狙われた学園 SideStory-2

                 BY いちご様

 

学園を取り戻し、ピーターは哲郎と帰国、ミセスエールのお母さんも元気になって万万歳となった。

はずであったが、一つ落とし穴があった。

それは悠理の食に対する執着(もはや執念)だ。
まるでダイエットをした人が、リバウンドで食べまくるがごとく、
悠理は手からお箸を離すことなく食べ続けた。

清四郎も悠理がどれほど我慢していたかを解っていたので、
あまり強くも言えず、ましてや食欲に支配された悠理が
そんな清四郎の忠告を聞き入れる筈もなく・・・・・。

数日後、清四郎と野梨子は悠理の異変に気が付いた。
能天気な悠理は自分の体の異変に気付くはずもない。

清四郎は携帯で何ヶ所かに電話をした後、悠理に話しかける。
「悠理、今日は午前中授業でしたよね。
 お昼ついでに午後は僕に付き合ってくれませんか。
 菊正宗病院のレストランで、新メニューの試食会があるんですよ。」
「え、行く行く。お前のとこの病院のレストラン、美味いんだよな。 眺めもいいし。」

その会話を聞いた野梨子は気の毒そうに悠理を見ていたが、
当の悠理はもう昼のご馳走のことしか考えていなかった。

お昼になり、悠理は清四郎と共に菊正宗病院に行った。
エレベーターに乗り、清四郎が5階のボタンを押す。
「あれ、清四郎、レストランて最上階じゃなかったっけ?」
「ええ、まだ検討中のメニューだから外部の人には知られたくないので、別の部屋でやるそうです。」
「そっか。」

5階で降り、ナースステーションの前を通りすぎる時、
清四郎が主任ナースに挨拶し、目配せをした。
「さあ、ここですよ。」
そう言って立ち止まった部屋は『特別室』と書かれていた。
ふーん、こんなとこでやるんだ。
と、ガラッとドアを開けたが中には何もない。

「今、連絡して準備してもらいますから、ちょっと待ってて下さい。
 あ、それから、今回のメニューは体にどんな影響が
 あるかも調べたいので、
 申し訳ないけど、ついでに尿検査もさせて下さい。
 はい、これ。」
と、清四郎は洗面台に置かれていた紙コップを差し出した。
それには大きく『剣菱悠理』と書かれていた。
「へー、やっぱ病院だとメニュー決めるのも大変なんだな・・。」
普通ならこの段階で、何か変だと思うはずだが、
悠理の頭はまだご馳走のことで一杯だった。

「トイレは出て右に行ったとこです。
 小窓がありますから、そこに置いといて下さい。
 終ったらこの部屋で待ってて下さい。
 じゃ、僕は連絡してきますね。」
と言って、清四郎は出て行った。
 
トイレを済ませ部屋に戻ったが、清四郎の姿は無く、
代わりに看護婦さんがいた。
「血圧を測りますから、ベッドに座ってもらえますか?
 あと、その制服じゃ腕がまくれませんから、
 これに着替えて下さいね。」
と、にこやかに病衣を渡され、カーテンを閉められた。

ここに至ってなんか変だと思い始めたが、
なんだか忙しそうな看護婦さんに質問するのも躊躇われ、
一応言われた通りにする。

着替えの後、血圧測定を終えると、看護婦さんは出ていった。
「また来ますね。あ、なるべくベッドに入っていて下さい。」
と言い残して。
悠理はベッドに入るのは抵抗があったので端に腰掛けて待っていた。
 
ようやく清四郎が戻ってきた。
その手には食事ではなく何か伝票のようなものを持っている。

「あ、清四郎、ご飯まだ?
 あたいもうお腹すいて倒れそう・・・。
 それになんか変なんだぜ。血圧まで測ってさ。
 なるべくベッドに入っていて下さい、とか言われちゃった。
 なんか勘違いしてんじゃないのかなー・・・。」

清四郎は返事もせず、伝票を見ながら顎の下に手を置き、
何か考えているようだった。

何も言わない清四郎を不安げに見上げる悠理。
「清四郎?」

 

コンコン。
ノックの音に、待ってましたと振り返った悠理の目に映ったのは、花束を抱えた五代の姿だった。
「へっ」
五代はてきぱきと花をベッドサイドに置き、その横に剣菱夫妻、タマ・フクの写真を置く。 そして悠理の方を見て、
「嬢ちゃま、おいたわしい・・・。」
と涙を浮かべながら出ていった。
突然の事に悠理はあっけに取られ、口も出せなかった。
「な、何。五代どうしたの?」

「悠理、すまなかった。」
と、今度は清四郎の突然の謝罪。

もう悠理の頭の中は、はてなマークで一杯だった。

(「すまなかった?すまなかったってどういうこと?
 はっ・・・もしや!」)
「おい、レストランの試食は?食べられないのか?」
こんな状況でも、まだ試食のことが頭から離れない悠理。

「食べられますよ、腎炎が治ったらね。」
「な、何言ってんだよ、腎炎は偽装だったろ?」

清四郎は持っていた伝票のような紙を、悠理の顔の前にかざしてこう言った。
「悠理、これが今の尿検査の結果です。
 お前は正真正銘の腎炎だ。
 これからしばらく入院治療です。
 ・・・だから、塩分の取りすぎは体に毒だと言ったでしょう・・・。」

「うそっ!!」

悠理の脳裏に悪夢がよみがえる。
あの高千穂病院の食事が・・・。

「はっ・・・・、
 おーーまーーえーー、レストランの試食なんて言って、
 あたいを騙したな! 尿検査までさせやがってーーー。」
悠理は涙目になっている。
「おまけに家にまで連絡済かよお・・・。」

「当たり前でしょ。
 正直に言ってても来ましたか?
 お前が腎臓病の食事を嫌がってるのは承知の上ですからね。」
悠理はがっくりと肩を落とした。
そう、清四郎が悠理を騙すのなんていつものこと・・・。

「悠理、腎炎は侮ってはいけない病気です。
 もしも慢性腎炎に移行したら、ずっと病人食ですよ。
 お前にそれが耐えられるんですか?」
「・・・・・・。」
「だから、きちんと治しましょうね。
僕にも責任はありますし、できる限りのことはしますから・・・。」

「そうだ!
お前が入院なんかさせなければこんな事にならなかったんだ。
 お前が悪い!」
悠理は清四郎に指を突き付けて叫んだ。
「あれはしょうがないでしょ。
 あの場合、悠理が入院するのが適役だったんですよ。
 あのおばさんに相当好かれていましたからね。」
「でも・・・今、責任あるって言ったじゃんか。」
「責任があると言ったのは、お前が暴飲暴食をしている時に、
 止められなかったことです。」
「・・・・・・。」
言い合いで清四郎に勝てないのもいつものことだった。

悠理はあきらめの境地でベッドにもぞもぞと潜りこんだ。
布団をかぶり、膝を抱える。
どうせ清四郎には何を言っても適わない。

コンコンとノックの音がして看護婦さんが入ってきた。
「お昼ご飯、お持ちしました。」

「ありがとうございます。」
とにこやかに清四郎が受け取る。

「ほら、悠理。
 お昼ご飯ですよ。お腹すいたでしょう。」
テーブルを出しながら話しかけるが、悠理はすねているのか
膝を抱えたまま動こうとしない。
「悠理、決められたものを食べるのも治療の内ですよ。」
その言葉で悠理はのろのろと動き出し、テーブルの上に目をやった。

「えっ、これ食べていいの?」
テーブルの上にはトレーこそプラスチックの物だったが、
ご飯茶碗、小鉢、お皿は瀬戸物、お椀は木彫りのものだった。
そこに綺麗に盛られている食材も、まるで懐石料理のようだ。
量こそ少ないものの、見た目は十分に満足できるものだった。
高千穂病院で出されたものとは全然違う。

「だって、高千穂病院で出されたのは、もっと質素で、もっと美味しくなさそうで、器もこんなんじゃなくて・・・。」
悠理は信じられないと言った表情でつぶやく。

「ええ、ちゃんと腎臓病の病人食ですよ。味は薄味で量も普段の悠理にしてみればおやつくらいの物でしょうが・・・。
入院している人にとって、食べることは何よりの楽しみでしょう?
 だからうちでは満足してもらえるよう、食事にかなり力を入れてるんです。
 食器も味気ない物でなく、できるだけ瀬戸物を使ったり、盛り付けも工夫してね。」
 
悠理は箸を持ち、おそるおそるおかずを口に運んだ。
「・・・美味しい。
 清四郎、薄味だけど美味いぞ、これ。」
清四郎はその様子を見て、ほっと息をつく。
「よく噛んで食べて下さいよ。
 その方が満腹感を感じますからね。」
一気に食べてしまいそうな悠理に釘を刺す。

お腹がすいていたこともあって、
悠理はやはりすぐに食べきってしまった。
「ご馳走様でした。」
食べ足りないであろうに、
それでもちゃんと両手を合わせて挨拶をする。
「へへ、量は少なかったけど、美味しかったから満足したよ。」
ちょっと淋しそうに、そう言って笑う悠理がなんだかけなげに見えて、清四郎は悠理の頭に手を置き、優しく撫でてやる。
「そうですか、早く治るといいですね。」
悠理は清四郎に頭を撫でられ、
だんだんと気持ちが落ち着いていった。

大きくて暖かい、大好きな清四郎の手。
「あたい、眠くなってきた。
 なあ、あたいが眠るまで、こうしててくんない?」
「どうしたんですか、急に。」
そう言いながら、清四郎も手は止めない。
「んー、なんか清四郎にこうしてもらってると落ち着くんだ。
 タマやフクの気持ちが解るなあ・・。」
(「もしかしたら、あたいの前世は猫で、本当にこいつのペットだったのかも・・・。」)

清四郎はトレーを片付けテーブルをどかすと、
悠理をベッドの中に寝かせ、再び頭を撫でてやる。
「昼の面会時間はもう終りですけど、悠理が眠るまでいますよ。  夕方になったらまた来ますね。」
「うん。」
悠理は気持ちよさそうに目を閉じた。

 



おわり

 

作品一覧

 背景:素材通り