「An insensible girl」

 

 

清四郎の機嫌が悪い。
あたい、なんかしたっけな。
大体あいつが機嫌悪い時って、あたいが原因なんだよなぁ。
よくわかんないけど、後から聞くといつもあたいがなんかしてたりするんだって。
結構、その中には「んなこと知るか!」っていう理不尽な事もあったりするんだけど。
とにかく、この一週間どういうわけかムスっとしてる。

学校では普通なんだよなぁ。
というか、あいつ等にはあたいらの事言ってないからあえて普通にしてるんだろうけど。
ま、普通って言っても、元々あたいのことからかってるのが普通だから、機嫌悪いのかどうか微妙なトコって感じ。

でも一旦ふたりきりになるとさ、口も聞いてくれない。
メールもくれないし、電話もしてこない。
あたいが電話したって「なんの用ですか」って。
これって酷くないか?
でも、またあたいがなんかやっちゃったみたいだし、その・・・またぎゅってして欲しいし。
なにより、「悠理」っていっつもみたいに呼んで欲しい。
う〜っ、あ、あいつってばあたいに何言わせんだ。
あいつの機嫌が直ったら、今度はあたいが怒ってやる。

それにしても。
あたい、なにしたんだろ。

まず始めにおかしいと思ったのは、丁度一週間前か。
清四郎のヤツってば学校サボって兄ちゃんとイタリアに剣菱の新しい事業の視察とか言うのに出かけてやがった。
それも二週間も。
あいつってば学校をなんだと思ってやがるんだ。
しかもその話を兄ちゃんに聞いた時、あたいのことなんてそっちのけで、二人で楽しそうにしちゃってさ。
「行きたい」だなんて、とーちゃんと兄ちゃんを喜ばすような事言っちゃって。
あたいはどーなるんだよって。
とにかくそれであいつは二週間イタリアに行ったっきり。そりゃ偶にはメールとか電話とかくれたけど。
やっぱり、会えないのは辛かったんだからな。
・・・・って、ちょっと待てよ。
辛かったのはあたいだよな。機嫌悪くなっていいのもあたいだよな。
なのになんで、あいつが機嫌悪いんだよ。やっぱおかしいじゃん・・・・。
ま、まぁそれはともかく。
そうだよ、それでやっとあいつが帰ってきて。
その時はまだ機嫌悪くなかったよな。
えーと、玄関であいつと兄ちゃん出向かえて。
兄ちゃんが、あたいが前から欲しかったどでかい猫のぬいぐるみと前飲んですっごく美味しかったワインを買って来てくれたんだ。
そんで、嬉しくっていっつもみたいにぎゅって兄ちゃんに抱き・・・つい・・・た・・・。
あ。
もしかして、それ、か?
って、だって、兄ちゃんだぞ?血の繋がったあたいの兄弟だぞ?
でも、それしか思いつかない。
だって、あいつが機嫌悪くなったのって、一週間前だし。
あの後あたいの部屋に行った時には、もう機嫌あんま良くなかった。
いっつもなら、そ、その・・・ぎゅっとかしてくれるし、キスだって・・・。
なのに。
うん、そうだ、それであいつの様子がおかしいって気付いたんだ。
ふたりになれたのに、二週間ぶりに会えたのに、あいつってば土産物置いてさっさと自分の部屋に行っちゃった。
流石に、仕事絡みだったし、よく知ってるとは言え、兄ちゃんとの旅行だったし疲れたのかなって思って、寂しかったけどあたいもそのままついて行かなかった。
でも今考えると、いつものあいつなら抱きしめてくれるぐらいはするし、キスだって息ができなくなるぐらい・・・って、あたい何言ってんだよ。
と、とにかく、そうだ。あの時にはもう機嫌悪かったんだ。
ってことはやっぱり、その短時間での内でって事になったら、兄ちゃんに抱きついちゃった事だよな。
しかもあたいってば、あの時清四郎の事無視した気がする・・・。
でも、悪気はなかった・・・んだぞ?
だって、兄ちゃんとか秘書のおっちゃんとかメイドとか。
みんないるのに、清四郎にぎゅっとかできないだろ。
いや、確かに、その、ぬいぐるみとワインがマジで嬉しかったってのもあるんだけどさ。
っは〜っ・・・・。
どうするかなぁ。
原因がわかったところで、あいつってば底意地悪いし、ひねくれてるし、根性曲がってるから、いくらあたいが素直に「ごめん」なんて言っても「何のことですか」って北極よりも寒い眼で見るに決まってる。
あたいあの眼嫌いなんだよなぁ・・・。
どうしようかなぁ・・・。

うーん。やっぱりとりあえずは会いに行かないとな。
あれからうちには来てくれないし。
今日家に居るかなぁ。本当だったら今日だってきっと一緒にいたんだと思うけど。
休みの日って、あいつ等と居なかったら、ふたりでいるってのがもう当たり前みたいになってきてたし・・・。
だから、うん、きっとなんにも用事とか入れてないよな。
あーっ!もう!考えてても仕方ない!
とにかく会ってからだ。

「―――悠理」
嘘・・・。なんで?今、会いに行こうと思ってたのに。
「さっきから何一人で百面相してるんですか?」
なんて、何普通に当たり前みたいな顔して、あたいの事ぎゅってしてんだよ。
あたい、すっごく、その・・・・・・・・・・・・・・・・嬉しいじゃん。
「お前、いつ来たの?」
「うーん。眉間に皺が寄ったと思ったら真っ赤になった辺りですかね。何考えてたんです?」
言えるわけないだろ、んなこと。
「忘れた」
絶対言ってやんない。言ってなんてやるもんか。
散々機嫌悪いような振りしてさ、何今更のこのこ来ていっつもみたいにしてんだよ。
なんだって言うんだよ。
あー、なんかムカついてきた。
「怒って、ます?」
「怒ってるのはお前なんだろ。この一週間ずっとな!」
なんてちょっと大きい声出して睨みつけてやったら、ほら、こうなんだ。
なんか、やっぱりあたいが悪い事したみたいにさ、すっごい哀しそうな寂しそうな眼で見てくる。
そんな眼されたら、あたい、「ごめん」って言っちゃうじゃないか。
「お前が謝ることじゃない。僕が悪かったんだ」
だから、そうやって汐らしく言うのやめろよ。
あたいがそんな顔されたらなにも言えないのわかってるんだろ。
ホント、性質悪いよな。
・・・・う〜、頭撫でてくれるの、気持ちいい。

「計画してたことがあったんですよ。イタリアに行ってからずっとその事考えてて、漸く日本に帰ってきてそれを実行しようと思ったら・・・・」
「兄ちゃんに妬きもち妬いたんだろ」
お見通しだっての。ってさっき気付いたんだけどさ。
大きく吐いた息が耳に触れる。
上下する胸も、なんか嬉しい。
「やっぱり気付かれてましたか」
ンフフフ。こんな声、あたいしか知らないんだよなぁ。
こいつってば結構情けないトコあるんだ。
みんなは知らないけどな。
「それを知られたくなくて、わざと悠理と話をしないようにしてたんですよ。話をしたらつい当たるような事を言ってしまいそうだったんでね」
「お前って結構バカだよな。余計怪しいって。あたい一杯考えちゃったじゃん。何か怒らせるような事したかなって。そしたら、あの時の事しか思いつかなかったし」
ですよね、なんて。
漸く一週間経ってその事に気付いただなんて、ホント馬鹿。
よくそんな頭で今まで人のこと散々馬鹿にしてくれてたよな。
「悪かった」
うん。


「―――で?」
「ん?」
いや、「ん?」じゃないだろ。
「なんだよ、計画って。何するつもりだったんだよ」
「あぁそのことですか」
って何、その顔。
さっきまでの可愛い清四郎ちゃんは?
あたいがつい許しちゃった清四郎ちゃんは?
なんで、そんないっつもみたいな悪魔みたいな笑顔なんだよ・・・。
「聞きたいですか」
伊達にガキの頃から知ってるわけじゃない。
こんな時のこいつは絶対、ろくな事考えてない。
聞いちゃいけないんだ。聞いたら最後、絶対に、絶対に良くない事が起こるんだ。
「いい、別に聞きたくない。それより、飯でも食いにいこう。それかどっか遊びにでも」
ってコラ離せ。
もう抱きしめてくれなくて良いから。
うん、ここは一刻も早く離れるべきなんだ。
「何処行くんですか。これから大事な話をしようって時に」
「だから、いいって別に。教えてくんなくても」
「ダメですよ、そもそもそれを話に来たんですから」
ん?謝りにきたんじゃないのか?
「本当はもう少し後にするつもりだったんですよ。まだ学生だし」
って何が。
「でも向こうに行った時、どうしてもこれって言うのを見つけましてね。早くお前に言いたくなった」
だから、何がだよ。
「――――結婚しよう、悠理」
んーーーーー・・・。
けっこう、しよう?
何を?
結構、決行、血行・・・・。
マッサージ、か?
そういや指が冷たい。それも一本だけ。
何、イタリアでマッサージでも覚えてきたってのか。
ってその割りに、マッサージじゃないよな、この感触・・・・。
「返事は?」


あたいはその感触の元とにっこり笑った清四郎の顔を見比べた―――。



 

 

 

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