BY ルーン様
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放課後。
空が夕焼けに染まる頃、学校の門の前に、君がいた。
遠くからで、顔はよく見えないけれど、あちこちに飛び跳ねた髪に、あの立ち方。 絶対に剣菱さんだ。
児童会で遅くなった僕は、人気のなくなった校門までの道を歩いていた。 僕の足の下で、枯葉がぱさぱさと音を立てる。 乾燥した、秋の匂いがする。
―――とっくに下校時刻は過ぎているのに、なんで剣菱さんがあんなところに?
不思議に思い、足早に近づくと、だんだん顔がはっきりしてきた。
―――泣いてる?
いや、涙が見えた訳ではないのだけれど、彼女の表情が。
俯き、手は後ろで組んでいる。両頬をぷう、とふくらませて、眉間にしわを寄せて。 泣いているように、見えた。
「剣菱さん?」
僕が声をかけると、彼女ははじかれたように顔を上げた。
「もうとっくに下校時刻過ぎてるよ。迎えは?今日はこないの?」
聞きながら彼女の顔を覗き込んだ。 剣菱さんは、下唇をぎゅう、と噛み締めている。
「迎えは、来ない」
自分の靴の先っぽをじっと見たまま、剣菱さんは言った。
「じゃあ、歩いて帰るの?」
時計を見ると、もう5時半。
「家には、帰らない」
その言葉と共に、きっ、と顔を上げた剣菱さんの横顔は、怒りを含んでいて。 どういうことだか分からないけれど、放っておけない気になった。
とりあえず、僕の頭に浮かんだのは、お菓子だった。 何か口に入れれば、少しは怒りの理由を話してくれる気になるだろうと思ったのだ。
人は満腹の時、緩慢で、少しばかり優しい。 怒りに空腹も手伝って、剣菱さんの怒りはどんどん膨れ上がっていくように思えた。 だから。
「クレープ、好き?おいしいとこあるから、食べに行かない?」
って、僕が聞いたときの、君の予想通りの顔を見て、僕は嬉しくなってしまった。
「えーと、マロンクリームのやつと…あ、ハムレタスも!バナナ&ベリーもな。フロマージュブランと…クリームソーダと、オレンジジュースと、あ、BLTサンドも食べたい」
「ちょ、ちょっと待ってよ。ここ屋台なんだから…そんなに持って食べられないよ」
僕が剣菱さんを連れて行ったのは、車で移動するクレープの屋台。 下校途中の学生を狙って、学校から少し離れたところにいつも停まっている。 舌の肥えた聖プレジデント学園の生徒も、そろって絶賛するクレープ屋だ。
話を聞こうと思ってクレープを食べようと誘ったのに、これでは帰り道ずっと食べ続けるだけ、なんてまぬけな羽目になりかねない。
「わぁったよ。じゃあ、あとこれだけ!クレームブリュレ&ショコラッ」
「〜〜〜〜!!!」
「あれ?どったの?お前」
「いや…そのクレームブリュレ&ショコラって?」
「お前も食う?クレープの中にクレームブリュレとチョコのアイスクリームが入ってんの」
「…いりません」
聞いただけで胸がいっぱいになってしまった。
「僕は、ミルクティー。ホットで」
陽がかげると、少し肌寒い。
「お前ミルクティーだけ?体調でも悪いのか?あたいの少しやろうか?」
早くも出来上がって渡された、あたたかそうなマロンクリームのクレープをむしゃむしゃと食べながら、剣菱さんが言った。 あんまりおいしそうに食べるから、イタズラ心がわく。
「そうですね。じゃあそれ、半分ください」
本当は食べたくもなかったんだけど(食べたければ自分で買う)、どんな顔をするかな、と思って。
「…半分?」
そう言った剣菱さんは、世にも悲しそうな顔をした。自分の食べかけのクレープと、僕の顔を見比べて、逡巡している。
思わずミルクティーを、ぷ、と噴出しそうになってしまう。
「冗談です。それは剣菱さんのなんだから、取りません」
「そ、そっか。でも食いたくなったら言えよ」
ほっとした表情で、剣菱さんが言った。
「でさ、あたい頭きちゃって」
彼女の話を要約するとこうだ。 7月の9歳になる自分の誕生日は、家族でハワイに行く予定だった。 仕事で留守がちな両親とお兄さんと揃って旅行に行けるというのは、なかなかないことらしく。 剣菱さんは半年前から楽しみにしていたらしい。 しかしそれが、仕事で急にキャンセル。 両親どころかお兄さんまで、急に来日することになったアメリカの取引先の社長と会食。 剣菱さんは、誕生日を、一人で過ごすことになってしまった。
「五代のハッピーバースデーなんか聞いてらんないよ。しゃがれ声でさ。ふたこと目には両親はあたいのために働いてくれてんだとかなんとか。そんなこと頼んじゃいないのに」
そして、先月。 埋め合わせにと、両親は剣菱さんより大きなテディベアを買ってくれると言ったのに。 両親は、その約束をすっかり忘れてしまっていたらしい。
「あたいはよその子なんだ。だからあたいの誕生日よりかあたいのテディベアよりか、仕事のほうが大事なんだ。豊作にいちゃんばっか、一緒にいろんなトコ行くくせに」
「………」
―――まぁ、剣菱さんの気持ちも分からないではないんだけど。
そして、今朝。 仕事で上海にいる剣菱さんのお父さんから、運転手の名輪さんに電話があって、剣菱さんの学校の帰り、どこでも好きな所にいって好きなテディベアとお菓子を買うように言ったらしい。
「あたい、朝からすっごい楽しみだったのにさ」
だが。 海外からのそんな電話があったことを知らない剣菱さんのお兄さんが、社用で名輪を使ってしまった。 名輪も剣菱さんの帰る時間までには終わると思ったらしいのだが、あいにく渋滞につかまって迎えに行けそうにない、と学校に連絡があった。
校門でわくわくと名輪を待っていた剣菱さんは、知らせにきた教師の言葉を聞いて、本当にがっかりしたようだ。
―――タイミングの悪いときというのは、重なりますからね。
剣菱さんは、代わりにと迎えに来た車にも乗らず、運転手を帰してしまった。
「もう、これではっきりした。あたいは家の子じゃないんだ。だから、家には帰らない」
剣菱さんの、筋が通っているんだかなんだか分からない話を聞きながら、そうか、と思った。
孤独を抱えて、一人で過ごした理不尽さに対して、剣菱さんは怒っていた。
理不尽なんて言葉もまだ知らない時から、それを目の当たりにして、僕らは理不尽とは何かを学んでいく。
気が付けば、公園まで来ていた。 家には帰らない、と言った剣菱さんが、自然に公園に入っていったので、僕もつられて。 僕の数歩先を歩いていた剣菱さんが、ベンチに座って足をぶらぶらさせている。 どうしたものかと途方に暮れながら、僕も隣に腰掛けた。
辺りは夕闇が迫っている。 暗くなりかかったグレーの空を見上げたら、僕らの頭上にどんぐりの木があった。 足元には、無数のどんぐりが木から落ちて散らばっている。 僕はかがんで、帽子をかぶっている比較的きれいなどんぐりを探し出し、制服の袖でちょっと拭いた。
それから、背負っていたランドセルを下ろして、ふでばこを取り出した。
「なにやってんの?お前」
剣菱さんが不思議そうに僕の手元を覗く。
「内緒。いいって言うまであっち向いてて。見たらだめだよ」
とっさに僕はどんぐりを隠した。 彼女を少しでもびっくりさせて、気をまぎらわせてあげたかったのかもしれない。
「ちぇ、ケチ〜」
そう言いながら、剣菱さんは素直に背中を向けた。
サインペンで目を書いて。 口は出来るだけにっこり、笑っているほうがいいな。 シャーペンの先でどんぐりの4箇所に穴を開けて。 僕は立ち上がって木に近づき、適当な細さの木切れと枯葉を探した。
「こっち向いていいよ」
そーっとこちらを向いた剣菱さんの顔が、見る間に笑顔になった。
「かーわいいっ!!」
僕の手のひらには、黄色い枯葉に座った、小さなどんぐりの人形があった。 木切れの手足をつけて、帽子をかぶっているどんぐりは、にっこりと剣菱さんに笑いかけている。 我ながら、なんて器用なんだろう。とっさにこんなことを思いつくなんて、すごい。
「あげるよ」
「え…こんなにかわいいのに、いいのか?」
「うん。剣菱さんに上げようと思って作ったから」
僕は剣菱さんの手のひらに、どんぐりを乗せてやった。
「うわー。ありがとう」
その時の、剣菱さんの笑顔。 僕の胸が、ドキンと大きな音を立てた。
「兄ちゃんに見せてやろ〜っと」
どんぐりを指先でそぉっとつまんで、空にかざすようにして剣菱さんが言った。 兄ちゃん、とは、今日運転手さんを使ってしまったお兄さんのことだろうか。
―――あまりの単純さにまさかとは思うが、もう家出のこと忘れたんじゃ…。
「ふぃ〜、腹もいっぱいになったし、帰ろうぜ。夕飯に間に合わなくなっちゃう」
そう言って剣菱さんがベンチから勢いよく立ち上がった時。 僕は予想が的中したのを知った。
単純すぎて、扱いやすいといえば扱いやすい。 でも、なんだか拍子抜けしてしまった。 剣菱さんと友達になりたい、とは思う。 でも、振り回されるのは目に見えている。
「早く行こうぜ〜」
先を走る剣菱さんの後姿を見ながら。 僕はなんとなく複雑な、よく分からない思いを持て余していた。
今すぐでなくても。 僕らはきっといつか、友達になる。
そんな予感と共に。
end
イラスト かめお様
30万ヒットのお祝いに、フロさまにひっそりと献上した品です。それがどうして今頃ここにあって、皆様の目に触れているのかと申しますと…あのぅ…おバカ続いたので。しかも3作も。 ‘バカをさらしたのは、一時の気の迷いです’的なことをアピールしたくなりまして(←殴)。読んで下さり、どうもありがとうございました! |
背景:blue daisy様