わが身は成り成りて

 BY hachi様

 



「吾が身は成り成りて、成り合わぬところ、一処在り」

 

「我が身は成り成りて、成り余れるところ、一処在り」

 

                    ― 古事記より ― 

 

 

 

 

 

いつもの、逢瀬。

清四郎は、愛する恋人の部屋で、愛する恋人の、シフォンのような手触りのする髪を、ゆっくりと撫でていた。

恋人の名は、悠理。清四郎とは相思相愛の、可愛らしい恋人だ。

 

家庭教師の名目で彼女の部屋を訪れてから、間もなく三時間が経とうとしている。名目である家庭教師の役目も無事に終え、たった今、ようやく恋人の立場に戻ったところだ。

 

 

清四郎は、彼女の髪を撫でながら、早速と言わんばかりに、柔らかなくちびるを優しく食んだ。すると、悠理はうっとりとしながら、身体を預けてくる。ひと目があるときは、恥ずかしがって近づこうともしないのに、二人きりになると愛情を素直に示す少女が、溜まらなく可愛く思えた。

 

くちびるが離れても、悠理は清四郎の胸にしどけなく凭れかかっている。彼女にその気はなかろうが、布地ごしに伝わる体温や、甘い吐息は、これでもかと言うほどに清四郎を誘っていた。ポーカーフェイスを気取っていても、心のうちは、堪えきれぬ欲望に大きく波立つ。

 

そんな男心を知ってか知らずか、悠理が清四郎のシャツのボタンをふたつ開けて、鎖骨をぺろりと舐め、軽く歯を立てた。

清四郎は腰が浮き上がりそうになるのを必死で堪えたが、歯の隙間から漏れる吐息だけは、どうしようもなかった。

 

悠理が、上目遣いで清四郎の顔を覗きこみながら、悪戯っ子の微笑を浮かべる。

「知ってた?お前って、昼も、夜も、いっつもフェロモン大放出してるんだぞ。」

意外な告白に、清四郎は片方の眉をひょいと上げた。心外なことを言われたとき、必ずやる癖だが、本人はそれに気づいていない。

「そんなことを思っているのは、悠理だけでしょう?」

清四郎としては当然の否定だったが、悠理は頭を左右に振った。

「そんなことないぞ。お前が生徒総会の司会をするとき、女子生徒は皆うっとりしているし、文化祭の準備のときに腕捲りをしただけで、皆が注目していたもん。」

つまり、と言葉を続けながら、悠理は清四郎の鎖骨を指で辿った。

「清四郎は、普通に生活をしているだけで、女を誘っているんだ。」

情欲を含んだ声音に、清四郎の身体にも情欲の熱が篭もる。彼女がしているように、細い鎖骨に触れると、花弁を思わせるくちびるから、小さな声が漏れた。

 

「酷いよな。あたいというものがありながら、他の女を誘うなんて。」

悠理の指が、拗ねたように清四郎のシャツを弄る。僅かに布地が動く、その感触にさえ、男の心は擽られるなど、彼女は想像もしていないはずだ。

「別に誘っているつもりはありませんよ。第一、僕がお前にぞっこんなのは、お前が一番知っているでしょう?」

そう答えながら、鎖骨に触れていた指で、ゆっくりと首筋を撫で上げる。指が耳朶の輪郭まで辿り着くと、悠理の肩がびくんと跳ねた。

潤みはじめた瞳が、恥じらいながらも続きをねだっているのが分かり、清四郎の身体も一気に熱くなった。

 

 

無言のうちに行われる、一瞬のアイコンタクト。

互いが発する強烈な引力に吸い寄せられ、くちびるが重なる。

 

柔らかなくちびるは、蕩けるほど甘くて、痺れるほど芳しい。

柔肌に触れるだけで、理性などどこかへ吹き飛んでしまう。

 

 

「・・・僕が誘っているのは、悠理だけですよ。」

くちびるを啄ばみながら、甘く、甘く呟く。

すると、悠理は、優しい告白ごと呑み込むかのように、清四郎のくちびるを激しく貪った。

 

悠理は、無意識のうちに男を誘う。

本人が気づいていないだけで、周囲の男どもは、誘蛾灯に群がるかのごとく、彼女に熱い視線を注いでいる。悠理の場合は、元々からひと目を惹く容貌であるだけに、清四郎と関係を持って、さらにその傾向が強くなったのも当然だった。

 

そして、清四郎自身も、その身から逆らい難い魅力を放っている。

女性ならば誰もが惹きつけられる、優秀なオスだけが放つ力強さを。

 

 

「・・・悠理・・・」

 

「・・・清四郎・・・」

 

 

名を呼ばれるだけで、強烈に誘われる。

その吸引力は、二度とは離れられないほど、凄まじい。

 

 

 

気が遠くなりそうなほど長い接吻が終わり、清四郎は、悠理の髪を撫でながら、ほう、と息を吐いた。

腕の中の悠理は、うっとりとして、眼を閉じている。

「・・・どうして、こんなに清四郎に惹かれるんだろ?」

「それはこちらの台詞です。」

別段可笑しくもないのに、二人して笑う。

 

「悠理。イザナギとイザナミの神話を知っていますか?」

清四郎の薀蓄が唐突なのは、いつものこと。二人が、ただの同級生だった頃からそうだったので、今さら面食らうはずもない。悠理は少しの間、小首を傾げてから、ああ、と呟いた。

「あの世まで死んだ奥さんを迎えに行って、最後は逃げて帰ってくる神様の話だろ?」

歯に衣着せぬ物言いが悠理らしくて、清四郎はくすりと笑った。

「そう言われると身も蓋もありませんが、確かにその話ですよ。」

清四郎は、悠理の頭に手を差し入れ、柔らかな栗色の髪をゆっくり梳いた。

「イザナギ、イザナミの「イザ」は「いざなう」が語源と言われています。」

「いざなう?」

「そう。意味は、「誘う」です。」

「神様が誘う?なんだか、ヘンだね。」

あどけなさが残る面立ちに、呆れた色が浮かぶ。

「二人に与えられた属性を考えれば、当然の名ですよ。」

言葉の意味が理解できないのか、悠理のくちびるがへの字に曲がった。恋に溺れた清四郎からしてみれば、そんな表情にすら、心が惹きつけられる。

「イザナギの「ギ」は男を表し、イザナミの「ミ」は女を表します。つまり、二人の名は、「誘う男」と「誘う女」という意味なのですよ。」

「へえ・・・」

悠理の瞳に、興味の光が灯った。

「神様に、そんな名前がついているなんて、何か意味があるの?」

「ええ。二人は、交わって子供を生すための神です。だから、互いを誘い合う。」

清四郎は、悠理の耳朶に耳を寄せた。そして、同時に、手をミニスカートの中へそっと滑らせる。

 

「二人は揃って下界に降り立ち、こんな会話を交わします。『貴女の身体は如何に出来上がっていますか』『私の身体は完成していますが、一箇所だけ裂けた穴があります。』『実は僕の身体も完成はしましたが、一箇所だけ余計に飛び出た部分があります。ですから、僕の身体の突起物を、貴女の身体の裂けた穴に差し込んで塞ぎましょう』と。」

 

悠理は顔を赤らめて、清四郎を見上げた。

「・・・それ、冗談だろ?」

「信じられない気持ちは分かりますが、日本最古の書にそう描かれているのですよ。世界的にも、こうも生々しい表現は他にないらしいですが。」

そう言い終わるより少し早く、スカートの奥に侵入した手が、とある一点に辿り着く。すると、悠理が甘く呻き、清四郎の胸の中で、微かに身を強張らせた。

 

「男神から交わりの提案を受けた女神は、どう答えたと思いますか?」

スカートの中の手を蠢かせながら、涼しい声音で尋ねる。

「・・・わ、わかんない・・・」

悠理は顔をさらに赤くして、小声で答えた。

恥らう姿が、男を誘っているなど、気づきもせずに。

「 『それは名案ですね』と、喜んで賛成したのですよ。」

 

清四郎は、悠理の顔を覗きこんだ。

「そろそろ僕たちも、神様と同じことをしませんか?」

「お、同じことって・・・?」

小さな手が、縋るように清四郎の首を抱きしめる。

「悠理の身体にある裂け目の穴を、僕の余計な突起物で塞ぐのですよ。」

首を抱く手を外し、そのまま清四郎の足の付け根へと導いて、男の欲の深さを知らせても、悠理は返事をしようとしない。清四郎はくすくす笑いながら、真っ赤に熟れた頬にそっとくちづけた。

「それとも悠理は、僕の提案に対して『名案ですね』と賛同してくれないのですか?」

しばしの、沈黙。

悠理は顔を赤らめたまま、消え入りそうな声で、意地悪、と呟いた。

もちろん、清四郎は彼女が断らないことくらい、お見通しだった。

何しろ、彼女の身体は、あからさまに男を誘っていたから。

 

そうして二人は、太古の神々がそうした如く、愛の営みに溺れていった。

 

 

 

連綿と続く、男女の交わり。

神代の頃より、男は女を誘い、女は男を誘う。

ごく自然に、抱き合って、愛を求め合い、睦み合う。

日々繰り返される、当たり前のようで、奇跡のような出来事。

それは、遺伝子に組み込まれた、太古の記憶がなせる業かもしれない。

 

もちろん―― ベッドの中で、そんなことは誰も思わないだろうけれど。

 

 

二人の身体は、愛しあうべく出来ている。

 

 

 

 

 

 

―― これで、おしまい。

 

 

 

開き直ります。
好きなんです。文学ネタが。だから、ウケが悪いと分かっていても、つい描いちゃうんです。
今回は、古事記でもっとも有名な場面のひとつをモチーフにしてみました。こういうネタがお嫌いなかたも多いでしょうが、馬鹿モノが考えナシに書き殴った代物ですので、どうか寛大なるお心をもって、笑って許してくださいね。そして、こんな偏りがちの話でよかったら、また読んでやってくださいませ。 

 

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