日だまり

   BY にゃんこビール様

 

 

 

      梅雨明けをした空はすでに夏の匂い。

悠理は早足で部室へと向かっていた。

 

「ごきげんよう、悠理さま」

「悠理さまよ!」

「きゃあ 悠理さまぁ〜」

 

あっちこっちから女子生徒の黄色い声がかかる。

「おっす!」

悠理は右手を挙げて答えた。

何気ない悠理の一言で倍以上の歓声が上がる。

悠理は苦笑を浮かべて速度を早め部室へと急いだ。

 

 

部室のドアを開けると悠理以外、全員が集まっている。

新聞を読んでいる清四郎。

プラモデルを組み立ててる魅録。

携帯でメールしている美童。

みんなに紅茶を入れている可憐。

タルトを運んでいる野梨子。

「よ!遅かったじゃねーか」

魅録が一瞬、手を止めて話しかける。

「ちょうどタルトを頂こうと思ってましたのよ」

野梨子がにっこりと微笑む。

「悠理はミルクティにするでしょ?」

可憐が振り返って聞く。

「今日はキルフェボンだよ」

美童がすっと空いてる隣の椅子を引いてくれる。

「期間限定のさくらんぼのタルトですよ」

清四郎は新聞をたたみながらさりげなく説明してくれる。

いつもの光景、いつもの時間。

悠理のいちばん居心地のいい場所。

 

悠理は自然と笑みがこぼれる。

「うん、ちょっとね」

美童が引いてくれた椅子に座りながら魅録に返事する。

「うわーーーーーー!さくらんぼがいっぱい!」

野梨子が置いてくれたタルトは小さくて丸くて真っ赤な果実が

こぼれんばかりに乗っている。

「はい、どうぞ」

ふんわりと柔らかい香りがする可憐が入れてくれたミルクティ。

みんなにタルトと紅茶が配られてお茶の時間が始まる。

「「「「「「いっただきま〜す!!」」」」」」

タルトにフォークを入れて、慎重に口に運ぶ。

はじける果実から甘酸っぱくてさわやかな香りが広がる。

「おっいひぃ〜♪」

何とも言えない至福のひととき。

「一度に頬ばんなよっ」

「そんなに急いで食べなくてもタルトは逃げないわよ」

「口の周り、ベタベタになってるよ〜」

「相変わらず意地汚いですわね」

なんと言われようと悠理は幸せいっぱいなのだ。

 

「ねーねー、最近悠理変わったと思わない?」

タルトを食べる手を止めて美童が切り出した。

悠理は聞こえない振りをした。

「そういえばチンピラ狩りしたいとか、ケンカしたいとか言わなくなったなぁ」

頬杖をついた魅録が頷く。

もうチンピラ狩りとかケンカするのはやめた。

清四郎が一瞬、心配そうな顔をするのを知ったから。

「そうだっけ?」

悠理は曖昧な返事をする。

「先週、悠理と買い物に行ったけど、今まで見たいな奇抜な服買ってなかったわよ」

可憐が思い出したように言う。

今までみたいな派手な服を着たいと思わなくなった。

清四郎が喜ぶならスカートもはいてみようかと思ってる。

(とはいえ、スカートの下にスパッツは必須だが)

「そんなことないよ」

一応、否定する。

「職員室にも呼び出しかからなくなったそうですわね」

野梨子はすっとカップを口に運ぶ。

今さら遅いかもしれないけど、大学で勉強して父ちゃんや兄ちゃんの手伝いを

したいと思っている。

それにもしかしたら清四郎といっしょに仕事ができるかもしれない。

「ふんっ、失礼な」

ぷっと頬を膨らませる。

「っていうかさ〜 すごい綺麗になったよね〜」

美童が悠理の顔をのぞき込んで微笑んだ。

「やっぱ、さくらんぼは佐藤錦だよね!!」

うまい、うまいとタルトを次々に頬張る。

悠理の顔はさくらんぼのように赤くなっていた。

そんな悠理を見て仲間たちが微笑む。

 

 

変わったといえば、変わったのかもしれない。

悠理の中で清四郎が占める割合がどんどん増していく。

清四郎と出会った頃より、

清四郎と友だちになった頃より、

清四郎と仲間になった頃より、

去年より、先月より、先週より、昨日より、

今日のこの時がとっても楽しい。

そして明日はもっと楽しいような気がする。

 

 

最後の一切れを口に運んだときに清四郎と目が合った。

清四郎がふわっと優しい笑みを浮かべた。

ふんわりと柔らかい、温かい笑顔。

 

いつもタマとフクが日なたで気持ちよさそうに寝ている。

そんなに気持ちいいのかといっしょに寝転んだことがあった。

太陽の優しい光がぽかぽかと体を温めてくれた。

柔らかくて安心する日なたの匂いがした。

清四郎の笑顔はそんな日だまりみたい。

優しくて、温かで、柔らかい、とても安心する、悠理の日だまり。

悠理もにっこりと清四郎に微笑んだ。

 

 

「ねぇ、清四郎も悠理が綺麗になったと思わない?」

可憐が思わせぶりな言い方をする。

「さぁ、どうですかね」

こほん、と咳払いをする。

少し清四郎の頬に赤みが差してきた。

はっきり言って照れてる。

「清四郎も変わったよ、ね?」

美童もじっと清四郎を見つめる。

「そういえば、変わったな」

隣に座ってる魅録もじっと清四郎の顔を覗く。

「ええ。とても柔和になりましたわ」

みんなに紅茶のおかわりを入れながら野梨子も頷いた。

「そんなことありませんよ」

眉をひそめて見るか少し口元が緩んでいる。

「白状しなよ、清四郎!」

美童は楽しそうに清四郎に詰め寄る。

「白状って…な、なにをですか」

頬を赤くして口ごもる清四郎。

 

 

そんな清四郎がおかしくて悠理はくすくすと笑い出した。

清四郎がちらっと悠理に目で訴えた。

でも悠理は知らん顔してミルクティを一口。

さっき悠理がみんなに質問攻めにあったのに清四郎は何も助けてくれなかったから

そのおかえし。

やいのやいのと、みんなにからかわれる清四郎。

清四郎もさくらんぼみたいになってきた。

何とか交わしてるけどみんなの方が一枚上手。

それに清四郎の赤くなった顔がみんなの興味をどんどんそそる。

 

「ちょっと、悠理。何とか言って下さいよ」

清四郎が助けを求めてきた。

「あたい?何を言えばいいんだよ」

くすくす笑いながら意地悪を言う。

日だまりのような恋人が深呼吸をひとつして切り出した。

「僕と悠理はですね…」

 

いつもより楽しい光景、いつもより幸せな時間。

仲間たちの祝福と冷やかしの声。

そして清四郎の困ったような嬉しそうな顔。

悠理の大切な温かい日だまり。

 

 

 

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