夜遊び大好き有閑倶楽部。 今宵はどこに行きましょう? ぶらり歩くは繁華街・・・・
繋がり
「読んでください、お願いしまーす。」 なかなか可愛らしい顔立ちの女性がチラシを配っているのを見て、美童くんはすかさず受け取ります。電光石火、それはもう素早い動き。 彼はチラシを受け取る際、彼女の手を握りました。 「ボクの心は君に読んで欲しいな。」 と魅惑の笑みを向けます。物語から出てきた王子様のような容姿を持った彼にこう囁かれてときめかない女性はあまりいないでしょう。 すっと紅が差した彼女の表情は恋する乙女に変化してゆきます。 「おーい美童、何してんだあ!あたいは腹減ってんだ、女口説いてんなら置いてくぞー!!」 そんなロマンチックなワンシーンをものの見事に打ち砕いたのは、剣菱悠理さんでした。 女性にしては高い身長と、中性的な美貌と、どこで誂えたのか不思議なスーツを難なく着こなすスタイルを持つ人です。彼女を知る人は、さらに「並外れた体力と霊感と食欲」もつけ加えるでしょう。 「なっ・・・お前なあー、これからって時に・・・!!」 かわいい子に惚れられる、という事を至上の喜びとする美童くんは、非難の目を向けました。さあこれからという時にムードもへったくれもない悠理さんの言葉にご立腹の様子です。 しかし。 甘く囁かれたチラシ配りの彼女はそうでもないようで。 美童くんの事よりも、圧倒的な存在感を放つパンツスーツ姿の悠理さんに釘付けとなっています。 それは誰の目にも明らかに、悠理さんへの憧れで一杯の眼差しでした。 「・・・・い、行くよ。行けばいいんだろ!早くレストランに行こうよ!!」 悠理さんに負けた事でプライドを傷つけられた美童くんは、ヤケクソのように叫んだのでした。 *****
「あら?美童、さっきのチラシ、まだ持っていましたの?」 敗北の証とも言えるチラシはまだ彼の手の中にありました。目ざとく見つけたのは野梨子さん。長い金髪と黒いおかっぱ頭の二人は国際交流が身近になった事を感じさせます。 「新興宗教のビラ配りでしょう?最近、目立ちますよね。」 乗ってきたのは清四郎くん。美童くんのチラシを受け取り、中身をざっと読み流します。それだけで大体の内容を把握できてしまうのです。 「あー、あの『我々の魂は一つ。みんなの魂を繋げましょう』ってヤツだろ。裏ではヤクザが絡んでる、って評判だよ。随分と羽振りが良さそうだしな。」 ピンク色のツンツン頭に手をやり、続けたのは魅録くん。高い犯罪検挙率を誇る日本警察のトップである警視総監の一人息子です。 それを受けて嫌そうな顔をしたのは、高校生とは思えぬ色気を纏う黄桜可憐さん。 「うわ、サイテー!あたしイヤよ、美童の魂と一緒だなんて考えたくもないわよ。いつか出会うあたしだけの運命の人となら、それもいいかもしれないけど。」 うっとりと未来の旦那様に思いを馳せている可憐さんですが、槍玉にあげられた美童くんとしては納得がいきません。当然でしょう、不機嫌なところにさらにこんな言葉を浴びせられたらニッコリ受け流すことはできません。 「なんだよ、どういう意味だよぉ!?」 「だってえ、あんたみたいな年中発情男と魂を繋ぐなんて嫌よお!!あたしはね、これと決めた人以外には、へらへらコビ売ったりしないんだから。」 そうです。可憐さんは意外にも一途で純情な所があるのです。外見からは考えられないほど古風な所もあるのです。なんといっても彼女は『玉の輿に乗るまでは処女を取っておく』という考えの持ち主です。初めて抱かれるのは運命の人、と決めています。 「そーゆー意味じゃねーだろ・・・」 はぁ、とため息をついた魅録くんの小さな呟きは、同意の頷きを返した清四郎くんにしか聞こえていなかった模様です。 「まあ野梨子だったら美童の魂と足して2で割るくらいがちょうどいいかもしれないわね。」 可憐さんは完全に『魂』を『性格』と捉えているようです。妙に小ばかにした態度に野梨子さんは反論しようと口を開きましたが、その前に。 「だったら、あたいは清四郎と繋がりたいなあ!」 品行方正、才気煥発、冷静沈着の呼び声高い清四郎くんがビクンと肩を動かすほどの爆弾発言でした。 たっぷり10秒ほどの間を置いて、問いかけたのは野梨子さんでした。 「ゆ、悠理・・・?それはどういう意味ですの?」 爆弾発言を放り投げた本人はポカンとした顔です。彼女には10秒間の沈黙が不思議でたまらなかったのです。 「あん?だってさぁ、清四郎ってタマシイも頭良さそうじゃん。清四郎はテストで100点だから、繋がれば50点分けてもらえるだろ?そしたら簡単に赤点脱出じゃーん!!」 へっへん、と無い胸を張った悠理さんの思考回路では、“魂にも学力があり、注いだ水が均等になるように繋がった魂同士に分配される。”という解釈に至ったようでございます。 『タマシイも頭良さそう』という前提がすでにおかしいのですが、とりあえず一同はほっと胸をなでおろしました。 「・・・そんな現実離れした事を考えるよりも、少しは努力したらどうですか?『魂』と『知能』の違いが分からないでどうするんです。母国語くらいは理解できないと困りますよ。」 爆弾発言を聞いた5人の中で最も衝撃を受けた彼は、“意趣返し”とばかりに彼女に皮肉を送ります。これは、彼の心臓をいきなり酷使させた罰なのです。 ここまでストレートに言われて黙っている悠理さんではありません。むくれた顔で返します。 「けっ、やっぱお前のタマシイとなんか繋がりたくないやい!お前のイヤミな性格まで伝染りそうだもんなー。どうせテストの点も分けてくれないんだろ。ケチ。」 まだ彼女は『魂』の意味を把握していないようです。 しかし、彼女の言葉は存外に威力を発揮していました。清四郎くんを拒否する旨の発言は、彼の心臓を急速に冷やし、みぞおちを締め付けたのです。 またキツい皮肉が返ってくるかと思いきや、予想外に黙ってしまった彼を見て悠理さんは訝しみます。 怪訝な表情になり、仲良し6人の間には良くない雰囲気が立ち込めてまいりました。 そこで、フォロー上手の美童くんが助け舟を出しました。 「ね、ねぇっ!魂を繋ぐのは難しいけどさ、肉体なら繋がれるよね!世の恋人達もそうやって愛を確かめ合ってるんだから。」 「ちょっと美童、何言ってんのよ!!こんな街中で恥ずかしい事言わないでよね!」 「そうですわ、はしたないですわよ!恥じらいというものがありませんの!?」 「・・・・・オレも同意見。」 和やかな雰囲気に戻すには適切ではない助け舟でしたが、それでも他の3人が赤面しながらも発言した事により、なんとか話題は変えられたようです。 「そっか??身体が繋がると気持ちイイじゃん。ケンカしてもすぐに仲直りできるもん。」 愛を確かめ合うってのは照れるけどなー、と続ける悠理さんの発言に一同はコンクリートのように固まりました。 たっぷり30秒放心した後、茫然自失から立ち直ったのは清四郎くんでした。 立ち直りはしたものの、その衝撃から彼は自我を見失っているようです。 顔面蒼白で悠理さんの両肩をグラグラ揺らして問いかけます。 「ゆ、悠理!!お前、経験があるのか!?その口ぶりではそうなんだな!?いつ、誰と、どこで、どうやって、どんな経緯で?相手は男か?そうだな、お前は同性愛の気はないからな、しかしやっぱり男なのか!?」 武道にも才覚を見せる180cmを超す男性が、身長こそ高くても割と華奢な女性の肩を容赦なく掴んでいるのです。手加減など一切なくグラグラと揺すり続けながらマシンガンのように問いを発しているのです。 彼女を逃がさないように大きな手で掴んで、彼の心の内を表すかのように彼女の肩を揺らして、彼の脳裏をよぎる考えを全て口にして詰問し続けたところ・・・ 「は、離せよ清四郎!痛いだろー!!なんなんだよ・・・ったくう。あたいにだってそれぐらい経験あるわい!!みんなだってそうだろー。」 彼女の言葉を聞いた途端、先ほど赤面した3人組も清四郎くんとどっこいどっこいの悪い顔色になりました。 美童くんは「うっそお・・・」と絶句状態。 清四郎くんは、この世の終わりが来てもこれほどひどくはないだろう、と思えるほど暗い表情です。 彼女の肩に触れている手の感覚はしっかり脳に伝わっているのに、彼は(これは悪夢だ・・・悪夢に違いない・・・)と現実離れした事を信じ込もうとしていました。どんなに努力したとしても受け入れられないでしょう。 「どうしたんだよ、みんな?・・・おい清四郎、大丈夫か?」 悠理さんとしては5人とも心配ですが、中でも態度の急変した清四郎くんが気になります。自分の肩に両手を置いたまま、廃人のように何かを呟き続ける姿は異常そのものです。 そんな彼の様子に、彼女はひらめきました。 そう、彼女は知らぬ内に彼を傷つけていたことに気がついたのです。 「清四郎ごめん。お前、経験がなかったんだな?」 「・・・・違います・・・。」 廃人寸前でもエアーズロックのように巨大なプライドは、憐れむような悠理さんの言葉に反論しました。菊正宗清四郎ここにあり、と言ったところでしょうか。 「無理すんなよ、お前の性格じゃあそういう事しなさそうだもんな。・・・あたい、やってやろうか?」 ダイナマイト100発分の破壊力。 ですが有閑倶楽部の底力、もう耐性はつきました。 「悠理、お前!!」 「ほ、本気じゃないだろー!?」 「だめよ、そんな同情だけで!!」 「清四郎、何とか言ってくださいな!」 抜群のチームワークで畳み掛け、最後に清四郎くんの良心に訴えた彼らが聞いたのは、命の危険が迫った時よりも掠れた彼の声でした。 「悠理・・・本当なのか・・・?」 「おー、女に二軍はないぞ。」 (ばか・・二言だろ・・・)とつっこんだ魅録くんの内心はともかく、みな目を見開いて固唾を飲んでことの行方を見守ります。もう誰にも止めることはできません。 いまだ肩にかけられていた大きな手をそっと取った悠理さんは、彼の左手をそのまま自分の右手で掴みました。 繋がった手と手。 いわゆる「恋人つなぎ」ではないけれど。 十分に親愛を感じさせる仲直りの印。 「お前の手、冷たいなー。心が冷たいヤツは手も冷たいんだっけ?」 のん気な悠理さんに、全員脱力です。へなへなへな・・・と崩れ落ちます。 考えてみれば当然なのです。 色気のイの字もない悠理さんが、制服のスカートを穿いていても『やっぱり男だったんですね』と言われてしまう悠理さんが、純潔を汚しているわけがないのです。 手だって肉体の一部なのです。身体の一部なのです。 悠理さんは決して嘘を言ったわけでも見栄を張ったわけでもないのです。 「昔、父ちゃんと母ちゃんに両手繋がれてさ、こうクルっと回ったんだよなー。じいとか兄ちゃんとかとも手繋いで色々行ったしさー、なんか懐かしいなー。」 愛されて育った彼女は、手を繋ぐだけで色々な思い出が蘇ります。 大切な人と手を繋ぐ行為がもたらした安心感や楽しい気持ちが、彼女の素直な性格を形作っていったのです。 「・・・・・・・・では、仲直りもしたことですし。そろそろ行かないと混んでしまいそうですね。美童、人気のあるレストランなんでしょう?」 常に比べて3倍速ほどで回転していた清四郎くんの頭の中では、主に煩悩と呼ばれる様々な光景が繰り広げられていたのですが、ようやく我に返った彼の言葉で悠理さんは空腹だった事を思い出しました。 「そーだ、メシメシ!大体なあ、あんな魂がどーのってチラシのせいで遅くなっちまったんだぞ!ほら、早く行こうよお。」 今にも走り出さんばかりの悠理さんですが、繋いだ右手を引っぱられて思うように動けません。振り向くと笑顔の生徒会長。 「食べ物は逃げませんよ。街中で走ったら危ないでしょ、それくらいは考慮して行動に移してほしいものですな。」 「だって品切れになっちゃうかもしれないだろ!」 「その時は違う店に寄りますよ。どうせまたすぐ食べるんですから。」 繋いだ手が手綱のようです。 食べ物に釣られて駆け出そうとする馬とそれを宥める馬主のような。 それでも知らない人が見れば、微笑ましいカップルのように見えてしまうのです。 デートにはしゃぐ凛々しげな女の子と優しく見守る落ち着いた彼、と言う風に。 手を繋いだままの二人の後には、これまたWデートのような美男美女の2組が続きます。 それぞれ視線と唇の動きだけで会話をしている姿は少し不思議な感じをかもし出してはおりますが。 ピンクの短髪とウェービーヘアーの二人は“まだ信じられない”と言うように、洋の東西を代表する髪色を持つ二人は“素晴らしく面白いショーを見た”とでも言うかのように。 (悠理にゃビビらされたぜ・・・) (そうよお。みんなビックリしたじゃない!) (あんなにみっともない清四郎、初めて見ましたわ!まぁ、だらしのない顔!) (『仲直り』って、別にケンカしてた訳じゃないのにね。おっと、まーだ手繋いでるよ。) 大和撫子と愛の狩人は顔を見合わせて、笑いを堪えます。 洩れてしまったくすくす声は、白い息でごまかして。 色とりどりの光は、彼らの関係を祝しているみたい。 イルミネーションが照らすのは、前行く二人の未来なのかもしれません。 手を繋いで、心を繋いで、未来まで繋げて・・・
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背景:Peal Box様