「愛してる・・・」


 

「マジかよ・・・・」
クリスマスイルミネーションで華やぐ街を、悠理は一人歩いていた。
暖冬と言われる割に、寒さがきつく、そう思っていた矢先にちらほらと空から白い結晶が舞い降りてきた。
パーティー会場を入ることなく飛び出してきた悠理には、寄り添い微笑み合う恋人達ほど、その小さな天からの贈り物を喜ぶことは出来なかった。
「さむ・・・」
両腕で自分の身体を抱き、僅かにその寒さを誤魔化す。
だが、いくらそうしたところで心の寒さまでは凌げなかった。
「家、帰ろ」
空を見上げ誰ともなしに呟く。
一人でいると、どうしても先程ケンカした男の顔を思い出す。
いや、思い出すのはケンカをしたからでもなく、一人だからというのでもない。
もうずっとその男のことしか考えられなくなっているのだ。
「どうしてあんなヤツ好きになっちゃったんだろうなぁ」
携帯すら持ち合わせていない今、家に連絡することも愛しい男に謝る事も出来ない悠理はただひたすら、コートの襟を合わせ先を急いだ。

男の傍には物心ついた時から傍にいる少女がいた。
抱きしめられても口付けられても、心の何処かでその少女のことが気になっていた。
自分にとってもかけがえのない友人であるその少女を、いつしかまともに見れなくなってしまっていることに気付いた。
何度となく男に当たったこともある。
『あたいより野梨子のほうが好きなんだろ!!』
そんな時男はいつも哀しげな顔をした。
『僕が傍にいて欲しいと想うのは悠理だけだ。悠理のことしか考えられない』
そう言って抱きしめてくれる男をどうして信じ切れないのか。
その眼は確かに真実であると思えるのに。
そして今日もまた、男を責めた。

「あたい、ホントバカだよなぁ・・」
ショーウインドウに映る自分の姿に立ち止まる。
本当ならパーティーを途中で抜け出し、ふたりで楽しむはずだった。その為に普段しもしない化粧なんかもして、服も念入りに選んだ。
なのに、自分の醜い嫉妬の所為で全てを台無しにしてしまった。
(飛び出してなんてこなきゃよかった・・)
傍にいれば、今頃仲直りも出来ていたはずなのに。
ふと自嘲気味に笑い、また歩き出す。
そんな悠理の腕をいきなり掴むものがいた。
「な!何!!」
「やっと捕まえた」
白い息を吐きながらそう言うのは、悠理の思考を独占する男。
「せ・・しろぉ・・」
「手袋しなかったんですか?こんなに冷たい手をして」
清四郎の手は腕からその小さな掌に移っていた。
優しく微笑み、そのまま悠理の両手を自分の手で包み込む。
「予定より少し早いですけど、このままふたりでどこかへ行きましょうか」
片手を取り握る。そのままコートのポケット入れた。
「なんで・・・?」
「何がですか?」
「怒ってるんだろ?」
「いつものことですからね」
可笑しそうに目を細める清四郎を見上げる。
繋がる手を二度と離したくないと思った。

「何処に行きましょうか」
「・・・静かなトコがイイ」
「珍しいですね」
いつもにぎやかな所を好む悠理の意外な言葉に、驚いているようだ。
「そうですねぇ・・・」
考え込む男の顔を見る。
(あたいの何処がいいんだ?)
いつも自分のワガママに付き合ってくれる男。
なによりも自分のことを優先させてくれる。
それがわかっていても不安を拭い去れなくて当たってしまう。なのに、いつも許してくれる。
「な、清四郎」
「なんですか?行きたいトコ見つかりました?」
無邪気とさえ言えるその笑顔。
そんな笑顔をまた見ることが出来て泣きたくすらなってしまう。
「ううん。ちがう・・」
呼べば応えてくれる、それだけでこんなに嬉しくなれる。
「なんなんですか」
呆れたような声も今は嬉しい。
「な、せいしろ」
「今度は、なんですか?」
「・・・あたいの何処が好きなんだ?」
「は?」
「だって、あたいいつも・・・その・・・こんなだし・・」
繋いでいるのとは反対の手が頬に触れる。
「すぐ怒るトコ。すぐ泣くトコ・・ですかね」
「なんだよ、それ」
さすがにムッとする。
「ほら」
だが清四郎はその反応が楽しいらしい。
「それと笑ってるトコってとこですかね。言葉に出来るのは」
清四郎の顔が近づく。
「言葉に出来ないのは?」
「それは悠理に感じてもらうしかないですね」

クリスマスイルミネーションの中での口付けは、暫しの間、ふたりを静かな世界へと導いた。

 

 

 

 

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