はつこい 5

   BY のりりん様

 

  

 

刺し込む という言葉が似合いすぎる日差し

机に向かいながらも 頭の中をよぎる あの日

随分前のようで 昨日のような その日。

 

今はもう夏休みの真っ只中。

清四郎は自宅の部屋で ふとカレンダーに目をやった。

何の印もない それでも彼には特別に思える日。

今日は学校で行われる 補習最終日。

そんなものには縁のあるはずのない清四郎。

しかし、彼の頭にその日程はきちんと刻み込まれていた。

名前の知らない 溜息を付かせるほどに。

強い日差しが窓から入ってくる。

彼はその向こうへと視線を変えた。

季節をそのまま表したような空。

この青空を見ながら きっと授業とは無縁のような顔をして彼女はそこに座っているんだろう。

はたまた 夢の中にいるんだろうか 机を枕にしながら。

 

こんな夏は初めてだ。

気持ちのよいはずの晴天はあの日の彼女を思い出させる。

背を向け、去っていった後姿を

確かに眼が逢ったと思えた後に

追いかけなかった 自分

追いかけることさえ出来なかった 言葉

今日までなら 学園に行けば会えるかもしれない、その人。

でも、逢って何を言う?

あの時 出せなかった一言?

それとも あの夜に伝えたかった想い?

 

『明日はぼくもそのばしょにつれていってくれないかなぁ』

 

月明かりのした壊れそうなほど華奢に見えた彼女に言えなかった言葉。

小指の約束が飲み込んだ一言。

照れたような横顔と星降る夜の夢のような出来事。

 

眼と眼が逢って 

くすり と笑って

 

2人だけで歩いた 内緒の散歩。

新しい思い出は

嬉しさと 苦さ が混ざっていた。

小指をそっと見つめた 

 

「指きりげんまん!!」

 

嬉しそうなその声が聞こえるような気がした。

そんな訳ないことなど頭で分かってはいるはずなのに。

静かな闇に見た 近くて遠い横顔。

絡みあった 2人の指

その後も 清四郎のそれが熱をもっていたことを彼女は知っているんだろうか。

許され 初めて過ごした時間が 今も思い出されることを。

 

そんなことをどれほど考えようと 想いを募らせようと

それは何の成果も生み出さない非合理的な一人だけの感情。

頭では充分分かっている。

無駄で 無意味な時間だと。

それでも 繰り返し胸の中を支配する彼女。

やがて 夜になってもそれは消えはしない。

あの夜のように静かではない夜でも。

 

彼女の唯一無二の夏休みの予定を知った日が過ぎていってしまった。

清四郎の溜息を夜の空気が消し去る。

そうして 知らぬ間にいくつも積み重なっていく名のない夜。 

 

 

 

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