「approaches」


 

「・・・・97,98,99,100!丁度100個ね」
「さすがにこれだけあると、壮観だね〜」
「でも、どうしますの?こんなに沢山」
「いっそのこと店でも開いちまうか?」
「明日になれば売り物になりませんよ」
生徒会室には甘い匂いが立ち込めている。その原因はテーブルの上に積み上げられている色とりどりにラッピングを施されたチョコレート達だった。
2月14日バレンタインデー。
さすがに毎年この日だけはお嬢さま、お坊ちゃま学校の聖プレジデント学園もなんとなく色めきたち、普段は内気な少女達も勇気を振り絞って、生徒会室に足を運ぶのだ。
清四郎は余裕の表情でにっこりと、魅録ははにかみながら、美童は最高の笑顔で髪に触れ。それぞれファンの女の子達に「ありがとう」と返したのはイイのだが・・・。
「こんなにあると、食う気しねえな」
「ゴメンねー。僕が一番貰っちゃったみたいで」
絶対に悪いとは思っていない美童がしまらない笑みをこぼす。
「あんたが一番渡しやすいのよ」
可憐があっさり言いきると、一人恨めしそうに不貞腐れる悠理を見た。
「あんたもホントしょうがないわね〜。こんな日に限って・・・」
「絶対、食べるんじゃありませんよ」
清四郎に釘を差され、悠理はこっそり伸ばしかけていた手を慌てて引っ込めた。
倶楽部のメンバーが今日1日悩んでいる理由。
それはチョコレートの行き先だった。
いつもなら、喜んで平らげる悠理が、今日に限って、正確には昨日から虫歯になっていたのだ。
「なぁイイじゃん一個ぐらいさぁ」
悠理は目の前の小箱と清四郎を恨めしそうに睨んだ。悠理もかなりの数を貰っていたのだが、全て清四郎に没収されていたのだ。
「イイですよ、別に」
突然、あっさり許可を出した清四郎の言葉に、嬉々として包みを開けかけた悠理。
―――しかし清四郎は、やはり優しい男ではなかった。
目尻を下げるとさも楽しそうに悠理の顔を覗きこんだ。
「ただし後で泣きを見るのは悠理ですからね」
「誰が泣くかっての。大体虫歯って言ってもたいした事無いんだし」
「ほぉ。言いましたね。それは後が楽しみですな」
「な、何がだよ」
「ぱっくり穴の開いた歯の治療はかなり痛いらしいんですよねぇ。しかも、歯やその周りも痛くなって食事もろくに取れないと聞くし。・・・でもま、そうですよね。まだ食べられるうちに思う存分甘いものを食べておいたほうがいいかもしれませんね。ね、悠理」
悠理は清四郎のその嬉しそうな言葉に段々顔色が青くなっていった。
今まさに口に入れようとしていたチョコを恐る恐る見つめる。
「そ、そんなに痛いの・・か?」
「えぇ、それはとっても。でも、悠理は大丈夫なんですよね〜」
「だ、大丈夫に決まってるだろ。虫歯ぐらい・・。でも、ま、まぁ、わざわざひどくなるまで放っておかなくても・・・な・・・」
脂汗の浮いた顔で清四郎をちらりと見上げる。
だが清四郎の方は涼しい顔をして、それに気付かない振りをしていた。
「な、なぁ清四郎ちゃん。あたいの歯はまだそこまでいってないんだろ・・・?」
「さぁどうですかね〜。僕の忠告も聞かず、チョコを食べるぐらいですから?」
「まだ食べてないぞ。食べようとは思ったけど・・・」
悠理は慌ててチョコを手放した。
「おや、食べないんですか?そんなに―――」
楽しくてしょうがないという表情の清四郎を可憐が遮った。
「ちょっと清四郎、悠理で遊ぶのもその辺にしときなさいよ。そんな事より今はこのチョコの行き先でしょ」
延々続きそうな清四郎の”悠理いじり”に、どうやら痺れを切らした様だった。
「あたしや〜よ。いつまでもこんな甘い匂いのままなんて!」
「別に遊んでたわけじゃありませんよ」
「なんだよ、お前またあたいのことからかってたのか!」
「お前今頃気付いたのかよ」
魅録が呆れた様に溜息をついた。
「この中にはあんたの外面に騙された女の子のいたいけな気持ちの篭ったチョコも入ってるのよ」
悠理が悔しがってる間にも可憐は清四郎に詰め寄っている。
「外面ってどういうことですか。僕には裏もオモテもありませんよ」
「裏だらけのクセに何言ってんだよ!」
つい今しがた清四郎の裏の――本来のオモテの顔に弄ばれた悠理が顔を真っ赤にして叫んだ。
「でも清四郎の外面に騙されてる子って結構多いんだろうね〜」
「美童に言われたくありませんな」
清四郎はウンウン頷く他のメンバーを見ると、むっとした様に言い返した。
「何言ってるんだよお。お前のその性格の方がよっぽど詐欺だよ」
「ホントに清四郎ってばあたし達の前と他の人の前では態度が全然違うものね」
可憐は可笑しそうに言った。
「フン!」
不貞腐れたように鼻を鳴らす清四郎の顔を、悠理は先ほどの仕返しとばかりに覗きこんだ。
「何拗ねてんだよ、お前子供みたいだぞ〜」
「―――でもそうやって考えると、この中では魅録だけですわよね」
野梨子はくすくす笑いながら、男三人を見比べた。
「何がだよ」
名前を出された魅録は不思議そうに聞き返した。
「清四郎のファンの方も美童のファンの方も、本来の二人を知らずにチョコを渡しにこられているでしょ?でも、魅録の場合は誰といても態度が変わらないから、ありのままの魅録を見て皆さんチョコを渡しに来られてるんじゃないのですかしら」
「そう言われてみればそうよね〜。やだぁ魅録。憎いわねー」
「なんだよ、魅録。モテモテじゃん」
「な、何言ってんだよ!お前ら!!」
可憐と悠理の冷やかすような視線に、魅録は真っ赤になって照れている。
「じゃぁこのチョコはモテモテの魅録君に贈呈する事にしましょうか」
機嫌がなおったのか清四郎は、にっこり微笑むとこれ幸いとばかりにカバンを掴み、悠理の手を引いた。
「さて、チョコの行き先も決まったし。悠理、そろそろ歯医者に行きますよ」
「えー!やだよお。お前の友達だからって行ったら、めちゃ怖いんだもん、あの先生」
「その分腕は確かですよ。昨日もたいして痛くなかったでしょ。じゃ、魅録。チョコレート食べ過ぎない様に気をつけてくださいね」
「お、オイ!清四郎!!」
いやがる悠理を引きずる様に出ていった清四郎の背中に慌ててかけた声は、生徒会室に空しく響いただけだった。
「良かったわ〜。チョコの行き先が決まって」
可憐も嬉しそうに言うと、カバンを手にした。
「じゃ、あたしこの後デートだから」
「あ、可憐待ってよ。僕もデートなんだ」
「あら、そう。じゃぁ、そこまで一緒に」
「お前ら!!」
呆然とする魅録と野梨子を残し、二人は何事も無かったかのように出て行った。


「なぁ」
「ハイ」
相変わらず悠理は清四郎に引っ張られたままであった。だが、さっきほど嫌がっている様子ではなかった。むしろニヤニヤしている。
「ふふ〜ん」
「なんですか?気持ちの悪い笑いかたして」
清四郎は前を見据えたまま、悠理を見ようとしなかった。
「あたいの歯医者なんて、ただの口実なんだろ?」
「どうして口実を使う必要があるんです?」
清四郎は漸くちらりとだけ悠理に視線を送った。
「アイツらを二人にさせる為。あたいとお前が出ていけば、今日はバレンタインだから可憐と美童もそのうち出ていくだろうし」
清四郎は悠理の腕を掴んでいた手を緩めると、小さく笑った。
「気付いてたんですか」
「いいのか?」
「何がです?」
「幼馴染の清四郎ちゃんとしては、大事な大事な野梨子を魅録なんかと二人っきりになんかさせちゃってさ」
悠理は清四郎の顔を見上げると楽しそうに言った。
「大事な大事な野梨子ちゃんは、幼馴染の僕よりもっと大事にしてくれる人を見つけたようですからね」
穏やかな表情で微笑む清四郎は、どこか嬉しそうにも見えた。
悠理はそんな清四郎にニヤリと笑った。
「へ〜。お前も成長したんだ」
「なんですか、それ」
「べっつに〜」
「ま、それに・・・」
「うん?」
「幼馴染の清四郎ちゃんにも、野梨子よりもっと大事に思う人ができましたからね」
はにかむ様に微笑んだ清四郎は悠理を見つめると、掴んでいた手をそっとその細い指先に滑らせた。
だが悠理と言えば・・・。
「嘘!!お前好きなヤツいんのか!?誰だよ、それ!!あたいも知ってるヤツ?」
清四郎が手を握るよりも早く悠理は、興味津々という様に目の前の胸倉を掴み詰め寄った。
「なぁ、なぁ誰!?」
「本気でそれ言ってるんですか?」
清四郎は溜息をつくと、頭を横に振った。

清四郎の想いが届く日。それはまだまだ先のようだ――――。

 

 

 

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