■Brief
【 Regen des Schmuckes Seite3 】



手元にある封書の数を数える。合計24通。
僕も同じ数の手紙を送っている。次が最後になるだろう。



美童グランマニエ様
お元気ですか?
日本は梅雨まっさかりで、毎日毎日飽きもせず降る雨を眺めてはため息をつく日々です。
そちらは、そろそろ夏至祭りですわね。
私の手紙が着く頃には、魅録と可憐からの招待状が届いていることと思います。
可憐は帰国したばかりだというのに、準備やら何やらでてんてこ舞い。
先日も、真夜中に呼び出されて、さんざん愚痴られましたわ。
高校の頃から、あんなに玉の輿と大騒ぎをしていた可憐が、結婚について愚痴を言う日が来るなんて夢にも思いませんでした。もう少し婚約期間を味わいたいそうですわ。
悠理と清四郎が聞いたら憤慨しますわ。あの2人は4年も婚約期間がありますものね。
お式は剣菱ロイヤルハイアットになるそうです。悠理のおじさまとおばさまが用意してくださいましたの。可憐はきっと素敵な花嫁になりますわ。
魅録は少し遠慮していたみたいですけれど、可憐はとても喜んでいて悠理に電話してましたわ。時差を無視した電話に清四郎が怒りましたのよ。
美童はそろそろ卒業試験で忙しくなる頃ですわね。月並みですけれど頑張ってくださいな。
私は明日から京都で茶会です。少しでも晴れてくれると良いのですけれど。
では、お式の時に会えるのを楽しみにしてますわね。
                                         白鹿野梨子



さて、僕からの最後の手紙は何を書こうか。
いつものように「To 野梨子」で書き出した便箋を捨て、「Dear 野梨子」と書いた。

君との手紙の遣り取りは月に一度の楽しみだった。
そこにはいかにも君らしい雰囲気が漂う。時には和紙に筆書き、時には旅先からその土地に触れたもの、時には日本の季節を感じさせる美しい写真。
その中には頑張っている君の姿が書かれ、仲間達の楽しいエピソードが踊り、僕の健康を気遣う優しさが込められていた。

結局この2年間、僕は一度も日本に行く機会が持てなかった。
学校も忙しかったし、長い休みには家族がスウェーデンに帰ってきた。

去年は君たちも遊びに来てくれたよね。
前回ここに来たのは冬。高校の時。あの時は大変だった。ちょっとした幽霊騒ぎがあって、可憐が攫われて、いつものごとく一致団結して解決して、それからおばあさまも一緒にパリに行って思いっきり遊んだっけ。
夏のここも悪くなかったでしょ?
6人揃ったのは実に一年ぶりで、楽しい時間はあっという間だった。
大学を卒業して直ぐに婚約も交わしたというのに、清四郎は相変わらず悠理にベタ惚れで、それでも勉強は相変わらずで、向こうでも相当に良い成績を修めているらしいだとか、挨拶すらままならなかった悠理の英語が堪能で驚いたり、それ以上に驚いたのは悠理が生活面で清四郎をしっかりサポートするまでになっていることだった。慣れないながらも家事をこなしているらしい。だって食べるの専門だった悠理が料理だなんて、日本に居た頃は考えられないだろ?
魅録は可憐と一緒にスペインからやってきた。一年間世界中を見て廻った魅録の旅の最後は、可憐の居るスペインだった。このスウェーデン旅行が終わったら、魅録は日本に帰国して、工学系の大学院に入るそうだ。いつもいつも握り拳を作り、玉の輿とどこか力の入っていた可憐も、いい意味で力みが抜けてとてもチャーミングだった。それだけ魅録を信頼しているってことだろ?
もしかして、日本で一人淋しがっていたんじゃないかと思っていた君。
でもそれは僕の間違い。
茶道家として一人歩きを始めた君は、凛とした空気をその身に纏っていた。
声高にはしゃぐ皆を諌める声も、思慮深さの中に見え隠れする気の強さも全く変わっていなかったけれど、少し伸びた髪が一年間の長さを感じさせた。
これからは魅録も傍に居るし、僕は何となく安心していた。
去年の今ごろの君からの手紙には、魅録が可憐の惚気話ばかりするので、それを聞くのが密かな楽しみだと書いてあった。どうやら清四郎から野梨子に届く手紙やメールにも悠理のことばかり書かれているらしい。
『殿方というのは彼女の自慢をせずにはいられないものなのかしら?』
そんなことを書いていた君だけど、倶楽部の3人はとびっきりにイイ女だもの。そんな人を彼女に持ったら、自慢したいのは当然でしょ?



もう一通、机の上の封筒を持ち上げる。
いかにも日本的な模様の分厚い封筒には、扇型で寿と書かれたシール。
魅録と可憐の結婚式の招待状だ。

先日留学を終えた可憐が帰国し、双方の家であっという間に話がまとまったという。
それぞれ別々に届いたメールには、いかにも2人らしい文章が綴ってあった。
―― 早いとは思うんだけどな、いつまでも放っておくと、アイツはフラフラしかねないだろ?
―― 今気づいたんだけどさ、魅録って実は玉の輿じゃなぁい?
照れを隠してそんな言葉を選んだ魅録。
得意気できっと綻んでいる顔が目に浮かぶ可憐。
魅録はまだ学生だし、大変なことも多そうだけれど、2人を祝福したい気持ちでいっぱいだ。
皆に出席して欲しいから、と僕の卒業と清四郎の休みに合わせて行われる結婚式は、また1年ぶりの倶楽部の再会。僕には2年ぶりの日本だ。今からその日が待ち遠しいよ。



初めて日本に行った次の日、文通相手である可憐に誘われて行ったディスコ。
倶楽部の始まりは、ミラーボールに照らされたフロアだったね。
君を初めて見た時、心臓を打ち抜かれた気がしたよ。一目惚れって本当にあるんだね。
小さな身体に、大きな目、日本人にしては白い肌、真っ直ぐに切り揃えられた黒髪は、おばあさまに写真で見せてもらった日本人形を写したみたいだった。
そんな気持ちは直ぐに玉砕。
大和撫子の清楚な雰囲気の中身は、とんでもない潔癖症。加えて男嫌い。
勉強は出来るし、立居振舞も学生とは思えない程、完璧。
僕の入る隙間なんてこれっぽっちも無かった。
いつも隣に居た男が、あまりにもデキのいいヤツだったから、気後れしたのも事実。
だから、悠理が清四郎の想いを受け止めたあの夜、高校時代の婚約の時のように真っ先に怒ると思っていた君が訳知り顔で微笑んでいて、僕はとても驚いたんだ。
小さい頃から誰よりも傍で清四郎と悠理の2人を見ていたのだから、君は清四郎の想いも悠理の想いもとうに知っていたのだろうね。硬質で潔癖だと思っていた君は、初めての恋を知って徐々に柔らかくなっていた。しなやかに、優しく、柔軟性を持って、魅力的に。
大学生になって清四郎と悠理が正式に付き合いだし、魅録と可憐もいい雰囲気だ。
そして、僕にもチャンス到来だったハズなのに、君は相変わらずつれない態度で、何度告白しても、真面目に受け入れてもらうことは無かった。それまでの僕を知っていれば、簡単に受け入れてもらえるはずも無いのだけれど。
―― 美童と私では恋愛の経験値が違いますわ
告白する度に、君はそう言っていたね。
僕がスウェーデンに帰国するその日まで、同じ台詞を聞かされるとは思っていなかったよ。
―― じゃあ野梨子の経験値が上がるのを待ってるよ。
少し拗ねて言ってみたら、君は始めて驚いた顔をしたんだっけ。
ようやく本気にしてもらえた瞬間だった。そして君からスウェーデンに手紙が来たんだよね。

ねぇ、野梨子。君はあれから、いくつかの恋を経験しただろうか?
男なんて可笑しなもので、君が僕に追いつくのを待っているなんて口にしても、実際に君が恋をしたなんて聞いたらきっと物凄く嫉妬する。
この2年間、学校も大変だったけど、女の子の清算はもっと大変だったのだから。

そう言ったら、君はどんな顔をするだろう。



さて、僕からの最後の手紙は何を書こうか。
でも書きたい文章はただの一行。

万年筆を便箋の上から中央に移動させた。

「君に会いに行くよ」


ヒトリゴト
短っ!何となくですが、美童×野梨子の場合大人になってからと思ってしまいます。
これが魅録×野梨子だと高校生でもOK!なんですけどね。不思議。
中学生で可憐と文通していたぐらいだから美童は手紙好きだと思います。

2006/11/02

素材:GreenTea

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