■Bezugspunkt

【 Nur Einer ! Seite2 】



折角のデートも、男の些細な言動に幻滅して、最悪の気分でいた処に、いつものメンバーからの呼び出しがあった。思いっきり愚痴ってやろうと決意して乗り込んだ店で待っていたのは衝撃の事実。
まさか、清四郎がとっくに悠理に思いを告げていたなんて。
私以外の皆が、だいたいその雰囲気を察していたというから驚きもなにもあったものじゃなかった。
この可憐さんともあろう者が気づかないなんて!
こんなんじゃ、高校卒業までに玉の輿は無理かしらね?なんて自嘲が浮かんでくる。

確かに、ここ最近の悠理はいつもの元気がなかったように感じる。部室にもあまり寄り付かなかったし、来てもぼっとしていることが多かった。けれど、話し掛ければいつも通りニコニコしていたし、おやつも普通に食べていたものだから、まさか恋愛方面で悩んでいたなんてまったく気づかなかった。
清四郎が悠理を好きなのではないか、とは何となく気がついていた。
昔からやたらと悠理にちょっかいを出すし、いつも悠理を視界に入れていた。厳しいことを言いながらも最後は絶対に悠理の力になったし、霊がらみの時などは見捨てたりするようなことは無かった。



「やっと試験から開放されたわね〜」
自分の口から出た台詞に悠理みたいだ、と笑いながら生徒会室の扉を開けた。
高校最後の試験。倶楽部の6人共、聖プレジデント大学に進むので、今回の試験はそんなに気を張るものでは無かったのに、相変わらず悠理は清四郎の元で試験勉強をさせられたらしい。
「悠理の勉強は卒業まで見る約束ですから」
そう言って、清四郎は笑っていた。

普段から入室の際にノックなどしないし、誰にも遠慮することなくその部屋へ入る。
だけれども、ぴたりと足が止まった。

「悠理寝てるの?」
「ええ、昨夜は貫徹ですからね」
悠理がテーブルに突っ伏して熟睡していた。
その隣に座っている清四郎が、ゆっくりと悠理の髪を梳いている。
見たこともない優しい目で。
このまま2人きりにしてあげようかとも思ったけれど、清四郎と話がしてみたくて、可憐は部室に足を踏み入れた。まだ他の人達は来ないみたいだし、お茶を淹れるのは野梨子が来てからで良い。
清四郎の向かいの椅子に腰掛けた。頬杖をついて向かいの2人を眺める。

「何か言いたそうですね、可憐」
「ねぇ、清四郎って、いつから悠理を好きだったの?」
互いに悠理を起こさない程度の声量。
単刀直入に聞いてみた。清四郎の片方の眉がひょいと上がる。手を悠理の髪からそっと離した。
「何ですか、藪から棒に」
「何となく聞いてみたくって、中学の時には、もう気になってたはずよね?」
清四郎は一度すっと視線を外すと、笑みを浮かべた。その笑みは苦笑。
「可憐は、僕たちの入園式の話を知っていますか?」
「知ってるわよ、悠理と野梨子が取っ組み合いの喧嘩したってやつでしょ?で、アンタが悠理に蹴り倒されたって聞いたけど」
「ええ、その通りです、随分詳しいですね」
清四郎が苦虫を噛み潰したような渋面を作る。
「まさか、その時から好きだったの?」
「それは無いですけど、それから「負けたくない」の一心で和尚の所に通ったりして、一方的にライバル心を燃やしてたんですけどね、一向に相手にはして貰えませんでした」
悠理をちらと見下ろした後、指を机の上で組んだ。
可憐も清四郎が過去を懐かしそうに話す姿に、驚きながらも続きを促す。
「それで?」
「中学3年で同じクラスになって、ほら、可憐の誘いでディスコに行ったでしょう」
「あぁ、野梨子を誘ったら、清四郎が一緒に来たのよね」
「僕はお呼びじゃなかったですか?」
「馬鹿ね、そんなこと言ってないじゃない。それに6人が揃った最初の日よ」
「そうでしたね」
可憐は野梨子と一緒に他の中学生に無理やり連れ去られ、清四郎はその後、後輩に付きまとわれ、それぞれに若干苦い思い出が付きまとうものの、あの日を忘れることはない。
「悠理が魅録を連れて来て、一目見て正直、魅録に「負けた」と思ったんですよ」
「え?清四郎、アンタでも「負けた」なんて思うの?信じられない」
「バイクで悠理を迎えに来た魅録を見たことがあるんですよ、すっかり「彼氏」だと思い込んでね」
「悠理が中学で「彼氏」?なんかピンと来ないけど」
「でも、悠理は魅録を「友達(ダチ)」と紹介したでしょう。ホッとしたのもつかの間で、魅録は話してみるとイイヤツだし、悠理はやたら魅録に懐いてるしで、随分やきもきさせられました」
「ふーん、やっぱり中学の時には意識してたのね」
ふふ、と笑った可憐に、清四郎はええまぁ、と肯定とも否定ともつかない返事をする。

清四郎の背後で扉が開いた。
「おう、もう来てたのか、なぁ悠理知らねぇか?ホームルーム前から居ねぇんだよ」
魅録が部室に入ってきて、可憐と同じように足を止めた。扉を正面にした可憐が、しーっと唇に人差し指を立てると、魅録はOKと指でサインを作り、静かにテーブルを廻り可憐の隣に腰掛けた。真向かいの悠理は、テーブルの上に上体を預け、組んだ腕を枕にしている。
「爆睡だな」
「まぁ仕方ないです。悠理も随分頑張りましたからね」
「ようやく家庭教師から開放されるな、清四郎もご苦労さん、でもお前のことだから、大学行っても悠理の勉強見てやるつもりなんだろ?」
そう言った魅録に、清四郎はどうでしょうねと肩を竦めて見せた。
何と言っても、この2人は高校を卒業したら付き合うのだ。今は悠理の言った通り「トモダチ」の範疇に収まってはいるが、付き合い始めたら清四郎が主導権を握るのは、何となく予想できる。
勉強もその中に入るのだろう。そしてその光景を相変わらず微笑ましく見ている自分にも想像がつく。
魅録がぼんやりとそんなことを思っていると、隣の可憐がくすくすと笑い出した。
「で?清四郎、話を逸らしてもダメよ?魅録が「彼氏」じゃないって判って安心したのよね?」
ほんの一瞬だけ、可憐を睨んだ清四郎が嘆息する。
「そうですね、まぁ悠理に持っていたライバル心を今度は魅録に向けましたよ、冗談ですけどね」
清四郎がやや苦笑まじりに、魅録に視線を移す。いくらこれまでの経緯も己の気持ちも知られているとは云え、魅録の前でこの話をするのは若干の気恥ずかしさが伴う。
中身が見えない話に魅録が2人の会話を遮った。
「俺がライバル?なんの話だ?」
きょとんとする魅録に、可憐が魅録を指差し、次に悠理、清四郎と順番に辿った。
「いつから清四郎が悠理を好きだったかって話よ」
「ライバル・・・?」
今度は魅録が自分を指差し、それから悠理を、そこで指は止まり、清四郎には目線を投げた。
「・・・・・・あり得ねぇ」
魅録はこめかみを押さえ、首を横に振った。確かに悠理とは仲が良い。この高校を受験しようと思ったのも、倶楽部の連中とツルむようになったのも、悠理のおかげだ。しかし、悲しいかなそこに恋愛感情というものは全く存在しない。
「悠理は俺にとって、妹か弟だぜ?」
ずばりと言い切った魅録に、可憐もそうよねぇと同調しつつ相槌を打つ。
「だから冗談だと言ったでしょう」
清四郎がふいと顔を背けた。けれど、それが何よりも真実を語っていて、魅録と可憐は顔を見合わせると、互いにふっと笑いあった。

「清四郎が小さい時から中学まで悠理を気にしてた、ってのはわかったわよ」
「片思いの長さも半端じゃねぇな」
横顔に2人の好奇の視線を感じながら、清四郎は眠る悠理を見下ろした。
その目が僅かに細められる。
愛しいという形容がぴたりと当てはまるその所作に、魅録は頬を掻き、可憐は着いた頬杖をさらに傾けた。
「やっぱり自覚したのは高等部に上がってからなの?」
「まだ聞きますか・・・」
「だって、聞きたいじゃない」
可憐の口元が引き上げられると、清四郎は天井を見上げた。それからもう一度悠理へ視線を落とす。
悠理のふわふわの髪をしばらく見詰めた後、2人に向き直った。
「この部屋に初めて入った日のことは覚えてますか?」
「あぁ、生徒会に立候補するとか言った時だろ?」
「ええ、そうでしたね」
「盗聴器まで作らされたからな、覚えてるぜ」
「たぶん、あの日ですよ」
照れた顔でクスリと笑う清四郎は、寝ている悠理の髪をそっと梳いた。
あの日、悠理を捕まえてみたいと思った。確かに最初は好奇心が勝ったのかも知れない。
徐々に湧き出す感情。
そして、零れ始めた想い。

「今だから言いますけどね、僕一度悠理に振られているんですよ」
「は?」
「えっ?いつ?」
清四郎は、身を乗り出した2人に、いつもの倶楽部のリーダーの顔で、不敵に笑ってみせた。
「それは僕と悠理の秘密です、まぁ振られたと言っても言葉で言われたわけではないんですけどね」
「出たぞ、秘密主義が」
「ちょっと、そこまで言っておいて、秘密はないんじゃないのぉ、気になるじゃないのよ」
追求の手を緩めない可憐に、清四郎がにっこりと笑った。
「後で悠理にでも聞いてみてください」
もうこの話は終わりですと言われたような気がした。ここで反論しようものなら、逆になにか返されるのは目に見えている。
「悠理に聞くからいいわよっ」
ふんっ!と可憐がふくれた。
悠理が覚えていればですけど、という言葉を清四郎は飲み込んだ。



試験後とあって、先ほどまで下校ラッシュだった学校内が随分静かだ。
「ところで、野梨子と美童はどうしたんです?打ち上げ行かないんですか?」
「美童のばあさんに何か送ってやりたいって野梨子連れて買い物行ったぞ、後で合流するってさ」
「ほう・・・」
「まぁ、美童も頑張ってるってことだ」
「やりますね、魅録は?」
「俺?俺は悠理との協定があるからな」
2人の間で通じている会話に可憐が首を傾げるが、野梨子が来ないのであれば、自分がお茶を淹れなければならないだろう。立ち上がりかけた可憐を魅録が制した。
魅録が可憐に向かって目配せをする。2人にしてやろうという魂胆なのだろう。
「清四郎、俺らも先に行ってるから、後で悠理連れて来い」
「そうね、じゃあ後でね、遅れないようにちゃんと起こしてよ」
「ええ、そうします」
鞄を持って立ち上がった魅録と可憐に、清四郎は軽く手を挙げた。





人気の無い校内を2人分の靴音が撥ね返る。
「ねぇ魅録、私すごくびっくりしちゃった」
「なにが?」
呟く可憐に、少し先を行く魅録が振り返る。
「清四郎って普段は嫌味な程ポーカーフェイスなのに、あんなに自分のこと話すのって珍しくない?」
可憐がそう言った途端に、魅録がぷっと吹き出した。
「な、なによ?」
笑い続ける魅録に、可憐がしかめっ面を作る。
「可憐、気づいて無かったのか?」
「だからなにを?」
「悠理、起きてただろ?」
「嘘っ!?」
「清四郎があんなに語ったのは、悠理に聞かせる為にワザとだろうよ」
くくくっとまた笑い出す魅録を、可憐は呆然と見上げた。
「もしかして、私達って・・・」
「あぁ、出汁に使われたんだろうな。清四郎もそういうとこ策士だしな」
あんなに永く悠理への想いを持ち続けた清四郎に感動したというのに、それは口から出まかせだったのだろうか。出汁に使われたのは確かかも知れないけれど、清四郎の話が嘘だったとは、どうしても思うことが出来ない。そんな可憐の表情を読んだのか、魅録はポンと可憐の肩を叩く。
「言ってたことは本当だと思うぜ」
「そうよね、まったく食えないヤツよね、清四郎って」
やれやれと肩を竦めて見せたけれど、内心はとても温かくなった。
「行こうぜ、野梨子と美童にも、この話しねぇとな」
「そうね、こんな面白い話を放っておく手はないわ!」
そう言って歩き出した魅録の後を、可憐も追う。
清四郎の永い永い片思い。一瞬の燃え上がる恋を追いかける可憐とは全く正反対の恋。
でも何故かとても羨ましいと思った。自分には出来ないことだとしても。
「やっぱり、玉の輿は遠いかも・・・」
小さい呟きが聞こえたのか、魅録が、ん?と可憐を見る。可憐はそれになんでもないと首を振った。
2人はまた歩き出す。
「そんときは俺が・・・」と言う、さらに小さな魅録の呟きは可憐に聞こえたかどうか。





魅録と可憐の去った生徒会室内は、とても静かだった。悠理の寝息も聞こえないほど。
「悠理、寝てるんですか?」
「・・・・・・・・・・うん、寝てるよ」
寝ている者からの返事としては可笑しいが、思いのほか穏やかな声に安心した。
悠理はまだ腕に顔を伏せたまま起き上がろうとはしなかった。
「どこらへんから聞いてました?」
「魅録が来たあたりから」
悠理は恥ずかしいのか、腕に乗った顔を、清四郎と反対のほうへ向けた。声がぶっきらぼうだ。恥ずかしがり屋の悠理らしい仕草に頬が緩む。清四郎は悠理と同じようにテーブルに覆い被さった。
「あのさ、あたいお前を振ったって覚えが無いんだけど」
「でしょうね」
やっぱり、と清四郎は苦笑。ふと見れば悠理のふわふわの髪の間から覗く耳がほんのり紅い。
「いつ?」
「さぁ、いつだったか・・・」
清四郎が答えをはぐらかすと、悠理はようやく清四郎の方を向いた。そこにあったのは、同じようにテーブルに上体を預け、至近距離でにっこり笑う顔。驚いて身を引く。
清四郎は、自分の頭の下から腕を抜くと、悠理の額にそっと触った。
悠理の目が驚きに見開かれる。
「あれは振ったとは言わないぞ!」
慌てる悠理に、清四郎はふふと笑った。手が髪をくしゃっとかき混ぜる。
からかわれただけなのだろうか、悠理の驚き顔にだんだん不信の色が混ざるが、清四郎の諭すような手の動きに、力が抜けた。それにこんな清四郎なんて滅多に見られない。素直に語られる言葉に多少の擽ったさを感じながらもう一度力を抜いて、腕に頭を預けた。至近距離で見詰め合う。
「さて、僕の気持ちは言わせてもらいましたからね、悠理のも聞きたいものですが」
「それはダメ〜、卒業までは「トモダチ」だもん、言わないよ」
悠理が紅く染まった顔で、べっと舌を出す。
「待つって言いましたからね、そりゃ待ちますけど、悠理は随分ツレナイですねぇ」
「今は友情のほうが大事だもん」
悠理は頭に置かれたままの清四郎の手を払いのけた。その手を逆に掴まれる。
掴まれたままテーブルの上に着地した手は、2人の顔の間で指が絡められた。
「今は悠理の気持ちを尊重しますよ。今はね」
「うん」
優しい沈黙が流れる。

「さすがに悠理の徹夜に付き合ってたので、僕も眠いです」
あふっと清四郎が欠伸をする。
「んじゃ、もう少し寝てから行こうよ。どうせ夜通し遊ぶんだろ?」
「それもいいですね」
そう言って、清四郎も悠理も目を閉じた。



午後の光が差し込む生徒会室。
テーブルに突っ伏す2人の間には、繋がれたままの手。

卒業まであと少し。
君まで、もう少し。


ヒトリゴト
畏れ多くも、サマーカーニバル用に準備していたものの書き直しです。
勇気がなくて投稿できませんでした。クロノ用に書き直しのリサイクル作です(汗)
最初の話と随分違うものになってしまいましたが、これはこれでいいかな・・・と。
クロノも復路に入りました。いつも読んでくださって、ありがとうございます。

2007/01/14

素材:GreenTea

作品一覧



++フロさまのBBSに投下したもの++

落ちていく意識の中で、目が醒めた時に真っ先に君の顔が見られることが、単純に嬉しいと思った。
目覚めた僕の目に映ったのは、君の手に重なった僕の手。
視線を上げると、君は反対の手で頬杖をついて、僕を見下ろしていた。
「もう夕方ですか?」
「うん、皆との待ち合わせまで後1時間ぐらいかな?」
言いながら君は突然笑い出した。
「お前さ、『ゆうりちゃん』って何時の夢見てたんだよ」
「え?」
「『ゆうりちゃん』なんて呼ばれたこともないけどな」
ケタケタ笑う君に、どうやら自分が何か言ってしまったらしいことに気がついた。
重なった手を強く握って身を起こした。
「僕が何時から想っていたかは、さっき言ったでしょ」
握った手はそのままに切り返すと、君は恥ずかしそうにふいと顔を背けた。
「悠理のは、卒業式の日にでも聞かせてもらいましょうかね」

※ヒトリゴト2
えーと、ですね。この後のs04【Belle Epoque】でですね、「高校の時は手も握れなかった」とか書いちゃったんですよ。がっつり手を握ちゃってます。辻褄合わなくなってきてます。ごめんなさい。