「小指の想い出」



 

悠理はどうやってこの場から逃げだそうか、頭をフル回転させていた。

菊正宗家のご子息・菊正宗清四郎氏の部屋。
例によって試験勉強の為、悠理は学校から帰ってからずっとこの部屋に閉じ込められていた。
トイレと食事以外、悠理に休憩はない。
いつもは優しい恋人もこのときばかりは鬼となる。
文句を言ったり甘えてみたりで、色々試してみたのだが、元々サドっ気のある清四郎は悠理が嫌がれば嫌がるほど楽しいらしい。
はじめこそ補習が嫌で我慢もしていたがこうもスパルタだとさすがに逃げ出したくなってきた。
だが、清四郎の隙をついて逃亡するなど生半可なことでは出来はしない。
机に向ってテキストを広げながら、そんなことばかりを考えていた。

「できたんですか?」
不意に頭上から声がかかる。
清四郎が背後に立って上から覗き込んでいた。
「えっ。い、いやまだ・・・・。」
「さっき教えたでしょうが、こんな問題にいつまで時間をかけているつもりですか?」
ため息をつきながら、呆れた様に言った。
「えへへへ。」
さらに溜息をつく清四郎。
「せ、清四郎。あたい、なんか喉渇いた。ジュースちょーだい。」
なにか言いかけた清四郎を咄嗟に遮る。
「・・・仕方ありませんね。夕食を採ってからもだいぶ時間がたってますしね。」
部屋にかかっている時計を振りかえりながら、
「ジュースでイイですか?コーヒーの方が眠気が取れていいんじゃないですか?」
と言った。
「う、ううん。あたいジュースでイイや。」
「わかりました。持ってきますからちゃんとやっててくださいよ。」
そう言い残して、清四郎は階下へと降りていった。

悠理は咄嗟に飲み物がほしいと言ったとき、ピンと閃くものがあった。
清四郎の部屋には薬箱が置いてある。
その中には強力な「睡眠薬」も入っていたはずだった。
清四郎が普通の状態ならば逃げ出すことは完全に不可能だが、眠らせてしまえばこっちのものである。
飲み物に、薬をまぜるぐらいの隙はなんとか作れるだろう。
後の事を全く考えない悠理らしい作戦である。
悠理は早速薬箱を開けた。
―――中には数種類の薬包紙に包まれた粉薬が入っていた。
「げっ!なんでこんなに色んなのがあるんだよぉ〜。どれかわかんないじゃないか。」
悠理は散々悩んだ挙句、その中からなんとなく記憶の中にあった「赤い紙」の薬をとり出した。
「う〜ん、これだったかなぁ・・・。ま、まぁ、清四郎が自分で作った薬なんだし。間違っても身体に害があるようなものはないよな。」
変なところで、恋人の薬を調合する腕に満足してみる。
階段を登ってくる音が聞こえて、悠理は慌てて机に戻った。

「ちゃんとやってましたか?」
「あ、当たり前だろ!!それよりジュースちょーだい。」
清四郎の手から、コップを取り上げる。
一口飲んで、ちらりと清四郎の手の中にあるコーヒーカップを見た。
「そっち何入ってんの?」
「これですか?コーヒーですよ。悠理に付き合って徹夜になりそうですからね。」
ため息をつきながらカップに口をつける。
「あたい、そっちも飲みたいなぁ〜。」
上目遣いで言ってみると、文句を言いつつもあっさりカップを渡してくれた。
「さっき、コーヒーは要らないって言ったじゃないですか。」
清四郎は呆れたような顔をしている。
「お前が飲んでるの見たらあたいも飲みたくなったんだよ!!」
「どーでも言いですけど、ちゃんと残しといてくださいよ。」
「わーってるよ!、ほら、続きするからあっち行け!!」
悠理はまんまと清四郎のカップをせしめると勉強の邪魔だとばかりに追い払った。

数分後、ちらりと清四郎を振りかえる。
いつもの様に、ベッドに腰掛け小説を読んでいた。
(今だ!)
悠理は先程薬箱からくすねた赤い薬包紙の中身を清四郎のコーヒーの中に溶かした。
思わず口元が緩む。
もう一度振りかえり、清四郎が小説に夢中になっているのを確認すると立ちあがって近づいた。
「清四郎。コーヒー、ココ置いとくぞ。」
ベットの脇にあるサイドボードの上にカップを置く。
「ん?あぁ、ありがとう。後で飲みますよ。」
小説から顔も上げずに答える。
「は、早く飲めよ。冷めちゃうぞ。」
焦る悠理にも気付かず、清四郎は「うんうん」と頭を振っている。
悠理はこれ以上言って怪しまれてもと思い、机に戻った。
暫く経った頃、小説のページを捲る音がやんだ。
コトリとカップを置く音が聞こえる。
(よし、飲んだな。後はアイツが眠るのを待つだけだ!!)
イシシシシとほくそえみながらその時を待った。

突然、悠理は背後に気配を感じた。
清四郎が後から抱きしめてきた。
「な!何?!」
清四郎は答えず、悠理の首筋に顔を埋めている。
「せーしろー!!どーしたんだよ!」
悠理は清四郎の腕を掴んで強引に後ろを振り返った。
だが、途端に唇を清四郎のそれで塞がれる。
「ん!ん〜!!」
暴れて抵抗しようにも椅子に腰掛けたまま振りかえっているという不自然な格好の為、上手くいかない。
その間にも清四郎の手は悠理の身体をまさぐっていた。
やっと顔が離れると、担ぎ上げられベッドへと放られた。
「何すんだよ!!」
悠理が起きあがると清四郎は悠理の上に跨り、荒々しく口付けた。
清四郎が何をしようとしているのかに気付き、悠理は焦った。
(オイ、オイ、なんでコイツ寝ないんだよ〜。寝るどころか逆に元気になってるじゃねーか)
「お、おい!今日、おっちゃん達いるんだろ!!」
なんとか清四郎の顔を離すと悠理は慌てて言った。
普段から常に誰かがいる菊正宗家では、清四郎は無理にしようとはしない。
いくら家が広くても、悠理の声がいつ漏れるとも知れないからだ。
特に今日は家族全員が揃っているし、悠理が試験勉強の為にきていることも知っている。
そんな状態ならば、絶対するはずがなかった。
だが、どうも清四郎の様子がおかしい。
「そんなの悠理が声を出さなければ、わかりませんよ。」
やっと口を利いたかと思うと、ニヤリと笑って口付けた。

繰り返される激しい口付けと身体への愛撫に悠理の身体からだんだん力が抜けてきた。
思わず声が出そうになって慌てて手で口を塞ぐ。
清四郎は悠理の制服を脱がせず、たくし上げて肌に直に触れてきた。
ブラジャーを引き下ろすと、その先端をくわえ込む。
悠理は自らの手を噛んで、その快感に耐えた。
清四郎の手が悠理の太腿に滑り、スカートの中へと移動していった。
荒々しく下着をおろすと、悠理の足を立てその間に顔を埋める。
すでに濡れきっているそこに舌を入れ蜜を味わった。
悠理が大きく仰け反る。
清四郎は顔を上げると、躊躇なくその場所に自分の指を挿し入れた。
「ん〜!!」
相変わらず悠理は手を噛み締めている。
そんな悠理に、
「ほら、見てくださいよ。こんなにも濡れてますよ。」
悠理の中から指を抜いて顔の前で見せつけた。
(こんなの清四郎じゃない!!!)
悠理は正直、目の前の男が怖かった。
だが、自分の身体の隅々までを知り尽くすこの男の動きに、
自ら快楽を求め抗うことが出来なかった。
一瞬、視界から清四郎の姿が消えたと思うと、悠理の中に熱い塊が挿ってきた。
悠理の手から血が流れる。
清四郎は激しく腰を打ちつけた。

同時に果てたふたりは、肩で大きく息をついている。
清四郎は悠理に覆い被さったままだった。
「せーしろぉ、重いー!っていうか、さっさと抜けよぉ〜。」
顔を赤らめながらも悠理は清四郎の身体を離そうとする。
まだ悠理の中には清四郎が入ったままだった。
「嫌ですね。今日は離れませんよ。」
悠理は青くなった。
絶頂を迎えたばかりの身体は、まだ力が上手く入らない。
それなのに、異物を咥えたままのそこは抵抗する様に波打っている。
まだ、快楽の余韻が残っているようだった。
そして、いつのまにかその波に煽られた清四郎に力が戻ってきた。
悠理のその波に反応する様に清四郎は腰を動かし始める。
一度熱を孕んだ身体は、気持ちに関係なく、悠理の身体に快楽を呼び戻した。

清四郎は腰を動かしながらも身体を起こすと、声を殺す為に噛んでいる手を悠理の口から抜き取り、
代わりに自分の手をその口に入れ、悠理の手を引き寄せた。
悠理の白い手は、快楽の大きさを表わすように、所々に血が滲んでいる。
清四郎はその傷の一つ一つを舌でなぞっていった。
悠理の身体がビクビクと震える。
腰を打ちつけるたびに悠理が清四郎の指をきつく噛む。
ガリっという音と共に清四郎の指から血が流れた。
だが、その痛みすら快感に変わる。
きつく噛まれる痛みと、指先に絡む悠理の舌が清四郎をさらに煽った。



清四郎は、僅かに感じる指先の痛みに目が覚めた。
妙に頭が重い。
身体もけだるい。
気付けば、全裸で寝ていたようだ。
(いつの間に、服を脱いだんだ。)
痛みを感じる手を見ると、所々に血が滲んだような跡がある。
(・・・歯形・・か?)
訳がわからず、部屋を見渡して昨夜のことに記憶を巡らせる。
(確か悠理が試験勉強に来ていたはずだ・・・。)
しかし部屋にはその形跡はあるものの悠理の姿はどこにも見えない。
ふとサイドボードに置いてあったコーヒーカップに目が止まる。
その下にはノートを引きちぎったような紙が挟まっていた。
紙には
『アホ!バカ!!スケベ!!ヘンタイ!!!鬼ちく!!!!お前なんかもうぜっこーだーーー!!!!』
と見覚えのある汚い字で書きなぐってあった。
清四郎はますます訳がわからなくなった。
「何があったんだ・・・。」
とにかく、ベッドの傍に脱ぎ散らかしてあった服を身につける。
だるい身体を引きずる様にベッドから降りると、もう一度部屋を見渡した。
机の上に悠理のノートが開いたまま置いてある。
(やっぱり、昨日悠理が来ていた事は確かみたいだな。)
ノートの下からなにか赤いものが見えた。
近づいて確かめる。
清四郎はその赤いモノに正体に気付いて青くなった。
(まさか、悠理のヤツこれを僕に飲ませたのか!!)
それは、以前学校に置いておいて悠理が誤って飲み、暫くの間すこぶる機嫌が悪くなったという原因――――催淫剤だった。
家においておくわけにもいかないからと、学校に置いておいたのに、学校の方が危険だとわかってまた持って帰ってきていたのだった。
「迂闊だった・・・。」
大方試験勉強から逃げ出す為、睡眠薬かなにかを飲ませようとして間違えたのだろう。
(あのバカ!)
呆れつつも、今後の身の振り方を考えないわけにはいかなかった。
あの薬を飲んだのであれば、かなり無茶な事をしたはずだ。
それは、残されていたメモのからも相当怒っている様子が伺えたので容易に想像できた。
(どうやって、機嫌を直すか。)
そもそも薬なんかを使った悠理が悪いのだが、そんな事通用するわけがない。
清四郎は怒り狂っている悠理を想い、対処法に頭を悩ませた。

 



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