Cinderella

悠理はまだなの?」
剣菱製菓創立二十周年記念パーティーの席上。
剣菱百合子の機嫌は少し悪かった。
その友人たちは当に集まっているというのに、愛娘悠理がいつまで経っても会場に現れない。
「おばさま、あたしちょっと様子を見てきますわ」
剣菱邸で行われているこのパーティー。
可憐はこれ以上百合子の機嫌が悪くなることを恐れ、パーティー好きの友人の自室に向おうとした。
「僕が行ってきますよ」
それを悠理の恋人である、清四郎が止める。
「悠理がパーティーに来ないなんて、どうせ何か駄々をこねているんでしょうからね。可憐が行っても手におえませんよきっと」
幾分呆れ顔の清四郎は持っていたシャンペングラスを手渡すと、仕方ないというように会場を後にした。


「悠理?」
部屋のドアを軽くノックする。
返事がない。
「入りますよ」
清四郎がゆっくりそのドアを開けると、中にはすでに用意の出来た悠理がベッドに腰掛けていた。
「どうしたんですか?おばさんイライラしながら待っていますよ」
悠理に近づいて、驚く。
腰掛けていた為はじめはよくわからなかったのだが、悠理はなんとドレスを纏っていたのだ。
普段は奇抜なファッションの悠理。
それでも、それらの全てはパンツスタイルだったのだ。
それが今日に限って黒のフレアドレスで納まっている。
肩を大きく出し、綺麗な鎖骨が浮き出ている。
ウエストまで身体のラインをぴったりなぞったベルベットの下は大きく広がるレースが幾重にも重なっている。
手には上半身を覆うのと同じベルベットの手袋をはめていた。
明らかに、百合子の趣味である。

「どうしたんですか。その格好」
「あ〜ん!清四郎!!あたい、こんな格好やだよ〜!!」
清四郎の姿を見た途端泣きを入れる悠理。
「かーちゃんがあたいの服全部隠しちゃったんだよ〜」
「それで、仕方なくこれを着ているというわけですか。・・・まるでシンデレラだな」
「シンデレラぁ〜」
眉間に皺を寄せ、せっかくメイクされた顔が歪む。
「だってそうでしょ。パーティーに着て行く服がなくてメソメソ泣いてんだから」
「ならお前は魔法使いかよ」
「失礼な。悠理がシンデレラなら僕は王子さまに決まってるでしょ」
「似あわねー」
「お互いさまですよ。ほら、早くしないとせっかくの料理がなくなってしまいますよ」
清四郎はクスリと笑うと悠理を促した。
だがそれでも悠理は立ちあがらない。
「だって、こんな服イヤだ」
「どうしてですか。似合ってますよ」
「嘘つけ」
不貞腐れたようにぷいと顔を逸らした
「本当ですよ、良く似合ってます。たまにはそういうのもいいですね。綺麗ですよ」
最後のセリフを耳元で囁くと、悠理は一気に真っ赤になった。
「は、ハズイこというな!」
「いいじゃないですか。恋人を誉めるのに何が恥かしいんですか」
「だから、そういうことを言うなって」
「いい加減慣れてくださいよ。まぁそこが悠理らしいと言えば悠理らしいですけど」
清四郎が思わず苦笑を漏らす。

「とにかく、あたいは行かないぞ」
「おばさん怒りますよ」
「恥かしいもんは恥かしいの!」
いつになく頑固な悠理に清四郎は溜め息をついた。
しかし、すぐになにか思いついたように笑うと悠理の隣に腰掛けた。
「わかりました。じゃぁ行かなくていいですよ。僕も付き合いますから、パーティーが終るまでここにふたりでいましょう」
そう言ってタキシードを脱ぎ始めた。
「なに、脱いでんだよ」
何故か蝶ネクタイや時計まで外し始めた清四郎に、悠理が不信そうな顔をする。
「だって、パーティー終るまですることもないでしょ。せっかく二人きりなんだし」
満面の笑みで悠理を押し倒した。
「ちょ、ちょっと!!!」
抗議する悠理を無視して頬や首筋に軽くキスを落としていく。
右手は悠理の足元から幾重にも重なったレースの中へと忍び込んでいった。
「こらー!やめろ、清四郎!!誰か来たらどーすんだよ!!」
「どうしましょうかねぇ。何しろ悠理がパーティー会場になかなか現れないもんだから、
僕以外にも様子を見に来る人間がいてもおかしくないでしょうし。でもまぁ、そのときはそのときということで」
愛撫を再開する清四郎の肩を掴み慌てて押しとどめる。
「わかった、行くから!行くからやめろ!!」
清四郎は動きをぴたっと止めるとニヤリと笑った。
身体を起こし、部屋に入ってきたときとまるで同じように身支度を整える。
その何事もなかったかのような一連の動作を、悠理は唖然としながら眺めていた。
(あたい、またコイツに嵌められた・・・?)
「それでは行きましょうか」
目の前の男はニッコリ笑って手を差し出した。


「ちょーっと悠理!あんたホントに悠理よね!!どーしちゃったのよその格好!」
「そんなに見るなよー。あたいだってこんなモン着たくなかったんだい!」
清四郎にエスコートされて漸く現れた悠理は、可憐の言葉で注目を浴びてしまった。
可憐が悠理かと疑うのも無理がないほど、女らしいその姿に普段の悠理を知るものは
暫し言葉を忘れたかのように呆然と見とれてしまった。
「せっかくそんな格好をしているんだから、もう少しおしとやかにしてくださいよ」
清四郎が苦い顔をする。
漸く我に返った百合子が目を潤ませながら悠理を抱きしめた。
「んまーーー!!やっぱり良く似合うわ〜!!さすが私の娘ね!!」
「か、かーちゃんやめろよ・・」

百合子に悠理をとられた清四郎はどこか満足げにボーイに手渡されシャンパンを飲みながらそれを見ていた。
「ね、ね、清四郎。悠理あのドレスが嫌で出てこなかったんでしょ。よく出てくる気になったね」
ニヤニヤしながら美童が悠理を見た。
「最初は嫌がってたんですけどね。あんまり待たせておばさんの機嫌を損ねる訳にもいかないですし、
説得するのに苦労しましたよ」
悠理からすれば納得がいかないだろうが、本人が聞いていないのをいいことにさも苦労したように話す。
「どんな説得したんだかな。お前口紅ついてるぞ」
魅録までがニヤリと笑って清四郎を見る。
一瞬眉をぴくりと上げた清四郎だが余裕の笑みを返す。
「僕がそんなヘマをすると思いますか」

男たちがそんな会話をしている頃、百合子に開放された悠理も同じようなことを可憐に聞かれていた。
「よく、あんたそんなドレス着てくる気になったわね」
「しゃーねーだろ!!これしか着るモンがなかったんだから!!」
「でも、よく似合ってますわよ。おばさま、本当に悠理のことよくわかってらっしゃいますわ」
不貞腐れる悠理を慰めるように、野梨子がニッコリ笑った。
「そうよね〜。おばさまの趣味だけならもっとフリフリの派手なヤツでしょうからね」
「これでも十分フリフリだろ!」
「そんなこと無いわよ」
そう言ってからニヤリと笑う。
「で、清四郎になんて言われてその格好で出てくる気になったの?」
「べ、別に・・・」
明らかに照れている悠理に追い討ちをかける。
「首にキスマークついてるわよ」
「え?!」
慌てて首筋を押さえる悠理を可憐はお腹を抱えて笑う。
「嘘に決まってんでしょ。あんた、つけられたかどうかもわかんないほど、浸ってたわけ?」
「か、可憐たら。はしたない・・・」
真っ赤になる悠理の隣で野梨子も頬を染めている。
「う、うるさーい!!別にあたいらは何もしてないぞ!!」
「別に何かしてたとは言ってないでしょ」
得意げな可憐に、悠理はますます紅くなっていった。



「悠理、そろそろ部屋に戻りませんか」
「へ?」
振り向いた悠理はスペアリブにかぶりついたままだった。
数時間経った今では、最初あんなにドレスが嫌だと駄々をこねていたとは思えないほど普段通りの食欲を発揮し、
それなりにパーティーを楽しんでいる。
清四郎はその口元についたソースを親指で拭うと舌で舐めとった。
「戻んの?」
口の中にスペアリブを入れたまま不思議そうな顔で訊く。
「そのドレス、早く脱ぎたいんでしょ?」
そう言うと悠理の顔はみるみる内に赤く染まっていった。
「どうしたんですか、顔が赤いですよ」
意地の悪い笑みを浮かべワザと訊く。
「だ、だって!」
「悠理、なんか変なこと考えたんでしょ。口ではいつもイヤだイヤだと言ってるくせに、やっぱり好きなんですね」
「ちがわい!!!」
悠理の素直過ぎる反応にくっくっくと笑うと、耳元に口を近づけた。
「とにかく、早くここから抜け出しましょう。もうすぐ12時になりますしね」
「なんで12時?」
「シンデレラは12時の鐘が鳴り終わる前にパーティーを抜け出さないと」
清四郎は片目を瞑ると悠理の腕を取った。

悠理は部屋に戻るなり、靴を脱ぎ捨て、手袋も外していった。
やはり着慣れない服は疲れるのか「ん〜!」と大きく伸びをする。
清四郎は苦笑を浮かべながらそれを見ると、後ろから抱きしめた。
「な、なに?」
驚いたように顔を後ろに向ける悠理。
「実は気が変になりそうだったんですよ」
切なげに、耳元でそう囁く。
身体の前で悠理の両腕を、掴んで封じた。
「な・・んで・・」
「こんな悠理をこれ以上、他の男の目に晒しておきたくなかった」
瞬間に体温の上がる悠理の、赤味を帯びたうなじに、優しく唇を這わせていく。
悠理の口から、小さく息が漏れた。
唇をうなじから背中へと滑らせていく。
「清四郎、誰か来たら・・・」
「誰も来ませんよ」
清四郎の手は掴んでいた腕から徐々に上がっていていき、ドレスの肩の部分を降ろしていく。
「お前さっきはあたいにあんなこと言ってたクセに・・・結局、ヤ、ヤんのかよ・・」
負け惜しみにも聞こえる最後の足掻きもさらりとかわす。
「誰もしないとは言ってないでしょ。ほら、腕抜いてくださいよ・・」
清四郎は背中に口付けながら悠理の腕をドレスから抜いていく。
そしてそのままドレスを全て一気に脱がせた。
幾重にも重なったレースがばさりと音を立てて落ちる。
「身体、だいぶ軽くなったんじゃないですか?」
「・・う・・ん・・・」
愛しい男の背中への執拗なキスと直に触れる暖かい手の動きに、悠理の頭は次第にボーっとなっていった。
「せいしろ・・」
「なんですか」
「立ってすんの、やだ・・・」
「仕方ないですな」
清四郎は悠理の膝の裏に手をやり、軽々と抱えあげるとベッドに運んだ。

悠理をそっと横たえ、唇を重ねるとタキシードの上着を脱ぎ捨てた。
キスをくり返しながら身につけているものを外していく。
悠理が首に腕を回し清四郎の頭を抱え込んだ。
「悠理、脱ぎにくいですよ」
「あぁ・・!」
その腕を外すと抗議するような声が漏れた。
赤く染まった目元と塗れた唇が清四郎を誘う。
「早く脱げよ・・・」
「なら、悠理も手伝ってください」
悠理の身体を起こし、瞳を覗きこみながら唇を重ねた。
悠理の手がベルトへと伸びる。
清四郎はシャツを脱ぎながら悠理の首筋に唇を移していった。
ベルトが外れ、ボタンを外される。
悠理の両手がゆっくりとその中に忍び込み、脱がせていく。
清四郎は悠理の背中に手を回し下着のホックを外すと、頭を抱え口付けながら横たえた。
互いの邪魔なものを全て取り払い身体を重ねる。
「さっきのドレス姿も良かったですけど、やっぱり悠理はなにも着ていないほうがいいですね」
「なに言ってんだよ、このスケベ・・」
清四郎はふんっと笑うと胸の頂きを舌で弄び始めた。
「っはぁっ・・・」
手は悠理の膝に伸ばし撫で上げる。
その動きに悠理の身体が粟立っていく。
徐々に中心へと向うその手の動きは悠理を濡らすのに十分だった。
「もう、こんなになってますよ」
指がそこに触れると清四郎が意地悪く言う。
「バカ・・・」
恥かしそうに顔を逸らす悠理に深く口付ける。
その間も指で蜜を掬い取るように、撫で上げ続けた。
悠理が顔をずらし、切なげに息を吐く。
清四郎は、そのまま顔を繁みへとずらしていった。
指先で掻き出した蜜を味わいながら、両腕でそれぞれの膝を立たせて開く。
呼吸が荒くなり、膝を閉じようとするのを制すると顔を上げてその腰を引き寄せた。
「もし、今ここで誰か来たらどうします?」
「・・・や・だ・・・」
「そうなったら困りますから、やっぱり止めておきましょうか」
悠理の声が聞きたくて、出来もしないことを口にする。
「だ・・めぇ・・はや・・く・・・」
期待通りの答えと、苦しげなその表情に満足げに笑みを浮かべると、悠理の中に入っていった。
「あぁっ!!!」
身体を弓なりに仰け反らせる悠理の腰を抱く。
清四郎の動きに合わせるかのように悠理の体内が熱く締め上げた。
悠理の声、清四郎の息遣い、肌と肌の合わさる音、それらが淫らに重なり合っていく。
全ての音が一つの形を成した瞬間、ふたりは溶合うように崩れた。


「さっきドアがノックされてたの気付いてました?」
「嘘?!」
清四郎の腕の中でウトウトしていた悠理が跳ね起きる。
「嘘ですよ」
可笑しそうに笑う清四郎に悠理が枕をぶつけた。
「随分乱暴なシンデレラですな」
顔に覆い被さっていた枕をどかしながら、それでもやはり楽しそうに悠理を見る。
「お前が変なこと言うからだろ!!大体あたいはシンデレラなんかじゃないってんだ!!」
「着て行く服がないってメソメソ泣いてたのはどこの誰でしたっけね」
「あ、あれは・・・」
口篭もってまた腕の中に戻ってきた悠理を抱きすくめる。
「・・・悠理、もう少しの間だけシンデレラでいてもらえないか」
「なんで・・?」
「今度、ガラスの靴の代わりに別のモノを持って迎えに来ますから」
「それ、どういう意味だよ」
「そういう意味ですよ」
不思議そうな悠理の髪を優しく掻き揚げると、額にそっと口付けた。
 

 

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