by ましまろさま
「全く参ったわ、今日の英語の小テスト。悠理のクラスもあったんでしょ?」 「うん。丁度おばちゃんに教わったところが出て助かっちゃった〜」 「まあ。と言うことは自信が有りますのね?」
可憐のお手製クッキーを笑顔で頬張る悠理を見れば返事を聞くまでもない。 実際、昨日返された数学の抜き打ちテストも平均点をクリアしていたのだ。
「悠理 大丈夫かい?酷いことされてない?」 「全然だぞ。仲良くなっちゃった!かあちゃんとも話が合うみたいだし!」 「ええっ?おばさまと話が合うのって怖すぎるわよ。」 「だな。共有する話題が火薬とか銃器関係しか思い浮かばねえもんな。」 「ん〜。そういや、昨日装甲車がどうとか言ってたじょ。」 「物騒ですわね。そう言えば悠理、豊作さんはどうしてますの?」
モルダビアと剣菱夫人の2ショットが怖すぎて忘れていたが、そもそも豊作の 何かが彼女の興味を引いたのというのがきっかけだった。 美系好き、強い男も好みという彼女は以前にも美童や清四郎に興味を示した。 あの時2人は肉体的にも精神的のも大打撃を受けた。今もトラウマだ。
「あのモルダビアに気に入られちゃうなんてね。僕だったら帰宅拒否するよ。」 「アプローチの仕方が凄そうね?美童の時はスキーウェア破って迫ったわよね」 「思い出させないでよ〜。」 「兄ちゃん、いない事が多いもん。迫られているかなんて分かんないよ。」 「剣菱の社長だもんな。時間に追われて相手してる暇はないだろうよ。」 「だったら安心ですわね?どう考えてもお似合いとは言えませんもの。」 「・・・でも毎朝一緒にジョギングしてるって・・・じいが・・・」
ぽそっと呟いた悠理の一言に激震が走る。
「嘘だろ〜!もしかしてカップル成立してたの!?」 「落ちつけよ。それだけじゃ分んねえだろ?でも豊作さんがジョギングねえ。」 「想像つかないわあ。でも肩幅あるし意外とスタイルいいかもよ?」 「だね、スーツの着こなしもサマになってるしね。結構・・何?魅録。」
突かれて、顎で示す方向を見るとパソコンから顔を上げない清四郎。 「悠理欠乏症」は重症なのか、先ほどから会話には全くの不参加だ。 原因はどうあれ、彼の機嫌をこれ以上損ねるのは得策ではない。
「早起きは嫌だけど〜兄ちゃん達と走ろうかな?」 「あ、いや・・・そうだ!鍛えるなら清四郎と東村寺に行きなよ?ね?」 「え〜?来週から試験だぞ?どうする?清四郎。行ってみる?」 「そんな暇ないでしょう?僕も豊作さんに呼ばれているので遊べませんよ。」 「仕事ならしょうがないよな。・・・何だか顔が怖いぞ?何かあった?」
ようやく気遣う台詞に清四郎の顔が少しほころんだ。
「何でもありません。帰りますよ、悠理。ではお先に失礼します。」
実際、悠理とモルダビアの蜜月状態は面白くなかったが、いつまでも拗ねる ほど子供ではない。 豊作からのスカイプ連絡が先日話し合った資産運用に何か問題が起こった ことを匂わせ清四郎を不安にさせていたのだ。
(株は業績のいい一部上場会社と資源関係を主に運用、商品先物は金と穀物を 買い越し、為替は日銀の動きが気になるからドル円と反する動きをする通貨を 同量持つことにしていましたよね。)
「清四郎君、待っていたよ。早速だけどこの画面を見てくれるかな?」
パソコン画面に映る為替のポジション一覧表を見て、自分たちの意見が一部 反映されていないことを知る。
「ドル円ポジションがかなり売り越しの状態ですね。介入の噂があるものの ドル安に動いているからでしょうけど。・・・嫌な予感がしますね。」 「そう。ドルの下落が止まらない以上、売りポジは正しいんだ。でも・・・」
今のところ運用チームは巨額の利益を生み出している。しかし一旦介入が 実施されればドル高になり、あっという間にマイナスになる恐れがある。 清四郎と豊作はそれぞれコンピューターや人脈を駆使しリミットとストップの ラインを模索した。利益を確保し、介入に備える作業は数時間にも及んだ。
「いや〜、清四郎君、助かっただよ。豊作もよくやっただ。」
やはり清四郎と豊作の読みは正しかった。次日の11時に介入が行われたのだ。 売りポジションは一部を残し清算、短期間のつもりで買いをいれた。世界の動き がドル安傾向のため日銀の単独介入の影響は短期だろうと踏んだのだ。
家族そろっての夕食の席で万作は上機嫌であった。 莫大な利益を挙げたことよりも長男と未来の婿の連携に満足したようだ。
「浮かれるのも結構ですけど、問題はまだ解決していませんわよ。」 「どういうことだがや。」 「指示を無視されたことをお忘れ?豊作、あなた軽く見られすぎですよ」 「・・・はい。」 「運用チームの責任者は処分したんでしょうね?」 「・・・。」 「まさか、まだなの?」 「彼の能力は今回のことだけで切り捨ててしまうには惜しいので・・・。」 「その能力とやらが今回の思い上った行動を招いたんでしょ?まったく。」
激しい怒りを爆発させる母親に豊作は困ったように微笑んだ。
「やっぱ、兄ちゃんは頼りないのかな?」
車寄せに向かう途中、裾を引っ張られた。母親の剣幕に不安を覚えたらしい。 一部正解。しかし豊作と仕事をする機会が増えた今は認識を変えた。 万作のカリスマ経営によって成り立っていると錯覚しがちだが、それだけでは 巨大企業に成長した今の剣菱は稼働しない。 自分には決断力がないと言って万作の意見を仰ぐ豊作だが、それは完璧に整え られた書類を用意し最後に父の野生のカンに判断させるというだけだ。 何故、親を立てる形式を取るのかは疑問だが、今の剣菱を動かしているのは 間違いなく剣菱豊作その人だ。 それゆえ、豊作の抱える仕事量は殺人的と言ってもいい。 清四郎も一時は全てを任されて奮闘した経験を持つが、数週間で気力も体力も 限界に達した。
(あの気弱そうな表情と仕草に騙されるんですよね。)
清四郎のようにトップギアで頑張ることはないが何年も剣菱の社長として 企業をけん引してきたのである。並みの人間に出来ることではない。 ただ、あまりにも淡々とこなしている為、周囲はその偉業に気付かないのだ。 悠理に話してもいいが、豊作はそれを望まない様な気がした。 代わりに しょんぼりと下を向く悠理の頭をそっと胸に抱き寄せた。
「あんたは阿呆なのかい?!」
自室に帰って為替のチェックしていた豊作に突然の投げつけた質問。 この数日間の滞在だけでモルダビアは豊作を自分なりに分析していた。 実は彼女自身も豊作の何に惹かれたのか分らなかったのである。 見かけとは違いかなり優秀な男。度胸もある。しかし何かが足りない。
「あんた、いずれは剣菱を去るつもりかい?」 「ははは。まさか。」
意外なことを聞かれたとばかり目を見開き面白がる顔を見せた。その眼は 初めて対面した時と同じ光を見せた。
(こいつはどんな状況でもそれを楽しめる性格らしいね・・・。)
「剣菱以外の人生を考えたことはありませんが。」 「そうは見えないね。能力が備わりながら無能を演じている訳は何だい?」 「はは。随分高く買ってくれてるんですね。」 「はぐらかすんじゃないよ!」 「・・・。」
自分には万作や悠理のようなカリスマ性がないことを豊作は受け入れていた。 もし、剣菱がトップに華を求めるのなら、悠理を社長とし自分は喜んでサポー ト役に徹するつもりだ。 そう考えているのに、一部の幹部からは会長と対立する派閥のトップになって 欲しいと熱望されていた。派閥は時として素晴らしい業績を挙げることもある。 しかし、豊作はそれが剣菱の体質には合わないと感じていた。
「ふん。大方、派閥形成を阻止する目的があるんだろう?」 「そうなんですか?」 「タヌキだねえ?親ですらあんたの本性に気付かないんだから。」 「・・・お陰で色々助かります。」
優しげな微笑みを浮かべる豊作に今まで感じたことのない感情がわき上がる。 罵倒したいのに、抱きしめて守りたくもあるのだ。
「こっちに来な!」 「!!!」
本能に任せ驚く豊作を”ギュッ”と抱きしめる。 組織の一部となって生きる豊作と自分に何を思ったのかは分からない。 ただ、この瞬間が彼女にとって必要だったのは確かだろう。
「・・・久しぶりに息がつける思いです。」
豊作はゆっくりと息を吐きモルダビアの肩に頭を預けた。
「じゃ、試験頑張るんだよ?死ぬ気でやりな。」 「おばちゃん!」
急な任務が入ったとモルダビアが言ってきたのは翌日のことだった。 清四郎や悠理との勝負は結局お預け。しかし彼女の顔に未練はなかった。 豊作の差し出した手を握り、無言で頷くと意を決した様に歩き出した。
去っていく彼女を見つめながら剣菱夫人はあることを思い出す。
「あら、妹さんが今フリーなのか聞くのを忘れていたわ。」 「まさか、かあちゃん。また豊作の嫁になんて言うだかね?」 「当たり前です。豊作だってプリスカちゃんを可愛いと思うでしょ?」 「やめて下さいよ・・・ただ、優柔不断な僕には妹さんよりお姉さんの方が 似合ってる気がしませんか?」 「「?!?!?!」」 「何を言うんです!用心棒を雇うんじゃないんですよ?可愛い嫁が欲しいの!」 「わしも反対だがや。家にかあちゃんと悠理にモルダビアさんじゃ・・・」 「あなた!何だと言うんです?」 「いや、その・・・」
相変わらずの両親の会話を聞きながら、悠理は豊作の発言が案外本音を語って いるような気がしていた。
「う〜〜〜〜!」 「悠理、テーブルに噛みつくのは止めてくださいな。」 「そうよ。これだけの点数取れたんだもの。奇跡に近いじゃない?」
国語と古典以外の教科が平均点を上回り、数学においては87点という高得点 を叩きだした悠理。メンバーもビックリの成績だ。
「あたいは100点を取りたかったんだい!う〜〜!」 「国語と古典も赤点じゃないし、お前にしちゃ頑張ったのは認めるぜ?」 「そうだよ。ご褒美に僕の差し入れも全部あげるから、機嫌直しなよ〜。」
本気で悔しいらしく悠理の目にうっすら涙が浮かんでいる。
「モルダビアさんと約束でもしたんですか?大丈夫ですよ、分ってくれます。」 「・・・ちがわい。ヒデ〜の。もう忘れてんだもん・・・」 「「「「「 何を? 」」」」」
「う〜〜〜!清四郎忘れたのかよ!お前あたいの満点の答案用紙が欲しいって 言ったじゃんか〜〜〜!!ヒデ〜よ。こっちは一所懸命頑張ったのに!!」
「「「「 突然の猛勉強の理由はそれ? 」」」」
直後、4人が見たものは、口元を片手で覆い顔を背けたクールを信条とする はずの生徒会長の姿。
「あら〜、完全にスイッチが入ったんじゃないの〜?」 「くくっ。惚れた相手が天然だと大変だな。清四郎ちゃん?」 「随分長いこと2人で会えませんでしたもの。反動が怖いですわよね?」 「近々、主従関係が崩壊して恋人同士の2人が見られるかもね〜。」
「!!・・・そこ!うるさいですよ!!」
威力を欠いた清四郎の台詞にメンバーの笑いが弾けた。
もうそこまで冬はやってきていた。 早朝5時半のジョギングは1日の始まりとしては最適だと思っている。 少し前までは隣を一緒に走る相手がいた。 どちらも口をきくことなく黙々と走ったがお互いを理解していると感じた。
「兄ちゃん、もしかしておばちゃんのこと少しは好きだった?」
妹の意味するものが愛や恋であるのなら違うと言わざるを得ない。 しかし1人の人間としてなら・・・
「好き・・・かな。」
豊作は微かに笑うとペースを上げ走ることだけに集中した。
END |
背景:イラそよ様