背中の気持ち

         by 千尋様

 

 

 

 学園からの帰り道、公園の広場にうずくまる剣菱さんをみかけた。

 色々な草で青く色付いた小さな野原に膝を突いて、座り込んだまま、剣菱さんは下に視線を向け、ただ手を動かしていた。

 きっと、そこに何か大事なものを落としたに違いない。そう思って、僕は公園の中に入っていくと、剣菱さんの傍にしゃがみこんだ。土と草で少し汚れた剣菱さんの制服が、目に映った。

 

 「何してるの? 剣菱さん。 落し物でもしたの?」

 

 剣菱さんは一瞬だけ僕をみたけれど、すぐに視線を下に戻した。そして、また、無言で手を動かし始める。

 

 おまえに用はない。

 

 その態度で、僕は、剣菱さんにそう言われたような気がした。彼女の雰囲気が、そう物語っていた。

 僕を無視する剣菱さんのその態度に、少しだけ腹が立った。些細な事で苛立った気持ちを少し落ち着けたくて、僕は、彼女が座り込んでいる場所から一番近い所に置かれてあったベンチに、腰を下ろした。

 僕の視線の少し下に、剣菱さんの姿が見えていた。ベンチの横にはクローバーとタンポポが生えていた。タンポポの黄色い花と白い綿毛が、風に揺れた。風に揺れた綿毛が、ふわふわと青い空を舞っていく。

 なんだか剣菱さんの髪みたいだ。そう思ったら、何故か嬉しい気持ちになった。

 そのまま見るともなしに、剣菱さんのことを僕は見ていた。彼女は、相変わらず、僕には目もくれずに、草を掻き分けている。草を掻き分けながら、時折「三枚しかないじゃん」とか「ホントに四枚なんてあるのかよ」とか、彼女は呟いていた。

 それを聞いているうちに、僕は、剣菱さんがそこで何をしているのかが、わかったような気がした。

 

 「剣菱さん」

 返事は返ってこないだろうと半分は諦め、残りの半分は彼女からの返事を期待しながら、僕は、剣菱さんに笑いかけた。

 返事は、返ってこなかった。だけど、僕は気にせず彼女に話しかけることにした。

 「もしかして、四葉のクローバー探してるの?」

 「そうだよ。悪いかよ」

 剣菱さんが返事をした。視線は下に向いたままではあったけれど。     

 「いや……。別に悪いなんてことは言わない。言わないけどね……」

 「言わないけど、なんだよ」

 剣菱さんがようやく、ちゃんと僕をみた。僕を睨む剣菱さんが、なんだか可愛くみえて、僕は、彼女に笑いかけた。

 「剣菱さんは、四葉のクローバーが欲しいんでしょう?」

 しぶしぶといった感じではあったけれど、剣菱さんが小さく頷く。

 「剣菱さんには申し訳ないけど。このままずっとここで探し続けても、ここじゃ四葉のクローバーなんて絶対見つけられないよ。断言してもいい」

 剣菱さんが、勢いよく立ち上がった。

 「なんで!! なんでそんなこと、おまえにわかるんだよ!! クローバーだろ? これ」

 剣菱さんが僕に、三つ葉のモノを突きつけてくる。

 その様子が、とても愛しく思えて、僕は思わず小声を立てて笑ってしまった。

 剣菱さんの手から三つ葉を取り上げる。

 「わかるよ。だって、これ、クローバーじゃないから」

 「へ?」

 「これはクローバーじゃない。よく似てるし、葉の形が可愛いから、これがクローバーだって、間違えるひとがいるだけど。これは、カタバミって名前の植物。クローバーは……。こっち」

 

 僕がいたベンチの横に、彼女の手を引いて連れて行く。

 「比べてみれば、すぐわかるよ。ここに生えてるのは、白い線が葉っぱに入ってて、しかも、葉っぱの先が割れてなくて丸いだろ?」

 「うん」

 「これが、クローバー。で、さっき剣菱さんが『クローバーだろ』って言って、くれたヤツがこれ」

 僕の掌に置いたカタバミの葉を、彼女に見せる。

 「カタバミはね。白い線は入ってないんだ。葉っぱの先も二つに割れて、ハート型になってるんだよ」

 「あ〜。ホントだ」

 剣菱さんが、楽しそうに笑った。僕は、嬉しくて笑った。

 「だろ? だから、今度はここで探すといい。きっと、四葉のクローバーが見つかるから」

 剣菱さんが、晴れやかな顔で大きく頷いた。

 

 僕がここに来た頃はまだ明るかった空も、いつの間にか、夕方のぼんやりとした色に近付いていたけれど。彼女と僕は、四葉のクローバーを夢中で探した。

  もし、僕の方が先に四葉を見つけたら、彼女に教えてあげよう。

 四葉のクローバーを探しながら、僕がそんな風な事を思い始めた頃だった。剣菱さんが叫んだ。

 

 「あったああ!!!! 見て、よつば!」

 本当に嬉しそうな笑顔で、剣菱さんは喜んでいる。

 「よかったね。見つかって」

 クローバーを探している時に、制服についてしまった草や土を払いながら、僕は彼女に言った。

 「……ありがと。どうしてもこれが欲しかったんだ」

 彼女の、小さな声が聞こえた。僕は剣菱さんの方に視線を上げた。

 僕に背中を見せた、剣菱さんが、そこに、いた。

 

 「剣菱……さん? 今……」

 「な、何も言ってないぞ!! あたいは!」

 その言い方を、その態度を、僕は、とても可愛らしいと思った。僕の頬が、自然に緩んでいく。

 「そう。それじゃ、これで僕は帰るよ。剣菱さんはこれからどうするの?」

 僕に背中を向けたまま、剣菱さんが口を開いた。

 「6時までにあたいが家に帰らなかったら、ここに迎えに来て、って五代に言ってある。だから、そろそろ家の車がここに来ると思う」

 「迎えがくるんだ。だったら、一人にしても大丈夫だね?」

 「……っ!! バカにすんなあ!! 子供じゃあるまいし、一人で平気だ!!」

 「……子供だから、心配してるんじゃないんだけどね」

 思わず僕は、そう呟いていた。

 「今、何か言ったか?」

 「何でもないよ。じゃあ、さようなら。剣菱さん」

 このまま家に帰ろうと、僕は踵を返した。僕の足元で揺れる、黄色いタンポポの花が目に付いた。僕は、身を屈めてタンポポを摘み取った。

 「剣菱さん」

 「何だよ。まだ何かあるのかよ」

 彼女は、未だに僕に背中を見せたままだった。

 

 「迎えが来るまで、一緒にいてくれるんだって。このタンポポ」

 僕は、手にしていたタンポポを、剣菱さんの綿毛のような髪の毛に差し込む。

 「それじゃあ、またね。剣菱さん」

 

 僕に背中を向けたまま、固まってしまった剣菱さんに挨拶をして、僕は公園の外へ向かって歩き始めた。

 「じゃあな、きくまさむね!!」

 僕の後ろから、大音量の叫び声が聞こえた。

 

 彼女にもらった三枚葉のカタバミを制服のポケットから取り出す。右手に持ったそのカタバミをくるくると指で回しながら、僕は、一歩一歩を踏みしめるように歩いて、家へと帰った。

 

 

 

 

― END ―

 


 わーい中坊だ中坊だ♪千尋様、中坊フェチの私のために(?)かわゆいお話を、ありがとうございます♪♪

しっかし、親しくなる前はこんなに優しく悠理を見守っている清四郎くんが、どーして仲間になったら悠理を苛めて喜ぶ(←オフィシャル)ようになってしまうんだろう・・・(笑)

きっとその間、鈍感な悠理にいたいけな少年の心を踏みにじられ歪んでしまったに違いない!あ、お話一本できそうvv

 

 

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素材:清香日記