■Besonderes Zimmer



放課後の1−Aの教室。
クラス委員をやっている清四郎と野梨子は窓際の机に向かい合わせて提出する書類を片していく。
手元から目を離さず、野梨子が言った。
「今日は皆さん遅いですわね」
「ん?あぁ、でもそろそろでしょうな」
清四郎が教室の時計をチラリと見上げた。
進学したプレジデントの高等部に、悠理の親友(ダチ)である魅録が入学してきた。
中学三年で急接近した彼等は、空き時間や昼休み、放課後の時間を一緒に過ごしていた。
その経歴と、バックグラウンド、そしてそれぞれが持つカリスマ性で、入学間もなく、高等部全体からも一目置かれる存在となっている。6人とも同じクラスという訳ではないので、毎日の放課後には自然と清四郎たちのクラスに集まるようになっていた。



「どうして私が怒られなくちゃいけないのよ」
「だって一応学校だぜ、化粧はマズイだろ?」
「ピンク頭のアンタには言われたくないわよっ!!」
「へいへい……。」
「きーっ!その言い方最高にむかつく!!」
大声で喚きながら教室へ入ってきたのは、可憐と魅録。
大方、可憐がしてきた化粧を生徒指導の先生にでも注意されたのだろう。往なしているのがピンク頭の魅録というのがさらに気に入らないらしい。それこそ校則違反である。可憐は憤懣やるかたないとバタンと大きな音を立てて教室に入ってきた。同情の目を向けた清四郎に、魅録は肩を竦めて見せた。
「まぁ可憐、どうなさいましたの?」
「まったく、聞いてよ!あの生徒指導の……」
野梨子相手に一気に捲くし立てようとした可憐の言葉が、廊下の悲鳴でかき消された。
「ご登場ですな」
清四郎の呟きに魅録が頷いた。

「美童さま、今日も素敵ですわ」
「今度遊びましょうよ!」
「やぁ、今日も皆可愛いね。その髪型とてもチャーミングだよ」
「きゃ〜悠理さま〜〜〜っ!!」
「剣菱様!!今度はどんな差し入れがよろしいですか?」
「なんでもいいじょ!」
黄色い悲鳴はだんだんと近づいてきて、教室の前で落胆のため息に変わった。「じゃあネ」という掛け声と共に教室の扉を開けたのは美童と悠理。
美童はまんざらでもない顔で、それでも困ったようにため息を吐きつつ窓際へ寄る。実は取り巻きの半分は悠理目当てだったりするのだが、その人気を2分する悠理は明日のお弁当に想いを馳せているようで上の空だ。



「で、今日はどうするんだ?」
「何処かでパーティーでもあったけ?」
窓際の清四郎の席を囲んで、今日これからの相談をする。
いつもなら、出た案の中からコレと思うものを採用したり、パーティーであれば一度帰宅して出直したりする。誰かが欠けてもそのスタンスは変わらない。それが学園内で有名な6人組を作り出した。
「今日はですね、僕に付き合ってください」
机に肘を付いたまま、清四郎がにっこり笑った。
「うげぇ〜、せーしろーがそういう顔する時ってさぁ、絶対に何か企んでるだぜぇ〜、それよりもさ、みんなでうまいモンでも食いに行こうよ!!」
心底嫌そうな顔をする悠理にも清四郎は笑顔を絶やさない。
「何をするの?」
「何がありますの?」
可憐と野梨子の質問に、しっと指を立てて止めると、そのまま扉のほうへ目線を移した。
皆も一斉に扉を見る。

数人の生徒がおずおずと教室へ入ってきた。
このクラスメイトは異様に忘れ物が多い。放課後に連れ立って忘れ物を取りに来るのだ。
今更、人目を気にする程ではないが、あからさまにチラチラ向けられる視線と、廊下のガラスに貼りついて教室へと入った勇者を羨ましそうに眺めている人垣にはさすがに辟易し始めている。
高校から入学してきた魅録は、やはり居心地が悪そうに窓の外に目を向けたままだ。
「今日はどちらへ行かれますの?」
「いつも仲が宜しくて羨ましいですわ」
一言でも話をしたいのか、おずおずと上目遣いで話し掛けてくるクラスメイトに、6人は笑みを返す。
「ねぇ、今度デートしようよ、僕と」
「美童は止めときなさいよ、泣かされるのがオチよ?」
「僕が女の子泣かすと思うわけ?ひどいなぁ、可憐は」
当たり前のように美童が言えば、クラスメイトは頬を染めてクスクスと笑う。それはいつもの光景。
「今日はね、清四郎の用だって」
「まぁ、菊正宗さまの?」
何でしょう?と顔を見合わせるクラスメイトに向かって、清四郎も微笑む。
「皆さんそろそろ迎えの車が来ているのではないですか?気をつけて帰ってくださいね」
清四郎が席に座ったまま、クラスメイトとしての完璧な笑顔で告げた。
人当たりが良くかつ礼儀正しい。しかし、それは万人に向け。
清四郎の外向きの顔であることは、他の5人はお見通しだ。要は早く帰れと遠まわしに言われているようなものだ。言われた相手もただ迎えの時間を気に掛けてくれたと思っているだろう。
「ごきげんよう、皆様」
「また明日」
クラスメイトが教室を出ると同時に、酸素を求めるように大きく息をついたのは、やはり清四郎だった。

それからしばらく他愛もない話を続ける。美童と可憐が新しい店の話や誰を誘った話、魅録と悠理は話題のロック歌手の話、清四郎と野梨子は机の上に置かれた書類と向かい合う。
書類の整理も終わり、教室の外が静かになった頃、清四郎が立ち上がった。
「さて、行きますか」
「どこに?」
「付いてくれば判ります」
そう言って鞄を持った。皆もそれに続く。





いくつかの廊下を渡り、向かった先は生徒会室。
清四郎がポケットから取り出した鍵は、カチリ、と小気味の良い音を立てて、その扉を開けた。

「さぁ、どうぞ」
この部屋の主でもないのに、全員を促し、部屋へと足を踏み入れる。
「うわっ!教室より広くないぃ〜?」
「へぇ〜、窓も大きくとってあって、明るいねぇ」
「生徒会室って、こんなデカくていいのか?」
「まぁ、素敵ですこと」
「ったく、何処もかしこも金持ちくせぇな」
「この間、委員会でここに来たんですよ、此処、いい部屋だと思いませんか?」
皆の視線が集まる。清四郎はにこりと笑って生徒会室の扉を閉めた。
「確かにいい部屋だとは思いますけど・・・」
そう言って部屋を見回した野梨子が、部屋の隅に作られた簡易キッチンに気づく。
「生徒会役員ってこんな特権もあんのかよ?」
魅録がさらに奥に続いた部屋を見つけた。そこには忙しい生徒会の仕事の間に休めるようにと、畳が引かれており、何枚かのブランケットが置いてあった。
「以前は職員室として使われていたそうですよ」
皆の反応を満足気に楽しみ、コツコツと靴音を響かせて部屋の中央に置かれたテーブルまで行くと、椅子を引いた。そこに腰掛けテーブルに肘を付き、指を組み合わせる。
それは場所が違うだけで、中学時代の生徒会長そのもののの姿であり、
2年後には現実になっているだろうと思われる光景だった。
「此処を僕たちで使えたらなぁ、と」
視線をぐるりと巡らす清四郎に、他の5人は顔を見合わせた。
「だって、ここは生徒会室でしょ?勝手に使うなんて無理よ」
「そうですわ、役員の皆様の邪魔はできませんことよ」
「毎度、こうやって忍び込むわけ?だいたい鍵だってどうやって持ってきたのさ?」
「それは聞かないお約束ですよ」
持っていた鍵をまたポケットへと忍ばせる。意味が判らず呆ける皆の中で、一人魅録が青い顔をした。
「清四郎、お前、まさか・・・」

「勘がいいですね、魅録。そうです、生徒会役員選挙に皆で出ようかと思いましてね」
パチリとウィンク。

まだ入学して間もないことなど、どうやら何の関係ないらしい。
皆を此処に連れてきたということは、もう、その算段を付けたということ。
信じられないという顔をする面々の中で、悠理が抗議の声を挙げた。
「えーっ!生徒会なんて頭イイヤツだけでやればいいじゃん、面倒だからヤダ!」
悠理にとって、職員室、生徒指導室、生徒会室は、呼び出されることはあっても、自ら進んで入りたい場所ではない。あたいはパス〜と話題から抜けようとした。
「悠理」
「なんだよ」
「僕は、「皆で」と言ったんですよ」
「だからー!あたいは嫌だって言ってんだろ?」
心底嫌そうな顔を隠しもせず、テーブルをバンと叩く。
指を組み合わせたまま、悠理を見上げた清四郎は、ふと視線を外し、僅かの嘆息の後もう一度悠理を見上げた。唇の端が自然と持ち上がる。
「この部屋だったら、皆で昼休みに「鍋」ができますよ?」
「え?「鍋」?」
「そう、今からの季節は「流しそうめん」もいいですね」
「なぁ「流しそうめん」ってなに?」

この時点で、悠理が清四郎の策に嵌ることなど、他の4人は経験済み。
生徒会役員選挙には「皆で」出馬することはほぼ決定だ。
悠理に「流しそうめん」について講釈をする可憐を視線の端で捕らえて、美童が清四郎に向き直った。
「どうする気さ、僕たち、まだ1年生だよ?」
「俺だって、まだ学校のことあまりよく知らねぇし」
「そうですわ、諸先輩方を差し置いて、そんなことができますの?」
「可憐、悠理、とりあえず座りませんか?」
詰め寄る3人をまぁまぁと手で制して、皆にも席に着くように促す。
「ミセス・エール曰く、誰が立候補しても良いそうなんですよ、だから1年生でも関係ないんです」
「ミセス・エールに直接聞きましたの?」
「ええ、昨夜電話をする機会がありましてね。「お手並み拝見」だそうですよ」

拝見というなら、ご覧に入れて見せましょう。
この心地よい部屋を、最高の仲間達と過ごすために。

「で、俺たちは何をすればいいんだ?」
半ば諦め口調で、ため息混じりに魅録が聞く。ポケットから煙草を探るが、ここが生徒会室だったことを思い出し、その手を止めた。ま、ここが俺たちの部屋になれば、遠慮はいらねぇよなぁと小さく呟く。
「それぞれにやって頂きたいことがあるんですが、まず悠理。」
「へ?」
まだ「流しそうめん」に思いを馳せている悠理はふいに名前を呼ばれて、現実に返った
「もうすぐ高校総体ですし、バレー部とバスケ部の助っ人に行って来てください。」
「それだけ?でもこの高校の倶楽部って弱っちい奴等ばっかだじょ」
「ええ、楽しそうでしょう?悠理が参加したら結構いい線まで行くんじゃないですか?」
「うーん、まぁそれでいいんだったらやるけどさ」
女生徒には人気のある悠理が、高さを必要とするスポーツで活躍すれば、確実に女性ファンが増える。これで多少の成績の悪さは人気でカバーできる。
「流しそうめん」と「生徒会」を天秤にかけているのか、思案顔の悠理から美童と可憐に視線を移す。
「美童と可憐は今まで通りでいいですよ」
「え?」
「何もしなくていいの?」
何をやらされるのかと期待を込めて輝いた瞳に、明らかに落胆の色が混ざる。
「今まで通り、学園内に崇拝者を増やしてください、2人なら出来ますよね」
「「・・・・・崇拝者」」
この言葉にうっとりとした可憐の横で、美童がそんなことだったらお安い御用とばかりに、髪を払う。
「まかせて!ついでに気になっている人を片っ端からチェックするわよ」
「僕に靡かない女の子なんて、ココに居る3人だけだけどねー!」
元々社交化の2人には造作もない。
鼻息の荒い美童と可憐に、魅録と野梨子が顔を見合わせて苦笑した。
「さて、野梨子ですが、目立つことは嫌ですか?」
「悪目立ちは嫌ですけれど、もう決めているのでしょう?」
「すみませんね」
そう言って清四郎は鞄を手繰り寄せ、中から一枚の用紙を取り出した。
「まぁ、囲碁の大会ですの?」
「野梨子なら優勝間違いないでしょう」
最近は清四郎をも負かす腕をもつ野梨子に、この学生大会は優しいだろう。学園の囲碁部は男ばかりで、野梨子は入部に、二の足を踏んでいる。こういう機会を持ってあげるのも良いかも知れない。
「で?俺に出来ることは?」
「魅録はですね、僕にとっても「お手並み拝見」というところです」
「はん、俺を試すわけだ」
「期待してますよ」
まだ一年にも満たない付き合いだが、互いに何を言わなくても理解しあえる雰囲気を持っている。
「お手並み拝見」とは魅録の情報網が本物かどうか。対抗馬になりそうな生徒を洗い出す。それが魅録の役目である。弱みの一つも握ってくれれば言うことなし。
不敵に笑う魅録に、清四郎も口だけで笑った。

「皆さんも気に入ってくれると思いましたよ、この部屋」
ほっとした顔で胸を撫で下ろす清四郎が、手近にいる悠理の頭に手をやり、くしゃっと撫でた。
悠理は嫌がるそぶりも見せず、なされるがままになっている。
「やっぱり何か企んでたろ?清四郎って腹黒いよなぁ」
「ところで、清四郎は何をしますの」
「そうよ!まさか、一人だけ高見の見物ってワケじゃないでしょうね!」
悠理の頭から離した手をしばし見つめていた清四郎は、また鞄から一枚の用紙を取り出した。
「僕は、コレです」
「高校生論文コンクール?」
「そうです、総理大臣賞か文部大臣賞でも取れば問題無いでしょう」
「さすがだな、スケール違うぜ」
やれやれといった風情の皆に、自信満々に微笑んで見せる。
この聖プレジデントで生徒会長を張るならば、このぐらいは当然である。

「悠理がどうしても「流しそうめん」やりたいみたいですし、いっそチャレンジしてみましょう」
ね、悠理。ともう一度髪を撫ぜる。
「あたいのせいにすんな!」
今度はさすがに悠理がその手を払った。





これから1ヵ月後、新生徒会が誕生する。





中学部の職員から何かと話題の絶えない5人組みの話を聞かされていた高等部の生徒指導が不信感を顕にしながら付き添い生徒会室の鍵を開けた。現在は6人組みだが、校則違反をも突き抜けたピンク頭の魅録が加わったのだ。この教諭の胃に穴が開くのも時間の問題。
「ここが生徒会室です、くれぐれも他の生徒の模範になる振る舞いをしてください」
「もちろんです、心配は要りませんよ」
「菊正宗君、大丈夫だとは思いますが、生徒会長のキミがしっかりしてくださいよ」
「はい」
生徒指導の教諭は、生徒会室の鍵を渡すと、触らぬ神に祟りなしとばかりに、部屋を飛び出した。
皆の顔が輝く。
それぞれの得意分野を生かした結果、生徒会役員選挙は6人の圧勝だった。

「「「「やった〜〜〜〜〜〜っ!!!!!」」」」
「本当に生徒会役員になりましたわね」
「不可能はありません」
部屋を見回すと、前生徒会の資料が棚に少しだけ残っている程度で、ガランとしていた。
クラスに集まるよりもずっと良い。ここがこれから他人の目を気にすることなく使える部屋。
大事な仲間たちと。

「今日は特に何もありませんから、皆で使うカップでも買いに行きますか、合鍵も必要ですね。ついでに明日の昼食にに「流しそうめん」をしますから、買出しもしましょう」
「やった!そうこなくっちゃ!!」
パチンと指を鳴らし喜ぶ悠理の頭を、清四郎も嬉しそうにポンポンと叩くと、そのまま腕を引いた。
「お前なぁ〜、この間からあたいのことガキ扱いしてないか?」
「そうですか?単なるスキンシップだと思ってください」
しれっと言ってのけた清四郎の手は、まだ悠理の腕をつかんだまま。
「さ、行きましょう」
2人が先に生徒会室を出る。

「ちょっと野梨子、あれ、いいわけ?」
「どうして清四郎がこの部屋を欲しがっていたのか、理由が判りましたわね」
可憐がそっと野梨子を突付くと、野梨子はクスクスと笑い出した。
「清四郎がこれからどうするのか、見物ですわね」
さらりと言ってのけた野梨子はどう見ても楽しそうな顔を隠しきれていない。
可憐は目を丸くした。
「あんたって・・・お堅い殻を捨てたらそんな性格?」
「あら?ご存知ありませんでした?」
女2人は、しばし顔を見合わせると、どちらからともなく噴出した。



そして、もう一つ。
高校生論文大会の結果は生徒会選挙の後。
清四郎が文部大臣賞を取ったことなど、生徒会長の経歴にさらに箔がついただけのこと。


ヒトリゴト
サイト2周年を迎えたフロさまへ捧げます。おめでとうございます。
清四郎の一人称で書いていたのですが撃沈しました。
書き直したので、所々オカシイ表現があったりしますが、大目に見てください。
単に生徒会のっとり話が書きたかっただけです。

2006/09/14

素材:MINE CHANNEL!

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