながら、なおも悠理は雑誌を読みつづける。
(どこの国でも思うことはみんな同じなんだなぁ…)
どうして叶わぬ恋をしてしまうのか。どうしてそれが諦めきれないのか。
「…報われないならあきらめちゃえばいいのに」
簡単に諦められるくらいなら苦労しないこともわかっているけれど。
けれども、悠理の発言は4人+1人を凍りつかせるのには十分過ぎた。
4人の視線が錯綜する。
(やばいわよね!今のは、やばいわよね!!)
(ひええ…ぼくなら立ち直れないかも…)
(さすがの清四郎も辛いんじゃないか?)
(あら…清四郎の様子が…)
清四郎はふうとひとつ息を吐くと、ぱたんとノートパソコンを閉じた。
そして無言のまま席を立ち、仮眠室へと向かう。
「…清四郎?どうしたんだ?」
(悠理、あんたって子は!!)
(うわー。こういうのって何て言うんだっけ…?)
(生殺しってやつだよな…)
(清四郎…完全に萎えてますわね…)
(萎えるって…野梨子、それはちょっとどうだろう…)
(?私、何か変なこと申し上げまして??)
(美童、曲解しすぎだろ)
「お前ら、何こそこそ話してんだ?」
不用意な悠理の発言が、野梨子の怒りのツボを刺激する。
「…株の話ですわ。悠理も加わりまして?」
野梨子は冷ややかな視線を悠理に投げかける。
(あっ、あの顔はキてるわよぉ…)
(野梨子を怒らせてどうするのさ!)
(誰が収拾つけるんだ、これ)
「いいよ。どうせわかんないもん」
肩をすくめて再び雑誌に視線を落とす悠理に、野梨子の眉間のしわがきつくなる。
「悠理にはわからないことが多すぎますわ!」
(ちょっと!野梨子!)
(野梨子、落ち着いてよ!)
(…いっそ、あっちで清四郎と話してくっかな)
咥えた煙草に火をつけて、魅録は仮眠室のドアを見やった。


清四郎は、仮眠室のドアを背に天井を仰いでいた。
ドアの向こうで野梨子と悠理のやりあう声が聞こえる。
(報われない恋をしてるのはこっちですよ)
バランスを崩した悠理を助けるという名目であったにしろ、悠理をこの腕に抱いたことだって未だに消化出来ていない。
気持ちを押さえ、隠すことには自信があったのに。
悠理の言ったことはあまりにも残酷で、思わず逃げるようにこの部屋に来てしまった。
(なんだこのザマは)
独りなのをいいことに、深く長いため息をつく。
煙草を吸って気持ちを紛らわしたいところだが、曲がりなりにも生徒会長。学校に煙草を持ってくるはずがない。
魅録に貰おうとするならばこの部屋を出なくてはならず、勢いで引きこもってしまった以上、しばらくは仮眠室に居ないと体裁が保てない。
それに精神衛生上も、まだここに居た方が良いだろう。
清四郎は、蝶ネクタイの金具を外して、ぴしりと閉めていたシャツのボタンを上から3つ外す。そのまま迷うことなく備え付けのベッドに仰向けになると、頭の下で両手を組み、天井を見上げた。
考えるまでもなく、悠理の言葉が脳裏に蘇る。
(あれは誰に向けて言ったのですかね…)
悠理は清四郎の気持ちを知らないのだから、清四郎の悠理に対する気持ちを指して言ったのではないだろうと、推測する。
それに、食欲人間の悠理に他人の心の機微が悟れるとは考えにくい。
(とすると…悠理自身のことですか?)
悠理が誰かに報われない恋をしているのかと思うと、清四郎は、その男の顔を拝んでやりたいと思う。見れば諦めがつくかもしれない。
再びため息をつくと、まぶたを閉じる。
少しだけ、少しだけ休ませて欲しい。
目を覚ませば、また上手く気持ちを押さえられるようになっているだろうから。

夢うつつのなかで、悠理の声が聞こえた気がした。
(お前は“あきらめちゃえ”と言うけれど)
そんな簡単に諦められるような恋ではない。
「報われなくても、僕は諦めませんよ」
夢の中で言ったものと思っていたが実際に口に出して言っていたようで、自分の発した声に驚いた清四郎は、ぱっと目を開けた。
目の前には、床に膝をついているのか、ベッドに肘を乗せて自分を覗きこんでいる悠理の顔。
(無防備過ぎだ)
いっそこのまま抱き寄せてしまおうかと思うくらいに。
「………」
無言のまま目を伏せている悠理は、今にも泣き出しそうな顔をしている。
悠理がこの部屋にいる理由も、その表情の理由もわからなくて、清四郎は慌ててその身を起こす。
「…どうしてそんな顔をするんです…?」
悠理はふるふると頭を振ると、「お前は強いな…」と小さく呟いた。
「…強くなんてないですよ」
(お前に避けられたくない)
清四郎の手が悠理の頬に触れた。
それに誘われるように目線を上げた悠理の瞳が揺れている。
(ねえ、悠理のあの顔って…)
(うん。あれは恋、してるよねぇ)
(えっ!!それって相思相愛ってことですの!!?)
(マジかよ…)
「…」
清四郎が言葉を紡ごうと口を開いたその時、キイとかすかに金具の擦れる音がした。

清四郎は仮眠室のドアの方を見る。
(ちょっと美童!押さないでよ!!)
(うわ。今、清四郎と目が合っちゃったかも)
(だから覗き見なんてやめた方がいいと申し上げたのに)
(俺は知らねえからな)
薄く、ドアの隙間が揺れる。
清四郎は、自分の恋心を知らないのが目の前の本人だけになっているらしいことに気付く。
(悠理にバレるのも時間の問題ですかね)
いつかは来るであろう時なのだけれども。
取り敢えず、閑人たちの見世物にはなりたくない。
「ほら、なんて顔してるんです」
(お前が誰に惚れていようと)
揺れた瞳が自分のためであればどんなにかいいだろうに。
清四郎は惜しむようにもう一度悠理の頬を撫でると、ベッドから下り立った。
(ここまで我慢してきたんだ。諦めてたまるか)
決定打が打たれるその時までは。
相変わらず泣き出しそうな顔をしている悠理の頭をくしゃりとかきまわし、清四郎は仮眠室のドアを大きく開けた。


報われなくても諦めきれない。
この恋は、そう簡単には手放せない。










いい加減にしろ!!ですね。すみません。

今回は、清四郎にとある一言を呟かせたいが為に書き始めたものであります。
(…実は「風に〜」を書いているときに思いついたのですが)
その一言とは、もちろん、タイトルロール(ちょっと違う)な一言です。
呟かせたことで清四郎が意気地なしになった感は無きにしもあらず…。

相変わらずなふたりを受け取って下さったフロさまと、読んで下さった皆さまに感謝を込めて。トモエでした。

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いっそこのまま抱き寄せてしまえ!と清四郎に叫んだ大多数のうちの一人、フロです。(笑)
悠理は清四郎が野梨子を好きだと思い込んでるけど、清四郎はなぜ〜なぜ〜?!
自分で書くのは清→←悠すれ違いものは大好きざんすが、一読者としては身悶えまくり。
お願いです、トモエ様、早く二人を幸せに・・・!(以下同文)
次回、焦らさずに、お・ね・が・いvv(カワイコぶって媚てみたり/笑)