■Spiralförmig

【 Nur Einer ! Seite1 】



とにかく、部屋まで、急げ!
必死に足を動かした。
五代が何か言いかけていたけど、無視。
階段を駆け登って、廊下を進み、角を曲がり、自室の扉を渾身の力で開く。
背中で扉がパタンと音を立てて閉まっても、この気持ちをどうして良いかわからない。
ベットに向かってダイビングでもしてみようかと、足を踏み出してみたけれど、それも違う気がして、ダイビングはやめた。助走の付いた足は膝から力が抜けて、部屋の真ん中でヘタリ込む形になった。
それでも身の置き所が無くて、鞄をベットに向かって放り投げ、四つんばいのままソファーへと向かう。ソファーによじ登り、クッションを手に取った。ボスッと顔を埋めてみる。
あ、少しラクかも?
そのままグリグリとクッションに顔を擦りつけた。
真っ暗な視界に、アイツの顔が浮かぶ、そして真剣な声。

「悠理、僕は悠理が好きです」

ったく、どうすりゃいいんだよ。
アイツ、清四郎にあんなこと言われるなんて考えたことも無かった。
だって仲間・・・だろ?
やっぱり身の置き所がない。顔を埋めたままのクッションをドスドスと何度か叩いた。

これが、一週間前の出来事。





それからの一週間、あたいは清四郎の顔をまともに見ることが出来なかった。
清四郎が何か言いたそうにしていたのは知っていたけれど、きっとあたいは思っていることがすぐ顔に出てしまうから、皆(特に美童あたり)には何があったか直ぐバレてしまうだろうし、そうなったら、清四郎があたいのこと好きだって言ったのも知られてしまう。
別に知られたところで清四郎はいいのかも知れないけれど、あたいは何となくそういうのが嫌だった。
だから極力清四郎の顔を見ないで過ごした。
部室にも少し顔を出しただけで、名輪にもなるべく早く迎えに来てくれるように頼んでいた。
そういう方面が得意な可憐や美童に相談することも考えたけど、あっという間に魅録や野梨子にも知れ渡ることになると思うと相談できなかった。
そんな時に限って、魅録が可憐を好きだということにも気づいてしまった。自分が滅多に考えもしないレンアイなんてものを考えていたからなのかもしれないけれど。
清四郎あたりに言わせると「野生の勘」って言うんだろうなと思ってまた落ち込んだ。
今までみたいに友達同士じゃ居られなくなって、皆がどんどん変わっていく気がして、そして自分が置いていかれる様で怖かった。

だって、例えば、本当に例えばだけど、あたいと清四郎が付き合ったとするだろ?
そしたら野梨子はどうなるんだよ?
だいたい、何で、あたい?
清四郎は、何でもソツなくこなして、頭もいいし、力だってあるし、顔だっていい。性格はまぁアレだけど、アイツの事を好きだっていう娘だって知っている。よりどりみどりじゃん?
しかも幼馴染の野梨子っていう、こっちも性格はまぁアレだけどさ、絵に描いたような完璧な女の子が生まれた時から一緒に居てさ、なんであたいを好きになるのか全く理解できん。
野梨子だって、あの婚約の時、清四郎のこと殴ったって聞いたし、清四郎のこと好きなんじゃねぇの?
あ、でも裕也のこと好きになったのってその後だっけ?ってことは、やっぱ幼馴染なだけ?
うーん、判らん。
清四郎は気の済むまで考えていいって言ってたけど、こんなん考えて答えが出るようなモンでもないと思う。要はあたいが清四郎のことを好きか嫌いかってことだろ?
清四郎・・・ねぇ・・・。
最初に会ったのは幼稚舎の入園式。ちょっとからかっただけで泣いたヤツ。はっきり言ってよわっちいヤツだった。それがきっかけで、野梨子と大喧嘩になって、中3で同じクラスになってもずっと仲が悪かった。正直清四郎の印象は薄い。いや、野梨子とセットなヤツぐらいしか認識が無かった。
一緒に居るようになって、いつの間にか驚くぐらい強くなっていて、腰を抜かした。
倶楽部のリーダーで、知恵袋。大嫌いな勉強も見てくれるし、困った時は助けてくれる。
嫌味大王だけど、頼りにはなる。
だけど、それは仲間としてであって・・・。
やっぱり、あたいはこういうことを考えるのに向いてないというのだけは判るけど、清四郎のことを好きか嫌いかという答えは出なかった。
仲間としては、文句なく好きだけれど。
そんなことを一週間、悶々と考え続けた。



*****



今日の放課後、部室で魅録の機嫌がしこたま悪かった。
理由は、可憐がデートだから。
だいだい告白もしてないのに、魅録がイライラするのは筋違いってモンだろ?
でも、この一週間ぐるぐるといろんなことを考えていたあたいに、魅録のイライラは簡単に伝染した。
部室から早く出たかった。
だから、野梨子を誘って買い物に出ることにした。
「いい加減にしろ」
なんて言ってしまってから、しまったと思ったけれど、小さな声だったから誰にも聞こえなかったと思う。聞こえていたとしても仕方がない。本当にそう思ったんだから。

野梨子ん家御用達の和菓子屋さんには、色とりどりの上品でキレイな菓子が置いてあった。
いくつか試食をさせてもらった上に、お茶も出してもらった。
沢山買って、少し気が紛れた。
買い物中、野梨子は何かと気遣ってくれて、相談に乗ってくれようとしていたみたいだ。
一瞬、言いかけそうになったけれど、やっぱり言うのはやめた。
答えは自分でださなければいけない気がしたから。



「おかえりなさいませ」
出迎えたメイドに、買ってきた和菓子の紙袋を渡して、お茶と一緒に持ってきてくれるように頼む。
ついでに、父ちゃんと母ちゃんにも持っていってと頼んだ。
まだ気分は重かったけれど、部屋へ戻り着替えが済んだ頃、タイミング良く部屋がノックされた。
「はーいっ!」
部屋を駆けて、扉を開けた瞬間、あたいは脱力した。
立っていたのは、メイド姿の母ちゃん。お茶と和菓子をトレーの上に乗せて、ニコニコしていた。
「お茶をお持ちしました」
「またそんな格好して、兄ちゃんに怒られんぞ」
「万作さんと豊作は会議で居ないわよ、悠理が言わなければバレないわ」
五代が居るだろ、五代が。
そう思ったけれど、ため息混じりに大きく扉を開けてやると、母ちゃんは嬉しそうに部屋へと入ってきた。
このメイド姿は母ちゃんの趣味だ。普段は父ちゃんを立ててるし、会長夫人として厳しい面を見せることが多いし、実際、睨まれると動けなくなるわ、機関銃はぶっ放すわ、ダイナマイトまで持ち出すわ、誰も逆らえないわで本当に怖いんだけど、メイドよりも早く起きて家中をピカピカに磨いたり、たまにだけど料理を作ってくれることもある。
豊作兄ちゃんは「それが会長夫人のすることか」と毎回怒るけれど、あたいはこの格好の母ちゃんを見るのは嫌いじゃない。よくやるよとは思うけど。
それに本当に元メイドだった母ちゃんの淹れるお茶は美味い。久しぶりだからちょっと嬉しい。
ちゃっかり2人分のお茶を淹れた母ちゃんがソファーにゆったりと腰掛ける。メイド姿だけど、ちゃんといつもの母ちゃんに見えるから不思議だ。
あたいは母ちゃんの向かいに座った。
「まぁ。綺麗なお菓子だこと」
「ん、野梨子ん家で使ってるやつだって。この間ご馳走になって美味かったからさ」
「そう、今度の旅行の手土産にしようかしら?」
「いいんじゃない?」
小さな毬の形をした菓子を口に運ぶと、やさしい甘さが口の中に広がった。
それと同時に、野梨子の心配顔も、何か言いたそうだった清四郎の顔も思い出して、はふっとため息を吐いてしまった。ため息も甘い匂いがしそうだった。

「悠理、あなた最近ため息が多いわね」
「え?そう?」
えへへ、と笑ってみたけど、上手く笑えなかったと思う。ため息が多いのはホントだもんな。
ここ1週間で母ちゃんと顔を合わせたのは3度か4度だ。母ちゃんは自分のことばっかり一生懸命なようで、ちゃんと家族のことも見ているんだな。感心しながら菓子を放り込んだ。
「誰かに告白でもされたの?」
んぐっ!!!!
菓子を喉に詰まらせ、ゲホゲホと咳を繰り返すあたいを、母ちゃんはあらららと笑って見ている。
ど真ん中、図星も図星なだけに、何と答えていいかもわからない。
えっと、ここは正直に言うべきか?それとも誤魔化すべきか?涙目で咳き込みながら、無い頭でぐるぐる考えていたら母ちゃんが新しいお茶を淹れてくれた。お茶を飲んでようやくひとごこち着いた。
「どうして判ったかって顔ね、悠理の顔に書いてあるわよ」
咄嗟に頬を押さえてみたけど、そんな事あるはずも無い。やっぱりあたいって顔に出やすいんだなとぼんやり思った。
それよりも、母ちゃんに、そいつを連れて来いなんて言われたらどうしよう・・・。
それが清四郎だなんてバレたら、また婚約だ、結婚だって大騒ぎだぞ。
しかも父ちゃんも母ちゃんも清四郎のことはかなり気に入っている。
魅録は時宗のおっちゃんと一緒に父ちゃんの飲み友達という感じだし、美童はあのルックスで母ちゃんのお気に入りだ。でも清四郎はなんかそういう感じじゃない。
兄ちゃんは未だに「清四郎君は剣菱に欲しい人材だ」って言ってるし、そんな話が出た時、父ちゃんも母ちゃんもあたいの前では言葉を濁すけど、清四郎に一目置いている感はある。
今度こそ、大騒ぎじゃ済まされない。
だって、あん時はウチの事情だったけどさ、今度はそんなんじゃないじゃん。
「あら、連れて来いなんて言わないわよ」
「へ?」
「また和尚さんに怒鳴られるのは嫌ですもの、ちゃんと「彼氏」になったら紹介して頂戴」
あたいの思考を先回りした母ちゃんが、あっさりそう言うと、優雅に茶を飲んだ。
あ、そう。何も言わないんだ。
「う、うん」
「告白されたというのは本当みたいね」
あ・・・・。もしかしてあたい嵌められた?

「返事で悩んでるの?そんなに嫌な相手なの?」
「嫌ってワケじゃないんだけど・・・」
「告白の仕方が気に入らなかったとか?」
「それもちょっと違うけど・・・」
只でさえ恥ずかしいのに、告白の返事を今聞かれてもそれ自体まだ考え中だったりするワケで・・・。
そんなあたいにはお構いなしに、母ちゃんは遠くを見る目をした。
「万作さんほどの告白は無いでしょうけれどねぇ」
・・・なんだよ、惚気かよ。

剣菱の跡取息子だった父ちゃんと、メイドだった母ちゃんの結婚は、当時世間を騒がせたらしい。
結婚に家族も周りも猛反対した。それでも父ちゃんは母ちゃんと結婚した。
母ちゃんは現代のシンデレラとまで言われたそうだ。今の母ちゃんからは考えられないけれど、苦労もあったんだと思う。
「ねぇ、父ちゃんさ、何て言ったの?」
「その時一番欲しい言葉を貰ったのよ」
「へぇ、母ちゃんの欲しかった言葉って?」
「何があってもオラが守るだがや、保障するってね。すごく真剣な顔だったのよ」
ふふ、と母ちゃんの笑顔が綺麗だった。


ある言葉を思い出した。
『―― 僕が保障してやるよ』
予知無に泣いたあたいの頭に、腕の重みと共に降ってきた、清四郎の言葉。
アイツはいつもあたいの欲しい言葉をくれる。からかわれたり、仕掛けられたりすることもあるけれど、肝心な時は欲しい言葉を、勇気をくれる言葉を。いつも。
あたい、本気で好かれてる?
アイツは仲間として好きだけど、仲間以上に好きだと思う瞬間は今まで無かっただろうか?
今まで気づかなかっただけで、たぶん両手じゃ足りないぐらい、ある。
あたい、清四郎が好きかも。
答えがストンと落ちてきた。


「わわわっ!」
きっと紅くなっている頬を手団扇でパタパタと扇ぐ。今あたいはどんな顔をしているんだろう。
母ちゃんから視線を外して、知らないふりをしてあさっての方向を見ながらお茶を飲んだ。

「で?何て言われたの、清四郎ちゃんに♪」
ぶ――――っ!!!!
あたいは飲んでいたお茶を噴出した。
「な、な、な、なんで?」
「美童ちゃんは素敵だけど、悠理の基準とは方向が違うわよね、魅録ちゃんだったら、今頃とっくに挨拶に来ているでしょう、あなた達は普段から仲良しですものね。それで悠理が悩む相手といったら清四郎ちゃんかしらと思っただけよ、だけど、どうやら正解のようね」
「あうあう・・・・」
あたいは返す言葉も見つからない。
「やっぱり持つべきは女の子ねぇ〜こんな話が出来る日が来るなんてね」
あんぐりと口をあけているあたいに、母ちゃんはうっとりと呟いた。



〜♪
携帯が鳴った。
渡りに舟とばかりに、携帯に飛びつく。着信は可憐からだった。

「可憐?」
『悠理?今ドコ?』
「もう家だけど、何か用?」
『美童から電話があって、男達飲んでいるんだって。合流するけど、来るでしょ?』
「うん、行く」
『なるべく早く来なさいよ』
可憐が店の場所だけ言うと、あっという間に電話は切れた。

なんだ?可憐ってデートだったハズだよな?
携帯を見詰めたまま「?」マークを飛ばしていると、背後で母ちゃんの立ち上がる気配がした。
振り返ると母ちゃんが飲み終わった茶碗をトレーの上に片付けていた。すっとトレーを持ち上げる。
「万作さん達が帰ってきたみたいね、豊作に見つかる前に行くわ」
「え?」
「仮にも一家の主婦ですからね、家のことは気配でわかるのよ」
そう言われても、あたいには部屋から玄関の気配なんて伺うことも出来ない。両手の塞がった母ちゃんが目線で扉を開けてと訴えていたので、部屋に来た時と同じく、扉を開けてやる。
「悠理、母親としては「早く帰ってらっしゃい」と言うべきでしょうけど、今はとりあえず・・・・」
母ちゃんがふわっと優雅に一礼をする
「お気を付けて言ってらっしゃいませ」
メイド姿のままの冗談なんだろうけど、思わず笑ってしまった。
「ほら、母ちゃんも兄ちゃんに見つかる前に、早く着替えて!」
手を振って母ちゃんを急かす。数歩進んだ母ちゃんはニヤリと笑って振り返った。
「清四郎ちゃんによろしくね♪」
「・・・・・・・・・・・。」
高笑いしながら去っていった母ちゃん。そんなに大声で笑ったら、兄ちゃんに気づかれるぞ。
うー。やっぱり母ちゃんには、一生勝てる気がしない。



*****



出掛ける準備をして玄関ホールまで降りると、帰ってきたばかりの兄ちゃんが、車に乗り込む所だった。
名輪があたいに気づいて、兄ちゃんに声をかける。
「悠理、もしかして車使う予定だったか?」
「ううん、兄ちゃん出掛けんの?」
「久しぶりに大学の友達と飲むことになってね、悠理もかい?」
「うん、遠回りじゃなかったら途中まで一緒に乗っけてってよ」
名輪に行き先を伝えると、心得ましたと頷かれた。いそいそと兄ちゃんの隣に乗り込む。
静かに走り出した車の中で、兄ちゃんがあたいの顔を覗き込む。
「何かいいことでもあったみたいだね、嬉しそうだ」
「そう?」
「皆で美味しいものでも食べに行くんだろう」
「ブブー!違いますっ!」
ふふん、と笑うと、兄ちゃんは目線を上に上げて、何か考えている様子。
何となく、清四郎に似てるかも、と思ったら可笑しくて、あたいはくすくすと笑い出した。
「食べ物じゃないなら、想像がつかないな」
兄ちゃんは降参と手を挙げた。別に隠すようなことでもないし言ってもいいんだけど、いざ教えようと思ったら、少し恥ずかしかった。
「えっとね、告白の返事しに行くんだ」
「はい?」
それからの兄ちゃんは見物だった。あたいを見たまま数度の瞬きをする。口元が引きつっていた。
正面に向き直ってシートに深く凭れるとふーっと長い息を吐き出した。徐に眼鏡を外して、胸ポケットに仕舞う。眉間を押さえて顔を振った。暫くうーんと唸る。
ちょい待て!そんなに兄ちゃんが悩むことか?そりゃ、あたいらしくないかも知れないけどさ。
元気に返事して来い、ぐらいは言って欲しいよな。
兄ちゃんは、ようやく顔をあげると、窓の外に視線を向けた。
車は繁華街に差し掛かったようで、速度が遅くなった。
「悠理に告白する勇気のある者は誰だい?」
窓に映ったあたいを見ながら、兄ちゃんは聞いた。恥ずかしそうな兄ちゃんの顔がガラスに映っている。あ、そうか、兄妹でも、こういう話はし難いか。あけすけに言い過ぎたかな。と少し反省。
「店に居ると思うよ。見に来る?」
「うんそうだな、ツワモノの顔でも拝んでから行くとするか」
兄ちゃんは、眩しいものでも見るようにあたいを見て「そうか、悠理もそんな歳か」と微笑んだ。





なぁ、清四郎。
たぶんあたいも、お前が好き。
今からする返事も答えはYESだよ。
だけどさ、一つだけ条件があるんだ。
母ちゃんや兄ちゃんに、こんな眩しそうな顔をされるのはちょっとくすぐったい。
だって、あたいらくないじゃん?レンアイなんてさ。ガラじゃないっていうかさ。
魅録や美童、可憐、野梨子にもあたいらのことで気を使われるのは嫌なんだ。
皆でいつもみたいに、大騒ぎして、馬鹿やって、喧嘩しても直ぐ仲直りして。
卒業まであと少しだろ?それまではこのままで居たいんだ。もちろんお前とも。
だから、高校生の間は、卒業まではただの「トモダチ」。
仲間で、悪友。
お前がそれでもいいって言ってくれたなら、あたいは覚悟を決めてお前の「彼女」になるから。
くすぐったさにも照れにも勝って、お前の前に真っ直ぐ立つから。
まぁ勝つとか負けるとかじゃないけどさ、勝負事はまかしとけって感じかな?

それから、好きになってくれてありがとうって。

上手く言えるといいけどな。


ヒトリゴト
s03「Nur Einer !」の悠理サイドです。
いつも破天荒な剣菱家ですが、日常はどんな感じなのでしょうね。
百合子さんのメイド姿がまた見たいです。

2006/03/14

素材:GreenTea

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