命短し恋せよ乙女

       BY hachi様

後編

 

 

 

気まずい沈黙。

 

悠理は、凝固したまま、目玉だけ動かして、清四郎を見上げた。

 

清四郎は、真っ赤な顔に、どこか苦しげな表情を浮かべていた。

恐らくは、悠理が与えた視覚的刺激と物理的刺激に耐えているのだ。

 

そのまま、十秒の時間が流れた。

その短い間に、悠理の頭の中で、まだ体験したことのない、めくるめく世界の妄想が広がる。

あまりにもエロい妄想に、悠理は自家発電にも拘らず、火花を吹いてショートしかけた。

 

そのとき、何の前触れもなく、まさに突然、清四郎の上体が前に傾いだ。

「ぎゃ!」

たぶん立ち上がろうとしただけだろうが、妄想に妄想を重ねていた悠理は仰天した。

過剰に驚き、尻餅をついて後ろに引っ繰り返ったのだ。

 

大股を開けて転がったため、ふたたびエロぱんつを披露してしまう。

清四郎の眼が、赤紐の食い込む素股に注がれる。

見たい見たくないに関わらず、ついつい見てしまう、男の哀しい性である。

 

 

見られていることは分かっていたが、悠理は大股を広げたまま、茫然としていた。

清四郎の視線に、今までなかった、悩ましげな光が湛えられているのに気づいたからだ。

 

―― もしかして、ちょっとイイカンジ?

 

良いも悪いも、エロぱんつを御開帳していて、そんなことを考えること自体が間違っている。

それよりも、まずは貞操の危機を心配するべきであろう。

 

しかし、貞操の危機は、呆気なく終わった。

清四郎が、エロぱんつから眼を逸らして、立ち上がったのだ。

「・・・着替えてきます。」

それだけ言うと、彼は緩慢な動きで部屋から出ていった。

 

 

ひとり残された悠理は、急に恥ずかしくなった。

何しろ「見てちょーだい♪」と言わんばかりの姿勢で転がっていたのだ。

しかも、スカートの中身は、エロぱんつ。

それも、布地が極端に少ないため、見えてはいけない部分まで見えるシロモノだ。

 

ようやく乙女らしい感情が湧きあがり、慌てて身を起こして膝を閉じたが、すべてが手遅れであった。

 

 

ここで、悠理の胸中に、羞恥と自己嫌悪が手と手を取り合い、仲良くダンスをしながら登場した。

 

告白もしていないのに、これでもかと言うほど、エロぱんつを披露してしまった。

 

ダンスを踊る羞恥と自己嫌悪の間に、後悔が乱入した。

 

しかも、あろうことか、清四郎の股間をゴシゴシしてしまった。

 

羞恥と自己嫌悪と後悔がケチャダンスを踊る輪に、絶望が奇声を上げながら飛び込む。

 

それに、シャツで涙を拭いていたとき、バラ刺繍の穴から、ナマチクビまで見えたに違いない。

 

羞恥と自己嫌悪と後悔と絶望が踊り狂う中、煩悶が浪花節を絶唱しながら登場した。

 

 

史上最低のコラボが、恋する乙女を完膚なきまでに叩き潰した。

 

 

―― もう、清四郎の顔も見られない。

 

 

悲劇的結末に打ちひしがれ、ぺちゃんこに押し潰された悠理は、座卓の上のノートや参考書をバッグに突っ込むと、急いで部屋から飛び出した。

 

涙を堪え、くちびるを噛み締めながら、階段を一気に駆け下りる。

 

しかし、一階までは行けなかった。

半ばまで駆け下りたとき、階段の下に、清四郎が現れたのだ。

 

 

彼の姿を認めた瞬間、悠理は足に急ブレーキをかけた。

 

それがいけなかった。

 

勢いがついた身体は、急停止についていけなかったのだ。

 

 

「うわ!」

バランスを崩した悠理は、階段の途中で、中空に放り出された。

 

転がり落ちる―― そう思い、悠理は咄嗟に眼を閉じた。

 

 

 

しかし、着地した身体は、大した衝撃を感じなかった。

暖かくて、大きなものが、悠理を包んで、激突の衝撃から守ってくれたのだ。

 

悠理はそっと眼を開けた。

間近に、清四郎の顔があった。

 

清四郎が、受け止めてくれたのだ。

ほっとして、逞しい胸に、凭れかかる。

「・・・怪我はありませんか?」

「・・・うん。」

優しく尋ねられ、頷いて返す。

顔を上げると、すぐそこで、清四郎と視線がぶつかった。

 

絡む視線の間に、甘いものが漂った。

 

 

 

清四郎とて、男である。

 

いくら相手がサルでも、赤紐が食い込んだ素股まで見せられたら、欲情してもおかしくない。

それに、清四郎自身も気づいてはいないが、彼の右手は、抱き止めた拍子に悠理の胸を掴んでおり、今もそのままになっている。

ささやかな膨らみであっても、相手が女であるのを認識させるには、充分な柔らかさだった。

 

 

 

「・・・悠理。」

 

清四郎が、低い声で悠理の名を呼ぶ。

 

端正な顔が、ゆっくりと近づいてくる。

 

 

―― ああ、キスされる。

 

悠理は、羞恥と自己嫌悪と後悔と絶望と煩悶のコラボを忘れ、うっとりとした気持ちで、愛する男の接吻を受け止めようとした。

 

 

だが、そうは問屋が卸さない。

 

キスまであと三センチのところで、清四郎が理性を取り戻したのだ。

 

 

 

はっとして顔を離す清四郎。

同じく、はっとして眼を見開く悠理。

 

 

悠理は、焦った。

 

このままでは、清四郎が離れてしまう。

離れたら最後、こんな好機は二度と訪れないだろう。

 

サルであるがゆえに、本能が敏感にそれを察知した。

 

 

悠理は、潤んだ瞳で清四郎を見つめて、呟いた。

 

「清四郎・・・あたい、清四郎のことが好き。涙が出るくらい、好き。」

 

咄嗟に口から零れ出た、愛の告白。

 

清四郎が、信じられない、というふうに、悠理を凝視した。

 

 

 

 

誰もが、ここで悠理の恋は実り、そのままベッドに雪崩れ込むと予想しているであろう。

 

そして、悠理の衣服を剥ぎ取り、恥ずかしい下着だけの姿にして、「こんな嫌らしい下着をつけて、どうするつもりだったんです?」などと意地悪く言葉で責める清四郎を期待しているはずだ。

 

しかし、運命とは、期待を裏切ることのほうが多いものである。

 

 

 

 

清四郎は、悠理を凝視したまま、動かない。

悠理は、息苦しさから逃れるため、不自然に明るい声を出した。

「今すぐ答えて欲しいっていう訳じゃないんだ!ただ、清四郎にあたいの気持ちを知ってもらいたかっただけ!」

そして、勢いをつけて、立ち上がる。

 

 

繰り返すが、悠理はこの日、大変に運が悪かった。

 

その運は、さらに不運なことに、まだ続いていた。

 

 

すべての元凶である、巻きスカートのリボンの端を、清四郎が踏んづけていたのだ。

 

 

 

しゅるっ、ぶちぶちっ。

 

 

はらり。

 

 

 

どこかで聞いた音が、腰のあたりから、聞こえた。

 

悠理は、操り人形のような仕草で、下を見た。

 

案の定、下半身はエロぱんつ一枚になっていた。

 

 

「すみませんっ!僕は部屋に戻ります!」

居た堪れなかったのだろう。

清四郎が、エロぱんつから顔を逸らしたまま立ち上がって、階段を駆け上がろうとした。

「あっ!待って!」

悠理は、反射的に清四郎を引き止めた。

そして、実際に、言葉のとおり「引き止め」ようとした。

 

階段を駆け上がる清四郎の、着替えたばかりのハーフパンツを、ぐいと掴んで、引っ張ったのだ。

 

力学の法則を使わなくても、どうなるかは、明らかだった。

 

ハーフパンツは見事に脱げ、驚いた清四郎は、階段を踏み外して転げ落ちた。

 

 

階段下にいた悠理は、顔面で清四郎のケツアタックを受け、彼ともつれ合うようにして廊下に転がった。

「いたい〜っ!!」

鼻が曲がったのではないかと思うほどの激痛に、状況を忘れて悶え苦しむ。

涙で滲んだ視界に、起き上がろうとする清四郎の姿が入った。

「行っちゃ駄目!」

激痛が走る鼻を押さえながら、清四郎に手を伸ばす。

涙で視界はぼやけていたが、指先に引っ掛かった布地の感触ははっきりとしていた。

 

それを掴んで、思い切り、引っ張る。

指にかかった布は、呆気なく、清四郎の肌の上を、ずるりと滑った。

 

「うわあああ!!」

 

悠理が布を引くと同時に、清四郎が、らしくもない悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

菊正宗邸は、玄関から一直線に伸びた廊下の途中に、階段がある。

だから、玄関から、階段下がよく見える。

 

その階段下で、清四郎と悠理が軽いパニックを起こしているとき、玄関が、がちゃりと開いた。

 

 

 

「―― 何しているの?」

 

 

 

涼やかな声がして、ふたりははっとして顔を上げた。

 

玄関に、清四郎の姉・和子が立っていた。

 

 

ふたりは、和子の冷ややかな視線を受けて、一瞬にして、正気に返った。

 

 

 

下半身エロぱんつ一丁で、清四郎に縋る悠理。

 

悠理にぱんつを脱がされ、必死に前を隠す清四郎。

 

 

 

和子には、ふたりの姿が、どう見えただろう?

 

良くて、場所も弁えずにいちゃつく、頭に蛆の湧いた恋人同士。

悪くて、男に飢えた痴女と、痴女に狙われた頭の悪い男。

 

どう頑張っても、想いを告げたばかりの少女と、その想い人には見えなかっただろう。

 

 

 

 

無敵の姉は、ふたりを見下ろしたまま、す、と眼を細めた。

逆光のせいか、やけに迫力がある。

実際、不機嫌だったのかもしれぬ。

まあ、自宅の廊下で痴態を繰り広げる弟を見たら、何者であろうと不機嫌になるだろう。

 

和子は、やおらバッグを開き、中から財布を取り出した。

札入れの部分から紙片を抜き、靴を脱いで廊下に上がる。

 

そして、すたすたと廊下を進み、半裸で転がるふたりを冷たく見下ろした。

 

「悪いけど、あたし疲れてるの。コレあげるから、他でやってくれる?」

 

差し出しされたものを、清四郎は反射的に受け取った。

 

和子は、不潔なものを見るような眼で、ケツもろ出しの弟を一瞥し、深い溜息を吐いてから、階段を上っていった。

 

 

 

残されたふたりは、無言のまま、和子から渡されたものを見た。

 

それは、近所のラブホテルの特別優待券だった。

 

 

「・・・和子さん、何でこんなもの持っているの?」

 

「・・・お得意さまじゃないんですか?」

 

 

ふたりは、同時に顔を上げ、和子が消えた階段を見つめた。

それから、何となく顔を見合わせる。

すると、いきなり清四郎が笑い出した。

「な、なに?」

清四郎がいきなり笑い出したので、悠理は吃驚して眼を瞬かせた。

眼を真ん丸くした悠理を余所に、清四郎は階段の一番下の段に肘をついて、くっくと笑っている。

ひとしきり笑ったあと、清四郎は顔を上げて、悠理を見た。

 

「どうしましょうか?コレ。本当にふたりで使いましょうか?」

 

「ええええ!?」

 

とんでもない提案に、悠理は真っ赤になって、尻餅をついたまま飛んで退った。

しかし、今度は、エロぱんつ素股が見えないよう、慌てて膝を閉じた。

過剰反応する悠理を見て、清四郎はまた楽しげに笑った。

 

清四郎が、ぐちゃぐちゃに乱れた髪を掻き揚げながら、ふっと眼で笑む。

その何気ない仕草がやけに色っぽくて、悠理の胸はきゅんきゅんしっ放しだ。

たとえ、悠理からぱんつを下げられ、ケツもろ出しになっていたとしても、色気のある男はどこまでも色っぽい。

「冗談ですよ。一時は自分でもどうなるかと危ぶみましたが、ここまでくると馬鹿らしくて、さすがに鎮静しましたし。」

「??」

何を言っているのかは分からないが、清四郎はすっかり落ち着きを取り戻したらしい。

ほっと一息吐いたところで、ふたたび清四郎が声をかけてきた。

 

「それで、先ほどの件ですが。」

「へ?」

 

「悠理が僕を好きだと言った件ですよ。」

 

「!!!!!」

 

瞬時にして、悠理の頭は真っ白になった。

「あれは、本当のことですよね?」

清四郎が、微笑みながら訊く。悠理は何と答えて良いか分からず、真っ赤な顔で、口をぱくぱくさせた。

「え、えと、あれは・・・」

 

 

「本当だったら、悠理。僕と付き合いましょう。」

 

 

「・・・は?」

 

 

悠理は、口をぽかんと開けて、清四郎を見た。

清四郎は、柔らかな笑みを浮かべて、悠理を見つめている。

 

「意味は違うかもしれませんが、昔から悠理を可愛いと思っていたのは事実ですし、お前とだったら、ずっと飽きずに付き合っていけそうですし、何より、今日になって、やっとお前が『女』だったと分かりましたしね。」

 

そこで、清四郎が茶目っ気たっぷりにウインクしてみせた。

それだけのことなのに、悠理の心臓は、見事、撃ち抜かれてしまった。

たとえ、ケツもろ出しの男であっても、カッコイイものはカッコイイのである。

 

「どうします?付き合いますか?それとも止めておきますか?」

 

心臓は止まる寸前、頭はクラクラ。呼吸困難に眩暈貧血。

愛する男の魅力に逆らえるほど、悠理はタフな乙女ではなかった。

 

「・・・付き合う。」

 

悠理が掠れた声で何とか答えると、清四郎はとても嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

長い腕が伸びてきて、悠理の肩と髪を抱く。

そのままゆっくり引き寄せられて、気がつけば逞しい胸の中。

ぼんやり呆けたままで、清四郎を見上げると、当然のようにキスが降ってきた。

 

「特別優待券を使うのは、もう少し後にしましょうね。」

 

笑いを含んだ囁きが、悠理の頬にかかる。

悠理はおずおずと男の背中に手を回した。

 

確かな温もり。

悠理を捕らえる、逞しい腕の感触。

清四郎に抱きしめられているという実感に、ようやく嬉しさがこみ上げてきた。

 

「・・・清四郎、大好き!」

 

悠理は、スカートを履くのも忘れ、下半身エロぱんつ一丁で、清四郎にしっかりと抱きついた。

そして、清四郎も、膝まで落ちたぱんつを戻そうともせず、素股のままで、悠理をしっかり抱きしめた。

 

 

きっかけがエロぱんつなのは戴けないが、それでも悠理の恋は見事に成就した。

 

人生最悪の日になるはずが、最高に幸福な日となったのだ。

 

運命とは、かくに奇なるものである。

 

 

そして―― 運命は、やはり波乱に満ちていた。

 

 

 

 

がちゃり。

 

玄関の扉が開く。

 

 

 

 

突然現れた清四郎の母と、廊下のど真ん中で、あられもない姿で抱き合っていたふたりの、聞くも涙、聞かぬも涙の物語は、また別の機会に。

 

 

 

 

 

ちゃんちゃん♪

作品一覧

 背景:カプカプ☆らんど