剣菱豊作氏の独り言

 

                                      by ましまろさま

 

 

 もう時刻は深夜に近い。

 今から夕食を取ると、胃が重くて熟睡できないのは明白だ。

 会議の途中に軽食を取っておいて正解だった。

 メイドに頼んだホットミルクを家族用の居間で待っていると悠理がやって来た。

 どうやら今まで清四郎君とデートだったようだ。

 頬はバラ色で、猫を思わせる瞳がいつにもまして輝いている。

 相変わらずのやんちゃ者だが、時々凄まじい色香を放つ時がある。

 

「兄ちゃん、今帰ったの?お疲れ様」

 

 以前の彼女なら労いの言葉などなく、僕の夕飯を狙ってるはずだ。

 これも清四郎君のおかげか。

 恋は悠理を確実に成長させている。

 兄としては嬉しいが、少々淋しくもある。

 

「兄ちゃん疲れてんじゃね?あたいに何か出来ることある?」

 

 本当に僕を心配していることが分って、喜んでしまった。

 僕の原動力はお前だ、悠理。

 お前や両親、剣菱に関わるすべての人が僕を前進させるのだ。

 全員を幸せにしようなんて思ってやしない。

 僕が皆の笑顔を見たいのだ。

 

「大丈夫だよ、悠理。今でも充分役立ってくれてるから・・・。」

 

 これは嘘ではない。

 彼女は僕にとって重要な役割を知らぬ間に果たしてくれている。

 

「あっ、そう言えば、この前兄ちゃんとお見合いした女!今日断りを入れてきた

って母ちゃん怒ってたぞ!」

 

 一瞬、誰だっけと考え、やっと思い出した。

 未だ独身の為、見合いの話はうんざりするほど持ち込まれる。

 財産目当ての女性もいたし、物好きにも僕本人を気に入ってくれた女性もいた。

 でも、僕自身今すぐ結婚とは考えられないのだ。

 で、悠理が大いに役立ってくれる。

 

「僕の大事な妹です。野生児みたいな奴ですが、未来を共に歩んでくれる女性に

は彼女と仲良くなって欲しいものです。」

 

 こう言えば、相手は十中八九探偵を雇い、悠理の素行を調査する。

 そして涙ながらに断りを入れてくるのだ。

 

― 貴方の事はお慕いしてますが、妹さんには着いていけそうにありません ―

 

 男の僕から断りを入れずに済むのだ。

 今回の女性は意外と粘った方だが、必殺技の前に撃沈したようだ。

 

「んだよ?1人で笑って〜!」

 

 その必殺技を得たのも悠理のおかげか・・・。

 モルダビア・パブロア

 彼女の写真を見せた途端、見合い相手の顔色が変わる。

 その相手に僕は一言だけ言えばいい。

 

「僕の理想とする女性です。」

 

 もっとも、この台詞は案外自分でも気に言っている。

 言うたびに心が温かくなるから・・・。

 

「んもう!ニヤニヤして〜やらしいぞ!」

 

 僕が答えないので焦れたらしい。

 

「僕も一応、普通の成人男子だからね?妹に言えないこともあるんだよ。」

 

 呆けた顔をした悠理に知らん顔をして、僕はミルクをゆっくり味わった。

 

                       おしまい       

  

 

 

 

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