マニキュア
「どうしても嫌だったら、断ってもいいから。」 そう万作の親戚にお願いされて、とある財閥の子息と悠理は見合いをした。 もちろん、断った。 相手の年齢は30歳。歳が離れすぎているから、というのを理由に断ったが。 本当はそうではなかった。 ちょっとだけ、気になる人がいる。 気づくとその人のことだけを考えている。 気にしていない、ふりをしていたけれど。 見合いのために、爪に塗ったマニキュア。 淡い、ピンク色。 本当であれば、黒とか光る緑とかのほうがよかったのだけど、着物にその色じゃ、ということで、強制的に塗られた。 マニキュアを塗った爪は、つやつやとして、きらきらと光る。 マニキュアを取って学校に行く予定だったのに、したまま、行ってしまった。 女の子っぽくて、少しだけ恥ずかしい。 気にしないようにしながら、授業を受ける。 放課後、補講のあと、生徒会室に行くと、清四郎以外、誰もいなかった。 夕陽が差し込んでいるところからは少し離れたソファに座って清四郎が眠っている。 楕円のテーブル上には、書類が散らばっていた。 ずっと、生徒会の仕事をしていて、ちょっと休憩にソファに座ったら、眠りこんでしまったんだろう。 「清四郎。」 そばに行く。 悠理が来たことには、全く気づいていない様子で、眠っている。 寝顔はまるで子供みたいだった。 (かわいいな。) クスリと笑ってしまう。 清四郎のことをかわいいなんて、思ったことなかったのに。 あまりによく眠っているから、少し悪戯をしてみたくて、悠理は清四郎の顔を軽くひっぱってみた。 全然、起きない。 ほんとに、ただの悪戯心で。 悠理は、ドキドキしながら、左手をソファに着いて、清四郎に口付ける。 軽く、唇と唇が触れる程度。 ずっと、この人が好きだった。 その思いを今は告げるつもりはないけれど。 悠理は清四郎から唇を離そうと体を起こそうとした。 「!」 体を支えていた左腕を掴まれる。 「寝ているときに、こんなことをするなんて、卑怯じゃないですか。」 いじわるそうに微笑みながら、清四郎は言った。 「お前、起きてたの?!」 顔がカーッと赤くなる。動悸が激しい。 「顔をつねられたら、起きますよ。誰だって…。」 恥ずかしくて、逃げ出したくなった。 「今のは、冗談だから…。」 真っ赤になったまま、目をそらして喘ぐように、言った。恥ずかしくて、清四郎の顔をまともに見ることができない。 清四郎は悠理の右手を掴み、指先を見た。 「綺麗な、マニキュアですね。」 冗談だと言った話を無視して、マニキュアの話をする。 「薄紅色の桜貝、そんなイメージだ。つやつやしていて…。」 悠理の手に軽くキスをする。 悠理の顔はこれ以上赤くなりようがないくらい赤くなる。 「食べてしまいたい…。」 清四郎は悠理の指先を口元に持っていくと、自分の唇をなぞらせた後に、指先を口に含む。 「あっ…。」 悠理の口から、声が漏れる。舌の感触が指先に伝わり、なんとも、妖しい気分になった。 口の中で、指先が翻弄される。 悠理の指先を翻弄する清四郎の表情が、色っぽかった。 つい、見とれてしまう。 清四郎は悠理視線に気づき、唇から指先を引き抜いた。 そして悠理を引き寄せると、唇を重ねて、深くキスをした。 「そんなかわいい指先をみていたら、妖しい気分になってしまいましたよ。」 帰り道、清四郎はそう言って笑った。 すっかり、辺りは暗くなっている。 今日は車で帰らずに、二人で歩いて帰っていた。 「マニキュアを塗ってなかったら、こんな風にはならなかった?」 悠理は聞いてみた。 自分は清四郎のことを好きだったから、キスをしてしまったけれど、清四郎は何を思って、自分に口付けたのか。 この、指先に光るマニキュアのせいで、キスをしたい気持ちになっただけなのか? 「さて…。どうでしょうね。」 清四郎は少し考える素振りをした。 「まぁ、…遅かれ早かれ、こんな風になっていたかもしれませんね。」 不安そうな表情を浮かべる悠理を見ながら、ニコっと微笑んだ。 「今日、キスをしてくれて、嬉しかったんですよ…。」 「え?」 「あれは冗談ではないでしょ?」 清四郎の言葉に再び悠理は赤くなりながら、「うん」と頷いた。
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