「gift」


 

「だーーー!!もうヤダ!!」
ボールペンを放り投げた悠理を清四郎は嗜める様に睨んだ。
終業式が終った日の生徒会室にはふたりしかいなかった。
テーブルにノートを広げ唸っている悠理と、その横で頬杖をついてそれを見ている清四郎。
「わかりましたから、さっさとやってください。悠理が終らないと、僕も帰れないんですからね」
清四郎は悠理が放り投げたボールペンを手を伸ばして取ると、またノートの上に置いた。
「なんでこんな目に合わなきゃいけないんだよーー!!」
「赤点取るからでしょ」
あっさり言い放つ清四郎も幾分うんざりしている様だ。
それもそのはずだった。
世界史のテストで赤点だった悠理は、終業式までにレポートを出せば補講はなしという教師の暖かい言葉を今朝になるまですっかり忘れていたのだ。
そのことを思い出してはみたものの、当日の朝に仕上げる事などどう考えても不可能だった。
結果、清四郎に泣きつき、泣き付かれた清四郎が教師に交渉して、今日中に出せばOKと言う約束を取りつけた。ただ1つ、清四郎が責任をもって監督する事と言う条件付で。

「今日はクリスマスだぞ?イブだぞ?なのになんでいつまでも学校でこんなことしてなきゃいけないんだよ!!」
「その言葉、そっくりお返ししますよ。ほれ、無駄口叩いているヒマがあったらさっさと書く!!」
先程から何度も繰り返される悠理の不満を軽く流し、レポートの為の資料をまとめていく。
「なんだよぉ、お前はイブなんて関係ないだろー」
「おや、じゃぁ悠理には関係あるんですか?」
その言葉に悠理はぐっと詰まった。
「し、七面鳥食べて・・・。酒飲んで・・・」
「誰とですか?」
「うっ・・・・」
「ほらやっぱり悠理だって関係ないじゃないですか」
清四郎はニヤリと笑った。
「じゃぁお前はどうなんだよ」
悠理はしぶしぶボールペンを持ちなおすと、清四郎の顔を見た。
「関係あったら、今頃こんなトコにいませんよ」
「こんなトコで悪かったな」
フンッと鼻を鳴らして拗ねる悠理は、またボールペンを放った。
先程からこんな調子の悠理に、清四郎は溜息をついた。
「・・・わかりました。この際、七面鳥もお酒も付き合ってあげますよ。だから、さっさと終らせて帰りませんか」
「ホントか?」
横目でちらりと清四郎を見る。
「えぇ」
そして、肯く清四郎に目を輝かせた。
「プレゼントも?」
「は?」
「だってクリスマスだぞー!」
(ここでそんなものないと言えば、また機嫌が悪くなるんでしょうねぇ)
悠理の赤点の所為でどうして自分がこんなにも気を使わねばいけないのか、清四郎はそう思わずにいられなかった。
だが、口には出さずボールペンを手渡す。
「ハイハイ、プレゼントですね。わかりました、わかりました」
「やっり〜!」
悠理は嬉しそうに叫ぶと、ボールペンを受け取った。
「で?じゃぁ、悠理も僕に何かくれるんですか?」
その言葉に悠理はなにか少し考えている様だった。どうやら貰う事しか考えていなかったらしい。
「うー。わかった、いいぞ。お前の好きなモンなんでもやる」
「本当ですか?」
「あぁ。だからあたいにもちゃんとくれよ!」
「わかりました。じゃあ何が欲しいです?」
苦笑まじりの清四郎に、悠理は待ってましたとばかりに笑顔になった。
「時計!」
「え?時計ですか?」
「そう、腕時計。こないだ皆で遊びに行ったときお前がしてた時計。あたい、あれが欲しいな〜」
「こないだ・・・あぁ、あの時計ですか」
それはシルバーのシンプルな時計だった。
ノーブランドではあったが、正確に時を刻むその時計を清四郎は愛用していた。
「こないだ見た時から、あの時計イイなぁって思ってたんだぁ。なぁ、イイだろ?」
「最初から、それが目当てでしたか」
上手く悠理のペースに嵌められていたことに漸く気付いた。
「はははは、バレた?」
「ま、いいでしょ。でも、あの時計はたぶん無理ですよ」
「なんでだよ」
あと少しで目当ての時計が手に入ると思っていた悠理は、清四郎の言葉で眉をしかめた。
「だってあれ、男物ですからね。悠理がしたらどんなにきつく締めても大きすぎて手から落ちますよ」
「大丈夫だよー」
「無理ですって。第一この腕にはあの大きさは似合いません」
清四郎はそう言うと、悠理の腕を掴んだ。
「あれ、そんなに大きいか?」
さすがに悠理も気になってきた様である。
「僕の腕でちょうどいいんですよ。悠理の腕ならかなりのもんでしょ」
ほら、と自分の腕を並べた。
悠理はそれで漸く諦めたようである。
「ちぇっ、あれ欲しかったのに」
椅子の背もたれに凭れると、足をぶらぶらさせた。
そんな悠理に、微笑むと妥協案を提示してみた。
「だから、代わりに悠理の腕に合うのをプレゼントしますよ。確かあの時計を買った店にはあれと同じタイプで、もう少し小さいのもあった筈ですから」
「ホントに?!」
がばっと身を起こした悠理は清四郎に掴みかからんばかりだった。
「その代り、早くレポート終らせてください。これから、買いに行かなくちゃいけませんからね。早くしないと店が閉まってしまいますよ」
清四郎は片目を瞑った。
「わかった!!よーっし、頑張るぞーー!!」
袖を捲り上げて張り切る悠理に笑みが零れるのを抑えられなかった。

「できた!!」
清四郎のまとめた資料が良かったのか、まだ日も明るいうちに悠理のレポートは仕上がった。
「思っていたより早く終って良かったですね。さぁ、先生もお待ちかねですよ。さっさと出して、帰りましょう」
「おー!」
その言葉に悠理はウキウキしながらテーブルの上を片付けだした。
「なぁなぁ、お前は?」
出来あがったレポートを確認していた清四郎が顔を上げる。
「何がですか?」
「プレゼントだよ。何が欲しい?」
悠理はカバンに資料をほぼ無理やり突っ込むと、椅子をテーブルに直した。
「あぁ、それなら後で言いますよ」
清四郎も立ちあがり、カバンを手にする。
「後で、って。あたいだって用意があるだろー」
「大丈夫ですよ」
清四郎はにっこり笑うと、ドアに向った。
「なんだよー。何が欲しいんだよー」
悠理もその後をついて行く。
「まぁまぁ。そんなことより早くこれ提出してきてください。僕は先に下に降りてますから」
清四郎はそう言うとノートを手渡した。
「そうだ!早く出さなきゃ!!絶対、後でちゃんと聞くからな!!いいな!」
悠理は指差し、念を押すとノートを手にバタバタと廊下を走って行った。

―――僕が欲しいのは悠理ですよ。
なんて、言えるわけないですよね。今はふたりで今日を過ごせるだけで十分です。
走り去る悠理の後姿を見つめ、満足げに微笑んだ。


 

 

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