「夜」

   BY のりりん様

 

忘れたい言葉が繰り返される。

見たくない光景が何度も目の前を横切る。

誰よりも信じてる、そう告げた男がこちらさえ向かずに。

もう 終わったこと。

頭でも気持ちでも 全て片付いたはずのことなのに。

ぐちゃぐちゃの感情が渦となって映像でリプレイされる。

これは 夢、そう分かっていても苦しすぎる。

「うっ・・・ くわっ・・ なんで・・・」

「うぅ・・・ わぁっー!!!」

夢から逃げる為か 自分の声の所為か

暗闇の中ベットの上 悠理は身を起こした。

肩は今でも大きく動いている。

はぁ はぁと大きく息をするたびに。

額から首筋には 嫌な汗が滲んでいる。

その心地悪さに、思わず夢中で拭った。

汗の後を追いかけていた手は微かに震えている。

自分でも気付かないうちに。

その振動に怖ささえ覚え 白い手がぎゅっとシーツを掴んだ。

強く キツク

静かな夜に 隣で眠る男の寝息以外聞こえないと言うのに。

何をこんなに怯えているんだ。

思わず自分で自分に聞いてみた。

天下無敵のこの男が誰よりも近くにいてくれているというのに。

窓から差し込む月明かりが、シーツの上に2人の影を落とす。

嬉しく幸せなはずの影に、胸が苦しくなる。

押しつぶされそうになる気持ちが身体を徐々に蝕んでいく感覚に一層怖さが増していく。

どうにかなりそうで、両手で髪を掻き乱した。

どうしようもなく彼に縋りつきそうになった。

が その手を自分の胸の前に引き戻した。

 

信じる そう決めたのは自分。

 

だが、悠理とてまだ十代の女の子

それもはじめての恋の真っ只中。

母のような決断力はあっても、彼女ほどの強さはまだ持ててないのかもしれない。

それも経験のないことばかりの恋愛なんだから。

尚更だ。

大きな溜息を付きそうになって、両手で口を覆った。

珍しくよく寝ている清四郎を起こしてはいけない と思って。

彼に手当てしてもらった両手がシーツをそっと掴んだ。

彼女の白い足がベットから下りてきた。

暗さに目の慣れたころ、ゆっくりと悠理歩き出した。

静かに

ひとりで

そうして バスルームへと消えていった。

パタリ としまる音に漸く清四郎が目を開けた。

彼は気付いていたのだ。

彼女のことを。

気付かないはずがない、あの清四郎だ。

しかし彼は目を閉じていた。

酷いうなされ方。

苦しげな息遣い。

それは 決して昨日まではなかった彼女の行動。

全て今日の出来事の所為と知ってのこと。

 

信じてる

 

そう言ってくれたのは彼女。

謝ることさえなく、清四郎は彼女に礼を言っただけ。

それ以上は何も聞かず 何も言わなかった彼女。

いつもはアレだけ言いたいことを言う悠理がだ。

しかし、真っ白なまま恋をしてくれている彼女が受け止め切るには大きすぎることだったはず。

なのに変わらず笑ってくれた彼女に何を聞けようか。

ただただ 隣で目を閉じているしか出来なかった。

勢い良く流れていたシャワーの音が止まった。

扉を開けた音がする。

しかし、悠理はベットルームへと戻ってはこなかった。

カチャリと言う音がした。

冷たい風が部屋の中へと入ってくる。

開けられたままの部屋のドアからは、彼女がテラスへと出て行くのが見えた。

椅子に腰掛、両膝を抱え込んだ。

まだ夜は寒いこんな時期に、バスローブ姿で。

月を見上げることもなく、ただじっとしている。

どれほどその小さな背中を見ていただろう。

とうとう 我慢できなくなった清四郎はベットを抜け出した。

静かな夜 悠理を目指して。

「どうしたんですか?」

突然かけられた声に、小さな肩が跳ね上がった。

振り向いた彼女の瞳は見たことのない色をしていた。

 

驚き と 不安

愛しさ と 苦しさ

 

不自然に造った笑みが口元に浮かんだ。

「起こしちゃったか? ・・・わりぃーな。」

そう答えて 悠理はまた両膝にあごを乗せた。

月明かりが彼女を一層神秘的に映す。

清四郎は後ろからそっと抱きしめた。

「眠れないんですか?」

ふわりと柔らかい髪が揺れた。

首は こくり と立てに頷いた

白い手がゆっくりと清四郎の手に絡み付いていく。

夜風が2人の傍を通り抜ける。

「・・・こ、怖い ・・・怖い夢を見たんだ。すごく嫌な夢。」

ポツリ ポツリと話される言葉に耳を傾ける。

悠理の指が彼の手をぎゅっと握った。

抱きしめるように

縋りつくように

「 ・・・怖いよ ・・・怖いよ、せーしろ。こわいよぅ〜・・・」

彼女に回した手に暖かな雫が次々と零れてくる。

小さな肩は小刻みに震え出した。

信じ切れないとでも自分を責めているのか、それとも清四郎が悠理以外の誰かに心変わりしていくとでも・・・。

どちらにしても、彼女の所為ではない。

責められるべきは 清四郎だと言うのに。

黙って聞いていた清四郎が彼女の手をとり、そっと前に回った。

泣き顔を胸の中に閉じ込める。

すると、悠理の手は彼のパジャマを掴み、大きな声で泣き出した。

しゃくり上げて泣く彼女の髪をただただそっと撫ぜていた。

一頻り泣いた後、悠理は俯きながら呟いた。

「・・・あたいは 弱虫だな・・・」

そういい終わった彼女を一層強く抱きしめた。

そうしてその手がゆっくりと下がっていく。

清四郎は悠理と同じ目線になる高さで、跪いた。

大きな手が優しく涙の後を拭う。

「悠理は弱虫なんかじゃないですよ。いつも強くて素敵です。」

「 ・・・ でも、あたい・・・」

「弱虫なのはきっと僕のほうです。きっと僕のほうが悠理より怖がりで、臆病ですよ、今は。」

その言葉に漸く彼女の顔が前を向いた。

少し腫れた目は不思議なものを見るようにして。

「お、お前でも怖いものなんかあんのか?」

そんな問いに清四郎は大きく頷いた。

「えぇ、ありますとも。この世に二つとない僕の宝物です。」

そんな彼の言葉にも悠理はまだ分からない顔をしている。

「宝物が ・・・こわい ・・・?」

「そうです。それが僕の傍からなくなるんじゃないかと思うと、怖くて怖くて、呼吸をすることさえ苦しくなります。」

「だから、もう急にどこかに行ったりしないでくださいね 悠理。」

黒い瞳が真っ直ぐに見つめてそういった。

彼女はまだぼうっとしたまま 途切れ途切れに答えた。

「 ・・・ あ ぁ・・あたい?!」

清四郎はコクリと頷くとその手で小さな彼女の手を包んだ。

まだ今日の傷の残るその手を。

「僕はおまえをたくさん傷つけてしまいました。でも、お前が傍からいなくなるなんて考えただけで、苦しすぎるんです。」

「僕はお前が嫌だといっても傍から離れないつもりです。」

「もう、もう傷つけるようなことは絶対にしません。だから・・・」

言葉を続けていた清四郎の手が柔らかい力で握り返された。

見上げると、涙を浮かべてまま悠理はその口元に笑みを浮かべていた。

愛しい 愛しい その笑顔。

その瞳から夜空の星よりも綺麗な雫が零れ落ちた。

次の瞬間 彼女の両手は清四郎の首へと回されていた。

「絶対、 ・・・絶対だぞ。ちゃんと あたいだけの傍にいるんだぞ!!」

ぽろぽろと零れる涙に混じって彼女の声が聞こえた。

その背中を想いを込めて抱きしめた。

「絶対です。だから お願いです、悠理ももう急にいなくなったりしないでください。お願いします。」

「・・・わかった。約束してやるよ。」

そう言って見詰め合った2人は額をあわせ互いのぬくもりに触れた。

はにかむように笑い彼女の頬に口付けを落とす。

「さぁ、ベットに戻りましょう。こんなに体が冷たくなってます。」

そう言って立ち上がった清四郎に悠理は両手を差し出した。

「 ・・・抱っこ!」

見つめる黒い瞳になおも続ける。

「連れてって、せーしろ。」

そんな言葉に今度は彼が優しい笑みを見せた。

「いいですよ。」

そう言って軽々と抱き上げられた悠理は、彼の首にしっかりと腕を絡ませこう言った。

「あたいが眠るまで、ベットでもこうしてくっついててくんないか。」

小さな言葉に清四郎は一層顔を緩ませた。

「ダメです、眠るまでなんて。」

「言ったでしょう、悠理が嫌だといっても離れないと。いつまでもこうして離れずにいますから。」

ベットに大事そうに彼女を降ろすと額に口付けを落とした。

冷たくなっていた彼女を腕の中に閉じ込める。

胸元に頬擦りする彼女が、瞳を閉じ幸せそうに告げた。

「おやすみ、せーしろ。」

「おやすみなさい、悠理。愛してますよ。」

クスリと小さな笑い声の後彼女は腕の中で寝息を立てた。

そんな幸せな時間。

幾つも積み上げていく2人の幾つめかの夜。

 

 

 

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