■Abreise
【 Regen des Schmuckes Seite2
】
アケミとサユリを左右に従えたにこやかに笑う万作の石像が鎮座し、ファブリック類はレースをあしらった薔薇模様。趣味がせめぎ合う柄模様がまさに剣菱邸を彷彿とさせる。 長い廊下を渡った先にある、警備の厳重な部屋は、空港内にあるVIPルーム。 「剣菱」が永代に渡って押さえている部屋でもある。
『剣菱の人間になるとはどういうことだか、見ておくといいだがや』 そう言って、万作がこの部屋を使うことを勧めた。 職員が各チケットを手配し、手荷物を預けた後、専属の係員の案内でこの部屋へ通された。 「すげーな、おい」 「さすが、悠理のおじさんだよね」 「剣菱邸と大して変わりませんわね」 「・・・・・・悪かったな、成金趣味で」 「でもVIPルームよぉー、こんなトコ縁が無ければ一生入れないじゃないのよ」 扉の外にも内にも居る警備員に気を遣いながらも、皆がぐるぐると部屋を見回す中、悠理はソファーに座ってすでにくつろぎモード。近くの職員に人数分のお茶の準備を頼んでいた。 「悠理はこの部屋使ったことあるんですか?」 「ん?小さい時な。あたいも久しぶりだじょ」 要人としての扱いに慣れていなければ、こんな場所では緊張してしまうのは仕方が無い。普段はまったくそんな事を感じさせないが、悠理は幼少の頃からVIPとして扱われることに慣れている。さすが財閥令嬢といったところか。 皆で何度もここから旅に出たというのに、そういえば使ったことなかったな、と悠理が笑った。 万作と一緒だった時でさえ、この部屋は使わなかったのだ。 (おじさんはこういう扱いが嫌いでしたね。僕に使えってことですか) 何となく意図の読めた清四郎が苦笑する。 早くもこの部屋の模様替えをシュミレーションし、行き着いた答えに一人満足げに頷く。 「まぁ、ロビーだとトラブルに巻き込まれ兼ねませんから、ここで過ごしてください」 そう言った清四郎に、一同はそうだ、と思い当たる。 実際、この空港に思い出は多いのだが、何故かトラブルに出会うことも少なくはなかった。 キール王国の政権事件。覚せい剤密輸と剥製のワニ。魅録の両親である千秋と時宗の追いかけっこ。文左衛門をかばって巻き込まれた刃物騒動。そして、ここから飛び立って各地で巻き起こし、巻き込まれた騒動等など、数え上げればキリがない。 「だな、海外生活の初日にトラブルは勘弁願いたいぜ」 魅録の言葉に、皆が神妙に頷いた。
「あ、そうだ、せーしろー。変換器って持ってきた?」 「ええ、持ってきましたよ。忘れたら大変ですから」 どこかの荷物の中に入ってますから心配いりませんと、清四郎が悠理に向かって言った。 「なに?あんた達、家電製品まで持っていくの?」 そう聞いた可憐に、清四郎が忍び笑いを返す。 「ええ、炊飯器なんですよ」 婚約発表後、騒動も一段落し、清四郎の留学の準備が生活の中心となってきた。 剣菱の持ち家は大学から距離があり、不便だということで、アパートを借りることになった。 一月程前、2人揃ってアパートの下見に行っている。その時、剣菱の支社の人が何かと世話をしてくれた。好意に甘えてその社員の自宅へ滞在させてもらった。身振り手振りながらもその家族と打ち解け、何とかイギリス暮らしの足がかりを掴んだ悠理だったが、一つだけ受け付けないものがあった。 それが、朝食のオートミール。 一過性で鰻や干物が食べられない時期があったが、元来食欲の塊でもあり、食事量も半端ではなく、下手をすれば皿まで食べそうな勢いの悠理が、オートミールだけは口にすることが出来なかった。 帰国後、持ち物リストの中に、炊飯器と米が加わった。 「へぇ炊飯器?僕もご飯が恋しくなると思うよ」 「まぁ、美童でもそう思いますの?」 「うん、さすがに9年も居ればね。ウチはおばあ様が日本人だからね、頼めば食べられるけどさ」 やっぱり日本人はお米でしょ?と美童が笑った。 「悠理のことだから、相当お米も持って行くんじゃない?」 「半端な量ではありませんわね」 飛行機に積めるかしらと、皆が心配する中、「大丈夫だろ」と魅録がくいっと親指で外を指差した。 防弾ガラスが嵌め込まれた窓の外は、滑走路が左右に伸び、飛行機の離着陸も見える絶好のロケーション。下を見れば、各サテライトから分岐した通路が四方に伸び、そこに停泊中の機体が羽を広げている様は、まるで幾何学模様だ。 その一つ、やたら目につく飛行機が現在給油中。 真っ白な機体には、でかでかと剣菱の家紋がペイントされ、その横に菊が散らしてある。 どう見間違っても、2人が乗っていく飛行機に間違いない。 「おじさんとおばさんからの婚約祝いだそうですよ、といってもここしばらく使うのは悠理ですけどね」 「しゃーないじゃん、それがイギリス行きの条件だもん」 清四郎が肩を竦めて見せると、悠理が慰めるようにぽんぽんと清四郎の背中を叩いた。
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高校卒業後、愛娘の「彼氏」として剣菱家に出入りしていた清四郎の待遇は、下にも置かぬ丁重なもてなしぶりで、特に一度目の婚約が破棄に終わった後も、清四郎に目を付けていた万作、百合子は、この付き合いに反対するはずも無かった。 しかし、大学3年の秋。丁度、仮装大会が終わった頃、清四郎が留学を決意し、留学先へ悠理を連れて行きたいと言った時、悠理の両親は俄かに顔を曇らせた。 大事な娘を、いくら気心が知れているとは云え、4年もの間他の男に預けるのは不安なのだろう。 何もせず無駄に4年間を過ごさせるのはどうかとの懸念もあるに違いない。 その親心も痛いほど理解できる。 だが清四郎とて、4年も悠理と離れていることなど出来そうにも無かった。 悠理の気持ちを疑ったことは無い。しかし、妙齢の財閥令嬢となれば周囲は放ってはおかないのだ。 『剣菱』の名は経済界ではそれだけの力を持つ。留学中、何らかの事情で得体の知れない者と結婚ということにでもなれば、留学する意味がない。 そして剣菱家は、人の個性により、何らかの事情が発生し易い場所でもある。
「やはり、一緒にイギリスに来てください。悠理を日本に置いて行くことは出来そうにありません」 「そりゃ、あたいも一緒に行きたいけど、父ちゃんと母ちゃんどうやって説得すんだよ」 「悠理、僕と一生を共にする覚悟はありますか?」 「へ、お前と?・・・一生?・・・共に?」 「婚約者として連れていきます。それなら何も言われないでしょう」 「それって・・・」 「ええ、プロポーズですよ」
それからの行動は早かった。 懸案だった、悠理が向こうへ行って何をするのかというのも、清四郎の「実家を手伝えばいい」という一言で、丸く収まった。何もヨーロッパ方面の仕事を統括しろという話ではない。百合子の名代となって、剣菱の活動に参加するという形で良い。そしてそれは清四郎が正式に剣菱に入った後で仕事をする上でとても役に立つ。「彼氏」の留学先に付いて行く、ということに渋っていた万作と百合子は「婚約者」として同行するということに喜んだ。 娘が家を手伝ってくれることも、万作の後を追い留学するという清四郎にも剣菱の安泰も約束されたようなものだ。今すぐにでも結婚をと先走る両親を、全ては大学卒業後と説得し、2度目の婚約発表の準備をしつつ、語学や生活術などを相変わらず亀のようなスピードで、でも着実に身につけていった。 その間に菊正宗の家にも挨拶に行った。清四郎は本来なら病院の跡取息子であり、本人も医者になれる素質を十分に持っているというのに、悠理と交際することで、医者への道は断念しなければならなかった。ごめんなさいと涙を見せる悠理に両親は気にするなと優しく諭した。清四郎の姉和子がすでに医者として実家の病院に勤務し、菊正宗病院を継ぐ予定なのも2人の追い風になった。 卒業を間近に控えた頃には婚約の準備が全て整った。
「婚約祝いをやるだよ」 「当面は悠理専用ね、覚えなければいけないことが沢山あるから覚悟なさい、でも私達の娘ですもの、大丈夫よ」 そう言って見せられた飛行機がこれだ。清四郎が学校へ通う間、悠理はイギリスと日本を往復する日々が続く。忙しい思いをさせてしまうが、4年間離れ離れになることを考えれば、妥協できるラインだ。そして、結局は娘に甘い両親が、そんなに過密なスケジュールを組むはずがないことも承知している。 「悠理、清四郎ちゃんと喧嘩したら、コレに乗って帰ってらっしゃい、部屋はいつでも使えるようにしておきますからね。夫婦はね最初が肝心なのよ」 冗談とも本気ともつかない百合子の発言に、冷や汗もかかされたのだが。
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「というわけで、あたいはこっちにちょくちょく帰ってくるからさ、野梨子一緒に遊ぼうな!」 にかっと笑う悠理が野梨子の肩を抱く。野梨子も嬉しそうに微笑みを返した。 やれやれ、と2人を見遣った美童が清四郎に向き直った。 「結局、清四郎が「剣菱」になるんだろ?」 「実はまだ決めてないんですよ、悠理はどちらでもいいって言ってますしね」 肩を竦める清四郎に、皆が顔を見合わせた。 「でも、あのおじさんとおばさんが納得しないだろ?」 「まぁ、まだ4年も先の話ですからね、悠理にとってどちらが良いのかじっくり考えますよ」 「お前、こんな時でも悠理が優先なのか?お前だって「菊正宗」の長男だろうが」 「僕が経済学部を選んだ時点で、親父には諦めてもらいましたからね」 「揉めたんじゃないのか?」 「いえ、ウチは姉貴が医者ですからね、その辺は問題ありませんよ」 この男のことだ、根回しは十分過ぎるほどだったのだろう。 悠理には、もれなく「剣菱」がついてくる。高校時代の婚約でも嫌というほど味わった。それでも諦めずに果敢に悠理にアタックしたのは、清四郎なりに算段があったからに違いない。 そして、ありのままの悠理を受け止め、剣菱を切り盛りできる器を、この男は備えているのだ。 「今更って気もするけど、清四郎って本当に悠理が好きよね」 可憐がため息混じりに呟いた。 その言葉に、悠理はん?と首を傾げ、清四郎はあさっての方を向く。 「まぁね、何年だっけ?え〜っと・・・付き合ったのって高校卒業だったよねぇ」 美童が指折り数える。魅録と可憐と野梨子は困ったように顔を見合わせた。 プライドの高い清四郎を刺激して、仕返しされたこともあるというのに、まだ学習していないのか。
「可憐は直接スペインに行くのではありませんのね」 野梨子が無理やり話題を変えた。 「途中まで一緒に乗ってけって言ったのにさ、断るんだもんなぁ〜」 「バスや電車じゃないんだからさぁ、でも何でシンガポール?」 「魅録と可憐も少しは2人の時間も持ちたいでしょう」 好き勝って言い始める仲間に、「そんなんじゃねーよ」と魅録は頭を掻いた。 「千秋さんが、今シンガポールに居てさ、『2人で来い!』だとよ」 「そういうこと」 派手好みで性格的にぶつかるだろうと思っていた可憐と、魅録の母千秋は、以外に気が合う。 2人だけで出掛けることなど、日常茶飯事。 シンガポールでもショッピングだエステだと歩き回る2人の後を、しぶしぶ付いて歩く魅録の姿は容易に想像できる。 しかし、少しばかりの親孝行と、これから2年間離れることになる彼女との時間を有意義に過ごせるのならばそれもいいかと思う。 「ただ・・・・なぁ」 とあることを思い出し、渋い顔をする魅録の背中を可憐がドンと叩いた。 「まぁいいじゃないの!千秋さんには逆らえないもの」 「なに?何かあんの?」 「親父も後で合流すんだよ、…ったく、あいつが一緒で海外だとロクなことねぇからな」 一同、心当たりは多分にある。修学旅行での暗殺事件に絡んだ一連。そして、この空港でも一悶着あったタヒチでの出来事。 清四郎が皆を代表して、口を開いた。 「まぁ・・・銃撃戦が無いことを祈りますよ」
「野梨子はニューヨークなんだね」 「ええ、母様の通訳ですの。以前同様、寝る間も無いほど働かされますわ」 ふぅと深いため息を吐く野梨子は、皆の出国と同時に、ニューヨークへ旅立つ。数週間の滞在だと言っていた。倶楽部の中で、一人日本に残る野梨子を皆は気遣っていたが、同日の旅立ちにはやはり嬉しさを感じる。野梨子にとっては苦手な重労働が待っているため、喜びの旅立ちとは言えないようだが。 そして野梨子が日本に残ってくれることは倶楽部の皆にとっても安心感をもたらした。 特に、イギリスと日本を往復する悠理にとっては、心強い。 「野梨子、ニューヨークからスウェーデンにおいでよ、飛行機ですぐだよ?」 清四郎と悠理が付き合い出してから、美童は野梨子に果敢にアタックしているが、野梨子の態度は今ひとつはっきりせず、友人の域を出ない。 仲間達も、野梨子の性格を知り尽くしているだけに、余計な手立ては出来ないでいた。 「帰国後には大きな茶会が控えてますので、スウェーデンには行けそうもありませんわ」 「っもう・・・最後までそんな冷たくしなくてもいいじゃないか!」 「・・・・・・最後だなんて思ってませんわ」 それに、と野梨子は言いよどんだ。 「美童の気持ちはその、とても有り難いのですが、私と美童では経験値が違いすぎますでしょう?」 まっすぐ美童を見上げる野梨子に、美童は目を細めた。 「経験値か・・・じゃあ野梨子の経験値が上がるまで、僕は待ってるよ」 美童の返事に、野梨子が瞠目した。 一同に、ほわりと温かい空気が流れる。
軽いノックに続いて、部屋の中にワゴンが運ばれてきた。 ワゴンの上には、クーラーに入ったシャンパン。ピカピカに磨かれたグラスも6つ用意されている。 「悠理、シャンパン頼んだ?」 「あたい、頼んでないじょ」 「誰ですかね?」 清四郎がワゴンの上を見ると、そこには1枚のカードがあった。
親愛なる有閑倶楽部 セイシロー ミロク ビドー ユーリ ノリコ カレン
あなた達の門出が素晴らしいものでありますよう 幸せを掴むための、良い旅を。
レイニア・エール | 「ミセス・エールです。随分と粋な計らいですね」 「凄いな、日本では滅多に手に入らないシャンパンだよ」 「わぁ、門出って感じねぇ」 「今度会った時に、お礼を言っておきますわ」 「じゃあ、乾杯といくか」 「賛成!」 魅録がシャンパンの詮を抜く、ポンと景気の良い音が部屋中に響いた。
「出発まであと1時間か・・・」 時計を見ると、旅立ちの時間は刻々と迫ってきていた。 「次に6人が揃うのって何時かしらね?」 「何時ですかね、それぞれ忙しくしてるでしょうしね」 「でも次に会っても、全く変わらないと思いましてよ」 「だよなぁ〜、みんなに国際電話かけまくるじょ!」 「ねぇ!夏にスウェーデンにおいでよ!夏は過ごし易くていいよ」 「とにかく、皆、健康にだけは気をつけてくださいね」 「なんつーか、別れを惜しむって言うより、俺ららしいよな」
思えば、随分長い付き合いになった。 中学三年で出会って、高校の4年間、大学の4年間。 ほんの少し間が開いても、きっと人生は交差するように出来ている。 そんなことを当たり前のように思っている。 再会は、変わらない中にも、それぞれの成長した姿があるのだろう。
「では、剣菱悠理、僭越ながら乾杯の音頭を取らせていただきます」 乾杯!と揃った声の中に、グラスの合わさる音が響いた。
ヒトリゴト またまた寄せ集め話です。 どうでもいいですが、私滅茶苦茶飛行機が苦手です!! 搭乗1週間前から食欲が無くなる程です。 何でこんな話思いついたんだ自分!とセルフツッコミを入れつつ、ガタブル震えながら書かせていただきました。
2007/11/09
素材:GreenTea
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