謀(はかりごと) ―その後

                 BY いちご様

 

 清四郎が入院した明くる日の面会時間、魅録、美童、野梨子、可憐が連れ立ってやって来た。
「よぉ、清四郎、見舞いに来たぞ。具合はどうだ。」
見舞いに来たというのに、やけに晴れやかな表情の面々。

清四郎はまだ点滴を受けていたが、体を起こしベッドの上で本を読んでいた。
「ああ、みんな。昨夜は世話になりました。」
清四郎が軽く会釈をする。
「でも、たった3日の入院なんですから、別に見舞いなんて良かったんですけど・・・。」
礼を言った割にその表情は苦虫を噛み潰している、という感じだ。

「まぁいいじゃないか、そお嫌がらなくても。
ところで、悠理は?」
美童が病室を見まわしながら聞く。
「朝方帰りましたよ。」
そっけなく答える清四郎。
「あら、残念。色々話を聞きたかったのにい・・。」
目を輝かせながらつぶやく可憐。
(「そうだろうから、今日は来ない方がいいと言っておきました。」)
可憐と美童は興味深々、魅録と野梨子は気の毒そうに清四郎を見ている。

仲間達は昨晩、あまりに痛々しく泣いている悠理の姿に、何も聞くことができなかった。
なので今日は遠慮なく聞こうと、意気込んできたらしい。
清四郎はみんなに黙っていたことのペナルティーも、受けなければならないと解っていたので、諦めて百合子夫人とのいきさつを話し出した。

「おばさまには全てお見通しだったってことね。」
可憐が感心したようにつぶやいた。
「本当だよな。
 俺、あん時一緒にいて、清四郎の言葉も聞いてたのに、全然解らなかったなー。」
魅録は誘拐事件の時の事を思い返す。

「でも良かったじゃない。おかげで自分の気持ちに気が付いて。 じゃなきゃ、あんた達のことだから、一生、孫悟空とお釈迦様だったかもよ。」
可憐の言葉にみんなはうんうんと頷く。

「それでそれで、どっちから告白したの?」
美童はいつも人より高いところにいる清四郎が、やり込められているのが嬉しいらしく、ここぞとばかり質問を繰り出す。

清四郎は溜息をついた。
そんなことまで言う必要があるのかと、いぶかしみながらも、もし悠理がみんなの追及にあっていたら、言わなくて良いことまできっと言っていたに違いないと思い、多少の安堵はあった。

「・・・・・どちらからというか、バレンタインデーに悠理がチョコレートをくれたので、それを僕が受け取っただけです。」
「・・・え、それだけ?」
「それだけです。」

美童が呆れたように聞く。
「だって、清四郎はその時、自分の気持ちを自覚してたんだろ?
 何か言ってあげなかったの?」
「そう言えば、お互い何も言ってなかったと、昨日気がついたんですよね。」

可憐と美童はあんぐりと口を開けている。
「あきれた。
 それじゃあ悠理が不安になるのも無理無いわよ。」
美童は大げさに肩をすくめる。
「まあ、恋愛オンチの二人だからしょうがないんじゃない・・・。
 じゃあ、ケンカの原因はなんだったのさ?」

「大方、また清四郎が剣菱目当てだと、悠理が誤解でもしたのでしょう?」
以前の婚約騒動の古傷を思い出し、口籠もっている清四郎に、幼馴染が的確な言葉を投げ掛ける。
「・・・その通りです。」

「それは本当に誤解なんだよな。」
友情に厚い魅録が軽く牽制を入れ、清四郎と見つめ合う。
と、
「それはそうですわよ。
 でなければ、悠理を傷つけたからと、清四郎が胃潰瘍になる程思いつめるはずはありませんもの。」
野梨子の説得力ある言葉に、誰も何も言えなかった。

「愛しちゃってるんだねー。」
美童が清四郎にウィンクを投げる。
他の3人もニヤニヤしながら清四郎を見つめている。
清四郎は頬をうっすらと染めながら、もはやまな板の上の鯉状態で、皆からのひやかしに耐えていた。

「で、もうその誤解は解けたんだろ?」
「ええ、お陰さまで。」

「そっか。良かったな。」
「本当に。良かったですわ。」
「もう泣かしちゃダメだよ。」
「あー、なんか一番恋愛に縁遠そうな二人がくっつくとわねー。」
4人はひとしきりからかい終わると、病院を後にした。

 

***********

 


面会時間もあと一時間という頃、悠理がひょっこりと顔を出した。
「悠理・・・。来てくれたんですか。」

「皆は?もう来た?」
おっかなびっくりの様子で入ってくる。
「面会時間一番に来ましたよ。」
「そっか、ならもう大丈夫だな。
 まだ痛む?」
「いえ、もうそれほどでも。
 悠理こそ昨日あまり寝てなかったから疲れたんじゃないですか?」
「うん、だから家に帰ってからちゃんと寝たよ。」
 ・・・で、さあ、・・・やっぱ、みんなに色々聞かれた?」
「ええ、さんざんからかわれましたよ。
 でもこれで、もうからかうようなことは、あいつらもしないと思いますよ。」

悠理はベッドの端に腰掛けた。
「まだ点滴は外れないんだ。」
「明日には、外れて食事も始まります。絶食したので流動食からですけどね。」
「そっか。 あたいだったら絶食なんかしたら、それだけで病気になりそうだけどな。
 つらくないか?」
「大丈夫ですよ。もともと最近はあまり食べてなかったですしね。」

途端に悠理が申し訳なさそうな顔になった。
「別に悠理のせいじゃないですよ。
 それにこれからは、もうこんな病気になることも無いでしょう。」
そう言いながら悠理の頭に手を乗せ撫でる。

悠理が少し伏し目がちに聞いてくる。
「なぁ、本当にいいのか?」
「何がですか?」
「その・・・あたいなんかでさ・・・。
 清四郎には、もっとふさわしい人がいるんじゃないか・・な・・。」

清四郎は右手を悠理の肩から首に回し、抱き締め、頬を寄せる。
こうして抱きしめていると、心が満たされる。
不安も消えてしまう。
悠理も同じように感じてくれれば良いと力を込める。

「僕は、悠理が、いいんです。
 でも、それを言ったら悠理こそ僕でいいんですか?」
「・・・あたいも清四郎がいい。」

お互いが耳元でしゃべっているので、顔は見えない。
触れ合っている頬が熱く感じるのは、きっと悠理の顔が真っ赤になっているのだろう。
「良かった、両想いですね。」
「うん、・・・そだな。」
清四郎が抱き締めていた手を緩め、悠理の唇に唇を寄せた、
その時、
コンコン。
「おぅ、どうだ清四郎。具合は」
と、この病院の院長、菊正宗修平が顔を出した。

ドアが開く寸前、雲海和尚も認める俊敏さで、悠理は窓際に移動していた。
「お、悠理くん、来てくれてたのか。」
「あ、おっちゃん、こんちは。」
悠理はぺこりと頭を下げた。

「どうした?二人とも赤い顔をして・・・。
 空調の効きすぎか?」
「いや、別になんでもありませんよ。それよりどうしたんですか?」
修平が、悠理に向けていた顔を息子に戻した。
「何、バカ息子の顔を見に来ただけなんだが、ちょうど良かった。
 悠理くん、今夜の夕飯、家で食わんかね。
 すき焼き用の肉を大量にもらったんだが、こいつはこんな状態で食えんしな。」
悠理の顔がぱあっと輝いた。
「え、すき焼き?行く行く。」
「おう、悠理くんが来てくれれば助かるわい。じゃ、行くか。」

「うん。じゃ、清四郎。また明日な。」
悠理はそう言うとスキップでもしそうな勢いで、修平と病室を出て行ってしまった。
清四郎は溜息を一つつき、読みかけの本を再び読み始めた。

 

**********

 

清四郎が入院して2日目、今度は面会時間一番に悠理が来た。
「よっ、もう点滴はずれた?」
「ええ、午前中の診察で、OKが出たのでね。」
点滴が刺されていた左手を上げて答える。
「もうお昼から食事も始まりましたよ。」

「そっか。良かったな。
 ・・・昨日はごめんな。すぐに帰っちゃって・・・。」
今までの悠理だったら、そんなことで謝ることなんて、きっとしなかったろう。
それだけでも昨日のちょっと不貞腐れた気分が溶けていく。

「今日はお見舞持ってきたんだ・・・。」
悠理が差し出したのは、口溶けが良く栄養豊富な、
『たまごぼーろ』。

「昨日、和子さんに聞いたんだ。
 清四郎はしばらく消化のいいもんしか食えないって。
 んで、色々考えたんだけど、これなら大丈夫かなって。
 昔、あたいがお腹こわした時に母ちゃんがくれた事があってさ。
 赤ちゃんの食べもんだけど、あたい好きなんだー。
 懐かしいような、優しい味がするだろ。」

清四郎は悠理が自分の事を考えて、このお見舞を選んでくれた事が、とても嬉しかった。
「ありがとう、悠理。」
悠理も嬉しそうに笑った。
「な、食べる?ってか、食べられる?」
「ええ、少しなら多分大丈夫でしょう。」

悠理は封を開けるとたまごぼーろを一つ取り出し、清四郎の口に近付けた。
清四郎はそんな悠理の行動に、面食らいながらも、口を開けた。
舌の上に乗せたたまごぼーろは、ほんのりと甘い味で、それだけで幸せな気分になれる。

悠理は自分の口にもしっかり運び、口の中でカリコリと音をたててかじる。
「ほら、清四郎。」
と、また一つ悠理がたまごぼーろを差し出す。
そんなことを何回か繰り返していた時。

ガラッ。
ノックもせずにいきなりドアが開いた。
「清四郎、退院の時・・・に着る服・・・持ってきたわよ。」
話し掛けながら入ってきた、和子の声のトーンが段々下がっていった。
丁度、悠理の手がたまごぼーろを持っていった時だった。
「アネキ・・・。」
「和子さん・・・。」
三者見つめ合ってしばし沈黙。

「あんた達ねえ、仲直りしたのはいいけど、場所をわきまえなさいよ。いくら個室とはいえ、病院なんだからね。」
病人に食べ物を食べさせているだけなのだが、和子の目からは、バカップルがいちゃついているようにしか見えない。

「ま、でも、悠理ちゃんに優しくしてもらうのが一番の薬だとは思うけどね。だってよく言うじゃない。
『お医者様でも草津の湯でも、恋の病は治りゃせぬ』って。」
と、自分で言っておきながら、和子はケタケタと笑い転げた。

清四郎は頬を少し染める程度だったが、悠理は熟れたトマトのように真っ赤になっていた。
「これ以上は悠理ちゃんがかわいそうだから、詳しい話は退院したら聞くことにしようかしら・・・。」

「親父達に余計な事、言わないで下さいよ。時機がきたらちゃんと自分で言いますからね。」
清四郎は和子に釘を刺す。
「はいはい。
 あ、悠理ちゃん、まだ高校生なんだから、キス以上は許しちゃダメよ〜。」
そう言うと、和子は手をひらひらと振りながら出ていった。

悠理は真っ赤になった頬を両手で抑えた。
「どーしよー、はずかしー。」
「別に大したことじゃないでしょ。」
そう言うと、悠理の手を取り、残っていたたまごぼーろを、口にくわえた。それも悠理の指も一緒に。
「な、何すんだよ。」
ますます赤くなって手を振り上げたが、やはり清四郎に受けとめられてしまった。

「明日には退院できるの?」
和子の持ってきた服を、ロッカーにしまっている清四郎に悠理が尋ねる。
「ええ、検査結果が明日出るので、問題無ければ午前中には退院できるはずです。昼休みにでも電話しますよ。」
「うん。」

「そーだ、母ちゃんが『お大事に』って言ってたよ。」
悠理がベッドに腰掛けて話し始めた。
「そうですか。一度ちゃんと挨拶に行かなくてはなりませんね。」
「なんだよ、挨拶って。」
きょとんとした表情で悠理が問う。
「悠理と真面目に付き合うことになりましたってね。」
悠理は途端に真っ赤になった。

「そんなんいーよ。また母ちゃん大騒ぎするぞ。」
清四郎は苦笑い。
「大騒ぎは困りますけど、付き合ってることはもう知ってるでしょうし、それならそれで、きちんとしないと。
 それにおばさんのお蔭でもありますしね。
 都合を聞いておいてもらえますか。」
「うん、しばらくは家にいるみたいだったけど・・・。」
「じゃあ、退院したら一度行きますね。」

 

***********

 

月曜日、悠理はびくびくしながら学校に行った。
同じクラスの魅録にも顔を合わせずらく、始業ギリギリで教室に入る。
でも、そんなことは杞憂で、昼休みに部室に顔を出した時も、清四郎の言った通り、誰もからかうような事はしなかった。

「清四郎、今日、退院するんでしょ?」
可憐がお湯呑みを片付けながら悠理に聞いた。
今までなら野梨子に聞いていたであろう事を悠理に尋ねる。
そんなことにも違和感を感じさせない。

「うん。検査結果に異常が無ければだって。
 退院したら昼に電話くれるって言ってたんだけど・・・。」
昼休みが終るまで、10分を切った。
時計を見上げ、少し心配そうな悠理に野梨子が声を掛ける。
「きっと大丈夫ですわよ。
 和子さんも問題ないはずとおっしゃってましたもの。」

そんな時、魅録の携帯が鳴った。
着信画面は『清四郎』
「おい、清四郎からだぜ。」
そう言いながら携帯に出る。

「はい、清四郎か?」
『ああ、魅録ですか?』
「お前、退院できなかったのか?」
『いえ、退院しましたよ。』
「ならなんで悠理に電話してやらないんだよ。さっきから心配してるんだぞ。」
『悠理はそこにいるんですね。良かった。
 替わってもらえますか?』
「ああ。」
釈然としないまま、魅録が携帯を悠理に差し出す。

悠理は既に半ベソ状態だ。
「ほら、悠理。清四郎からだぞ。退院してるって。」
すると悠理は嬉しそうな機嫌の悪そうな、複雑な表情をしながら携帯を受け取った。

「もしもし。」
『悠理ですか? 清四郎です。
 無事、退院できました。』
「そっか、良かった。 って、退院できたのはいーんだけど、なんであたいの携帯に掛けてこないんだよ。」
顔は嬉しそうだが声は不貞腐れている。
『僕としても悠理に掛けたかったんですけど、何度掛けても
 繋がらないんですよね。お話し中で・・・。
 悠理、もしかして着信拒否になってないですか?』

「あっ!
 ・・・そうだった。ご、ごめん!」
清四郎と諍いがあった日に、着信拒否にしたことを思い出した。
悠理は自分の携帯を持ち上げて見つめる。
『やっぱり・・・。
 でも、良かった。また何かあったかと思いましたよ。
 夜にまた電話しますから、それ、解除しといて下さいよ。』
「うん。わかった。」

はにかんだような顔をした悠理が魅録に携帯を返す。
「ごめん、あんがと。
 あたいが、着信拒否にしたままだったんだ。」
魅録が頭をぽんとたたく。
「しょーがねーなー。ちゃんと解除しとけよ。」
「もう、悠理ったら心配させて。」
みんな口々にそう言いながらも、笑顔になった悠理に安堵した。

 

***********



火曜日、清四郎はいつも通り野梨子と登校した。
残り少ない学校生活を変わりなく過ごす。
ただ一つ変わったのは、部室内での席が、
清四郎と悠理が近くになったことぐらいだろうか。

放課後、剣菱邸に行くため、清四郎と悠理は一緒に下校した。
再び百合子夫人の専用応接室に通される。
多少、緊張しながら夫人と向かい合った。
あの時と違うのは、悠理が隣に座っていること。
それだけで落ち着くことができた。

清四郎は両の手を膝の上で軽くにぎり、すうっと息を吸う。
「おばさん、悠理と付き合うことになりました。
 これは正月におばさんに言われたからではなく、
 僕の本心からです。」
清四郎は真正面から百合子夫人に言い渡した。
悠理は頬を染め、視線を下に向けている。

「まああ、嬉しいわ。
 この日をどんなに待ったことかしら。」
百合子夫人はハンカチを握り締め、目頭を抑える。
「でも、清四郎ちゃんの本心はあの時に解っていましたもの。
 あなた達ったら、なかなか自分の気持ちに気が付かないから、
 本当にやきもきさせられたわ。」

「なんだよ、あなた達って・・?」
悠理のその言葉に、百合子夫人はおかしそうに笑う。
「あら、あなたまだ気付いて無かったの?
 ずっと清四郎ちゃんの事が好きだったってこと。」
「え、そんなこと・・・」
清四郎も初耳だった。
そういえば、いつから悠理が自分に好意を持っていたかを聞いたことは無かった。

「あなた何か困ったことがある度に、真っ先に清四郎ちゃんを頼るし、あのアドベンチャークイズで、清四郎ちゃんがコブラに噛まれた時、泣きながら助けを求めてきたあなたを見て、ピンときたのよ。
それに、以前、婚約した時に同室を思いっきりいやがったのだって、清四郎ちゃんを意識してたからでしょ?」

「え、そうだったっけ・・・?違うんじゃない?」
悠理はキツネにつままれたような表情をしている。
「いーえ、絶対にそうよ!
 何年あなたの母親をやってると思ってるの?
 あなたの事なんて全てお見通しよ。」
実の母親にそう言われ、悠理はそれ以上、何も言えなくなった。

「チェストを少し開けて、テープレコーダーを見つけやすいようにしておいたのも、一波瀾あった方が進展が早いかと思ったからよ。
 ほら、『雨、降って、地、固まる』って言うじゃない。」
コロコロと笑う百合子夫人。

この一週間の自分の苦悩は何だったのかと、清四郎は一瞬、呆然とした。胃潰瘍になるまで思い悩んだというのに・・・。
まるで自分が百合子夫人の掌で、転がされていたような気持ちになった。

***********



「これから豊作の手伝いで、剣菱に関わる事も多くなるでしょうから、清四郎ちゃんの部屋を用意したのよ。
 ちょっと良いかしら。」
そう言って応接室を出て案内する。

以前会長代理をした時も部屋を与えられたので、同じようなものかと思っていた清四郎は目を疑った。
あの時は普通のゲストルームに仕事用の机を入れてもらったものだった。

しかし、今、案内された扉の向こうには、豪華な応接セットに重厚な机、その上にはパソコンが既に設置されている。
ドア続きの部屋にはゆったりしたソファにホームシアター。
魅録が喜びそうなオーディオセット。
天蓋付きのダブルベッド。
ゆったりしたジャグジー付きのバスルーム。
まるでホテルのスィートルームのようだった。

「うわっ、すっげー、豪華じゃん。」
思わず叫ぶ悠理。すかさずDVDを物色している。
「有り難いと思いますが、この部屋は僕には分不相応な気がするのですが・・・。」
困惑する清四郎。まるで婿養子を取るための、罠のように感じてしまうのは気のせいか。

「あら、遠慮しないで。こちらに泊まることも増えるでしょうし・・・。
 それに悠理、清四郎ちゃんがいる時は、あなたもここで過ごせばいいでしょう?」
そう言われて悠理はなんの疑問も持たずに「それもそっか」と納得している。

「そうそう、あそこの引出しの鍵はこれよ。」
そう言って渡された小さな鍵。
百合子夫人の視線の先には、ベッドサイドに置かれたローチェストがあった。
その上には、埋もれそうな程のフリルのカバーが掛けられたティッシュ。
鍵のかかった引出しの中に何が入っているのかは、百合子夫人のニンマリした笑顔で、見なくても清四郎には理解できた。
良く見れば、バスローブやスリッパ等が、ペアで用意されている。

改めて百合子夫人には適わないという事を認識した清四郎であった。

 

 

END

作品一覧

 背景:PearBox