BY カパパ様
2006年1月1日。 有閑倶楽部の面々も晴れ着で新年を祝います。 今年の会場は宴会大好き、剣菱家と相成りました。 「よっ、明けましておめでとー!!」 剣菱邸に入ってすぐに出迎えてくれたのは、悠理の声だった。 外気の寒さを感じなくなったのは、暖房が効いているからだろう。それが悠理の声を聞いた途端だった、というのはただの偶然だ。 視覚には体感温度を上下させる効果があることは知られているが、聴覚においては実験されていない。 戯れに彼女の声を色に例えれば、間違いなく暖色だ。温かくて、心にホッとした安らぎを与えてくれる光を持った色。 声だけではなく、あちこちはねたクセっ毛も、無邪気に笑う顔も、好んで着る服装も、話す言葉も、子供のような仕草も、全部暖色だ。 いつでも輝いている太陽の子。近くにいるだけで熱を分けてくれる。 だから暖を取るために、こんな寒い日には特に会いたくなるのだろう。 暑い夏でも彼女に会いたくないなんて思った日はないが。 新年の挨拶を仲間たちと交わす悠理を見て、驚いた。 ふんわりした髪に散見するのは赤いリボン。 小さな赤い色が、薄茶色の髪と相まってちょっとした花畑のように見えるのは錯覚だろうか? いや、花畑というよりは赤トンボとススキと言った方が適切かもしれない。 いずれにしても、なかなか似合っている。 いつもは「大漁」と書いてあってもおかしくないようなド派手な柄の着物なのに、どうした心境なのか今年は大人しい。桃色の地に小さな菱形が連なった柄。柄を作る色も突飛ではなく、地に馴染んでいる。 帯は黒。彼女の装いにはあまり見かけない色だ。よく見ればこちらも菱形模様があしらわれている。着物と帯をきちんと合わせているらしい。 今日の悠理は普通の女性に見える。いや客観的に言って、かなり上玉だ。「極上」と言ってもいい。 (まさかね。僕としたことが、動転しているらしいな。・・・どうして今日はまともな格好をしているんだ?うっかり「極上」なんて甘い評価をしてしまったじゃないですか。) 「おい、どうしたんだよ清四郎?新年早々、飲みすぎかあ?」 上目遣いで近づいてくる悠理。発された言葉はいつも通りだというのに。 長い睫毛や、大きな瞳や、ほんのり染まった頬や、柔らかそうな唇に目が離せない。 あまりにバカで単純で無鉄砲で下品で子供だったから失念していたが、悠理は女だ。 うっかり忘れていた事実を確認しただけで、どうしてこんなに心臓が激しく動くのか、声を出すことが出来ないのか、不思議だ。 もしかしたら。 外気温との急激な落差により心臓に負担がかかっているところへ悠理の声という外刺激を受け緊張し、さらに彼女の意外な姿が追い討ちをかけたからかもしれない。 すぐに声が出せないのは、仲間たちと話して口内の水分が蒸発している上に、空調で乾燥した室内にいるからだろう。気がつけば、喉がカラカラだ。 (まったく・・・妙な条件が重なってしまったようですな。元日だというのに幸先が悪いというか、縁起が悪いというか。まあ悠理の普通な着物姿は一見の価値があったからな、いや百見の価値くらいはあるか・・・) 「あれえ?お前、酒臭くないぞ。」 くんくん、と犬のように嗅ぎまわっている姿を見ては、剣菱財閥のお嬢様とは誰も思わないだろう。金持ちの娘だからといって、着飾ってツンと澄ましているような性格ではない。少しはそうした方が良い、と周囲が心配してしまう程そんな性格ではない。 そういうところが好きだ。 (はっ、何を考えている?「好き」と言っても別に異性としてではないぞ!勿論、そんな事当たり前じゃないか。あくまでも仲間として「好ましい」だけです、それだけですよ。) 「・・せーしろ?」 僕が返事をしなかったせいか、悠理はさらに近づいていたようだ。僕と悠理の距離はざっと10cmほど。 悠理の顔が間近にあり、フワフワの毛先が僕をくすぐる。 目に入ってしまいそうで反射的に左目だけ閉じた。 漂ってくるのは甘酒と悠理がブレンドされた香り。甘くて美味しそうな、愛しささえ覚える香り。 この髪の毛を口に含めば、甘酒の風味を味わえるだろうか・・・ 「ちょ、ちょっとおー!?どうしちゃったのよ、あんた達?」 素っ頓狂な声に横を見ると、開いた口に手をやっている可憐。 何をそんなに驚いているというんだ? 「ひゃー、ボクにも真似できないなあ。みんなの目の前だぞー!?」 美童は感心した素振りを見せつつも、からかい口調だ。 どうやら僕たちを指しているらしいことは分かった。 「・・・お前ら、時と場所を考えろよな・・・。」 赤面した魅録は、目を合わせない。 一体何の話だ? 「私、清四郎は理性のある方だと認識しておりましたけど、それは間違っていたようですわね。」 長年の隣人である野梨子に言われるまでもなく、理性も知性もあると自覚している。 『それは間違っていた』? 「野梨子、その認識は間違っていないと思いますが。みんな、どうしたというんです?言いたい事があるのなら、聞きますよ。」 「・・・せ、清四郎。ひょっとしてまだ分からないとか?」 「だから何の事ですか?僕にはあなた達の態度の方が不自然に見えますよ。」 「いや、ならいい・・・。悪い事は言わねえから気にすんな・・・。」 美童の切り返しも魅録の返答も至極曖昧だ。そんな回答で納得できるはずがない。 きっちり答えを引き出さなくては。 と考えていたのだが・・・。 「ふーん。魅録がそう言うなら気にしない方がいいんだろうなー。な、清四郎?」 悠理の言葉で魅録への追及を諦めた。 魅録は嘘をつかない男だし、彼が言うなら確かにそうなのだろう。 悠理に邪気のない笑顔を向けられると、他の4人の態度などどうでもよくなってくる。 天使のような笑みを見ていれば、野梨子の皮肉など些細な事だ。 こんな寛大な気持ちで新年を迎えられるとは、今年は良い年になるかもしれない。 1年の計は元旦にあり、だ。 今年の計画はどうしようか。 論文発表、化学実験、趣味も極めたいし、身体も鈍らせるわけにはいかない。 やりたい事はたくさんある。 「あ、そだ、今年もよろしくだじょー!」 悠理につられて自然に笑みがこぼれる。 なんだか無性に可愛らしく思え、つい彼女の頭に手を置いてしまう。 いいこいいこ・・・と軽くなでた。 「ええ、こちらこそ。」 トラブルメーカーでテストの成績も悪い悠理に、僕がよろしくお願いすることなどありえないがここは無難に返しておいた。 なんだか今日は、悠理を怒らせたくない。 可愛らしい笑みを出来るだけ長く見ていたい。 一緒に楽しい新年を迎えよう。 菊正宗清四郎、今年初の計画は。 『悠理と一緒に楽しい新年を迎える』 彼にしてはごくささやかな、けれど幸せな抱負となったのでありました。
END |
フロ様のイラストを頂き、舞い上がり、鼻血を抑え、衝動に駆られて一気に文章にした物。とにかく嬉しくてこの感動を形にすべく、がんがんタイプを打ちました。3,4時間くらいで出来上がり。感動と原動力を与えてくれたフロ様に感謝です。