by ましまろさま
― あの娘のどこが良かったの? それとも貴方ってお金で動くような男なの? ― 都合のいいように解釈していただいても結構ですよ。 理解して頂こうとは、思いませんから。
大学の卒業を控えた2月の14日、悠理と清四郎はめでたく華燭の典を迎えた。 正式に就職となったら、ゆっくりした時間は取れそうにないと言いだしたのは 清四郎だったが、ロマンティックなバレンタインデーを選んだのは百合子夫人だった。 丁度時を同じくして、悠理の希望を満載した超豪華客船”剣菱”が処女航海を 待つだけの状態になっていた為、お披露目を兼ねて船上で挙式と披露宴を行う計画が持 ちあがった。 清四郎やメンバーが驚いたことに、悠理は招待客全員で日本一周の新婚旅行に 行きたいと言い出した。
― 日本の都道府県を制覇してみたいんだ。ねっ、いい考えだろ? ― ― どこの世界に招待客全員で新婚旅行に行く人がいるんですか! ― ― へっ?いなかったの?やっりぃ!世界で1番最初じゃん! ― ― 却下です。政治家や企業のトップも招待するんですよ?万一の事が あったらどうするんですか!絶対にダメですからね。 ―
一応尤もらしいことを言ったが、このくらいで諦めるとは思えない。 長い付き合いだが、最初くらいは2人きりで過ごしたかった清四郎は、何とか 諦めさせる方法はないかと頭を巡らせた。
― いつか皆での船旅を実現させると約束しますから今回は諦めませんか? それとも僕と2人では不満ですか? ― ― 不満じゃないけど、当たり前すぎて面白くないじゃん! 人と同じことして何が面白いんだよ? ―
そういう問題じゃないだろう?と、心の中で絶叫する。 大体、家族や親戚が一緒だなんて考えただけでもゾッとする。 海上だけに逃げることも出来ず、ずっと酒の肴にされるのだ。 船室に閉じこもったら閉じこもったで、何を妄想されるやら。 僕は集中して楽しみたいんです! もとい、リラックスして旅行を楽しみたいんです!
そう声を大にして訴えたかったが、悠理の顔を見れば無駄な抵抗だと分った。 無言のまま時間だけが無意味に過ぎていく。 仕方なく妥協点を話しあおうと口を開きかけたその時、悠理の顔がパアァと輝 いた。
― いいこと考えちゃった!一石二鳥だよ、一石二鳥!! ―
バンバンと清四郎の背中を叩きながら、悠理はニコニコしている。 どうせロクな考えじゃないと思いつつ、機嫌を損ねないよう聞く姿勢を取った。
― 全国で結婚を考えているカップルを募集して、皆で結婚式と旅行を楽しむ ってのはどう?乗客全員が新婚カップルなんて面白いだろ? 1日当たり5〜10組の結婚式を挙げて、毎日皆でお祝いするんだよ! ”剣菱”のお披露目に相応しい、おめでたいイベントだと思わない? ―
眩暈と頭痛が清四郎を襲った。 超豪華客船の品格が損なわれる危険性を考えていないのは明白だ。 だけど彼女を悲しませないで諦めさせる方法が思い浮かばない。 そんな清四郎を見て迷っていると勘違いした悠理は更にダメ押しをしてきた。
― 清四郎と結婚できると思ったら、すっごく嬉しい! この喜びを分かち合えるのは、同じテンションの奴らだけだろ? これで”剣菱”は宣伝費をかけなくても有名になるし、相場の半値 くらい頂けりゃ、経費くらい賄えるしさ。 みんなが喜んでくれて、幸せになるんだよ?なっ?なってば! ―
結婚できて嬉しい?広告費と経費がタダ同然? 清四郎が正気に戻った時には、何とプランの骨組みが出来上がっていた。 いつの間に?と慌てたが、出来上がった企画書の文字は確かに自分のものだ。 悠理の口車にのって、うっかり一緒に企画を練ってしまったらしい。
プランはこれから入籍をするカップルと挙式出来なかった熟年カップルを合計 107組214人募集することで決まった。 14日間をかけて日本一周する計画だが、基本的には自由行動。 船の中で楽しむのもよし、悠理のように都道府県制覇に明け暮れてもよしだ。 家族や友人にはインターネットで挙式に参加してもらい、後日DVDにまとめた 物をプレゼントする予定だ。 全食事付きで通常1組当たりの金額100万円以上が驚きの35〜55万円!
案の定、企画を剣菱のホームページに掲載した途端、物凄い数の応募が来た。 超豪華な船旅が、相場の半値以下なのだから当然と言えば当然なのだが。 最初乗り気ではなかった清四郎も23倍の難関を突破した107組との船旅は 悪くないと認めざるをえなかった。 意外にもドンチャン騒ぎなど起こす輩は出現せず、お互いのパートナーと愛を 深めるかのように2人の世界に入り込むカップルが多かった。 親戚や友人などがいない環境の為、酒を飲むよう強要されたり冷やかされたり することなく、純粋に結婚の喜びに浸れるせいだと推測された。
2月14日オーナーの特権で身内と友人を招待して船上結婚式を挙げた2人。 それが出航のセレモニーとなったので岸壁にはメディアが押し寄せ、空撮隊も 出るほどの大騒ぎになった。 確かに悠理には、お淑やかにグラスで乾杯をするより、船の先端で豪快に シャンパンボトルを割る方が似合っていた。 ニッカリ笑って、割ったボトルを誇らしげに掲げた彼女を見て、結局1番自分 達らしい結婚式を挙げたのだと清四郎は苦笑した。 何もかも滅茶苦茶なくせに、最後は丸く収めてしまうのを悔しく思わないでも なかったが。
「悠理、今日はお疲れ様でした。」 「清四郎もお疲れ様。お前も客なのに、あれこれ気を使って大変だったろ?」
今、船はどこを航海中なのだろう? 優れた防音設備のお陰で、ここが海の上だと言うことをつい忘れてしまいそう になる。 夕食をタラフク楽しんだ悠理は、羽織っていた上着をソファに脱ぎ捨て自分も コロンと横になった。 清四郎は悠理こそ裏で奔走していたのを知っていた。 遊んでいるようにしか見えないかもしれないが、船内の施設をあちこち回り、 使い勝手の悪い個所をチェックしていたのだ。 気さくにお年寄りにも声を掛け、困ったことはないかとも聞いていた。 しかし、悠理の顔を見ればそれを義務や責任でやっている訳でないとわかる。 とにかく笑顔で楽しそうに走り回っていた。 元々サービス精神旺盛で人を楽しませることが好きなのだ。 大学卒業後、兄の豊作を見習って平社員から始めたいと希望している悠理だが 早めに企画部か事業部に推薦しておこうと心に書きとめた。
「悠理。」
声のトーンで何やら真面目な話なのだと気付いた彼女は、体を起こした。 ソファの上に正座をし、上目づかいに清四郎の顔色を窺っている。 お小言が始まると勘違いしているようだ。
「楽にしていいですよ。小言じゃないですから。」 「そうなの?」
ホッとしたように普通に座り直し、勘違いを誤魔化すように頭を掻いた。 清四郎は悠理の足元に行き、優雅に跪いた。
「何だよ?何かあんの?」
落ち着きをなくして、ソワソワする悠理を真剣な眼差しで見つめ囁いた。
「好きですよ、悠理。愛してます。」 「へっ?何だよ突然。知ってるよ、今日誓ったばっかりじゃん。」
照れてそっぽを向く悠理の顎を優しく元に戻し微笑みかける。
「あれは、形式に則って”誓います”と言っただけです。愛してると言葉にした 訳じゃありません。 今日正式に夫婦となったので漸く安心して言葉にする事が出来ました。」
そう言われて思い返してみれば、確かにそうだった。 指輪は貰ったが、プロポーズの言葉はなかったし、普段愛してると言うのは、 いつも悠理の方で清四郎はいつだってそれに同意する言葉しか言ってくれなかった。 だが、悠理はそれを不満に思ったことなどなかった。 言葉はなくても清四郎の目や態度から愛されていることを実感できていたからだ。
(だけど漸く安心したってどういう意味だろう?)
いつも自信に満ちた態度で悠理やメンバーを牽引してくれる彼が一体何を恐れ ていたのだろうか?
「知りませんでした?僕は怖がりなんです。」 「えぇ?嘘だよ、そんなこと!お前は誰も恐れずに立ち向かうじゃんか!」
やくざもマフィアも百合子でさえも真正面から対峙できる男が何を言い出すのだろう?
「怖がっている素振りを見せたら負けですからね。強がっていただけなんです。 本当に強い人間と言うのは、お前みたいな人間の事を言うんですよ。 自分の損得勘定を度外視して行動出来るお前を僕は尊敬しているんです。」 「清四郎ちゃん・・・何かヤバいクスリでもやった訳じゃないよね?」
この手の話は大の苦手な悠理。 褒められるより、貶される事が多すぎる人生を歩んできた彼女は突然の事にどう 振舞っていいのか途方に暮れた。
(好きだ愛してる尊敬?でも夢じゃないぞ?現に今お尻がむずむずするもん。)
「昔から思ってた事なんですよ。僕と悠理では物事に向う姿勢が真逆なんです。 僕は世界を自分の両腕に納めようとする。悠理は大きな世界に身を委ねる。 これは僕には無理です。努力次第でどうにかなる問題じゃありませんしね。」 「あの〜、何言ってるか分んないんだけど? つまり、あたしの事が大好きで尊敬してるってことだよね? ありがと、清四郎。これからも暴走すると思うけどよろしくな。」
早口でそれだけを言うと、”バスタブにお湯を張らなきゃ”と逃げ出した。
(自分の事には無欲なんですから。まぁ、追々理解してもらいましょうか。)
他の女だったら、こうはいかないだろう。 何度もしつこいくらいに愛の言葉や褒め言葉を強要する筈だ。 もし、自分がそんな女と所帯を持ったらと考えると寒気がしてくる。 器の小さい者同士、小さな世界しか知らずに平和に暮らすのだろうが、悠理と 出会ってしまった清四郎には耐えられそうにない。 井の中の蛙は大海の存在を知ってしまったのだ。 例えるなら、悠理は行く先を決めず風任せに大海原を進む船の様な人間だ。 大海を全く怖がらず、希望を持ってどこまでも前に進んでいくのだ。 昔、そんな彼女に恐怖感を抱き、自分の目の届く範囲に縛りつけようとした。 当然、彼女は反発した。 当時2人は孫悟空とお釈迦様に例えられ、誰もが清四郎の味方についた。 しかし、それは誰1人、悠理の器の大きさに気付く事が出来なかったからだ。 大きすぎて目に入らないという、お釈迦様の手のひらのように・・・。
(実は僕の方が孫悟空だったと言っても誰も信じてくれないでしょうね。)
彼女が大海原を進みたいと願うなら、引き留めることなど不可能だ。 ならば、一緒に行くしかないではないか。 自分なら彼女の目的地まで安全かつ的確なルートを示す事が出来る。 勿論、いいことばかりではないだろう。 でも、最悪の場合も逃げはしない。 最後まで運命を共にする覚悟で結婚を決めたのだ。
「これで理解して頂けましたか?では、お休みなさい。」
「清四郎、お風呂どうぞ・・・って、何やってるの?」 「えっ?ああ、これですか?親孝行の一環です。」
シレっと話す清四郎の手の中にあるものは、どう見ても電気のソケット。 親孝行と電気ソケットがどう関係するのか、悠理は理解できなかった。
「1人娘を嫁に出したんです。気になるのは仕方がないかもしれませんね?」 「それは分かるけど・・・」 「もう、邪魔するものはありませんよ。じゃ、遠慮なく。」
言うが早いか、清四郎は悠理を抱き上げた。 悠理が喚こうが暴れようが、お構いなしの幸せそうな表情で。 コンセントから外され、機能を停止したソケット型盗聴器は、その後の2人の 甘い時を実況中継することはなかった。
おしまい
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背景:イラそよ様