「年上の人」

 


 

清四郎がフロントでチェックアウトの手続きを済ませると、薫が腕を絡めてきた。
「今日の清四郎君とっても素敵だったわ。あたし惚れなおしちゃった」
清四郎は慌てて腕を引き離しながらロビーを出ようとした。
ふと視線を感じる。
その視線の方向に顔を向けると、ロビーの片隅に悠理が立っていた。
「悠理!」
「え?」
薫も目をやる。
清四郎は無理やり薫の腕を振り払うと、悠理に駆け寄った。
「悠理・・・」
「やっぱ、そういう関係だったんじゃん」
「ち、違う!誤解です!」
「イイよ、別に。あたいには関係ないことだからな!」
悠理はそう言うと清四郎の脇を通りすぎようとした。
清四郎は咄嗟にその腕を掴んで止めた。
「なら、どうしてそんなに怒っているんですか」
悠理は清四郎をきっと睨む。
「お前が嘘をついたからだよ!あたいのこと好きだって言ったクセに!!」
「嘘なんかじゃありません。僕は本当に悠理が好きなんです」
「もうイイよ!言っただろ、あたいには関係ないって。あの女、待ってるぞ。早く行ってやれよ」
悠理は清四郎の手を腕から離し出口へと向って走り出した。
「悠理!!」


悠理は清四郎の声を背中で聞いていた。
(なんだよ!清四郎の嘘つき!)
出そうになる涙を必死に堪え出口に向う。
(くそっ!反対に行けば良かった)
清四郎から離れるため何も考えずに足を踏み出した方向には薫が立っていた。
悠理は今更方向を変えるわけにもいかず、足早にその横を通りすぎた。
「逃げんのかよ」
突然の声に悠理の足が止まる。
清四郎より低い男の声。
確かに、自分の耳元で聞こえた気がした。
「そうやって清四郎からも自分の気持ちからも逃げんのか」
ゆっくり振りかえる。
そこには冷たい視線で自分を見下ろす薫の姿しかなかった。
「え・・・?」
「来いよ」
薫は悠理の腕を掴むと、今悠理が走ってきた方へ逆に向って行った。
「ちょ、ちょっと・・・・!」
清四郎の元へ連れ戻される。
薫は悠理の腕をパンと振り放すと、清四郎を見た。
「清四郎、さっきあたしに言ったこともう1度この子にちゃんと言ってやれよ!」
その声に清四郎も驚いた表情を見せる。
「か、薫さん。声が・・・戻ってますよ・・・」
「んなこと、今はどうだっていい!」
薫は悠理に向直る。
「あんたもさぁ、コイツのこと好きなんだろ。だったらコイツの言うこと信じてやんな!」
悠理は薫の豹変ぶりとその言葉に顔色が変わっている。
「悠理が・・・」
「ち、違うぞ!あたいは別に・・・」
「いつまでもガタガタ言ってんじゃねー!!」
薫が一喝した。
それでも赤くなってそっぽを向く悠理に清四郎はゆっくり口を開いた。
「悠理、聞いてくれ。本当に誤解なんだ。僕と薫さんはなんでもない」
「何が、なんでもないだよ。二人してホテルにいてさ。あたいはお前がチェックアウトすんの見たんだぞ」
悠理が怒りを剥き出しにして突っかかった。
「・・・あたしが、清四郎君を呼んだのよ」
その声は哀しげな女性の声だった。
「清四郎君に体調が悪いから来て欲しいって頼んだの。清四郎君は来てくれたわ。嘘かも知れないって思いながらもね。あたしはその優しさにつけこんだの」
「嘘かも知れないってわかってて来たんなら、お前にもその気があったってことだろ」
「違います、もし嘘なら僕はこれ以上関らないで欲しいとお願いするつもりで来たんです」
「本当よ。あたし、清四郎君に抱いてって言ったわ。それでも応えてくれなかった。自分には好きな人がいるからって。その人のことしか考えられないからってね」
「薫さん!」
清四郎の制止にも構わず続ける。
「ま、彼があたしを避けたい理由はそれだけじゃないんだけど。でしょ?」
ちらっと清四郎を見る。
「え?」
悠理は不思議そうな顔をする。
清四郎は溜め息をつくと、薫の方を見た。
「いいんですか?バラしても」
「仕方ないでしょ、言わなきゃもっとこじれるわよ。まぁあたしはそれでも構わないけど」
清四郎は悠理に向直った。
苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「悠理、よく聞いてくれ。実は薫さんは、・・・男なんだ」
疲れた様に清四郎は言った。
「は、ハァ?」
「美童が薫さんの手にキスしたとき慌てて逃げたでしょ?きっとあの時美童にはわかったんですよ。キスした相手が“彼女”ではなく“彼”だったことに」
「ホントに失礼よね、あの子。人を化け物みたいに」

悠理は思っても見なかった事実に頭がついていかなかった。
ただただその姿を眺める。
「悠理?」
「え・・、お、男って・・・」
「やぁね〜、そんなじろじろ見ないでよ」
「・・・・だ、だって!」
「なんなら証拠見せましょうか?まだ
取ってないからいつでも見せてあげられるわよ」
「へ?取ってないって何を・・・?」
「か!薫さん!こんなトコでやめてください!!」
平然とスカートを捲り上げようとする薫を清四郎は慌てて止める。
悠理はそこでやっと薫が何を言っていたのかを理解した。
清四郎と薫は悠理の顔から「ボンっ!」という音が聞こえた気がした。
湯気が出そうなぐらい真っ赤になっている。
「あ〜ら、結構可愛いわね、この子。こんなことぐらいで赤くなるなんて。でもそんなことじゃ、いざ清四郎君と“しよう”って時困るわよ」
「薫さん!なんてこと言うんですか!!」
清四郎も真っ赤になっている。
だが薫が真顔で言ったその言葉も、今の悠理の耳には届いていなかった。
ヘナヘナとその場にへたり込んでしまう。
「悠理!どうしたんですか!!」
慌てて、悠理を支えようとその腕を取る。
「・・なんか、あたい訳わかんなくなってきた・・・」
悠理のその様子を見て薫も「仕方ないな」というようにしゃがみこむ。
「何がわかんないのよ。清四郎君はあんただけを好きで、あんたは清四郎君を好き。それだけでしょ」
決してそれだけじゃないだろう、清四郎はそう思ったが黙っていた。
「な、なに・・」
悠理が火照りの冷めない顔で薫を見る。
「あたしの方が、訳わかんないわよ。なんでそこまで自分の気持ち認めようとしないのよ。言っとくけどあんたの態度バレバレよ。あんたの友達もみんな知ってると思うけど」
「嘘っ?!」
悠理は心底驚いているようだった。
薫は溜め息をつくと憐れむように清四郎を見た。
「清四郎君も大変ね。こんな鈍い子好きになるなんて・・・」
「ハァ・・」
清四郎は曖昧に笑うしかできなかった。
「で?なんでそんなに認めたがらないの?」
先ほどの続きとばかりに、薫が悠理の顔を見る。
この質問には清四郎も息を呑んだ。
「だって・・・。清四郎なんてガキの頃はすっげー弱虫でいじめがいがあったのに、今じゃあたいより強くなってて。その上、なにかっていうとあたいの事バカにするし・・。なんか、悔しいじゃないか。そんなヤツの事・・・・・・」
真っ赤な顔のまま俯く悠理。
薫は思いの外、やさしい笑顔を悠理に向ける。
「やぁ〜ね。清四郎君があなたの事バカにしたりするのは、愛情の裏返しに決まってるじゃない」
「か、薫さん!」
「好きな子には意地悪したくなるもんでしょ?あんたが小さい頃清四郎君をいじめてたのも、そういうことなんじゃないの?」
「え?」
清四郎が悠理の顔を見る。
悠理は薫の顔を驚いたように見ていた。
「悠理、今の本当なんですか?」
「ほら、ちゃんと言ってやんなさい」
薫が悠理の背中を軽く叩いた。
悠理は答える変わりに小さく肯いた。
「悠理・・・・」

「さぁってと!お邪魔虫は消えようかしら!」
突然、大声で立ちあがった薫。
清四郎に支えられて悠理も立ちあがった。
「薫さん・・」
「やっと、あたしの名前呼んでくれたのね。悠理ちゃん」
悪戯っぽく笑うと、
「清四郎君は仕方ないから悠理ちゃんにくれてやるわ。見てなさいよ、絶対こんな“ひよっこ”より断然イイ男ゲットしてやるから!」
と続けた。
「“ひよっこ”って」
そう言われた清四郎はむっとしている。
「そんなトコが、まだまだ“ひよっこ”だって言ってんのよ」
その言い方と清四郎の表情がおかしくて悠理が笑い出した。
つられて薫も笑う。
憮然としていた清四郎も遂には笑い出した。

「じゃぁね」
ホテルの前でタクシーに乗りこんだ薫を、ふたりは手を振って見送った。
清四郎の手がそのまま悠理の手を握る。
顔を見上げる悠理に照れたように微笑んだ。
「もう少し、話していきませんか」
「しゃ、しゃーねーからな!」
照れ隠しに先に歩き出す悠理の背中を見てふと笑う。
「ねぇ、悠理」
「なんだよ」
「この間の返事、聞かせてくれませんか」
不思議そうに振りかえる悠理。
「僕はちゃんと言いましたよ。悠理が好きだって。悠理はどうなんですか?」
真っ赤になる悠理。
その答えは・・・・。

 



end



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