Cafe terrace

 

 今年の春は、早いのだろうか。
まだ二月だというのに、春並の気温だった日中。
流石に、日も暮れてきた頃にはその気温も一気に下がるものだと思われていた。
だがしかし、その予想に反しネオンがちらほらと灯り始めた夕暮れでも、肌寒さは感じることがなかった。
清四郎は、コートを着てこなかった悠理にそれでも幾許かの心配をしつつ、とりあえずは損ねた機嫌を快方へと向かわせるため、ケーキのやけ食いをしているのをやや呆れ気味に見ていた。ちなみに、この後まだ、夕食を食べに行く予定であるのだが。

「いい加減、機嫌直したらどうなんです?これじゃぁ約束と違うでしょ」
「何が約束だよ、この変態!ここにくるまでに散々あたいの事甚振っといて」
交通量の多い道路沿いだと言うのに、都会の中では珍しく緑が生い茂り、そこだけまるで別世界のようなカフェにふたりはいた。
だがその雰囲気に溶け込むようにコーヒカップを前に悠然と足を組んで座る清四郎に対し、その正面に座る悠理は不貞腐れた表情で、ケーキにがっついていた。
「人聞き悪い事言わないでくださいよ。悠理が、カフェでお茶したら許すって言うからここに来たんでしょう。僕はまだもっと・・・」
その言葉に悠理は苦虫を噛み潰したような顔でケーキを頬ばっていた表情を更に険しくさせた。
「誰がそんなこと言ったー!!」
「人に見られてますよ」
バンッと勢いよく立ち上がった悠理に、清四郎は努めて冷静に返した。
実際、道行く人や、周りの客が何事かと注目している。
ただでさえ、美男美女のカップルとして、密かに客の視線を集めていたのだ。
「く、く〜・・・」
だがいつもなら何を言われようがそのままの剣幕で怒鳴る悠理は、今日は悔しそうでは合ったが、素直にまた座り込んだ。
「と、とにかくあたいは許すなんて一言も言ってないからな!」
「ならなんて言いましたっけ?」
あくまで余裕綽々の笑顔で惚ける恋人に、悠理はフォークを握った手をぶるぶると震えさせた。
「あたいはこんな恰好でいるのが嫌だから、さっさと車を呼んで帰りたいって言ったんだ!それがなんで、カフェでお茶したら許す、になるんだよ!」
確かに全く違う、だが清四郎はそれでも余裕だった。
「おや、悠理覚えてないんですか?」
「何をだよ」
片眉を上げてじろりと睨む。
「せーしろお、お腹空いた・・ケーキ食べたい・・・って甘えてきたくせに。なんならどういうシチュエーションで、いつ言ったのかも言いましょうか?え〜とアレは、シャワーの時・・・じゃないな、そのあと、ソファで・・・」
言いかけた清四郎を悠理はサッと顔を赤らめると慌てて止めた。
「いい!いいです!思い出しました、あたいがケーキ食べたいって言いました!」
「良かった思い出してくれて。僕としてもこんな恰好の悠理を余り人目には晒しておきたくないんですよ、なんせ下着を・・・」
遂には悠理は席を立ち上がりその口を手で塞いだ。
「お前、わざとだろ」
「ふかーとのふぁかみへまふよ」
口を塞がれていると言うのに、清四郎は動じることなく、むしろ眼は楽しそうに言った。
だが、「スカートの中見えますよ」の言葉は、悠理には覿面だったようである。
ミニスカートで向かいにいる人間の口を塞ぐ。
身体がかがむ。
必然的にスカートの中が見える。
パンツなら見えても特に気にはしないが、悠理はただいま、人様には言えない状態。
結果。
更に真っ赤になると、慌てて元通り椅子の端にちょこんと座った。深く腰掛けると、スカートが上がってしまい、直に肌が椅子に触れて冷たいのだ。
それを見て清四郎は満足げにニヤリと微笑んだ。清四郎とて、悠理のそんなあられもない姿を人様に見せる程、寛容ではない。ちゃんと、見えていないことを承知で言っていたのだ。
「そうそう、そうやってね大人しくしてください。せっかくそんな恰好してるんだし、偶には女の子と付き合ってるんだって思わせてくださいよ」
だが悠理は聞いているのかいないのか、トマトみたいに真っ赤な顔をしたまま口を固くひき結んでじっとしていた。

清四郎は、嬉しくて仕方なかった。
どんなときの悠理でも心から愛しているのだが、なんと言ってもいじめた時の反応が堪らなく可愛いと思っている。
(あの時、どうしようもなかったとはいえ、やはり破いておいて正解でしたね)
ここに来るまでもわざと階段を使ったり、自分の歩調に合わさせたりと、下着を付けていない悠理には少し酷なことをしていた。
だが、普段が普段だけに、デートをしても手を繋ぐどころか、飛び跳ねるように歩く悠理は隣を歩くこともままならない。それが、下着を着けていないというのはどこか不安なのか、困ったような顔で、すがりつくように隣を歩いていたのだ。そんな悠理が愛しくてしょうがなくてつい意地悪をしてしまう。
現に今も真っ赤になっている悠理を人目など厭わず抱きしめてしまいたいと思っていたのだった。

だが悠理とて、やられっ放しでいる訳がなかった。
伊達に今まで清四郎と付き合ってるわけではない。
普段から性質の悪い意地悪をしかけてくる恋人の性格は誰よりも知り尽くしている。
口ではなんだかんだ言いつつも結局は甘えられることに弱いのだ。
甘えるなど決して本意ではないのだが、背に腹は代えられない。
このまま下着もなしに外にいるのはどうにも心許無かった。とりあえず、この店を出て、下着を買いに行くか家に戻るかしたかった。
「じゃあさ」
「なんですか?」
「隣、座ってくないか?」
ちらりと上目遣いに清四郎を見ると、カップを持った手が中途半端な位置で止まっている。珍しく、言葉の意味を瞬時には理解できなかったのだろうか。少し驚いたような表情をしていた。
悠理は少し眼を伏せると、更に続けた。
「だってなんか、落ち着かないんだこんな恰好。だから、もっと傍に来てくれよ・・・。お前にだって責任あるんだぞ?」
言ってて照れてきた悠理の顔は、上手い具合に赤く染まっていた。
それを見た清四郎は、静かにカップをテーブルに戻すと悠理の隣に移った。
どうやら悠理の甘え作戦にまんまと乗ってきたようだった。
「これでいいですか?」
頼みもしないのに、椅子をくっつけ悠理の肩を抱き寄せる。
悠理はそれだけで本当に少し安心してしまいぽーっとなってしまいそうな自分を心の中で叱咤すると、身体を離して清四郎の顔を見つめた。
「まだ、ヤダ」
「ならどうすればいいですか?」
「パンツ・・買いに行くの付き合ってくれよ・・・・あたいいつまでもこんなの、ヤダ・・・・・」
俯き清四郎の服をぎゅっと握ると、肩を抱かれているのとは反対の手がポケットから携帯電話を取り出すのが見えた。
「え?」
清四郎は微笑むと、おもむろに慣れた手つきで番号を押し始めた。
「もしもし、清四郎です。今、悠理と○○通りのカフェにいるんですが、迎えに来てもらえませんか。悠理が至急帰りたいというモノですから、はい、じゃぁお願いします」
「どこに電話したんだ?」
「悠理の運転手さんですよ。五分ぐらいで着くそうです」
「買いに行くより、本当は家に帰れればいいんでしょう?」
「う、うん。だけど・・・」
悠理はこうも上手くいくものかと、自分で仕掛けておきながら少し呆気に取られていた。
だがなんにせよ、これでパンツが穿ける、と徐々に嬉しさが込み上げているのも事実だった。
「買う方がいいですか?」
戸惑っているように見えたのか、清四郎は心配げに顔を覗きこんできた。
「ううん。家帰る。その方が落ち着くし」
まんまと罠にかかった清四郎に、悠理は駄目押しとばかりににっこり微笑むとその逞しい胸板に凭れかかった。

―――だが。
「ですよねぇ。偶には外もいいけど、やっぱり色々気を使いますし。悠理、声が大きいから・・・」
「ハイ?」
見上げると清四郎は、一人うんうん、と何やら頷いている。
「それに下着だって、どうせ買ってもすぐに脱ぐんですしねぇ」
思わず、体を離す。
「もしもし?」
いぶかしげに眉を顰める悠理ににっこり微笑む清四郎。
「あ、車来ましたよ。随分早かったですね。道が空いてたんですかね。ね、悠理」
妙に嬉しそうな清四郎の顔を呆然と見つめる。
清四郎はそんな悠理を立ち上がらせながら、ニヤリと笑い耳元で囁いた。
「悠理も責任とってくださいね」
「せ、清四郎!?」

清四郎は気付いていたのだ。悠理が自分を嵌め様としていたことに。
大体にしてベッドの中でならともかく、普段は滅多に甘えてくることのない悠理が自ら外で甘えてくることなど今までに一度もなかったのだ。
そこでおかしいと思わないほうがどうかしている。
そんな風に自分の行動に対し、一生懸命反応を返してくるのが堪らなく愛しくて、それ見たさについいじめてしまうという事に、悠理はきっと気付く事はないだろう。
(そこがまた、悠理らしくていんですけどね)
目論見が外れ項垂れる悠理に瞳を和らげると、そっとその手を引いた。

・・・・・・一方、悠理は―――。
「あれ、もしかしてあたいまた・・・・?」
見事、昼の二の舞を演じてしまったことに漸く気付いた悠理は、これから先一体いつになったらパンツを穿くことができるのだろうかと、がっくり肩を落として清四郎に手を引かれて行った。

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