「素直な気持ち」


 

 

「これだよ、昨日電話で話したクスリは」
魅録が清四郎の前に一本の栄養ドリンク剤のような小瓶を置いた。
清四郎はその小瓶を目の高さにまで持ってくると中に入っている液体を揺らしてみた。

生徒会室には二人だけだった。
昨夜、魅録から「友達が困った事になった」と電話が入った。
魅録の男友達が、『妙なクスリの所為で好きな女の子が変になってしまった』と言うのだ。
その友達はクラブで遊んでいるとき妙な男に「好きな子がいるのならこれを試してみないか」と、この小瓶を渡されたという。
その友達はどうしても彼女が好きだったのでつい小瓶を受け取ってしまった。
男は身体には影響はないから安心して使うようにと、言い残して行ったという。
友達は好きな女の子にそのクスリを飲ませてしまった。
その結果、女の子はその男友達に終始べったりになってしまった。
だが初めこそ、薬の効き目は本当だったと喜んでいたのだが、だんだん不安になってきたらしい。
彼女の態度が、あまりにも普段と違ってしまったから。
友達はそこで漸く、魅録のことを思い出した。
あの裏の世界に顔の広い友人ならば何かわかるかもしれないと。

「覚せい剤・・・じゃないんですかね。一種の幻覚作用だと思うんですけど」
「やっぱりお前もそう思うか」
清四郎は手の中の小瓶を見つめる。
「魅録はどうしてこれが手に入ったんですか?その友達が2本貰ってたんですか?」
「あ、あぁ、1本だと利かないことがあるとか言われたようだ」
「ご丁寧なことですね。新手の売人ですかね」
「もし本当にヤクならオヤジに言わないとな」
魅録は溜息をついた。
「でも、そうすればこの薬の出所を話さないわけにいかないですしね」
「そうなんだよ。下手すれば、、ダチや彼女がパクられないとも限らないしな」
「とにかく、うちの病院で内密に調べてみますよ。もし覚せい剤なんだったら時宗さんに言わなければいけませんが、まだそうでない可能性もあるわけですし」
清四郎は、友人を思いしょげる魅録の肩を叩くと励ます様に言った。
「頼むわ」
魅録がほっと息をついたのと同時に、生徒会室のドアが開いた。
「あー!魅録!清四郎も。ホームルームサボってこんなところで何やってたんだよ!!」
魅録と同じクラスの悠理が、ズルイと言わんばかりに二人に叫ぶ。
「ちょっと魅録と大事な話をしてたんですよ」
「なんだよ、それ。あたいらには秘密なのかよ」
「えぇ、数学の話ですから。なんなら悠理も混ざりますか?」
清四郎は至極真面目な顔で言った。
「す、数学?いい!!別にいい!お前らだけで話してくれ」
魅録は横でくすくす笑っていた。
(んなわけねーじゃねーか。相変わらず単純だよな)
「何笑ってんだよ、魅録」
「い、いや、なんでもない。じゃ清四郎、あの話頼むわ」
「わかりました」
男二人が小声で話していると悠理が清四郎の手の中の小瓶に気付いた。
「なぁ、清四郎、その手に持ってるのって栄養ドリンクか?」
「これですか?違いますよ。風邪薬です」
しれっとした顔で嘘をつく。
まさか覚せい剤かもしれない「ほれ薬」だとは言えない。
「風邪薬?丁度よかった。あたい朝から風邪気味なんだ、ちょうだい」
悠理は返事も訊かずに清四郎からその薬を奪い取った。
あまりのすばやさに、さすがの清四郎もとめることが出来なかった。
「あぁ!それは!!」
悠理が蓋を開けて液体を喉に流し込む。
清四郎は慌ててその薬を奪い取った。
「何すんだよ!!」
瓶の底にはまだ、僅かに液体が残っていた。
清四郎は怒る悠理を無視してほっと溜息をついた。
隣でそれを見ていた魅録が、何故か急に席を立った。
「魅録?!」
「じゃ、じゃぁな!清四郎。後は頼んだぞ!!」
覚せい剤入りかもしれない薬を悠理が飲んだというのに、魅録は心配するどころかそそくさとその場を後にした。
「なんなんだ・・・。それより悠理、気分は悪くないですか?」
悠理に向直る。
「いや、別に。それよりどうしたんだ?魅録のヤツ」
「さぁ・・・?」
悠理はいつもと変わらない。
(なんともなさそうですね。魅録のヤツその友達にからかわれたんじゃないのか?)
清四郎は悠理に何の変化もないので一安心した。
優しい眼になった清四郎に悠理は不思議そうな顔をする。
「どうしたんだ?あの薬飲んじゃまずかったのか?」
「いえ、大丈夫だったみたいですよ。実はまだ試作品だったんですよ。でも、悠理身体何ともないでしょ?」
「あぁ、今んとこな。なんだよ、試作品かよ。なら先にそう言えよ」
「僕が口を挟む前に勝手に飲んだのは悠理でしょ」
「う゛っ」
分が悪くなり口篭もる。
そんな悠理に笑いかけると、
「さぁ、風邪ひいてるんでしょ。ちゃんとした風邪薬飲んで今日はさっさと帰って寝ろ」
清四郎は悠理の前から離れると、薬箱の置いてある棚へと向った。
棚から薬箱を取り出し、風邪薬を探す。
と、そのとき背中に暖かいものが触れた。
後ろから細い腕がまわされる。
慌てて振りかえった。
「ゆ、悠理?」
悠理が後ろから抱きついていたのだった。
「・・・好きだ・・」
「えっ?はっ?」
清四郎は耳を疑った。
「お前が好きだ」
「悠理?」
悠理は上目遣いに潤んだ瞳で見上げている。
(ま、まさか。あの薬・・・。)
清四郎は焦った。
悠理が冗談でこんなことをするとは思えない。
どうやら魅録の友人の話は本当だったらしい。
とにかく清四郎はまわされた腕を離して悠理と向かい合った。
「ゆ、悠理・・・」
言葉が出ない。
正面から見る悠理はこの上なくかわいかった。
頬をほんのりピンクに染め潤んだ瞳で見つめられる。
(これが、悠理か・・?)
「あたいの事、嫌いか?」
不安げにそう問われ、清四郎は思わずその唇に口付けたい衝動に駆られた。
(な、何を考えてるんだ、僕は!!今の悠理は正気じゃなっていうのに!!)
清四郎が本能と葛藤しているとさらに煽る様に悠理が抱きついてきた。
「清四郎!!」
悠理の柔らかい身体が清四郎を刺激する。
持っている理性を総動員させて、悠理の身体を引き離そうとするのだが、意に反して体がいう事を利かない。
理性が負けそうになったとき、ドアが開いた。
「なんで、魅録入らないのよ。・・って、なっ何!!清四郎!悠理!!あんたたち何やってんのよ!!!!」
後ろを向きながら入ってきた可憐がふたりの姿を見て大声をあげた。
可憐の後から、美童と野梨子も続けて入ってきて清四郎と悠理を凝視する。
悠理は相変わらず清四郎に抱きついたままだった。
しかもその表情は誰が見ても幸せそうなものだった。
三人の後ろには魅録が申し訳なさそうに手を顔の前に立てている。
(魅録は知ってたんですね。こうなることを)
魅録がそそくさと逃げ出したのはきっと、薬を飲んだとき傍にいた人間に惚れる様になっていたことを知っていたのだろう。
話を聞いたとき、そこに気付くべきだった。
清四郎は、溜息をついた。


二人から事情を聞いた三人は(悠理にも話したが全く聞いていなかった)最初は信じられないと言うような顔をしていた。
だが、こうして話をしている最中も悠理は清四郎の腕に自分の腕を絡めぴったりと寄り添っている。
「悠理って、素直になるとこんなカンジなのね」
「ですわよね。雲海和尚のことが好きだったあのご婦人の霊がとりついたときもこんなカンジでしたものね。何だかかわいいですわ」
野梨子までもがニコニコと笑ってみている。
「二人とも、そんな事言ってないで何とかしてくださいよ」
「そんな事言って、実は満更でもないんじゃないの?」
美童が冷やかす。
確かに腕にあたる柔らかい感触は例え小さくとも十分に気持ちよかった。
だが、今の悠理は悠理であって悠理ではないようなモノだ。
「なぁ、せ〜しろぉ。どっかふたりきりになれるトコ行こーぜぇ〜」
「ゆ、悠理!!」
清四郎は真っ赤になっている。
残りの四人は、清四郎に同情しつつも楽しくてしょうがなかった。
普段は絶対に見ることの出来ない狼狽した清四郎に、甘えモードの恋する悠理。
この先こんなシーンを見ることは宝くじで1等があたるより可能性は低い。
見れるときに見ておこうと、さらに悠理の恋ゴゴロを煽るような質問をぶつけた。
「ねぇ、悠理?清四郎のどこが好きなの?あんた清四郎にはいっつもいじめられてたじゃない」
「清四郎はあたいの事いじめたりなんかしないぞ!いつもいつも優しいじょ」
幸せいっぱいと言うような顔をして清四郎を見つめる。
不意に可憐の方を向くと
「もしかして。可憐、お前清四郎のことが好きなのか?そんなこと訊くなんて、あたいにヤキモチ妬いてんだろ」
「はっ?なっ何言ってんのよ!!」
「残念だったなぁ。清四郎はもうあたいのモンなんだ!!」
「なっ!ゆ、悠理何言ってるんですか!!」
「あたいのモンって、清四郎、お前こんな状態の悠理に手ぇ出したのか!?」
「出してませんよ!出すわけないでしょ!!」
「照れることないじゃないか!!さっきあたいにキスしようとしたクセにっ!」
「ち、っ違いますよ。あれは!!」
「んまっ!清四郎、そんなことしましたの!!」
「野梨子まで何言ってるんですか!!」
「清四郎、そんなムキになって否定することないじゃないか。こんなことでもなきゃ悠理から迫ってくることなんてないよ」
美童が楽しそうに言う。
「いい加減にしてくださいよ。悠理は正気じゃないんですよ」
「せーしろぉ。そん何あたいの事嫌いなのか?」
悠理は今にも泣きそうな顔になっている。
「いや、だからね」
悠理は唇を噛み締めて涙を堪えている。
清四郎は溜息をつくと、組んでいる腕とは反対の手で悠理の頭をぽんぽんと撫でた。
「今の悠理は、悠理じゃないんですよ。悠理は今、薬の所為で僕を好きだと思ってるだけなんです。そんな状態の悠理に好きも嫌いもないでしょ?」
優しく諭す様に、清四郎は言った。
だが今の悠理にはそんなこと通用しなかった。
「やっぱお前優しい!!あたいお前のこと好きだ!!」
そう言って清四郎の首に両手を巻きつけた。
「なんか僕達お邪魔みたいだね」
ふたりの様子を見ていた四人は美童の言葉に席を立った。
「ちょっ!ちょっとどこ行くんですか?」
「どこって、私達お邪魔のようですもの。もう帰りますわ」
「頑張ってね、清四郎。避妊はちゃんとしなさいよ」
「何言ってるんですか!!」
「ま、そう言うことだ。じゃぁな」
「魅録!元はと言えば、魅録が持ってきた薬の所為なんですよ!!」
悠理を首に巻きつけたまま清四郎は必死に皆を引きとめる。
「安心したよ。ホントに身体には害がなさそうだし。お前にも実害はないだろ?」
「大有りですよ!!正気じゃない悠理に迫られたって嬉しくも何ともないですよ!!」
四人は顔を見合わせるとにや〜と笑った。
「やっと、本心を言ったわね」
「ホント素直じゃないからな」
「清四郎、やっぱり悠理のことが好きでしたのね」
「好きな子に薬の所為で迫られたってそりゃ嬉しくないよね」
ニヤリと笑う。
「な、何言ってるんですか?」
清四郎は思いがけない四人の言葉がよく理解できなかった。
「つまりだな、俺が話した話は8割は本当のことだが後の2割はお前と悠理の為の作戦だったんだよ」
「作戦・・?」
「なかなか素直になんないあんた達見てて、あたし達イライラしてたのよねぇ。そしたら魅録の友達が変な薬を持ってきたじゃない」
「話を聞いてこれだって思ったんだよ。魅録の友達は彼女にその薬を飲ませて嫌われていることがわかったみたいだよ。薬の効き目が切れた時その子は何も覚えてなかったらしいけど」
「効き目・・?治ったんですか!?その彼女!」
魅録から聞いた話では未だに彼女の様子がおかしいハズだった。
その為にも薬の成分を研究し、中和薬を作る予定だったのだ。
「あ、あぁ、そうなんだよ。そもそも惚れ薬じゃなかったらしいんだ。なんか、それを飲むと妙に素直になるらしくってな」
清四郎の額に血管が浮いてきたのに気付き魅録は後ずさりしながら答える。
「だったら、どうして、悠理が薬を飲んだとき部屋から出たんですか?惚れ薬じゃないんなら逃げる必要はないでしょう」
清四郎の声のトーンが変わった。
「いやぁ、その方が話にリアリティーが出るかなと思ってさ。それにふたりの邪魔すんのも、なぁ」
「よ、よかったじゃない。悠理の気持ちがわかって。それを飲んだら素直になるってことは悠理も清四郎のこと好きだってことだよ」
「2、3日もすれば効き目が切れるらしいですから、それまで頑張ってくださいな」
「薬の効き目が切れたら、今度こそちゃんと告んなさい」
徐々に出口に向って後ずさりをしていた四人は言うだけ言うと、脱兎のごとく逃げ出した。
後に残された清四郎は悠理とふたりきりのこの状況をどうやり過ごすか、頭を悩ませた。



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