BY のりりん様
気乗りなどするはずもない。 無理やり付き合わされたパーティー。 父親に半強制的に連れてこられた会場に清四郎はいた。 中学二年生ながら大人顔負けの立ち振る舞いで。 その顔には、実に人当たりの良さそうな笑顔を浮かべながら。 挨拶もそつなくこなしながらも、修平が背を向けている間に清四郎は小さく溜息を付いた。 こんなことなら家で論文の続きを書いていたほうが余程ましだった と。 そうして俯きかけた瞬間、視線に映る幾つかの背中の向こう 人ごみの中に聞いたことのある声がした。
確かに
父の後ろを歩きながらも首は自然にそちらへと向いた。
見つけた
数人の人を超えてすれ違っていく彼女を。 スローモーションのようにゆっくりとこの目に映る。 いつもとは全く違う姿の。 突然すぎる出会いに戸惑う自分がいる。 それはさっきまでとは違う ただの少年の瞳。 それでも視線の先は彼女に縫いとめられたまま。 「かぁちゃん、やっぱあたいこんなのやだよ〜。」 前を歩く女性にそう話しているのは同じ学園の同級生、剣菱 悠理であった。 学園一の問題児といわれる彼女は、普段の言動からは想像もつかない綺麗なやわらかいピンクのドレスを纏っていた。 レースは付いてはいないものの揺れる裾には刺繍が施されていた。 そのドレスには似合わない不貞腐れた表情の彼女はしきりに前を歩く母親に話し掛けていた。 「かぁちゃん〜〜 」 その娘の声に、漸く前を歩く母の足が止まった。 聞き耳を立てているわけではないのに清四郎の神経は完全にそちらへとむいてしまっていた。 「いつまでも往生際が悪いわよ、悠理。お誕生日券はいつ使ってもいいって貴方が言ったんでしょう。」 「うぅっ〜。。。」 にこやかにそう話す彼女の母に、悠理は黙ってしまった。 史上最高のトップレディーの母の誕生日プレゼントは毎年悠理にとって悩みの種。 欲しい物等それこそ一つ残らずどころか腐るほど持っている母に今年プレゼントしたのは 『一つおねがいをききます』 券。 相変わらず汚い字で書かれてはいたものの、母はそれを満面の笑みで受け取った。 その結果が今日のこれなのだ。 母の選んだドレスで一緒にパーティーに出席すること。 誰あろう自分が渡したものがこんなことになるとは・・・ 思いもしなかったことに不貞腐れたくもなる。 「さあ、折角私のお誕生日に貴方がくれたプレゼントなんですからもう少し私の喜ぶようににこやかにしててくれたらもっと嬉しいんだけど。」 「わ、わかってらい!だからこんなもんまでちゃんときてんじゃんか。」 そう言ってドレスをひらひらとさせる彼女に母親はニッコリと笑った。 再び歩き出した2人を黙ってみていた清四郎にふいに彼の父が声をかけた。 「どうしたんだ、清四郎?」
その声に −−−−−
一瞬驚いた清四郎のグラスの液体がはねた。 飛び散る雫に心が一層波立つ。 大切なヒミツをのぞかれたようで 鼓動が 早くなる。 視線の端では、さっきまで見蕩れていた少女が振り返るのを捕らえていた。
広い会場 大勢の人の中 すべてをよけて重なった視線
離れていても分かるほど赤みの増していく悠理の頬。 そんな彼女の顔は一瞬にしてそらされた。 音のしそうな勢いで。
短く長い ひととき
ピンクのドレスの後姿が遠ざかっていく。 裾をぎゅっと掴んで 大慌てで
「 あっ・・・ 」
声をかけることも出来ずただ黒い瞳がそれを追う。 「おい、清四郎?」 再び掛けられた父の声に、なにくわぬ顔で振り返ろうとした清四郎。 しかしその顔は彼女の頬の赤みが映ってしまったかのようにほんのりと染まっていた。 「なんでもないよ。」 そう答えた彼の顔に父は気付かなかったようだ。 だが確かに清四郎はいつもとは違う顔をしていた。 そう それは 恋の顔。
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背景:Salon de Ruby様